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第24話

Auteur: ごはんまん
瀬戸はアクセルを踏み込み、車をどんどん加速させていった。後ろでいくら風真が叫んでも、車はまったくスピードを落とさず、やがて遠く小さな点になるまで走り去った。

ルームミラーで風真の姿が完全に消えたのを見て、瀬戸はようやくスピードを緩める。

結衣は疑わしそうに彼を一瞥した。「今日はなんでそんなに飛ばすの?誰かにでも追われてるの?」

瀬戸は話をそらすように、ふいに訊いた。「もし風真が泣きながら謝って、やり直そうって言ってきたら、どうする?」

結衣は眉をひそめ、少しも迷わずはっきりと言った。「絶対に嫌。死んでも戻らない」

風真にされたことを思い出すたびに、結衣の体は芯から冷え切った。夜は何度も悪夢で目を覚まし、むしろあの火事で本当に死んでいればよかったとすら思うほどだ。

瀬戸はそんな結衣の決意に気づき、口元にほんのわずかな笑みを浮かべた。

しかしその表情はすぐに結衣に見破られる。

「なんでそんなこと聞くの?夢でも見た?」

「いや、なんとなく」瀬戸は軽く受け流したが、心の中では静かに決意を固めていた。今度こそ、絶対に結衣にもう二度と辛い思いはさせない。

そのころ、風真は車が消えた方向をじっと見つめていた。

やがて風真は合宿所に戻り、周囲の誰彼かまわず「チームゼロのコーチの写真が欲しい」と頼み歩いた。しかし誰もが「写真なんてない」と口を濁し、あの佳奈さえ、いつの間にか姿を消していた。

風真はぼんやりと道端の石に腰かけ、無名指にはめたままの、すっかり輝きを失った結婚指輪を指先でそっとなぞりながら、独りごとのようにつぶやいた。

「結衣……本当に君なのか?もし本当に君なら、俺は寿命を五十年縮めてもいい、だからどうか、もう一度生きてほしい……」

その夜も、風真は森国にいる友人に「結衣の行方をもう一度調べてほしい」と頼んだ。けれど、返ってきた答えはやはり「戸籍は抹消され、すでに死亡扱いになっている」というものだった。

かすかに灯った希望も消え、風真はひたすら練習に打ち込むことで心の穴を埋めようとした。

しかし神様は、そんな彼の祈りを聞いていた。

二十周目のトレーニングを終え、ヘルメットを脱いだ瞬間、風真は凍りついた。

――遠くで、見覚えのあるシルエットとすれ違った。

ゆっくりと首を向け、目が潤むほどにその姿を見つめ続ける。

「結衣……?」

その名
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