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1.都市伝説的な②

Author: 鷹槻れん
last update Last Updated: 2025-06-06 11:38:13

だけどそう思ったのは、目の前の彼――極道さん?――も同様だったらしい。

どすの利いた声で「はぁ? 何言ってんだよ、あんた」と吐き捨てられ、ギロリと睨まれた私は、今度こそ「ヒィッ!」と声を上げて後ずさった。

「す、すみません! わ、私、闇バイトなんて知りません! 気のせいでした! 忘れてください!」

そうでした! 確か例のバイト、片手袋は誰にも気付かれず、スマートに落とさないといけなかったはずですし、落としたことを誰かに気付かれただけならまだしも、バイトでしたことだとバレたらきっと大事に違いないのです!

見られたらどうなるのかは分からないですけど、見た側が「見ぃ〜たぁ〜なぁ〜?」というおどろおどろしいセリフを投げかけられてピンチに陥るのは、日本のホラーのセオリー。

指摘した私がバカでした!

「こ、これ、お返しします!」

これ以上、眼前の大男に何かを喋らせてはいけない!

そう思った私はとっさに強面ヤクザさんの眼前へ、手にしていた片手袋をぐいっと突き出した。

が、その途端。

「ワン!」

待ってました! とばかりに愛犬うなぎが私の手から手袋を奪取してしまう。

「ああああ!」

慌てて取り返したけれど、後の祭り――。

元々うなぎのヨダレで若干湿っぽかった手袋は、追いヨダレで悲惨なことになってしまった。

(はぅ、こんなドロドロの状態ではとてもお返し出来そうにありません!)

私は恐る恐る彼を見上げると、再度頭を下げた。

「あ、あのっ。わ、私っ、杉岡穂乃と言います。この公園にはいつも今くらいの時間にこの子のお散歩に来ています。確か極……」

ついうっかり、〝極道さん〟……と言いそうになったのを慌てて封印すると、何とか無難そうな言葉に置き換えて続ける。

「……あ、貴方様も毎日同じ時間にここでランニングしていらっしゃいます、よ、ね?」

今日までこんな風にしっかり対面したことなんてなかったから、彼がこんなに怖いお顔をなさった方だとは露ほども知りませんでしたが、ランニングなさっているお姿はかねがねお見かけしていました!

私の決死の言葉に、男性は意外にも「で? 何が言いたい?」と先を促してくれる。

あれ? 案外いい人かも……?

(い、言い方はつっけんどんでめちゃくちゃ怖いですけどね!?)

そんなことを思いながら、私はフルフルと震える声を懸命に落ち着かせながら先を続けた。

「手袋……、こんなにヨダレまみれのままお返しするわけにはいきません。洗いたいので、一旦持ち帰らせてください!」

私の提案に、男性は意外にも「安物の手袋だ。そこまで気を遣ってもらう必要はない」と固辞しようとする。

(負けてたまるか!)

私は手袋を、サッとうなぎのお散歩グッズが入ったポーチに突っ込むと「ではそういうことですので!」と告げて、その場をスタコラサッサと逃げ出した。

うなぎが楽しそうにそんな私の顔を見上げながら並走する背後から、「ちょっと、待て! 勝手に決めるな、杉岡穂乃!」とバリトンボイスが投げかけられる。

――ちょっ、なんでフルネームで呼びかけてくるんですかぁぁぁ!

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