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恋人未満の彼と同棲生活(仮)始めます
恋人未満の彼と同棲生活(仮)始めます
Author: 鷹槻れん

1.都市伝説的な①

Author: 鷹槻れん
last update Last Updated: 2025-06-05 13:12:51

「あっ。うなちゃん、ダメだよっ」

近所の大きな運動公園をお散歩中、私たちを小走りに追い越して行った男性が、黒いものを落とした。

それを愛犬〝うなぎ〟がすかさずパクッと咥えるから、私は慌てて彼女をたしなめる。

うなぎはビーグルみたいな毛色をした、体重一〇キロちょっとの中型犬ミックスです。耳は柴犬みたいにピンと天を突いた立派な立ち耳で、目の色は虹彩が色素薄めのアンバー。

だからかな? なんとなく目つきが鋭い強面さんに見えてしまうから、しょっちゅう男の子に間違われてしまうの。

だけど残念! うちのうなぎは正真正銘の、可愛い可愛い女の子です!

うなぎは、目の上にチョンチョンと乗っかった四つ目とも呼ばれる白毛の麻呂眉があって、私はそれを彼女のチャームポイントだと思っているの。

本当、いつ見てもうちのうなちゃんは、カッコよくて、めちゃくちゃキュートです!

そんなうなぎが嬉しそうに口に入れているのは、ずんずん遠ざかっていくスウェット姿の男性が落とした黒い手袋(片一方だけ)。

このところうなぎのお散歩コースに時々落ちているんだけど、もしかしてあの人……都市伝説で読んだことがある、『片手袋を落とすバイト』の人なのかしら?

私は小さい頃から都市伝説が大好きで、道路に落ちている片手袋は、そういう怪しいバイトの人の仕業だと読んだことがあるの。

何でも地上げ屋さんが、タンポポやミントみたいに繁殖力旺盛で駆除がしづらい植物の種を仕込んだ片手袋を、狙っている場所に落とすことでその土地や畑の価値を下げて、安く立ち退かさせるための手段にしているとかなんとか。

ん? 胡散臭い? 私ももちろんそう思ってる。

きっと、実際は作業車が荷台なんかに乗せていた軍手が落ちただけ、とか……ポケットや鞄に入れたつもりの手袋が、何かの拍子に落っこちただけ……とかそういうのが大半だろうな。

でも、都市伝説マニアとしては『手袋落としのバイト説』も捨てがたいのです!

うなぎから手袋を取り上げると、私は落とし主の男性を追いかけた。

「あのぉ、もしもしそこの人ぉー! 手袋を落としましたよぉー!?」

軽く駆け足で長身男性を追いかける私の横を、うなぎが嬉しそうにじゃれつきながら並走する。

[穂乃(ほの)しゃ、それ、いつ投げてくれましゅか?]

まるでそんなことを言っているみたいにワクワクした目つきで私が握る手袋を見上げているのを感じるけれど、この手袋はもう、絶対うなちゃんにはあげないんだからね!?

運動といえば、朝晩欠かさず一時間ずつ歩く、この子のお散歩ぐらい。

それだってしょっちゅううなちゃんが【ワンコ通信】のために立ち止まってはにおいを嗅いだりなんかするのに付き合いながら……だから、そんなに運動にはなっていないと思うの。

走ったりするのが苦手な私は、ほんのちょっと頑張っただけで、情けなくも息切れしてしまった。

「あ、あのっ、そこの、かたっ! お願い……だから、止まっ……て、くださ……っ!」

はぁはぁ言いながら懸命に呼びかけたら、うなぎが情けない飼い主を励ますみたいに「ワン!」と吠えてくれた。

そうして――。

「ああ! うなちゃ……、ダメぇ!」

つるりと私の手をすり抜けて、うなぎに繋がったリードの持ち手がポトリと地面に落ちてしまった。

慌てて手を伸ばしたけれど、後の祭り。リードの持ち手は、まるで私を嘲笑うみたいにうなちゃんに引きずられて、ザザァーッと地面を擦りながら逃げて行く。

私は眼鏡がズレてぼやけた視界で、それを呆然と見送った。

そうこうしている間にも、うなぎは重石=私がいなくなって軽くなった身体を持て余したみたいに、前方の男性めがけて物凄いスピードで駆け寄って行ってしまう。

(あーん、これ! 犬が苦手な人だったら大惨事だよぅ!)

うなぎは強面だけど、心根はとっても優しいレディです。

だからね、相手に噛み付いたり飛びついたり……そういうことはしないと思うけれど、それでも突然犬が近付いてきたら、びっくりして転んじゃうかもしれないよ。

私の心配をよそに、うなぎは嬉しそうにスウェット姿の男性の周りを何周もグルグルと走り回る。

「えっ、あ、……ちょ、なっ。……犬っ!?」

うなぎのグルグル攻撃に二の足を踏んで立ち往生する男性の姿に申し訳なさいっぱい。ふたりに近付いた私は、罪悪感に身体を縮こまらせながらやっとのこと、うなぎのリードを握った。

彼、どうやら耳にワイヤレスイヤホンを付けて何かを聴きながら走っていたみたい。

通りで背後から呼びかけても気付いてくれなかったわけだ……。

耳からイヤホンを抜き取る彼の手元をぼんやりと眺めてそんなことを思った後、私はハッとしてぺこりと頭を下げた。

「ひゃぁぁぁ、ごめんなさい、ごめんなさい、ホントにごめんなさい! うちのうなぎが突然飛び出してきて……きっとびっくりさせちゃいましたよね!?」

下向くと同時、眼鏡がまたしてもズルリとズレて、視界が歪む。

地面を見つめながら眼鏡のつるを戻した私に、頭上から「うちの……うなぎ?」という声が降ってくる。

「あ、うなぎはこの子の名前です。背中が黒くてツヤツヤしてるから……」

私の気持ちなんて知らぬげにヘラリと笑顔を浮かべるみたいに大きく口を開けたうなぎが、私たちを見上げて「ワン!」と吠えた。

まるで自己紹介しているみたいね。

「これはまた……面白い名前を付けられたもんだ」

どこか無愛想に聞こえるけれど、低くて優しい声音に恐る恐る顔を上げたら、男性とバッチリ目が合った。

(ヒッ)

それと同時に思わず心の中で悲鳴を上げてしまったのは、目の前の彼がうなぎの強面顔(こわもてがお)に、勝るとも劣らないヤクザさんっぽい……それはそれは怖そうなお顔立ちをなさっていたからだ。

(こっ、声だけ聞いてたら優しそうだったのに!)

心の中で勝手に『詐欺だよぅ!』と付け加えながら、私は不意にうなぎのリードを持つ手とは逆の手に握りしめたままだった手袋のことを思い出した。

「あ、あのっ。違ってたらすみません!もしかして、貴方......片手袋を落とすバイトとかしてる〝闇バイトの方〟です、か?」

まるで裏社会の人みたいな見た目の男性に、私ってば夕闇迫る晩冬に、一体何を言っているんでしょうね!?

だけどそう思ったのは、目の前の彼――極道さん?――も同様だったらしい。

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