ふと、目を開けるとそこは王宮のベッドの上だった。
(建国祭の日に来た部屋の天井と同じ⋯⋯)「リリアナ嬢、大丈夫か?」 心配そうな顔で見つめてくるルビーのような赤い瞳。「それはこちらのセリフです。毒を盛られたのですか? 今にも死にそうな顔をしていて心配していたのですよ!」
私の続く言葉を塞ぐように、アッサム王子が口づけしてくる。
私は目を閉じてその口づけを受け止めた。(彼はやたらとキスしてくるけど、一体どういうつもりなのか⋯⋯)「リリアナ嬢が助けてくれるという確信があって、毒入りワインと分かってて飲んだだけだ。そんな怒るなよ、怒っても可愛いだけだぞ」
唇が離れると同時に笑顔のアッサム王子に頬をツンツンされた。体を起こそうとすると、すかさず彼はベッドに腰掛け私の体を支えてくれた。
(毒入りのワインと分かってて飲んだだけ? 私に聖女の力を使わせるためとはいえ危険過ぎる!)「わざと毒入りワインを飲むなんて2度としないでください」
私は思わず彼の胸を叩いた。「カサンデル王家には俺に消えて欲しい人間がいるんだ。毒を盛られすぎて、微かな匂いでも分かってしまうようになったよ⋯⋯」
寂しそうな顔で語りかけてくる彼に私は彼の置かれている状況を思い出した。王妃ナタリア⋯⋯第2王子ルドルフ⋯⋯彼の母親は王宮に入って自分が贅沢をしたかっただけで彼を守らない。
そんな彼を守る存在として現れるのが聖女の力に目覚めたミーナだった。 しかし、今は彼女がどこにもいない。「あの⋯⋯ミーナ様はどこにいるのですか?」
「ストリア侯爵の元恋人の存在が気になるのか?」「そうではありません。彼女はあなたを将来的に助けてくれる存在だから気になるのです」私の言葉の意味などアッサム王子には理解できないだろう。
小説の中で何度もミーナはアッサムの命の危機を助けていた。 今は聖女の力に目覚めたミーナが側にいないから、彼を助けてくれる人はいない。「君の護衛騎士のカエサルに
アッサム・カサンデル、俺は自分を賢い人間だと思っていたが完全に1度目の人生で魔女ミーナにしてやられたらしい。 確かに、俺は魑魅魍魎の渦巻く王宮に住んでる中、漠然と聖女というものに憧れていた。 それでも、下心を持った人間にはすぐ気がつくという自信があったから、ミーナに騙された人生があったという話を聞いた時はショックだった。 その話を俺にして来たのは、リリアナの護衛騎士のカエサルだった。 カエサルはレオナルドがリリアナを連れて行った後、俺に接触して来た。 俺は既にリリアナに好感を持っていたせいか、彼女の信頼する彼の謁見は受け入れた。 「カエサルがアッサム・カサンデル王子殿下にお目にかかります」 彼に人払いをしてほしいと言われ、2人きりで話した内容は信じられないものだった。 彼はマケーリ侯爵邸にあったという古い書物を持ってきて、その中には自らの命と引き換えに時を戻せる魔術があると記してある。 その代償は時が戻った世界で自分自身は存在するが、自分の自我を失っているという事だ。 彼は俺がこの時間を過ごすのは3度目だと言った。 そして、1度目の人生でストリア公爵の恋人であるミーナに溺れ、ストリア公爵が王家に反旗を翻したという。 ミーナは聖女の力に目覚めたと言って、俺に近づいてくるがそれは偽りらしい。 彼女は魔女で、光の魔法と回復魔法を同時発動することで聖女の力を偽造してたという。 確かに俺の暗殺未遂事件の時の彼女のイヤらしい感じを見るに、純粋な心で聖女の力を得られる人間には見えなかった。 それでも、俺は自分が聖女の力を持っているというだけで女に熱を上げて他者への気遣いを忘れるとは思えなかった。 1度目の人生で俺はミーナの言いなりになり、かなり独裁的な政治に舵を切るらしい。 そしてマシケル・カサンデル国王がおそらくミーナにより殺され、彼女の言いなりになった俺も彼女に最終的に殺されていたという。 ミーナを含め魔族の生き残りは3人しかいなくて、3人で世界を堕とすのは難しいと考えたようだ。 それ
ふと、目を開けるとそこは王宮のベッドの上だった。(建国祭の日に来た部屋の天井と同じ⋯⋯) 「リリアナ嬢、大丈夫か?」 心配そうな顔で見つめてくるルビーのような赤い瞳。「それはこちらのセリフです。毒を盛られたのですか? 今にも死にそうな顔をしていて心配していたのですよ!」 私の続く言葉を塞ぐように、アッサム王子が口づけしてくる。 私は目を閉じてその口づけを受け止めた。(彼はやたらとキスしてくるけど、一体どういうつもりなのか⋯⋯)「リリアナ嬢が助けてくれるという確信があって、毒入りワインと分かってて飲んだだけだ。そんな怒るなよ、怒っても可愛いだけだぞ」 唇が離れると同時に笑顔のアッサム王子に頬をツンツンされた。 体を起こそうとすると、すかさず彼はベッドに腰掛け私の体を支えてくれた。(毒入りのワインと分かってて飲んだだけ? 私に聖女の力を使わせるためとはいえ危険過ぎる!)「わざと毒入りワインを飲むなんて2度としないでください」 私は思わず彼の胸を叩いた。「カサンデル王家には俺に消えて欲しい人間がいるんだ。毒を盛られすぎて、微かな匂いでも分かってしまうようになったよ⋯⋯」 寂しそうな顔で語りかけてくる彼に私は彼の置かれている状況を思い出した。 王妃ナタリア⋯⋯第2王子ルドルフ⋯⋯彼の母親は王宮に入って自分が贅沢をしたかっただけで彼を守らない。 そんな彼を守る存在として現れるのが聖女の力に目覚めたミーナだった。 しかし、今は彼女がどこにもいない。「あの⋯⋯ミーナ様はどこにいるのですか?」「ストリア侯爵の元恋人の存在が気になるのか?」「そうではありません。彼女はあなたを将来的に助けてくれる存在だから気になるのです」 私の言葉の意味などアッサム王子には理解できないだろう。 小説の中で何度もミーナはアッサムの命の危機を助けていた。 今は聖女の力に目覚めたミーナが側にいないから、彼を助けてくれる人はいない。「君の護衛騎士のカエサルに
「アッサム王子殿下、お誕生日おめでとうございます」 今、アッサム王子と踊っているのは私と彼が一晩中練習した建国祭の1曲目だ。「リリアナ嬢⋯⋯もしかして、監禁されてないか?」 アッサム王子との思い出に浸っていたら、ふと耳元で囁かれた。(監禁⋯⋯溺愛じゃなくて、束縛愛かとは思ったことあるけれど⋯⋯確かに、監禁と感じた事があった⋯⋯) ふとレオから他の男と踊るなと言われたのにアッサム王子の誘いを受けてしまった事を思い出す。 こっそりと、レオの方を見ると冷たい目で私たちを見ていた。「あっ」 思わず、レオに気を取られてアッサム王子の足を踏んでしまった。 私はそっと聖女の力を使い、彼の足の痛みをとる。 ゆっくりと治癒の魔力を流すと光らないから周囲にはバレないだろう。「リリアナ嬢⋯⋯俺がなんとかする。その力を王家では今本当に必要にしているんだ。それ以上に俺が君と一緒にいたい」 再び私にしか聞こえない声で彼が囁いた。 彼は何をする気なのだろうか。 もし、私を王宮に引っ張るような事をしたら、小説でミーナを取り返しに来たようにレオが戦争を起こすかもしれない。「あの⋯⋯」「何もしないで欲しい」と伝えようとしたのに、言葉が続かなかった。(私、今、アッサム王子に期待しているんだ⋯⋯) レオとの生活は夢に見た、好きな人に一途に溺愛される生活だった。 でも、外に出る自由を許されず、レオ以外の人間との接触は最小限に制限されている。 私は自分で思ってたより、人が好きな人間だったみたいだ。 前世で小説の中のレオが支えだったけれど、仕事で出会う妊婦さんや赤ちゃんとの出会いも私の支えだった。 職場での愚痴の言い合いも、年に1回しか合わない両親も支えだった。 今頃自分が様々な人に支えられたことに気がついたけれど、今の私はレオ頼りで彼しかいない⋯⋯。「良い時間だった」 アッサム王子が私から手を離したことで、曲が終わったことを悟る。 私は
「おはよ。リリィ」 軽い口づけをされて、私は目覚める。 ストリア公爵邸で過ごし始めてから半年が経った。 その間、私は貴族令嬢としての礼法を仕込まれ、レオに愛されてきた。 「おはよ。レオ」 私たちはいつの間にか、愛称で呼び合う仲になっていた。 この半年間、レオ以外の人はメイドや家庭教師としか会っていない。 役割があり余計なことを話さない彼らに比べ、私の唯一の楽しみがレオと言葉を交わすことになっていた。 私の中身は彼氏の浮気に傷つき、人間関係で揉まれてきた三十路だ。 だから、愛され過ぎて幸せと頭の中がお花畑にはならない。 彼に対する愛情がいわゆるストックホルム症候群的なものではないかと冷静に分析していた。 他者との関わりを最低限にされて、ほとんど監禁されているような状態で彼の愛情を浴び続けている。(この半年邸宅の外に出ていない⋯⋯どうして誰も私に会いにこないの?) リリアナの父親であるマケーリ侯爵も、アッサム王子との婚約を望んでいたはずなのに来訪がない。 レオの元恋人で以前は頻繁にこの邸宅を訪れていたミーナも見ることがなくなった。 今、私はただレオに溺愛されて悦ぶだけの存在になっている気がする。 それでも、私は前世の経験もあり一途な愛に飢えていた。 浮世離れした生活をしている自覚はあったが、この毎日にすっかり馴染んでしまっていた。「マナーを心配していたけれど、食事の仕方は花嫁修行に入る前から綺麗だったと思うよ」 ビシソワーズの上に乗っていた生クリームが唇の端についていたのか、隣にくっつくように座っていたレオが舐めてきた。 食事の時間も順番にサーブしてくれる人間がついているのが正常なのに、デザート以外は一気に並べられる。 それらの食事をマナーに気をつけながらとっていると、レオがスープを掬い上げ私の口元に当てたのだ。 口の端に生クリームを残したのは、彼が私の唇を舐めたくてわざとやったようにさえ思えてくる。「良かった。今日はアッサム王子の誕生日
あれから1週間の時が経った。 婚約者という仲だから敬語はやめてほしいと言われ、名前も呼び捨てに変えた。 この1週間、家庭教師とメイドとレオナルドにしか会っていない。 ダンスのレッスンが終わり、窓の外を見るとレオナルドが第1騎士団の剣の訓練をしているのが見えた。 太陽光が彼の銀髪と降り積もった雪に反射し、キラキラしていて美しい。 彼は遠くからでも私の視線をキャッチしたのか、振り向いて輝くような笑顔で手を振ってくれる。 私は笑顔で手を振りかえした。 レオナルドは23歳と若いながらに、カサンデル王国の第1騎士団の団長をしていた。 ストリア公爵家が力を持っているのは、王国随一の武力を持つ第1騎士団が実質公爵家のものだからだ。 だからこそ、王家はストリア公爵家に常に気を遣っている。 マケーリ侯爵家は財力で成り上がってきた家で、騎士団を持っていない。 リリアナの父、マケーリ侯爵家の狙いの1つは名門貴族の証とも言える強い騎士団を持つことだ。 実際に1年後には、第1騎士団の優秀な人間をほとんど引き抜きマケーリ侯爵家は強い騎士団を持つことになる。 それにより、マケーリ侯爵家は経済面だけでなく武力により、政治的影響力を持つようになってくる。 それゆえ、小説の中でレオナルドが王家に反旗を翻そうとした時、彼について来ると思われた第1騎士団は人材不足だった。「リリアナ、授業が終わったんだね。お疲れ様」 窓際に佇み考え込んでいたら、いつの間にか後ろからレオナルドに抱きしめられていた。 彼の高めの体温を服越しにも感じる。「レオナルドも、もう剣術の練習は終わり?」 私の質問にゆっくりうなづきながら、首元に彼が顔を埋めてくる。(匂いを嗅がれている気がする⋯⋯やはり、イケメンだけれど変態だわ)「レオナルド! 今日はプレゼントがあるの」 そっと彼の拘束を解いて囁くと、彼が期待の表情を向けてきた。 私は、聖女の力である治癒の魔力を込めながら編んだミサンガをそっと彼の腕に
「レオナルド様、私はあなたと一緒にいます。私は聖女ではありません」 私は自分の前に跪いて愛を乞うレオナルドを拒絶できなかった。 泣いて私に愛を乞うレオナルドに、浮気しては私に縋ったタケルを重ねていた。 私はタケルの数えきれない浮気を、泣きながら縋られる度に許していた。(ミーナとはどうなったの? マケーリ侯爵家の財産が惜しくて私にしがみついている?) 彼を疑う心ばかりだけれど、多くの人が見ている前で彼に恥をかかせたくはなかった。「聖女ではないって⋯⋯リリアナ嬢、君は何を言って⋯⋯」 私を抱きしめている力をそっと緩めたアッサム王子が困惑している。「アッサム王子殿下⋯⋯お願いです。見逃してください。私は聖女の力なんてない事にしてください」 アッサム王子の耳元でそっと囁くが、じっと見つめてくるだけで返事が返ってこない。「えっ? 聖女様ですよね。だって俺は聖女の力である治癒の魔力を感じましたし、赤子だって⋯⋯」 先ほどの妊婦の夫が戸惑ったように問いただしてくる。 確かに自分で聖女と名乗り、聖女の力である治癒の魔力を使ってしまった。「あの、私は⋯⋯」 私はアッサム王子の緩い拘束から逃れ、跪くレオナルド様を立たせた。 瞬間、レオナルドは私を倒れ込むように抱きしめてくる。「リリアナ⋯⋯本当に一緒にいてくれるの? 挽回する⋯⋯絶対に僕を選んでよかったと思わせて見せるから⋯⋯」 彼の言葉はタケルが浮気の後、私と別れたくないと駄々を捏ねた言葉とそっくりだ。(本当に私は彼を受け入れるの? でも、前世で彼の存在には沢山励まされた⋯⋯) 前世で、タケルの浮気に苦しんだり、人間関係で悩んだ時いつも助けてくれたのはレオナルドの存在だった。 一途にたった1人を思う彼のブレなさに励まされていた。 「リリアナ・マケーリ侯爵令嬢! この度は私と私の子をお救い頂きありがとうございます。私は聖女様でも好きな方と一緒にいる権利はあると考えます! ここであなた様のお力を見たことは絶対に誰にも言いま