第一章：契約結婚の予行練習

私とルイスは向かい合って、椅子に腰を下ろした。

今のルイスは少しゆったりとしたシルクのチュニックに、黒のホーズと革のブーツを合わせていた。

私は血に染まったドレスを脱ぎ、使用人から借りたガウンとクリーム色のエプロンを身につけていた。

「それで。“恋人らしい”とは、一体どうやるんだ？」

真剣にルイスが尋ねてくる。

改めてそう言われると、返事に困る。

実は私もエルミニオと婚約していながら、恋人らしいことはほとんどしてこなかった。

ただし、私には前世の恋人、理佐貴との記憶があるから不可能ではないはずだ。

「そうですね。まずは、お互いの名前を呼び合うところから始めましょう。

ルイス様はこれまで通り、私をロジータとお呼びください。

私の方は恋人らしく、「ルイス」と、お呼びしても宜しいでしょうか？」

「……いいだろう。」　

エルミニオほどではないけれど、原作で知る限りルイスもプライドが高い人だった。

王子だからこの提案は駄目かもと思ったが、案外協力的で助かる。

「ありがとうございます。それではさっそく。

「ルイス」。」

「なんだ。ロジータ。」

一瞬、ルイスの瞳が揺れた気がした。

だがすぐに冷静に切り返してきたし、特に問題はなさそうだ。

「いい感じです、ルイス。」

満足げに私が笑うと、ルイスがさっと視線を逸らした。

もしかして機嫌を損ねたのかと思ったが、どうやら違うみたいだ。

「呼び捨てにするなら、いっそ敬語もやめてみてはどうだ？」

「敬語を？よいのですか？」

「ああ。徹底した方がいいだろうから。」

ルイスがそこまで言ってくれるなら、私もしっかり答えよう。

「分かった。じゃあ、『ルイス。昨日は傷の手当てをありがとう。

今朝のあなたの寝顔、とても可愛かったわ』。」

「ロジータっ、それはあまりにも……！」

目の前のルイスが、今度こそ思いっきり壁側に顔を背けた。

あれ、もしかしてあまりに馴れ馴れしかった？

やはり駄目だったのかと思ったが、ルイスの耳の後ろが赤くなっている。

まさか、照れてるの？普段は何事にも動じない、ルイスが？

「あ、すみません。」

「いや、いいんだ。進めてくれ。」

やはりルイスの顔が紅潮してる。

気のせいではないようだ。

それもそうか！

だって原作のルイスはリーアに一途で、他の誰とも付き合った経験がないと書かれていた。

だとすると、納得のいく反応。

ルイスは咳払いをして再び視線を合わせた。

「次は何を？」

「そうですね。では……私たち今度は手をつないでみましょうか？」

前世では、やはり指と指を絡ませる「恋人つなぎ」が定番だった。

かと言っていきなりやると不愉快に感じる場合もあるので、慎重に。

「それならできるぞ。治療中もずっと手を握っていただろう。」

「うーん、少し違います。

説明するよりやる方が早そうなので、失礼しますね、ルイス。」

「何を……」

私は目の前に座っているルイスの左手をそっと取る。

改めて触った感触は、強くて逞しい手。

エルミニオに負けたくないからと日々、剣術などの鍛錬をしていたと、書かれていた通りだ。

ごつごつとした骨や、浮き出た血管。

それに剣だこ。

小説の世界で実際に人が生きているのだと実感する。

……私の方が緊張してきた。

恥ずかしがりながらも私はルイスに自身の右手を重ね、ゆっくりと指と指を絡ませていった。

「ルイス。これが『恋人つなぎ』と呼ばれる、恋人同士のスキンシップです。」

「スキンシップ……？なんだそれは。」

「あ！いえ、親密な恋人たちがやることの一つです！」

なんだか、初心なルイスに私がいけないことを教えているみたいで、罪悪感が湧いてしまう。

ルイスの顔が赤いけれど、私だって負けてないくらい火照っているのが分かる。

こんな調子でこの先、大丈夫かしら？

「そ、それと、私たちもっと距離を詰めた方がよさそうですね。

恋人は自然と寄り添い合うものですから。

互いの目を見て、そっと近づいて……」

なぜか焦る私、椅子から立ち上がり、ルイスに近づこうとした結果——つい勢いあまってルイスの膝に手をついてしまい——