LOGINそれなのに、この胸の高鳴りは、一体何?
ロジータ?それとも前世の七央の? 心臓が激しく脈打つたび、私はルイスから目が離せなくなっていた。 戸惑いが隠しきれない。「ロジータ?傷が痛むのか?」
ルイスは控えめに尋ね、心配そうに私の顔を覗き込む。
肩にそっと置かれた手は、まるで壊れ物を扱うかのように優しくて。 かつてあんなにも私を毛嫌いしていたのに。 本気で調子が狂うし、心臓がやけに騒がしい。 ルイスって、もしかしてスパダリなのでは…?「な、何でもないですわ。」
恥ずかしくて私はルイスから顔を背けてしまった。
彼はまだ訝しそうに私を見てる。 視線が熱い。いえ、私の顔が真っ赤なの? 気まずい。鼓動も驚くほど早い。 早く治って。 これは、刺された傷口が痛むからだと誰か言って!「服は使用人に用意させた。
だが傷口が開くから、風呂はまだ控えてほしい。 食事も用意させた。 準備が終わったら来てくれ。」さっきの出来事があったせいか、ルイスとの食事はご飯が喉を通らなかった。
柔らかいリゾットに、優しい味のスープ。 これ絶対、負傷中の私のために用意したんだわ。 やっぱりルイスってスパダ…… いや、私は何を血迷っているの? ルイスとは契約結婚までするのよ。 このくらいで慌ててどうするの! 思わずルイスを盗み見る。 ヴィスコンティの王族らしい気品のある佇まい。 食事をする時の、フォークやナイフを持つ仕草も完璧だった。 少しくせのある栗色の髪も、脇役らしくて、なんだか親近感が湧く。 ルイスの琥珀色の瞳って、太陽の光に照らされるとさらに綺麗なのね。 案外と小さな唇が、愛らしい。 いつもは静かな人。だけど実は情に熱い人。 ルイス・ヴィスコンティ。私の命の恩人。「さっき、エルミニオたちの仲間が、ここへ来た。」
「え!だ……大丈夫でしたか?」
「ああ。お前の死体が消えて、兄さんたちも焦っているようだ。
ここで隠し通すのも時間の問題だな。 お前が生きてると知れば、間違いなく命を狙ってくるだろう。 急いだ方がよさそうだ。」ロジータ・スカルラッティは王太子エルミニオに殺される運命。
怖い……!物語の強制力とやらが私を容赦なく追い詰めてくる。 エルミニオは、原作通り私を殺すまであきらめないだろう。 だから変えるしかないのだ。運命を。 恐怖を喉の奥に押し込んで、私はルイスに笑いかけた。「そうですね。では、簡単に昨夜のおさらいをしましょう。」
昨夜、ルイスが私の治療をしてくれている間に、二人で色々なことを話し合った。
まず第1のポイント。 ルイスが私を助けた理由について。 エルミニオに逆らい、禁忌の力を使ってまで私を助けた理由。 これこそ最大の難題!かと思ったが、これはすでに解決済みである。 第2に、私がルイスに惚れた理由。 そして第3にルイスが私と結婚する理由。 実はこの二つについても解決済みだった。 あとは私がロジータとして少し動けば、事態はこれ以上悪くはならないはずである。 残るポイントは、この結婚がエルミニオたちに偽物だとバレないようにすることだった。「ルイス様。私たちの結婚の申し出は、早ければ今日です。
つまり、私たちその……恋人に見えるように、練習をしなければなりません。」「そうだな。じゃあさっそく練習してみよう。」
ルイスが椅子を動かし、近づくようにと手招きした。
そう考えると辻褄が合う気がする。「ロジータ、お前……分かってはいたが、やはり賢いな。さすが俺の妻だ。」———と言ってルイスは私をベッドに、自分と一緒に横倒しにした。「きゃっ。って、何?ルイス、突然。」「だって、せっかく二人きりになれたのに。確かに考えなければならないことはたくさんあるけれど、俺たち夫婦の時間が、あまりにも少なすぎると思わないか?」横に寝転んだルイスは、さらっと私の髪を撫でた。私の心臓がまたうるさく騒ぎ始める。最近ますます、ルイスの色気は炸裂している気がする。「きれいだ、ロジータ。お前のその碧い瞳とか、ちょっと下がった眉とか、長いまつ毛とか……蕾みたいなその唇が可愛い。だから、キスしてもいいか?」「だから?って……まあ、……ど、どうぞ?」ルイスが殺し文句みたいなことを言ってくるから、実際の私はほとんどやられている。だってルイスが、かっこよすぎるんだもの!そっとルイスの手が私の頬を撫で、顔が近づいたと思ったらキスされて———熱い体で抱きしめられて。ああ、もう……耐えきれないほどの幸せ!「ロジータ、愛してるよ。」「わ、私も……っ、て、ルイス?」いよいよ私たち、次の段階に進むのかと期待していたらまさかのルイスがお疲れ状態。寝落ちしそうな雰囲気を出しているし、まあ最近忙しかったから仕方ないかなと思っていたら。横に寝転んだルイスが、寝言みたいに呟く。「俺、こんな風に優しい気持ちで誰かを愛して……結婚式……ごめ、ん……な。ウェディングドレス、あんなに楽しみに……して、たの&h
ーーー「ねえ、ルイス。現王妃のヴィアンカ様について、どれだけ知っている?」「どうしたんだ?突然。ロジータ。」久しぶりに二人きりでゆっくりできる夜。先にお風呂に入った私の後で、ルイスもさっぱりしたガウン姿で、寝室へと入ってきた。ルイスはすぐに私に両腕を伸ばし、ごく自然に額にキスをする。照れながら私は「そうじゃなくて……」と言うのだけれど。少し拗ねたようにルイスはベッドに座り、私も横に並んだ。「継母上《ははうえ》か……そうだな。俺が幼い時に母上が亡くなって、すぐにヴィスコンティに嫁いできた、モンテルチ国の元王女。家族と積極的に接してこなかったから、あまり詳しくは知らないな。ただ、兄さんが彼女のことを毛嫌いしていた印象がある。」「エルミニオ様が?」「母上が亡くなって、すぐに父上が新しい王妃を迎えたことが、子供ながらに嫌だったんじゃないかな。確かに彼女はどことなく、俺たちには冷たいようだったし……」「そう。モンテルチ国の元王女様ね。原作にない内容だから、さっぱり分からないわ。」「何を悩んでいるんだ?」「あ、あのね。今日……って、ルイス怒らないでよ?絶対に。」「内容による。」まだ何も言ってないのに、ルイスは早くも唇を尖らせる。「今日、たまたまダンテ様に会って。」「……はあ。ロジータ。俺はこの間の島でのことも根に持ってるのに。兄さんーーエルミニオを殺さないよう必死に耐えてるのに。」って、ルイスあまりに腹が立って、エルミニオを呼び捨てにしてる?「あ、あれは不可抗力だわ!私だって嫌だったのよ?それに落ち着いて!ルイスがエルミニオ様を殺したら、色々問題が起きるでしょう?」何とかルイスの怒りを宥めようとする。「それで、ダンテは何と?」
あれからもルイスの多忙は続き、私たちは見事にすれ違ったままだった。たまたまアメリアとルイスの庭園を散歩していると、ダンテに出会った。今日の護衛はマルコではなく、新人。ただし、ダンテのことは知っているようで敬意を払うだけ。アメリアも無言でそばに控える。「ロジータ様、お久しぶりです。」「お久しぶり……というか、ダンテ様、ここで何を?」ダンテは物語の都合上なのか、中立派である侯爵を父に持つ立場でありながら、王国のあらゆる庭園に出没できる。エルミニオの親友という信頼もあるんだろうけれど……自由すぎない?「もしかして、私を警戒しています?ひどいですね。あれだけ取引し合った仲なのに。」「取引し合った仲って……それより、何か用事ですか?」ダンテは被っていた帽子を取り、金色の髪を靡かせた。「つれないですね。これでも、あなたの顔を見に来たんですよ。ルイス殿下が王太子になり、色々なことがあったので、どうされているのか気になって。しかもあなたの刻印が、変わったそうですね。……あれから、リーアとはどうです?」親友であるエルミニオが廃位したと言うのに、ダンテはどこか、淡々としている。「私に聞く前に、あなたこそどうなんですか?リーアへの気持ちに何か変化はありましたか?」ここへどうぞ、とダンテは庭園にあるベンチの上にハンカチを敷いた。遠慮がちに座ると、彼はわずかに微笑する。「リーアは相変わらずです。ですが以前と比べると、どことなく苛立っているようです。本当なら今頃、エルミニオが彼女を王太子妃にすると宣言していたはずですから。エルミニオもすっかり変わってしまったし、リーアも……」どこか寂しそうにダンテは俯く。「ダンテ様は、なぜそんなにお金が必要なんです?」
その男は、一番に愛する妻を目の前で失ってしまうという事実を受け入れられなかった。「キアーラ!なぜ私に黙って禁忌の治癒力を使ったんだ……! こうなると、分かっていたはず!」暗い寝室には、彼と死にかけた彼の妻、神官と医者が佇んでいるだけ。「ごめんなさい、あなた…… でも私、どうしてもルイスを助けたかったの…… あの子には呪いがかけられていた…… だから、私……ゴホッ、!」「ああ、頼む。死なないでくれ、キアーラ。 君を愛しているんだ。君がいなくなるなんて、耐えられない。」「あなた……お願いします。 どうかルイスを、恨まないであげてください。 悪いのは彼ではないから…… どうか、エルミニオもルイスも、分け隔てなく愛してあげて…… それから、モンテルチには気をつけ……て……」「キアーラ!!駄目だ、キアーラ!!逝くな……逝くな……。 君の命と引き換えに助かったルイスに、これからどう接すればいいか、分からないじゃないか。」マルツィオは悲しみを消化できないまま、この場にいる全員に緘口令を敷いた。「この事実は、口が裂けても誰かに漏らしてはならない!エルミニオにも、ルイス本人にもだ!」冷たくなった妻、キアーラの遺体を抱きしめてマルツィオは喪失感に打ちひしがれた。 幼いルイスに対して、どう接していいか分からず、冷たく当たった。 ルイスが誰かに呪いをかけられ、そのためにキアーラが治癒力を使い、死に至ってしまったという事実が彼を深く傷つけた。「誰がこんな呪いを? モンテルチ。あの王女がいる国か。」彼は妻を亡くした悲しみに暮れる間もなく、真相を探るためにモンテルチの王女、ヴィアンカ・モンテルチを後妻に迎えた。 以前からヴィアンカは、マルツィオの第二の妻に迎え入れろとうるさかったのだ。 しかし誰も知らない事実がある。 実はマルツィオは彼女との婚姻後、言い訳して夜伽どころか初夜さえ避けていた。 理由はただ一つ。「必ず真相を暴いてみせよう。……無念の死を迎えた、私の最愛の妻のために!」マルツィオは強く心に誓っていたのだ。 最愛の妻を意図的に殺した犯人を、必ず突き止めると。 ーーー ルイスが王太子になってから、早1か月が過ぎた。 元々彼を推していた第二王子派の侯爵は嬉しそうにルイスの側で、必要な教育を施して回った。 だが、肝心のルイ
禁書庫で見た図版、二番目の妃の刻印———ルイスのお母様の刻印。エルミニオの二度に渡る刻印の変化。それに加えて、さっきの女性の声から私が推測した答え。「私たちはこのまま、みんなで部屋に戻って確認だけすればいいわ。」ーーー部屋に帰るとさっそく仕切りを使ってルイスたちには向こう側を向いてもらい、私はアメリアとベッド側に二人きりに。アメリアは慣れた手つきで、私の胸の包帯を解いていった。「これは……!」「ね?いつも私の刻印を見ていた、アメリアなら分かるでしょう?」熱くなっていた刻印の熱は引き、今は心地良くすらある。かつてエルミニオに無惨に貫かれた傷跡は、ルイスの治療のおかげでずいぶんと薄くなっていた。「ルイス、入っていいわよ。」アメリアと入れ替わりに入ってきたルイスが、私の胸元の刻印を見て、一瞬息を止めた。「ロジータ、それ……!」いつもは穏やかなルイスが私のことになると怒るし大声を出すし、嫉妬するし甘えてくる。そんなルイスが私はこんなにも愛おしくなっていたのね。「ロジータ、触れてもいいか?」「ええ、もちろんよ。だって……」涙ぐんだルイスは、私の元にフラフラと近づく。やがて私の胸元の刻印にそっと触れる。まるで宝物でも触るみたいに。またルイスの刻印が反応し、淡く光り出した。「俺は……ずっと孤独だった。だから俺にはきっと一生、刻印の相手など現れないだろうと思っていた。寂しい俺の人生を象徴するかのような刻印が、ずっと嫌いだった。それが……これは奇跡なのか?」「願ったのよ、私。どうやらヴィスコンティの神様が聞いてくれたみたい。」今度は愛おしそうに触れ、ルイスは声を震わせながら私を抱き寄せる。「ロジータ。
国王が分かってくださるわけないでしょう!ざわつく会場。剣を構えたルドルフォや私兵たちが誰も身動きできないよう目を光らせる。「それでは、リーア様は一体どうなるのだ?」誰かが、向こうでブルブルと怒りに震えているリーアを気の毒そうに言う。そうよ、この世界は元々男主人公であるエルミニオとリーアの物語。お願いだからこれ以上、私とルイスの穏やかな生活を壊さないで!「王太子殿下、いい加減に、手をお離しください!」「……っ!ロジータ!逃げようとしても無駄だ!お前が俺の王太子妃になることは14年前から決まっていたじゃないか!希望通り俺の刻印は元通りになった!お前だって、あれほど刻印にこだわっていたじゃないか!なあ、嬉しいだろう?これまでのことは水に流し、全てを元に戻してやるのだからな!それなのに何が不満なのだ!?言ってみろ、それともお前とルイスの間に本当に愛があるとでも言うのか!?」つかんだ腕に力を込め、恐ろしい顔でエルミニオが私を睨みつける。かと言って怖いわけでもなく、対抗して私もきつく睨み返した。「ルイスとの間に愛があるかですって!?ありますよ!あるに決まっているじゃないですか!ルイスほど温かく、優しい夫はこの世に存在しません!王太子殿下には想像もできないでしょうが、私たち毎日ラブラブなんです!これでもかと言うくらい幸せなんですよ!ですから、これ以上私たちの間を引き裂かないで頂けますか?迷惑なので!」「ロジータ!お前……っ!皆、少し俺は席を外す。祭りを楽しんでくれ。」「ちょっ……どこに連れて行こうというのですか!」会場の客にそう告げたエルミニオは、私を強引に外に連れ出そうとした。そこにリーアが真っ青な顔で割り込んできて、エルミニオに涙ながらに訴える。もうなりふり構っていられないようだ。「エルミニオ様!待ってください!私はどうなるんですか!?」だがエルミニオはリーアを冷たく一瞥し……「リーア。はあ。君には話したじゃないか。君は俺の1番の愛人だと。それの、一体何が不満なんだ?」「っ、何がって……」かつて私を冷たく振り払ったあの日のように、エルミニオがリーアの手を振り払った。ずっとリーアを宝物みたいに扱い続けた男が。手を振り払われたリーアは、またブルブルと震えて怒りを滲ませている。「行くぞ、ロジータ。」「行きま