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天使はカフェで微笑む

Author: 吟色
last update Huling Na-update: 2025-08-09 03:31:53

「なあ総一、新しくできたカフェ行こうぜ。ケーキがマジでヤバいらしい」

放課後、カイが教室のドアを蹴り開ける勢いでそう言った。

総一は教科書をしまいながら、胡乱な目を向ける。

「お前が甘いもんに興味あるとか珍しいな」

「いや俺じゃなくて、女子ウケがヤバいって話。つまり情報収集に最適ってこと」

「……言ってることと顔が一致してないぞ、お前」

後ろからツインテールがぴょこっとのぞき、リリムが割り込む。

「カフェ? 面白そうじゃない。行くわ」

「お前が行っても、絶対場違いだと思うけどな……」

「は? 誰が場違いよ。この清楚で真面目な女子高生がカフェに行くのに、どこが不自然なの?」

「その清楚の定義、地獄と人間界で違いすぎんだろ」

――そんなやり取りの末、三人は駅前にオープンしたばかりの白を基調にしたカフェへ入った。

中に一歩入った瞬間、総一は違和感を覚える。

空気が柔らかく、ほんのり甘い香りが漂っている。客はほとんど女性で、笑顔が絶えない。

……そして、その中心。カウンター奥で笑顔を浮かべる金髪の女性がいた。

長い睫毛に透き通るような肌、淡い空色の瞳。

白いエプロン姿だが、背筋の伸びた立ち姿と清廉な雰囲気は、まるで舞台の上の聖女のようだ。

「……やっぱり、あんたか」

リリムの目がわずかに細まる。

カウンターの女性――セラフィーネは、柔らかく笑ったまま口を開く。

「偶然ね、リリム。今日は監査じゃなく、ただの休憩よ」

「天界の監査官がカフェでバイト? ふざけてるの?」

「いいえ、仕事の合間。甘いものは心を豊かにするの。地獄の子には分からないかもね」

「はぁ? 心を豊かにするのは契約と魂でしょ」

「だからその価値観が危ないのよ」

二人の視線がぶつかる。

隣でカイが席に座り、すでにケーキを注文していた。

「お前らケンカするなら店の外でやれ。ケーキうまいぞ」

表向きは穏やかなカフェの光景。

だがテーブルの下――リリムとセラフィーネの間では、目に見えない魔力の波が交わされていた。

(……で、わざわざ天界から何の用?)

リリムがカップを口に運びながら、無言で魔力信号を送る。

(契約暴走の発生率が、地獄管理区で通常の三倍。貴女のテリトリーも含まれているわ)

セラフィーネは微笑を崩さず返す。

(だから何? 私が契約違反で罰ゲーム中だからって、監視しに来たわけ?)

(可能性は否定しないわ。……それに、仮面の契約者の影も感じる)

リリムの指が一瞬止まった。

「おい、ケーキ食わねえのか? このチーズのやつ、マジでヤバいぞ」

カイが頬いっぱいにショートケーキを詰め込みながら話しかけてくる。

総一は苦笑しつつ、会話の裏を探る二人を見比べた。

「なあカイ、あの二人って普通に仲悪いのか?」

「仲……? うーん、あれは“同業他社”みたいなもんだな。どっちも自分の正義で動いてるタイプ」

「へえ……面倒くさい関係だな」

テーブルの上では、紅茶の香りと笑顔が満ちている。

だがテーブルの下では、微弱な雷光のような魔力が何度も弾けていた。

(……で、こっちは順調に契約暴走を抑えてるってわけ)

(抑えてる? 前回の女子生徒もギリギリだったじゃない)

(あれは……まあ、イレギュラーよ)

(イレギュラーが続けば、それはもはや常態)

ピリ、と空気が張り詰める。

その瞬間――。

「ん?」

総一の耳に、外からかすかな破裂音が届いた。

リリムもセラフィーネも、同時に顔を上げる。

「……今の、聞こえた?」

「ええ。魔力反応よ。すぐ近く」

カイがフォークを置き、にやりと笑った。

「やっとデザート以外の面白いもんが来たな」

カフェの扉を開けた瞬間、外の空気が変わった。

駅前通りの向こう、隣の雑居ビルの二階から、圧縮されたような魔力波が漏れ出している。

「結構強いな……」総一が眉をひそめる。

「私が行くわ」

セラフィーネがエプロンを外し、制服の下から純白の手袋を引き出した。

その動作は優雅で、どこか儀式めいている。

「ちょっと待ちなさいよ。ここは私のテリトリー。勝手に天界のやり方を持ち込まないで」

リリムが腰に手を当て、真っ赤なツインテールを揺らす。

「テリトリー? 契約者を放置する管理者に、発言権はないわ」

「ほぉ〜……喧嘩売ってんのね」

二人の視線がバチバチと火花を散らす。

総一はため息をつき、カイは口元を緩めた。

「で、俺らはどっちに賭ける?」

「やめろ。賭け事じゃねえんだよ」

そのやり取りの最中にも、ビルからの魔力は強くなっていく。

周囲の人々がふらつき、スマホを落としたまま動かなくなる者まで現れた。

「時間停止型か……」セラフィーネが呟く。

「へぇ……じゃあ、こっちも楽しくなるじゃない」

リリムが口角を上げ、黒い魔力を爪先から滴らせる。

「じゃあ、先に行かせてもらうわ」

セラフィーネがふわりと跳躍し、羽根のような光を背に展開する。

「アンタだけにいい格好はさせない!」

リリムも跳び、地面を蹴った瞬間に魔力陣を展開して追う。

「おい待て! 置いてくな!」

カイが慌てて後を追い、総一も仕方なく駆け出す。

雑居ビルの入り口は、まるで時間が止まったかのように静まり返っていた。

自動ドアの前で立ち尽くすサラリーマンも、歩道で足を止めた女性も、微動だにしない。

「こりゃマジでヤベえな……」

「行くぞ」

リリムとセラフィーネが同時に言い、二人の声が重なった。

ビル二階のオフィスフロアに足を踏み入れた瞬間、視界が色を失った。

空間全体が灰色に沈み、空気が重く淀んでいる。

机の間では数人の客がポーズを固めたまま静止していた。

その中心に――時間の外に立つ男がいた。

右手に古びた懐中時計を握り、狂気じみた笑みを浮かべている。

「時間は私のものだ……誰にも邪魔はさせない……!」

セラフィーネが即座に聖光の輪を展開し、停止領域に干渉しようとする。

だが男は時計をひねり、空間がさらに圧縮される。

彼女の動きが鈍り、光の輪が軋みを上げた。

「やっぱり正攻法は通らないわね……」

リリムが舌打ちし、爪先から紫紺の刃を伸ばす。

「総一! 私の魔力を少し分ける! あんたなら短時間だけ動けるはず!」

「お、おう!」

次の瞬間、総一の全身を熱が駆け抜けた。

重い空気が少しだけ軽くなり、鈍色の世界で足が動く。

「何だと……!?」

男の目が驚きに揺れる。

総一は机の間を縫うように駆け、懐中時計を狙って跳びかかった。

しかし男は腕を振り、時間の波で押し返す。

「甘い!」

背後からカイの声。投げられたマグカップが時間の壁を突き抜け、男の肩に直撃した。

「……お前、武器それかよ!」

「そこにあったんだよ!」

その一瞬の隙に総一が時計へ手を伸ばす。

同時にリリムが魔力の鎖を放ち、セラフィーネの聖光が輪を閉じる。

「――砕けろッ!」

三つの力が同時に契約核へ干渉し、懐中時計が粉々に砕け散った。

世界に色が戻り、止まっていた空気が一気に流れ出す。

男は崩れ落ち、契約の印が煙のように消えていった。

「ふぅ……」

リリムが髪を払う。

セラフィーネは男を一瞥し、総一へ視線を向けた。

「今回は貸しにしておくわ。次は正式に監査する」

「やれるもんならやってみなさいよ」

リリムが笑い返すが、その瞳にはわずかな警戒が残っていた。

カイは黙ってケーキの袋を持ち上げる。

「戦利品。ちゃんと持って帰るぞ」

「お前、戦場にまでケーキ持ってくな!」

夕暮れの街に、三人と一人の足音が溶けていった。

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