Share

監査の前の日常

Author: 吟色
last update Last Updated: 2025-08-09 23:14:45

セラフィーネが去ってから三日。

総一は朝のHRが始まる前の教室で、ぼんやりと窓の外を眺めていた。

空は青く晴れ渡り、雲がゆっくりと流れている。

こんな平和な朝が、どれだけ貴重なものかを、最近になって実感するようになった。

「おはよー」

後ろから聞こえた声に振り返ると、リリムが教室に入ってきた。

今日は珍しく制服のリボンがきちんと結ばれており、スカート丈も規定通り。

髪も普通に結んでいて、一見すると「真面目な女子高生」に見えなくもない。

「……なんだその格好。どうした?」

「何よ、失礼ね。これが本来のわたしよ」

「嘘つけ。お前がまともな格好するときは、だいたい何かたくらんでる」

「たくらむって何よ! 清楚で真面目な女子高生が、何をたくらむって言うの!」

「その『清楚で真面目』を連呼するところが、すでに怪しいんだよ」

リリムはぷいっと頬を膨らませながら、隣の席に座った。

その動作も、いつもより控えめで上品だった。

「……まさか、あの天使の言葉が効いてるのか?」

「は? セラフィーネ? あんなやつの言葉なんて、屁とも思わないわよ」

「屁って言うな。女子が」

「だってムカつくんだもん! 『次は正式に監査する』って、何よあれ! わたしの方が先輩なのに!」

あー、やっぱりそれか。

総一は苦笑しながら、教科書を取り出した。

リリムは機嫌悪そうに頬杖をついている。

その様子を見ていると、なんだか「普通の女子高生」みたいで、少し可愛らしく思えた。

「……なに見てんのよ」

「別に。お前がまともに見えるなって思っただけ」

「まともって何よ! わたしはいつでもまともよ!」

「はいはい」

朝のHRが始まり、担任が出席をとる。

いつもの日常。穏やかで、何も起こらない普通の時間。

――だが、その平和は昼休みまでしか続かなかった。

「総一! 大変だ!」

カイが教室に飛び込んできたのは、昼休みのチャイムが鳴って十分後のことだった。

手にはスマホを握り、顔は真っ青になっている。

「どうした? そんなに慌てて」

「これ見ろ! SNSで話題になってる!」

カイがスマホの画面を見せる。

そこには、昨日の雑居ビルでの「時間停止事件」の動画が投稿されていた。

画質は荒く、角度も微妙だが、確かにリリムとセラフィーネが空中で戦う姿が映っている。

「うっわ……これ、完全にバレてんじゃん」

リリムが画面を覗き込んで顔を青くする。

動画のタイトルは「駅前に現れた天使と悪魔!? CG? それとも本物?」

再生回数はすでに十万回を超え、コメント欄は大騒ぎになっていた。

『これCGじゃないよね?』

『天使の子めちゃくちゃ美人』

『悪魔の方も可愛いけど危険そう』

『フェイク動画でしょ、さすがに』

『いや、これリアルすぎない?』

「おい、これヤバくないか?」

総一の問いに、リリムは頭を抱える。

「ヤバいってレベルじゃないわよ! 地獄の規則で『人間界での正体露見』は重大違反なの! これ以上罰ゲームポイント溜まったら、わたし本格的に処分されるかも!」

「処分って……」

「最悪、永久追放。つまり、どこの世界にも居場所がなくなる」

リリムの声が震えていた。

いつもの強気な態度は影を潜め、本気で怯えている様子だった。

総一は黙ってスマホを見つめる。

動画の中で戦うリリムは、確かに「悪魔」だった。

黒い魔力を纏い、空中を駆け、契約者を止める姿。

でも、それが彼女の本当の姿なのだと、改めて実感した。

「……大丈夫だよ」

「え?」

「この動画、すぐに削除されるはずだ」

「なんで分かるの?」

総一はスマホを返しながら答える。

「だって、あいつが黙ってるわけないだろ」

その「あいつ」というのが誰を指すのか、リリムにはすぐに分かった。

放課後、三人は駅前のカフェに向かった。

店の前に着くと、案の定「臨時休業」の札が掛かっている。

「セラフィーネ! 出てきなさいよ!」

リリムが扉をドンドン叩く。

数秒後、扉がそっと開き、金髪の美女が顔を出した。

「あら、リリム。来ると思ってたわ」

「当たり前でしょ! あんたのせいで大変なことになってるのよ!」

「私のせい? 戦ったのは貴女もでしょう?」

セラフィーネは涼しい顔で店内に三人を招く。

カフェの中は客もおらず、静まり返っていた。

「で、動画の件はどうするつもりなの?」

リリムが椅子に座りながら問う。

「もう処理したわ。天界の『記憶調整部』に依頼して、動画は削除、拡散を停止、投稿者と視聴者の記憶も曖昧にした」

「……それ、反則じゃないの?」

「天界の業務の範囲内よ。人間界の平和を守るため」

あっさりと説明するセラフィーネに、カイが感心したように呟く。

「すげーな、天使。そんなことまでできるのか」

「当然です。私たちは秩序の番人ですから」

「だったら最初から気をつけろよ……」

総一がぼやく。

セラフィーネは紅茶を淹れながら続けた。

「ただし、今回のことで天界本部にも報告が上がった。リリムの監査は予定より早まるかもしれない」

「え……」

リリムの顔が青ざめる。

「冗談じゃないわよ! まだ罰ゲーム期間中なのに!」

「規則違反を重ねれば、当然の措置。それに……」

セラフィーネの表情が少し曇る。

「最近の契約暴走事件、普通じゃないもの。背後に何かいる」

「仮面の男のことか?」

総一の問いに、セラフィーネが頷く。

「おそらく『契約屋』と呼ばれる存在。地獄とも天界とも違う、第三の勢力」

「第三の勢力……」

「契約のシステムを悪用して、意図的に人間を暴走させている。目的は不明だけれど、このまま放置すれば大きな混乱が起きる」

重い空気がカフェを包む。

リリムは紅茶カップを両手で握りながら、小さく呟いた。

「……わたし、本当にみんなに迷惑かけてるのね」

「何言ってんだよ」

総一の声に、リリムが顔を上げる。

「お前がいなかったら、俺たちはもっと多くの人を救えなかった。迷惑なんかじゃないよ」

「でも……」

「それに、お前が契約違反したのも、きっと理由があるんだろ?」

リリムの目が大きく揺れる。

しばらく黙っていたが、やがて小さく首を横に振った。

「……その話は、まだできない」

「無理しなくていい。いつか話したくなったら聞くから」

セラフィーネが二人のやり取りを見て、わずかに微笑む。

「意外ね。地獄の悪魔と人間がここまで信頼し合うなんて」

「信頼って……そんな大げさなもんじゃないだろ」

「そうかしら?」

セラフィーネはカップを置き、立ち上がった。

「リリム、監査まではまだ少し時間がある。その間に、自分なりの答えを見つけなさい」

「答えって?」

「貴女がなぜ契約違反をしたのか。そして、これからどうしたいのか」

リリムは俯いたまま答えない。

カイがその空気を読んで、わざと明るく言った。

「まあ、考えても仕方ないことは考えない。それより、今日の夕飯何にする? リリムの手料理、久しぶりに食べたいな」

「はあ? わたしの手料理? 地獄にそんな文化ないわよ」

「えー、じゃあ総一が作るのか?」

「俺だって料理なんてできねえよ」

「じゃあセラフィーネは?」

「天界の食事は光合成が基本ですから……」

四人とも料理ができないことが判明し、結局コンビニ弁当を買って帰ることになった。

夜、総一のアパート。

いつものメンバーに加えて、セラフィーネも同席していた。

狭いリビングに五人(ヴェルダも含めて)が集まると、さすがに窮屈だ。

「うーん、唐揚げ弁当もたまにはいいわね」

リリムが箸を動かしながら言う。

いつもの元気はないが、それでも少しは機嫌が直ったようだ。

「天使も弁当食うんだな」

「失礼ね。私たちだって普通に食事するわよ」

セラフィーネは上品に箸を使いながら答える。

ヴェルダは黙々と海苔弁を食べている。

相変わらず無愛想だが、この場にいることを嫌がってはいない様子だった。

「そういえば、明日から土曜日だな」

総一の言葉に、リリムが顔を上げる。

「土曜日って何よ?」

「学校が休み。つまり、丸二日間自由時間」

「へえ……人間界って、そういうシステムなのね」

「何するつもりだ?」

カイの問いに、総一は首をかしげる。

「何って、特に予定はないけど……」

「だったら街でも歩くか。最近戦ってばっかりで、普通の休日過ごしてないし」

「それいいわね!」

リリムが急に元気になる。

「わたし、人間界の『遊び』ってやつを体験してみたい!」

「遊びって、お前……」

「だめなの? 罰ゲーム中だから、人間の生活を体験するのも勉強でしょ?」

確かに、それは筋が通っている。

総一は苦笑しながら頷いた。

「まあ、いいけど。変なことするなよ?」

「変なことって何よ! わたしは常識的な悪魔よ!」

「その時点で矛盾してるからな……」

和やかな空気の中、五人の夜は更けていく。

明日は久しぶりの平和な週末になりそうだった。

――もちろん、そんな平和が長続きするはずはないのだが、それはまた別の話である。

リビングの窓から見える夜空に、満月が静かに輝いていた。

月光がカーテンの隙間から差し込み、くつろぐ五人の姿を優しく照らしている。

「なあ、みんな」

総一がふと口を開く。

「たまには、こういう時間もいいな」

「そうね」

リリムが小さく微笑む。

その笑顔は、いつものような悪戯っぽいものではなく、どこか穏やかで安らかだった。

戦いの合間に訪れる、束の間の平和。

きっと、こんな時間こそが一番大切なのかもしれない。

外では風が優しく吹き、遠くで夜鳥が鳴いている。

平凡で、何も起こらない夜。

でも、それがとても貴重に思えた。

「明日は何時に出発する?」

カイの問いに、リリムが即答する。

「朝一番! 人間界の朝から夜まで、全部体験するのよ!」

「おい、それだと俺が死ぬ……」

「大丈夫よ! 悪魔についてくるだけなんだから!」

「それが一番危険なんだよ……」

そんなやり取りを聞きながら、総一は静かに笑った。

きっと明日も、きっと明後日も、こんな風に続いていく。

時々危険もあるけれど、それでも大切な日々が。

Continue to read this book for free
Scan code to download App

Latest chapter

  • 悪魔ちゃんは契約違反で罰ゲーム中!   地獄での審問

    審問の前日。リリムは一人でベランダに出て、夜空を見上げていた。星が綺麗に輝いている。人間界の星は、地獄から見えるものとは全く違った。温かく、優しく、希望に満ちている。「もうすぐお別れかもしれないのね」小さく呟く。明日の審問で、最悪の場合は存在消去。もう二度と、この星空を見ることはできなくなるかもしれない。「リリム?」後ろから総一の声がした。振り返ると、彼が心配そうな顔でこちらを見ている。「どうして起きてるの?」「眠れなくて。明日のことを考えると……」リリムは再び空を見上げる。「怖いのよ。消されてしまうのが」総一がベランダに出てきて、隣に立つ。「大丈夫だ。俺が絶対に守る」「でも相手は地獄よ? 人間が立ち向かえる相手じゃない」「それでもやる」総一の目に強い意志が宿っている。「お前は俺の大切な人だ。そんな簡単に諦められるか」「大切な人……」リリムの頬が赤くなる。「そんなこと言われると、ドキドキしちゃうじゃない」「事実だから仕方ない」二人は並んで夜空を見つめる。風が優しく吹き、リリムの髪を揺らしていく。翌朝、地獄からの使者が現れた。「リリム=アズ=ナイトメア。地獄最高審問会への出頭命令だ」現れたのは、黒い翼を持つ男性の悪魔。階級章から見て、かなり上位の存在らしい。「分かったわ」リリムが立ち上がる。いつもの制服ではなく、地獄時代の正装を着ている。黒いドレスに金の装飾。威厳がありながらも、どこか寂しげだった。「待てよ」総一が前に出る。「俺も一緒に行く」「人間が地獄に入ることは許可されていない」使者が冷たく答える。「でも契約者なら別だろ?」「契約者? 君とリリムは正式な契約を結んでいない」「じゃあ今結ぶ」総一がリリムに向き直る。「リリム、俺と正式に契約してくれ」「でも……」「お前を一人で行かせるわけにはいかない」リリムは迷った後、小さく頷いた。「分かった。でも、これで総一も危険に巻き込まれることになる」「構わない」総一がリリムの手を取る。「俺の願いは、お前を守ること。それ以外に何もいらない」「総一……」二人が手を繋いだ瞬間、光の輪が現れた。正式な契約の証。使者は驚いたような顔をする。「……契約が成立した。ならば、契約者として同行を許可する」「やったな」カイが手を叩く。「俺たちも行

  • 悪魔ちゃんは契約違反で罰ゲーム中!   地獄への召喚状

    「彼女は以前、ある人間と契約を結んだ。その人間は、彼女に恋をした」クロウの声が病院の廊下に響く。総一の顔が青ざめる。「そして彼女も、その人間に情を抱いてしまった。それが契約違反だ」「嘘だろ……」「事実だ。彼女は感情に流されて契約を破綻させ、その人間を死なせた」「嘘よ!」リリムが叫ぶ。「わたしは彼を死なせたりしてない!」「では、彼は今どこにいる?」リリムが言葉に詰まる。「答えられないだろう? なぜなら、彼はもういないからだ」「それは……」「君の感情が、彼を破滅に導いたのだ。そして今度は、総一も同じ道を辿る」「させない!」総一が叫ぶ。「俺は絶対にリリムを信じる! 過去に何があろうと関係ない!」クロウは意外そうな顔をする。「真実を知ってもまだ彼女を信じるというのか?」「当たり前だ! 俺にとって大切なのは、今のリリムだ!」リリムの目に涙が浮かぶ。「総一……」「俺は絶対にお前を見捨てない」クロウは首を振る。「愚かな人間め。やがて後悔することになる」「後悔なんてしない!」「それでも君が彼女を信じるなら……」クロウが再び仮面を着ける。「今度は君自身に選択させよう。彼女を取るか、周りの人々を取るか」「何だって?」「やがて分かる。君の『愛』がどれほど重いものか、思い知ることになる」クロウが姿を消す。残された四人の間に、重い沈黙が流れる。リリムは涙を流しながら俯いている。「リリム……」総一がそっと肩に手を置く。「今度、ちゃんと話そう。全部」「でも……」「大丈夫だ。俺は絶対にお前を責めたりしない」リリムは小さく頷いた。「……半分は本当よ」「半分?」「わたしは確かに、以前契約者に感情を抱いたことがある。でも、彼を死なせたわけじゃない」リリムの声が震える。「彼は……自分から契約を破棄したの」「契約を破棄?」総一が眉をひそめる。「そんなことできるのか?」「通常はできない。でも彼は特別だった。人間でありながら、契約の核に直接干渉できる力を持っていた」「それで?」「彼はわたしに言ったの。『君を地獄のシステムに縛られたままにしておくのは間違いだ』って」リリムの目から涙がこぼれる。「そして、契約を破棄して、わたしを自由にしてくれた。でもその代償として……」「代償として?」「彼の記憶と存在が、世

  • 悪魔ちゃんは契約違反で罰ゲーム中!   感情を取り戻す術式

    翌朝、総一は桜井美月に電話をかけた。「もしもし、桜井さん? 昨日の件なんですが……」「はい! 何か分かったことがあるんですか?」「感情を戻す方法があるかもしれません。ただし、あなたの協力が必要になります」電話の向こうで、美月の息を呑む音が聞こえた。「私の……協力?」「はい。詳しくは直接説明したいので、放課後、真理さんのお見舞いがてら病院で会えませんか?」「分かりました! 絶対に行きます!」電話を切ると、リリムが心配そうに見ている。「本当に大丈夫なの? 感情共有術なんて、わたしもやったことないわよ」「でも、他に方法はないだろ」「そうだけど……リスクが大きすぎる」総一は制服のボタンを留めながら答える。「リスクがあっても、やらなきゃいけないことってあるんじゃないか」「……そうね」リリムも制服に着替え始める。「でも絶対に無理はしないで。何かあったら、すぐに術式を中断するから」「分かった」二人で学校に向かう道中、カイが合流してきた。「よう。今日も事件の続きか?」「ああ。お前も手伝ってくれるか?」「もちろん。俺も気になってるしな、あの仮面野郎のこと」学校では、山田真理の件がちょっとした話題になっていた。「原因不明の感情麻痺だって」「怖いよね、急にそんなことになるなんて」「ストレス社会の弊害かな」クラスメイトたちは様々な憶測を語り合っているが、誰も真実を知らない。知っているのは、総一たちだけだった。「やっぱり隠蔽されてるのね」リリムが小声で言う。「当然だろう。本当のことを知ったら、みんなパニックになる」「でも、このままじゃ被害者は増える一方よ」「だからこそ

  • 悪魔ちゃんは契約違反で罰ゲーム中!   仮面の男クロウ

    帰り道、リリムが総一の袖を引いた。「ねえ、さっきの力……」「ああ、あの黒い炎のことか?」「あれ、普通の契約魔力じゃない。もっと深い、根源的な力よ」「根源的って?」「人間の持つ『原初の感情』から生まれる力。愛とか、怒りとか、そういう根本的な感情エネルギー」「よく分からないな」「つまり、あんたの中にある『大切な人を守りたい』っていう気持ちが、直接的に力になったのよ」総一は立ち止まる。「大切な人って……」リリムは頬を赤らめながら俯く。「わ、わたしのことじゃないわよ! きっと他に大切な人がいるんでしょ!」「いや、たぶんお前のことだと思うけど」「え?」「だって、お前が消えるって想像したら、すごく怖くなったから」リリムの顔がさらに赤くなる。「そ、そんなこと言わないでよ……恥ずかしい」「事実だから仕方ないだろ」二人のやり取りを見ていたカイが呟く。「お前ら、もう付き合えよ」「付き合うって!」「だってどう見ても恋人同士じゃん」総一とリリムは同時に赤面した。「違うわよ! わたしたちは契約関係で……」「契約関係以上の関係だろ、どう見ても」「そ、そんなことないもん!」リリムは恥ずかしそうに総一の後ろに隠れる。総一も恥ずかしそうに頬を掻く。「まあ……そういう話は後にしよう」「そうね。今は真理ちゃんのことを考えましょう」でも、二人の間には確かに特別な絆があった。それは契約を超えた、もっと深いつながり。家に帰ると、ヴェルダが待っていた。「お帰りなさい。今日の事件、聞きました」「もう知ってるのか」「天界と地獄の情報網は侮れませんからね。感情剥奪型の契約……厄介ですね」「元に戻す方法はないのか?」ヴェルダは少し考える。「理論上は可能です。でも、非常に高度な魔術が必要になります」「どんな?」「『感情復元術』。失った感情を、記憶から再構築する術式です」「それって、リリムにできるのか?」リリムは首を振る。「わたしのレベルじゃ無理。少なくともA級悪魔か、上位天使じゃないと」「上位天使……セラフィーネか?」「彼女なら可能かもしれません」ヴェルダが頷く。「でも、天界の規則上、人間の感情に直接介入するのは禁止されています」「じゃあ、どうすれば……」その時、窓の外から光が差し込んだ。セラフィーネが現れる。「呼ばれた気

  • 悪魔ちゃんは契約違反で罰ゲーム中!   感情を失った少女

    放課後の薄暮が街を包み込む頃、四人は山田真理のアパートの前に立っていた。古いアパートの二階。インターホンを押すが、返事はない。「おかしいわね」リリムが魔力を展開して内部を探る。「……いる。でも、反応が弱い」「弱いって?」「生きてはいるけれど、意識がほとんどない状態」総一は迷わずドアノブを回した。鍵は開いていた。部屋の中に入ると、薄暗い中に女子高生が倒れていた。山田真理だろう。「真理ちゃん!」美月が駆け寄る。真理は意識はあるが、うつろな目をしていた。まるで魂が抜けたような状態だ。「これは……」リリムが真理の額に手を当てる。「恐怖を取り除きすぎた結果ね。感情のバランスが崩れて、すべての感情が希薄になってる」「恐怖を取り除く……まさか」総一が振り返ると、部屋の隅に影が立っていた。仮面をつけた男。いつもの黒装束姿。「よく来たな。待っていたぞ」「お前か! また契約を撒き散らして!」「撒き散らす? 違うな。私は彼女の願いを叶えただけだ」男が指を鳴らすと、真理がゆっくりと立ち上がった。その目は虚ろで、表情には一切の感情がない。「恐怖がなくなって、とても楽になりました」真理の声は抑揚がなく、機械的だった。「でも、恐怖と一緒に他の感情も消えてしまった。愛も、怒りも、悲しみも、喜びも……すべて」「そんな……」美月が呟く。「これが君たちの言う『救済』か?」男の仮面の下で、口元が歪む。「感情など、人間を苦しめるだけの無駄なもの。なくなれば楽になる」「違う!」総一が叫ぶ。「感情があるから人間なんだ! それを奪う権利はお前にはない!」「権利? 彼女自身が望んだことだ」「本当にそうなのかよ!」総一は真理に向き直る。「山田さん、本当にこれで良かったのか? 感情がなくて幸せか?」真理は無表情のまま答える。「幸せ……という感情が分からないので、答えられません」その言葉に、美月の目に涙が浮かぶ。「真理ちゃん……」リリムが前に出る。「元に戻す方法はあるの?」男は首を振る。「一度消した感情は戻らない。これが契約の結果だ」「嘘よ! 契約には必ず解除方法があるはず!」「あるかもしれんな。だが、教える義理はない」男が再び指を鳴らすと、真理の体から黒いオーラが立ち昇る。「さあ、次は君たちの番だ。恐怖を感じるがいい」突

  • 悪魔ちゃんは契約違反で罰ゲーム中!   新しい契約者の影

    月曜日の朝、総一は妙な胸騒ぎで目を覚ました。空が曇っており、どんよりとした灰色の雲が空を覆っている。なんとなく嫌な予感がしていた。「おはよう、総一」リリムはいつもと変わらない様子で起きてきたが、その表情はどこか緊張していた。「おはよう。どうした? 顔色悪いぞ」「ちょっと気になることがあるの」「気になること?」リリムは窓の外を見つめながら答える。「昨夜から、妙な魔力の波を感じるのよ。それもかなり強い」「契約者か?」「たぶん。でも今までとは質が違う。もっと……深い感じ」総一も窓の外を見る。確かに空気が重く感じられた。「とりあえず学校に行こう。何かあったらその時考える」「そうね」二人は準備を整えて家を出た。通学路の途中で、カイと合流する。彼も何となく浮かない顔をしていた。「よう。なんか今日、変な感じしない?」「お前も感じてるのか」「ああ。なんか空気が重いっていうか……」リリムが振り返る。「カイも魔力波を感じてるの?」「魔力波ってより、なんか『嫌な予感』って感じかな。昔からこういうのは当たるんだよ」学校に着くと、その予感は的中していることが分かった。「おい、聞いたか? 昨日の夜、駅前で変死体が見つかったらしいぞ」クラスメイトの会話が聞こえてくる。「変死体?」「ああ。二十代の男性で、外傷は全くないのに死んでたって」「怖いな……」総一とリリムは顔を見合わせる。明らかに普通の死ではない。昼休み、三人は屋上に集まった。「やっぱり契約関係の事件ね」リリムがスマホで死亡事件の詳細を調べている。「被害者は田中健太、二十四歳。フリーター。目立った

More Chapters
Explore and read good novels for free
Free access to a vast number of good novels on GoodNovel app. Download the books you like and read anywhere & anytime.
Read books for free on the app
SCAN CODE TO READ ON APP
DMCA.com Protection Status