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存在を盗むもの

Author: 吟色
last update Last Updated: 2025-08-08 09:42:36

校舎裏の路地を抜けた瞬間、風がざわりと鳴った。

「あっ……!」

総一の視界から、中森あいの姿が消えた。

いや、正確には“見えなくなった”だけだ。耳の奥に微かな衣擦れが残っている。

「またやったな、存在ぼかし……!」

リリムが舌打ちし、指先から紫の光を放つ。

その光は周囲の空気をなぞるように走り、壁や地面に細い魔力の線を描いた。

「……そこだ」

落ち着いた声が響く。カイがポケットに手を突っ込んだまま、校舎の陰を顎で指した。

総一が飛び込むと、空気が裂け、あいの姿が浮かび上がる。

だが、その顔はもう“彼女”ではなかった。

さっきまで教室にいたクラス委員の顔、廊下ですれ違った先輩の顔――数秒ごとに変化し、掴みどころがない。

「……アンタら、誰?」

あいの声までが、別人のものに聞こえる。高く、低く、柔らかく、鋭く――めまぐるしく変わる。

「やっかいだな……これは視覚だけじゃない、聴覚も混乱させる型だ」

カイの分析に、リリムが頷く。

「しかも模倣対象の動きや癖までコピーしてくる。総一、正面からじゃ勝てないわよ」

「じゃあどうすんだよ」

「核に干渉して一時停止させる。……でも、今の私の魔力じゃ時間がかかる」

リリムが素早く地面に魔法陣を描き始める。

総一はその横顔を一瞥し、深く息を吐いた。

「時間稼ぎは任せろ」

足元の土が小さく鳴った瞬間、総一はあいへ駆けた。

彼女の目が、別人の色を映す。

次の瞬間、顔も声も知らない“誰か”が、総一へ拳を振り下ろしてきた。

総一は咄嗟に腕で受け流す。

だが、その動きに既視感があった。

――これ、俺の動きじゃねえか。

「おいリリム! これ、俺の癖までコピーしてるぞ!」

「見てればわかる! 完全な動作模倣ね。擬態型でも厄介な部類よ!」

あいの姿がふっと変わる。今度は体育教師の体格と声色になり、重い蹴りを放ってきた。

総一はギリギリで身をかわすが、次には女子生徒の軽やかな動きで背後を取られる。

「くそっ、切り替えが早すぎる……!」

「擬態対象は同時に複数じゃなく、瞬間的に切り替えてる。だから追えない」

カイが淡々と状況を解析していた。

「じゃあどうすんだよ!」

「簡単だ。一度に一人しか模倣できないなら、こっちから“対象”を限定させればいい。視覚と聴覚を絞り込ませるんだ」

「言うのは簡単だな!」

「やるのはお前だ、総一。俺は位置を教える」

カイはまる
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