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第3話

Author: スパイシーエビだん

結局、明輝の誕生日には私も顔を出した。

会社が用意してくれる社宅はまだ整っていなかったし、支社へ行くことも彼に話すつもりはなかった。

離婚のことまで考えていた。

けれど、どう切り出せばいいのか分からなかった。

せめて最後に、もう一度だけ彼の誕生日を一緒に過ごそうと思った。

何年か夫婦として過ごした、その情けだと思えばいい。

今回は、自分の好きなように黒のロングワンピースを着た。

明輝はそれを見て、わずかに眉をひそめた。

「ゆず、なんでそれ着てるの?

クローゼットに白いのがあっただろ、そっちじゃだめなの?」

また私の選択に口を出してきた。

「汚れちゃって、もう落ちないの」

明輝は私の言葉の含みに気づかず、時計をちらりと見て、急かすように言った。

「わかった、じゃあ早く行こう。学生たちを待たせたら悪い」

……

学生たちが予約した個室に着き、扉を開けた瞬間、紙テープと歓声が一斉に飛んできた。

個室はやけにロマンチックに飾りつけられていて、白いリシアンサスが部屋いっぱいに並べられていた。

私はそっと明輝を見た。

彼の目の奥に、言いようのない色が一瞬よぎった。

直後、個室の反対側の扉が開いた。

白いワンピースをまとった、物腰の柔らかな女性が姿を現した。

私と同じ黒いストレートの長い髪に、私とよく似た小ぶりの真珠のピアスをつけていた。

その人は、澪だった。

やっぱり、「サプライズ」として現れたのだ。

「明輝、久しぶり。誕生日おめでとう。」

澪は柔らかく、控えめに微笑んでいた。明輝はその場で固まり、思わず私の手を離した。

「澪……いつ帰ってきたんだ?」

「昨日着いたばかり」

澪の視線が彼越しに、するりと私へ向けられた。

「桜庭さん、ですよね。明輝からよく聞いています」

私は軽くうなずき、愛想笑いを返した。

席に着くと、学生たちは「学生時代の思い出話」や「ゲーム」という口実で、当然のように明輝と澪を隣同士に座らせた。

二人は大学時代のエピソードを語り合い、研究室での徹夜を懐かしんでいた。

それは、私が決して入り込めない二人だけの過去だった。

輪の真ん中で、私の夫は初恋の相手と目を合わせて笑っていた。

そして、最初から最後まで、私のところに見ていなかった。

誕生日ケーキは、二段重ねのフォンダンケーキだった。

代表となる学生が最初の一切れを切り分け、澪に差し出した。

「はい!最初の一切れは絶対、水城先輩に!」

そのとき、誰かに後ろから押されたのだろう。

私の前にいた人のワイングラスが大きく傾いた。

赤ワインがこちらへ飛んできた。

見えていたから、反射的に身をかわそうとした。

でも、すぐ後ろには澪が立っていた。

明輝が素早く手を伸ばし、澪を自分の胸に引き寄せた。

その動きに巻き込まれ、私はよろけてテーブルに背中を打ちつけた。

残っていた半分のワインが、私にかかった。

赤い液体が髪の毛先からぽたぽたと垂れる。

一瞬で、私はひどくみっともない姿になった。

なのに。

「澪、大丈夫?かかってない?」

明輝は焦った様子で澪を確かめ、無事だと分かるとほっと息をついた。

そこでようやく、私の存在を思い出したように。

彼は振り返り、赤ワインに染まった私の蒼白な顔を見て、気まずそうに口を開いた。

「ゆず……ごめん。今ちょっと気づかなくて。大丈夫か?」

私はとても静かだった。

けれど、がっかりしていた。

ドレスは汚れた。

そして、さっき彼が見せた本能的な動きが教えてくれた。

私たちの関係は、こんなにも濁りきっていたのだと。

騙され続け、それでも幸せだと信じていた愚かな妻。

自分にも相手にも嘘をつく卑怯な夫。

「大丈夫」

私は立ち上がり、明輝の横を通り過ぎた。

唇の端にかすかな笑みを浮かべている澪の横も通り過ぎた。

学生たちは面白そうにこちらを見ているだけだった。

私はお手洗いへ向かい、ワインの染みを少しずつ洗い流そうとした。

水が肌を打ち、冷たくて、骨まで沁みた。

三年間の馬鹿げた夢が、ようやく終わろうとしていた。

そのとき、支社の松本さんからメッセージが届いた。

【桜庭さん、マンションの準備が早めに整った。明日からいつでも入居できるよ】

私はスマホを手に取り、文字を打った。

【はい】
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