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13.二人の未来

last update Last Updated: 2025-07-08 10:22:37

 王妃の座を辞退するという、前代未聞の決断を下した後、私は王宮の廊下を、心穏やかに歩いていた。

 私の胸には、国王陛下の言葉が響いていた。「真実の愛を選んだ貴殿の人生が、幸福に満ちたものとなることを願う」。

 名誉や権力ではなく、私が本当に望むものを手に入れたのだという確かな充足感が、私の全身を包み込んでいた。

 王宮を出て、待たせていた馬車に乗り込んだ。

 馬車が公爵邸へと向かう間、私の心は、早くアシュトン様の元へと帰りたいという思いでいっぱいだった。

 彼が、私の決断を知ったら、どんな顔をするだろう。

 驚くだろうか、それとも、安堵してくれるだろうか。

 彼の表情を思い浮かべると、自然と頬が緩んだ。

 公爵邸の門が見えてきた。

 門の前には、アシュトン様が、私を待っていたかのように、そこに立っていた。

 彼の顔には、微かな不安の色が浮かんでいるように見えた。

 私が馬車から降りると、アシュトン様は私に駆け寄ってきた。

「セリーナ……」

 彼の声は、不安と、そして、私への強い想いが入り混じったような響きだった。

 私は、彼の顔を見上げ、満面の笑みを浮かべた。

「アシュトン様。私、王妃の座を辞退してまいりました」

 私の言葉に、アシュトン様の表情が、一瞬にして凍りついた。

 そして、彼の瞳の奥に、深い絶望の色が浮かんだように見えた。

「だが……貴様は、最終合格者だったのだろう……?」

 彼が何かを言おうとすると、私は彼の言葉を遮った。

「はい。ですが、お伝えいたしました通り、私には王妃の務めを全うすることはできません。私の心は、すでにアシュトン様だけを愛しておりますから」

 私の言葉に、アシュトン様の瞳が、驚きに見開かれた。

 信じられないものを見るように、私を見つめている。

「どういうことだ……セリーナ……」

 彼の声は、戸惑いと、そして、微かな希望が混じり合っているように聞こえた。

 私は、彼の両手を握りしめ、彼の瞳を真っ直ぐに見つめた。

「愛のない結婚に意味はないと、私がお伝えしたのは、アシュトン様ではないですか。だから、私、アシュトン様を愛することにいたしました。この身を捧げ、生涯あなたの隣で、あなたを支えていきたいと願っております」

 私の言葉に、アシュトン様の瞳から、一筋の光が消えた。

 そして、その瞳は、私を深く見つめ、その奥には、今まで見たことのないような、温かい感情が揺らめいているように見えた。

「セリーナ……」

 彼の声は、微かに震えていた。

「俺も……貴様を、愛している」

 アシュトン様の言葉は、まるで彼の心の氷が解けたかのような、温かい響きだった。

 彼は、私を強く抱きしめた。その腕は、今までのような支配的なものではなく、私を慈しむかのような、優しい抱擁だった。

 冷徹だった公爵の歪んだ執着は、私の真実の選択と、彼の心の変化によって、真実の愛へと昇華された。

 彼の腕の中で、私は安堵のため息をついた。

 もう、ここには、政略結婚という冷たい響きはない。ただ、互いを深く慈しみ、尊重し合う、真実の愛だけが、そこにあった。

 この日を境に、アシュトン様は、私の行動を監視するようなことはなくなった。

 もちろん、私がどこかへ出かける際には、以前と変わらず護衛が同行するのだが、それは彼の執着からではなく、私を心から案じての行動だということが、私には痛いほど伝わってきた。

 彼は、私を「自分のモノ」として囲い込むのではなく、一人の人間として尊重し、大切にしてくれるようになったのだ。

 公爵邸での私たちの生活は、穏やかで、温かいものへと変化していった。

 アシュトン様は、執務の合間にも、頻繁に私の元を訪れるようになった。

 執務室で私が読書をしていると、彼は静かに私の隣に座り、書類に目を通す。

 時折、彼が私の手元を覗き込み、「これは面白いのか?」と尋ねることもあった。

 そして、私の返答に、真剣な表情で耳を傾けてくれる。

 以前は、一方的な彼の問いかけに私が答えるばかりだったが、今では、互いの意見を尊重し、穏やかな会話を交わせるようになっていた。

 庭園を散策する際も、彼は私の手を握り、ゆっくりと歩くようになった。

 以前は、無言で隣を歩いていた彼が、今では、庭園に咲く花の名前を尋ねたり、空を飛ぶ鳥について話したりと、他愛のない会話を私と楽しむようになったのだ。

 彼の表情には、以前の冷徹さはなく、柔らかな微笑みが浮かぶことが多くなった。

 ある晴れた日の午後、私は公爵邸の裏庭にある、アシュトン様のお母様の離れを訪れた。

 以前は立ち入り禁止だったこの部屋も、今はアシュトン様によって綺麗に整えられていた。

 埃を被っていたピアノも、専門の職人によって丁寧に修復され、美しい音色を奏でるようになっていた。

 私は、そのピアノの前に座り、鍵盤に指を置いた。

 そして、アシュトン様が初めて私の演奏を褒めてくれた時に弾いた、あの穏やかな曲を奏で始めた。

 澄んだ音色が、部屋いっぱいに広がる。

 演奏を終えると、背後から温かい拍手が聞こえた。

 振り返ると、アシュトン様が、そこに立っていた。

 彼の顔には、優しい微笑みが浮かんでいる。

「やはり、貴様の奏でる音は、美しいな、セリーナ」

 彼の言葉は、以前のような淡々としたものではなく、心からの称賛が込められていた。

「アシュトン様。よろしければ、今度は、アシュトン様のお母様が好きだった曲を教えてくださいませんか?」

 私がそう尋ねると、アシュトン様は少しだけ目を伏せた。

「……母は、悲しい曲ばかりを弾いていた。だが、もし貴様が望むのならば、いつか教えてやろう」

 彼の言葉には、過去の悲しみだけでなく、私と共に未来を築こうとする、確かな希望が込められているように聞こえた。

 彼は、私の隣に座り、私の手を握った。

 彼の指先は、以前のように冷たくはなく、温かかった。

「セリーナ。貴様は、俺に、愛を教えてくれた」

 彼の言葉に、私は彼の肩に寄りかかった。

「いいえ、アシュトン様。愛は、アシュトン様の中にずっとあったのです。私が、それを引き出しただけです」

 私の言葉に、アシュトン様は優しく微笑んだ。

 私たちは、互いの愛を育み、支え合いながら、公爵夫妻として、この国のために尽くしていく。

 

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