私の名前はセリーナ・フェルティア。公爵令嬢である。 由緒正しきフェルティア公爵家の一人娘として生まれた私は、物心ついた頃から「政略結婚」という二文字を運命として受け入れていた。それが貴族というものだ。特に不自由なく暮らしているのだから、その程度の覚悟はとうに決めていた。 けれど、まさか相手が彼だとは。「お前に、愛は与えない」 冷たく言い放ったのは、私の婚約者となるアシュトン・ヴァルター公爵。黒曜石のような瞳と、彫刻のように整った顔立ちを持つ彼は、まさに絵画から抜け出してきたような美しさだった。だが、その美しさとは裏腹に、感情の欠片も感じさせない冷徹な雰囲気を纏っている。〝氷の公爵〟と呼ばれる所以だ。「……承知しております」 私の返答は、きっと誰もが予想したものだっただろう。政略結婚なのだから、愛などなくとも構わない。そう教えられてきたのだから。 王家からの圧力により、急遽決まったヴァルター公爵との婚約。名門同士とはいえ、ヴァルター公爵家は代々、王家と距離を置くことで知られていた。そんな彼が、どうして私との結婚を受け入れたのか、周囲は誰もが首を傾げたものだ。 公爵邸での顔合わせの日、私はヴァルター公爵の執務室に招かれた。「初めまして、セリーナ・フェルティアです。この度は、大変光栄なご縁を賜り――」 私が型通りの挨拶を述べようとすると、彼は私の言葉を遮った。「無駄だ」 その一言に、私はぴくりと眉を上げた。けれど、すぐに表情を取り繕う。「……はい」「単刀直入に言う」 彼の声は、まるで凍てつく冬の風のようだった。「この結婚は、純粋な政略だ。貴様が愛を求めるのであれば、今すぐにでも破談にする」「愛を求めるつもりはございません」 間髪入れずに答える。彼の言葉に、ほんの少し苛立ちを覚えたのは事実だ。私だって、望んでこの結婚を選んだわけではない。けれど、フェルティア公爵家の娘として、与えられた役目を果たすのが私の使命だと思っていたから。「そうか」 彼はつまらなさそうに頷いた。「ならば良い。俺は、貴様に愛など与えぬ。求めるな。そして、俺に余計な干渉もするな」 彼の言葉は、まるで私に釘を刺すようだった。これほどまでに、露骨に愛がないことを宣言されるとは。もちろん、政略結婚に愛を期待していたわけではない。けれど、ここまで言い切られると、胸の
Last Updated : 2025-07-01 Read more