(サラリオ兄さんが、葵に想いを告げただって?)
ルシアンは、子供たちの騒ぎの後にサラリオから発せられた衝撃的な告白の言葉を反芻していた。今まで、感情を内に秘めていた兄が、ついに葵に想いを伝えたという事実に、驚きと同時に心から湧き上がる歓喜を感じていた。
(葵は、ごめんなさいって言ったけど、他に想う人がいるのか?それならサラリオ兄さんしかいないよな?)
一方、キリアンは、書庫でアゼルの告白を聞いた後、アゼルを慰めるために言葉を探していたが、葵が「ごめんなさい」と言った事実だけが頭を離れなかった。葵の表情には、悲しみと罪悪感が滲んでいたが嘘偽りは見られなかった。
二人の心の中で、さらなる発展を期待しながら物思いにふけっていると廊下でばったり鉢合わせた。
「ルシアン兄さん!」
「キリアン!!!」
想い人に再会したかのように二人は互いの名前を呼び、周りに人がいないことを確認してから、普段使用していない小部屋に入り、それぞれが見たり聞いたりしたことを報告し合った。
「サラリオ兄さん、意外と行動派だったんだね。あんなにうじうじしていたのに葵にもちゃんと伝えたなんて。」
キリアンは、冷静な口調で楽しそうに笑った。
王女が帰った日の夜、私の部屋のドアを控えめにノックする音がした。ドアを開けると、そこには気まずそうな顔をしているサラリオ様の姿があった。彼の瞳は不安に揺れ、どこか落ち着かない様子だ。部屋に招き入れると、彼はすぐに早口で喋り始めた。「あの、葵……昼間の件だが、私は王女とキスをしていない。王女が耳元で話しかけてきて、それを見て周りが誤解をしたんだ。しかし、葵に誤解されるのだけは嫌で、それだけは言いたくて……。突然すまない」切羽詰まった焦っているような様子が伝わってくる。背中を向けて帰ろうとするサラリオ様の腕を、私は咄嗟に掴んで引き留めた。「サラリオ様、伝えに来てくれてありがとうございます。私もアゼルの件があった時に、サラリオ様に誤解されるのだけは嫌でした。あの時は、サラリオ様が来てくれたから話せた。今日も、サラリオ様が来て話してくださってとても嬉しいです。」私の言葉に、サラリオ様は胸を撫で下ろし安堵したような表情を浮かべた。私の頬を優しく撫でると手から温もりが伝わってきた。「それで、王女はサラリオ様になんと仰ったのですか?」私が尋ねるとサラリオ様は戸惑っていた。言っていいものかと迷ったのちに、口ごもりながら話し始めた。「それは、その……国のために後継者を残す覚悟は出来ていると。」
園庭の椅子に座り、景色をじっと眺めていた私に背後からルシアンの優しい声が聞こえてきた。「葵、何拗ねているの?」私の隣に腰掛け悪戯っぽく微笑んでいる。「そんな、拗ねているだなんて……。」必死に弁明したが、ルシアンは小さく笑う。「葵の顔に『おもしろくない』ってハッキリと書いてあるよ。まあ、仕方ないか」自分の心の中を見透かされているような気がして何も言い返せなかった。「確かに何とも言えない感情はあるけれど、そもそも私とサラリオ様は立場が違うから。だから、そんなことを思う資格なんてないの。」私は、自分に言い聞かせるようにそう呟いた。しかし、ルシアンは私の言葉を遮るように力強く言った。「何言ってるの。サラリオ兄さんは、葵をこの国の王女にしたいって言ってたよ。書庫の件も伝えたらすぐに飛んでいったし、葵が想っている以上に、サラリオ兄さんは葵のことが好きで好きで仕方ないんだよ。きっと今頃、誤解を解くために葵になんて言おうか必死で考えていると思うよ。」ルシアンの金色の髪が、西に傾き始めた夕陽に照らされてさらに眩しく輝いている。サラリオ様の気持ちは、本人から直接伝えて
「サラリオ王子とリリアーナ王女がキスをしたらしいわ!」「帰り際に愛おしそうに見つめ合いながら王女とキスをしていたんだって。しっかりとは見えなかったが、数秒間はしていたんじゃないか?」「離れた時、王子は顔を赤くして照れているようだったわ。いつも冷静なサラリオ王子のあんな表情は見たことない。あれは本当にしたんじゃないかな」「皆の前で堂々とするなんてそういうご関係ということだよな」兵士たちがひそひそと小声で話していた内容は、炎のように瞬く間に王宮中へと広がった。そして、その噂は私の耳にも届いた。侍女たちも普段聞くことのない恋愛絡みの噂話に花を咲かせている。私は、胸の奥がぎゅっと締め付けられるような痛みに襲われていた。今回、リリアーナ王女はサラリオ王子の花嫁候補として国を代表して求婚にやってきた。もし、彼女が王妃になるのであれば、キスをすることも、抱き寄せられることも、もちろんそれ以上のこともあるのは当然のことだ。頭では分かっていた。分かっている、分かっているのに……。私の心の中には抑えきれない寂しさのような、嫉妬のような、黒い感情が渦を巻いていた。想いを寄せる好きな人が、サラリオ様が、他の人と触れ合うことがこんなにも心を揺さぶるなんて思いもしなかった。自分でもどうしようもないこの感情に私はただ戸惑うばかりだった。
リリアーナ王女は、滞在予定の1週間を終えて自国へと帰っていった。この数日間、王宮内では彼女の評判は上々だった。知的で気品に満ち、次期王妃にふさわしいという声もあちこちから聞こえてきていた。「サラリオ王子、ありがとうございます。お世話になりました。」出発を前に、ドレスの裾を掴み優雅にお礼を言う王女に私は笑顔で応じた。「こちらこそ。貴重なお話ありがとうございました。王女の国の発展と、今後も互いの国の友好関係維持を望んでいます。」(縁談などなくとも)友好関係の維持を望む―――声には出さなかったが、それが私の真の願いだった。すると王女は、含みを持ったような笑みを浮かべてからこちらに一歩近づいてきた。周囲の視線が私たちに注がれている。彼女は私の顔の近くまで来ると、顔を傾け、私の耳元で囁くようにこう呟いた。王女のカールされた髪が私の頬にそっと当たる。「次は公務だけでなく、あなた自身のことをもっと知れることを期待していますわ。私、あなたとなら国のために後継者を残す覚悟は出来てますの」「なっ……」太陽の日差しが眩しい中で王女から夜の誘いのような言葉を受け、私は一瞬にして面を食らい動揺した。
葵sideキリアンから状況と今後の対応を聞いた私は、また読書に没頭していた。サラリオ様やキリアンが文字の読み方を教えてくれたおかげで、最近は図鑑だけでなく文学も簡単な物なら読めるようになっていた。スタスタスタッーーー書庫の静寂を破り足音が聞こえてくる。アゼル様でもキリアンでもない、静かだが早足で、颯爽と駆けてくるような足音だ。不思議に思いながら、私は入口の方へ身体を向けた。「葵っ!!!」足音の主は、私を見つけるなり私の名を叫んだ。そこに立っていたのは、息を切らし瞳を揺らめかせたサラリオ様だった。「サラリオ様?」私の返事を聞くことなく、サラリオ様は何も言わずに私を力強く抱きしめた。彼の腕の中に包まれた瞬間、私の心臓は高鳴り大きな音を立てている。「葵、もう大丈夫だ。心配しなくていい、私がいる。」彼の声は、安堵と深い愛情に満ちていた。しかし、その言葉に私は首を傾げる。「サラリオ様、ありがとうございます。でも……心配って、なんのことですか?」私の言葉にサラリオ様は驚いたように身体を離し、じっ
(サラリオ兄さんが、葵に想いを告げただって?)ルシアンは、子供たちの騒ぎの後にサラリオから発せられた衝撃的な告白の言葉を反芻していた。今まで、感情を内に秘めていた兄が、ついに葵に想いを伝えたという事実に、驚きと同時に心から湧き上がる歓喜を感じていた。(葵は、ごめんなさいって言ったけど、他に想う人がいるのか?それならサラリオ兄さんしかいないよな?)一方、キリアンは、書庫でアゼルの告白を聞いた後、アゼルを慰めるために言葉を探していたが、葵が「ごめんなさい」と言った事実だけが頭を離れなかった。葵の表情には、悲しみと罪悪感が滲んでいたが嘘偽りは見られなかった。二人の心の中で、さらなる発展を期待しながら物思いにふけっていると廊下でばったり鉢合わせた。「ルシアン兄さん!」「キリアン!!!」想い人に再会したかのように二人は互いの名前を呼び、周りに人がいないことを確認してから、普段使用していない小部屋に入り、それぞれが見たり聞いたりしたことを報告し合った。「サラリオ兄さん、意外と行動派だったんだね。あんなにうじうじしていたのに葵にもちゃんと伝えたなんて。」キリアンは、冷静な口調で楽しそうに笑った。