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第2話

Author: 有限宇宙
クローゼットを閉めた途端、階下からドアが開く音がした。

莉子が律の腕を取り、影のように寄り添いながら入ってくる。私よりもよほど女主人らしい。

私を見ると、律は眉を上げ、何気なく言った。

「莉子が帰国して住む場所がないんだ。数日間、うちに泊めるぞ」

「分かったわ」

私は頷いた。彼名義の不動産があれほどあるのに、なぜ莉子を住まわせる場所一つ見つけられないのか、そんなことは問いたださなかった。

聞けば、私が余計に滑稽になるだけだ。

そう思い、私は静かに口を開いた。

「私が出て行こうか?その方が面倒がないでしょう」

律は眉をひそめ、私の反応が不満であるかのように、目に不快感を滲ませた。

「必要ない。主寝室を明け渡せばいい」

「分かった」

ためらうことなく、私はさっさと部屋に戻り、荷物をまとめて客室へ移動しようとした。

すれ違いざま、莉子がわざと声を張り上げた。

「律、私潔癖症なの。後でお手伝いさんに消毒させてね。汚いのは嫌だから」

足が止まり、私は無意識に律を見た。

彼が莉子の言葉の意味を理解できないはずがない。

律はもちろん分かっていたが、全く気にしていなかった。

「今日はもう遅い。ホテルまで送るよ。明日消毒が済んでから戻ってくればいい」

莉子は甘えた声で男の胸に飛び込み、何気ないふりで私を一瞥した。そこには勝者の笑みがあった。

「うん。でも一緒にいてね。一人じゃ怖いの」

律は躊躇なく、彼女を連れて階下へ降り、出て行った。

残された私は、急いでまとめた荷物を抱え、まるでピエロのようだった。

手元を見ると、薬指には指輪の痕がまだ残っている。

三年間、自分を欺き続けてきた証だ。

離婚協議の相談を終えた頃には、すでに深夜の十一時を回っていた。窓の外では激しい雨が降り出している。

莉子のSNSが更新されたばかりだった。

ホテルの大きなベッドでのツーショット写真。

彼女は律の腕の中に横たわり、完璧なメイクを施した顔に幸せを滲ませている。

【寄り添い合う私たち。鼓動と鼓動の距離はゼロ】

あんな抱擁、私にも経験があった。

半年前、母の葬儀が終わった直後のことだ。

三年前、私は母の治療費のために、自分を愛していない律と結婚した。

そのために、すべての尊厳を売り渡した。

けれど、いくらお金があっても健康は買えなかった。

葬儀が終わったあの夜、帝都は激しい雨に見舞われた。

私は暗い部屋に隠れ、母の服を抱きしめて声を殺して泣いていた。

律が入ってきて、強引に私をベッドに抱き上げ、一晩中私を抱きしめてくれた。

母が私を置いて逝ってしまった時。

私が一人ぼっちでこの世に取り残された時。

律が、私に抱擁をくれた。

私は本当に、また家ができたのだと勘違いしそうになった。

本当に、あと少しで。

あとほんの少しで。

涙がこぼれそうになるのをこらえ、私はその投稿に「いいね」を押した。

そしてスマホをテーブルに置き、目を閉じて眠ろうとした。

十分後、スマホの画面が光り、固定表示された相手からのメッセージがポップアップした。

【まだ起きてるか?】

通知音を聞いて、私は体を起こした。

律からのメッセージは続いていた。

【莉子の投稿を見ただろう。変な勘違いをするな。少し付き添っただけだ】

続いて送金通知が届く。

「これで機嫌を直せ」という暗示だ。

母が亡くなって以来、私は進んで彼のお金を受け取ったことはない。

毎回彼に何度も促されて、ようやくしぶしぶ受け取っていた。

でも今回は、私は平然としていた。

【ありがとうございます、一条社長】

メッセージを送ると、すぐに電話がかかってきた。

男の声は少し驚いていた。

「今回は受け取るのが早いな」

私が何か言う前に、莉子がスマホを奪い取り、笑いながら聞いてきた。

「早川さん、まだ起きてるならお汁粉を作ってホテルまで届けてくれない?」
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