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第7話

Author: ととまる
途中で、真帆は化粧室へ向かった。

個室を出て廊下へ足を踏み出したところで、和香の姿が目に入った。

真帆に気づいた和香は一瞬足を止め、すぐに笑みを浮かべた。

「あら、真帆じゃない」

和香はゆっくりと近づき、真帆を上から下まで値踏みするように眺めた。

「ここ数日、恭介が家に帰ってこないから寂しくなったの?それでまた、バーに男を探しに来たわけ?」

真帆は相手にする気にもなれず、その脇を通り過ぎようとした。

だが、和香が腕を伸ばし、行く手をふさいだ。

「そんなに急がなくてもいいでしょう?姉妹でゆっくり話すのも久しぶりなんだから」

口元に笑みを浮かべたまま、さらに続ける。

「留置場に7日間いたんですって?どうだった?食事は口に合った?」

真帆は足を止め、和香へ顔を向けた。

「どいて」

「嫌だと言ったら?」

和香は勝ち誇ったように笑った。

「真帆、はっきり言っておくけど、今の恭介の心にいるのは私だけよ。いい加減、身を引いたら?さっさと離婚して、黒川家の奥様という立場にしがみつくのはやめなさい。そうしないと、次は7日間では済まないかもしれないわよ」

その偽善に満ちた顔を見ているうちに、真帆は吐き気さえ覚えた。

これ以上、和香と一言たりとも話したくなかった。真帆は目の前の腕を押しのけ、そのまま大股で歩き出した。

和香はよろめき、そばにいた付き添いの女性が慌てて支えた。

「真帆!待ちなさい!」

背後から和香の声が飛んできたが、真帆は振り返らなかった。

そのときだった。

突然、床が大きく揺れた。

頭上の照明が激しく振れ、壁がきしむような音を立てる。

あちこちでガラスが割れ、鋭い音が立て続けに響いた。

地震だった。

悲鳴が上がり、人々が我先にと出口へ殺到する。

真帆が状況を理解するより早く、頭上の天井が崩れ落ちた。

轟音とともに、コンクリート片と鉄骨が降り注ぐ。

真帆の身体は、一瞬にして瓦礫の下へ埋もれた。

意識を失う直前、最後に見えたのは、同じように崩落に巻き込まれ、恐怖に顔を引きつらせる和香の姿だった。

……

どれほど時間が経ったのか分からない。

真帆は、全身を突き刺すような激痛の中で、かすかに意識を取り戻した。

自分が担架に乗せられていることに気づく。

周囲では救助隊の怒号と、負傷者たちの泣き声が入り交じっていた。

身体の至るところが痛んだ。

とりわけ左脚は、骨の奥をえぐられるような痛みが走っている。

折れているのかもしれない。

真帆は苦痛に耐えながら顔を横へ向けた。

少し離れた場所では、和香も瓦礫の下から救出され、別の担架に横たわっていた。

二人はそのまま救急搬送された。

救急車の中で、医師が手早く二人の状態を確認した。

「二人とも重傷です。すぐに手術が必要です」

医師は看護師へ指示を飛ばした。

「病院へ連絡して、手術室を確保してください」

病院に到着すると、真帆と和香はすぐに救急処置室へ運ばれた。

検査結果を確認した看護師が、険しい顔をする。

「二人とも緊急手術が必要です。でも、すぐに使える手術室は一室しかありません。どちらを先に……」

室内は騒然としていた。

そのとき、廊下から慌ただしい足音が近づいてきた。

現れたのは恭介だった。

相当急いで駆けつけたのだろう。

髪は少し乱れ、スーツの上着を腕にかけたまま、張り詰めた表情をしていた。

「恭介……」

和香は彼の姿を見るなり、弱々しく手を伸ばした。

目から涙がこぼれる。

「痛い……すごく痛いの……」

恭介はすぐに和香のもとへ歩み寄り、その手を握った。真帆がこれまで聞いたこともないほど、優しい声だった。

「怖がらなくていい。俺がいる」

恭介は医師へ顔を向けた。

「すぐに手術を始めろ。和香を先に」

医師は戸惑ったように目を見開き、真帆を指した。

「ですが、黒川社長、奥様のほうが重傷です。左脚は重度の骨折を起こしており、内出血もあります。すぐに手術をしなければ、最悪の場合、脚を切断することになるかもしれません」

「和香を先にしろ」

恭介は医師の言葉を遮った。一切の反論を許さない口調だった。

医師はなおも何か言おうとしたが、恭介の冷たい眼差しに射抜かれ、言葉をのみ込んだ。

この病院は、黒川グループの傘下にある。

ここでは、恭介の言葉が絶対だった。

「手術の準備を」

医師はついに折れ、看護師へ指示した。

「高瀬和香さんを、第3手術室へ運んでください」

真帆は担架に横たわったまま、そのやり取りを聞いていた。

心が少しずつ、底の見えない暗闇へ沈んでいく。

恭介が身をかがめ、和香へ優しく声をかける。

そして細心の注意を払いながら、自らストレッチャーを押して手術室へ向かっていった。

最初から最後まで、恭介は一度も真帆を見なかった。

真帆のほうが重傷だと分かっていても。

手術が遅れれば、脚を失うかもしれないと医師から告げられても。

恭介にとっては、和香の「痛い」という言葉のほうが、真帆の脚よりも、命よりも大切なのだ。

真帆は唇を強く噛み、泣くまいとした。

それでも涙は止められず、次々とあふれて視界をにじませた。

身体も痛い。けれど、胸のほうがずっと痛かった。

和香のストレッチャーを押して手術室へ入っていく恭介の背中を見つめる。

最後に扉が閉まるその瞬間まで、彼は真帆へ一度も目を向けなかった。

やがて意識は、暗闇の中へ沈んでいった。

……

再び目を覚ますと、真帆は病室のベッドに横たわっていた。

左脚はギプスで固定され、全身の至るところに包帯が巻かれている。

少し身体を動かしただけで、鋭い痛みが走った。

真帆が顔を横へ向けると、ベッド脇の椅子に恭介が座っていた。

目を閉じ、眠っているように見える。

目の下には薄い隈があり、顎には無精ひげが伸びていた。どこか疲れ切った様子だった。

真帆が身じろぎすると、その気配に気づいたのか、恭介が目を開けた。

彼は真帆が目覚めたことを確認すると、椅子に座り直した。

「目が覚めたか。具合はどうだ?」

声は少しかすれていた。

真帆は黙ったまま、恭介を見つめた。

長い間、じっと見つめ続けたあと、静かに尋ねた。

「どうして、和香を先にしたの?」

恭介の動きが止まった。

「あのとき、先生は言っていたわ。すぐに手術をしなければ、私は脚を失うかもしれないって」

真帆は落ち着いた声で続けた。

「それでも、あなたは和香を選んだ」

真帆は恭介の目をまっすぐに見た。

「恭介、本当のことを話して。どうして和香のほうが、私より大切なの?どんな理由でも、私は受け入れるから」

真帆は、恭介の口から真実を聞きたかった。

自分を別の女性と取り違えて結婚したこと。本当に愛している相手は、和香だということ。

それを正直に話してほしかった。

そうすれば真帆も、もう恭介を愛していないと伝えられる。

自分に遠慮などせず、和香と一緒になればいい。

ただこれから先、二人には二度と自分の人生へ関わってほしくない。

そう告げるつもりだった。

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