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第3話

Author: 落々
私は頭を振って我に返った。

車を降りると、見覚えのある姿が目に入った。蓮だ。

「どうしてここに?」

優子以外、チャリティー活動をしていることは誰にも話していないはずだ。

蓮は手にしたカードを軽く振って見せ、申し訳なさそうに言った。

「アン、後をつけるつもりはなかったんだ。これ、落としたぞ」

「場所が書いてあったから、届けに来たんだ」

彼はゆっくりと近づいてきた。その瞳には、複雑な感情が揺らめいている。

「チャリティー基金の設立は、俺たち二人の夢だったよな。

まだ覚えていてくれたんだね」

私は彼を見つめ返したが、心は少しも揺れなかった。

「勘違いしないで。私はただ、自分のやりたいように人助けをしているだけです」

彼が言う夢とは、「夫婦でやりたいことリスト100」に書かれていたものだ。

あの頃、私たちは一つずつゆっくり叶えていこうと約束していた。

けれど丸五年の間、チェックがついたのは最初の一つだけだった。

その項目は、記念日に、二人で思い出の場所にもう一度行くことだった。

五周年の記念日、私たちは役所で顔を合わせた。

ただし、それは離婚届を出すためだったが。

「瀬川社長、寄付するおつもりがないなら、お引き取りください」

近くから機材調整の音が聞こえてきた。

私は襟を正し、立ち去ろうとした。

彼はまだ信じられない様子で、言葉を選びながら口を開いた。

「アン、離婚してたった五年で、五歳くらいの子供がいるなんて、つじつまが合わない。

もし本当に俺の子なら、責任を取らせてほしい」

私は皮肉な笑みを浮かべた。

「責任を取る? また私にお金を投げつけるつもりですか?」

それは、二度目の妊娠が分かった時のことだった。

……

妊娠をきっかけに、私は彼とやり直せるかもしれないと期待した。不安な気持ちで十数回も電話をかけたが、二日間ずっと繋がらなかった。

私はコートを羽織って慌てて家を飛び出し、制御を失ったトラックにはねられた。

下腹部から鮮血が溢れ出し、目の前が暗くなった。

医者には、体質が弱いため今後妊娠するのは難しいと告げられた。

絶望の中で一晩中病院で待っていると、彼が玲奈の手を引いて姿を現した。

彼女はてへっと舌を出して言った。

「杏さんごめんなさ〜い。蓮さんが山へホタルを見に連れて行ってくれたんですぅ。

昨日私の誕生日でしょう? 蓮さんったら『主役が一番だ』って、言い出したら聞かなくて」

私は手近なコップを掴み、彼女に投げつけた。

悲鳴と共に、私は蓮に頬を強く打たれた。

彼は眉を寄せて私を見た。

「アン、たかが体調不良だろう? 大げさに騒ぐなよ!」

「私たちの子供だったのよ! あなたは何とも思わないの!?」

私は掠れた声で叫んだ。あまりの激痛に、心が麻痺して感覚がなくなっていくのを感じた。

おそらく蓮は玲奈と寝すぎて、自分の記憶さえ曖昧になっていたのだろう。

私たちはその一ヶ月前、何度か体を重ねていたのに、私の妊娠にも気づかなかったのか?

「金が欲しいならそう言え。茶番に付き合う暇はない」

紙幣がひらひらと舞い落ちる中、私は涙を拭った。

ふいに、どっと疲れが押し寄せてきた。

……

しかし、彼は私の今の言葉の意味が分からず、怪訝な顔をした。

「アン、あの時はお前に非があったんだ。子供とは関係ないだろう」

「どうとでも思えばいいわ」私は淡々と言った。

優子が急いで駆け寄ってきた。「杏さん、高木部長が探していましたよ」

「瀬川社長、失礼します」

度重なる「瀬川社長」という他人行儀な呼び名に、彼はついに諦めたようで、黙って私の背中を見送った。

「杏さん、あんな人相手にする必要ないですよ! 殴ってやらなかっただけ慈悲深いってもんです!」

私と優子はプライベートでも仲が良く、彼女は蓮との事情を大方のところ知っている。

「そのような必要がないわ」私は笑った。

「あんなクズ男、八つ裂きにしても足りないくらいですよ! 杏さん、大人しすぎると損しますって」

彼女は顔を真っ赤にして怒っていた。

実は彼女は知らないのだ。離婚前、私と蓮の間でどれほど激しい争いがあったかを。

抵抗しなかったわけではない。

けれど、当時の彼が持つ権力の前では、現実はあまりに残酷だった。

私はあまりにも無力だった。

彼の浮気を知った翌日、私は会社の防犯カメラの映像を手に入れようとした。

だが、用心深い彼のことだ。映像はとっくに削除され、痕跡など何ひとつ残っていなかった。
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