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第6話

Author: 満月の汐
[桐子、どうしたの?もしかして……妊娠したの?]

文哉は慌てて桐子の様子を確かめたが、妊娠という可能性が頭をよぎった瞬間、その声には驚きと戸惑いが滲んでいた。

桐子は胸元を押さえ、込み上げる吐き気を必死に抑えた。

[妊娠したら、嬉しくないの?]

文哉の表情が一瞬固まり、しばらくしてから無理に笑みを作った。

[何を言ってるんだ、嬉しいに決まってるだろ。ずっと待ち望んでいた子なんだから。ただ……お前の体が妊娠に耐えられるか心配で……]

彼が心配しているのは本当に自分の体のこと?それとも、妊娠したら恵美の邪魔になるから?

桐子は皮肉な笑みを浮かべた。[妊娠なんてしてないわ。ただ最近、胃の調子が悪いだけ]

文哉の寄せていた眉間が、ふと緩んだ。[そうか……でも、病院で診てもらったほうがいいんじゃないか?]

桐子は首を横に振ったが、文哉はそれでも彼女を連れて検査に行った。

結果は、桐子の胃腸が少し弱っているだけで、大した問題はなかった。

文哉はほっと息をつき、家に戻ると自ら朝食を作り、一口ずつ丁寧に彼女に食べさせた。

だが、桐子は一口食べた途端に眉をひそめた。

彼女はピーナッツアレルギーで、家にはピーナッツを使ったものなど一切置いていない。それなのに、そのサンドイッチにはピーナッツバターが塗られていたのだ。

桐子は慌てて洗面所に駆け込み、吐き気に襲われながら何度も吐いた。

それでもアレルギー反応はひどく、白い肌に赤く腫れ上がった発疹が次々と現れ、見るに堪えないほどだ。文哉は、苦しそうな桐子の背中をそっとさすった。

[ごめん、桐子。俺の不注意だった。もう大丈夫、落ち着いて。俺がいるから]

かつては安心をくれたその言葉も、今ではただ虚しく思うだけだ。

文哉自身も、最近「ごめん」と言い過ぎて、その言葉がすっかり力を失っていることに気づいているのだろう。

[桐子、最近は俺がお前の気持ちを無視してた。お前が望むことなら何でも満足させてやる。何でもいい、俺の過ちを償わせてくれないか?]

桐子はその言葉を聞くと、痛む胃を押さえながらゆっくりと立ち上がった。

[何でも……いいの?]静かに文哉を見つめる。

文哉は迷いなくうなずいた。[もちろんだ]

[じゃあ、あの恵美をクビにして。あの人、私好きじゃないの]

文哉の顔が一瞬で険しくなり、きっぱりと断った。[それはできない!]

すぐに、自分の態度が不自然だと気づいたのか、文哉は説明を続けた。

[彼女、家の事情が苦しいんだ。ようやく自立できる仕事に就けたばかりで、しかも今は妊娠中だ。もし俺がクビにしたら、彼女は路頭に迷うことになる。それに、会社の評判だって考えなくちゃならないだろ。桐子、他のことで頼んでくれ。それ以外なら、何でも聞くから]

[私の願いは、それだけ]

文哉の表情がさらに暗くなった。[桐子、前にも言っただろ。妊婦を突き倒したなんて話、印象が悪すぎる。それに、彼女も可哀そうな人なんだ。いつからそんな理不尽なことを言うようになったんだ?前はこんなんじゃなかったのに]

理不尽なことを言ってるのは私?

桐子は、文哉の目に浮かんだ切ない表情を見て、胸の奥がちりちりに引き裂かれる思いだ。

桐子は彼を押しのけ、足を引きずりながら外へ出た。

今回は、文哉はいつものように追いかけて慰めることはしなかった。

桐子は部屋に戻り、アレルギーの薬を一錠飲み込んだ。そして、バンッとドアの閉まる音が響いた。文哉が出て行ったのだ。

立ち上がった彼女の目に映ったのは、車を走らせて去っていく男の背中。振り返ることはなかった。

その場に座り込んだまま、しばらく動けずにいた桐子は、ようやくスマホを開き、海外行きのチケットを予約した。

ここはもう、自分の居場所じゃない。このままいれば、きっとお互いを傷つけるだけだ。
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