Share

3.璃子の本性と獲物を狩る目

last update Last Updated: 2025-10-09 11:47:38

突然の婚約破棄、新しい恋人は社長令嬢、引越しと目まぐるしく変わっていく颯の日常、そして取り残された私――――

家に帰り、ベッドの中に入ったが眠ることが出来ず頭の中に何度も颯が出てくる。もっとも、今は憎しみと悲しみで楽しい気持ちにはなれなかった。

(何やっているんだろう。結局、颯は私より将来も社長の座が約束されている七條さんを相手に選んだってことか。恋愛より地位、愛よりお金を選んだんだよね)

普段なら気にならない、時計のチクチクチクチクと動く秒針の音がやけに大きく聞こえてくる。規則的で、そして機械的に動く音に、早く切り替えるように急かされているような気分になり胸がざわついた。

これからも同じ部門で彼のサポートをするかと思うと嫌気がさす。サポートした先にあるのは颯と璃子の将来、そして会社での新しい役職だ。

颯の仕事がうまく行くように、二人で残業して何度も打ち合わせを重ねた。颯が評価されるのが自分の事のように嬉しくて、仕事でもプライベートでも、付き合っていた四年間支え続けてきたつもりだ。

「佐奈っ、ありがとう。佐奈のおかげで頑張れる。好きだよ」

そう言って、私を抱きながら耳元で囁く颯を見て幸せな気持ちに包まれた。好きな人に好きと言われ、二人で同じ目標に向かい頑張っている時、そして成果として現れた時の達成感は格別でハイタッチをしてギュッと強く抱きしめあっていた。

(心が一つになったと感じる瞬間を今まで何度も味わってきたと思ったけれど、颯は違ったのかな。私のうぬぼれなのかな……)

電気を消して暗くなった天井を眺めながら、頭に浮かぶのは颯の事ばかりだった。この日も眠れずに長い長い夜を過ごした――――

颯と七條さんが付き合っているという噂が流れてから二週間が経った。この日、颯の席に七條さんがやってきた。社内で噂を十分に知れ渡っており、颯のところに業務で全く関りのない七條さんがやってきても驚く者は誰もいない。

「颯、ランチ一緒に食べない?」

「ごめん。今日は午後一から打ち合わせで外に行く時間はないんだ」

「えーつまらないの。いいや、また今度行こうね」

私は、聞こえないふりをしてパソコンのモニターに集中して文章を打ち続けていた。

「チッ―――――」

突然、舌打ちをした時の小さな音が背後から聞こえて動揺が隠せなかった。私の隣の席は、颯。そして座っている颯に話しかけているのは、七條さんだ。聞こえてくるほど近い距離で舌打ちが出来るのは、七條さんしかいない。

(え、今の何?完璧に舌打ちしたよね?こんな露骨に不満を表すなんて―――))

颯と七條さんの会話を聞こえないふりをして無視してたことだろうか?気になりながら、持ってきた弁当を食べて、メイク直しと歯磨きのため女子トイレに入ったときの事だった。

私の後を追うようにして七條さんも入ってきた。

「木村 佐奈さん、ですよね?総務部の七條です」

あからさまに作り笑顔で私に話しかけてくることを不気味に思いながらも無言でいると、彼女は私の反応には興味がないかのようにそのまま話を続けた。

「木村さんってバスケットボールが趣味なんですか?プロチームのロゴ入りのボールペンがデスクにありましたよね。」

その瞬間、彼女の目的が分かり背中に寒気が走った。そして、予想通りのセリフを口にする。

「私、松田さんとお付き合いしていて結婚する予定なんですけど、木村さんと同じチーム

のファンなんです。颯も同じペンを持っていて。でも、マイナーなチームで知名度も高くないのに一緒って珍しいですね。」

七條璃子は、獲物をしとめるかのような笑顔で私に問いかけてくる。きっと彼女は確信した上で敢えて私に話しかけてきている。

「松田さんとは同じ部門で仕事を手伝ったお礼に貰ったんです。私もバスケットが好きと話していたのを覚えていたようで。だから……」

「それならなんでバスケットやらなかったんですか?木村さんの趣味って楽器演奏ですよね?バスケットなんてプロフィールに書いてないじゃないですか。お礼にもらったということは、彼にとってあなたは仕事を手伝う『後輩』でしかなかったということですね」

璃子は、人事部で管理している社員名簿を見たのだろう。趣味が楽器演奏だなんて、名簿にしか書いていない。そして、言い逃れが出来ないように事前に私の情報を調べてから話しかける用意周到さにたじろいだ。私は、璃子に標的として定められたことを静かに悟った。

Continue to read this book for free
Scan code to download App

Latest chapter

  • 愛よりもお金をとるのならどうぞご自由に、さようなら   76.私のすべて

    佐奈side「蓮、私ね、蓮といると家の重さを感じずにいられるの。蓮はずっと私のことを、MURAKIの令嬢としてではなく、一人の人として見てくれている。女性として私に接してくれている。それに、今日も私が危なかった時に助けてくれたのを見て、蓮ともっと一緒にいたい。蓮の恋人として隣にいたいと思ったの」蓮は繋いだ手にギュッと力をこめてから、ゆっくりと口を開いた。「……それは、俺からの告白の答えと思っていいの?」「うん。私は、蓮がいい。蓮が私を選んでくれるなら、蓮と付き合いたい」「佐奈……」指を絡めていた手とは逆の手をゆっくりと私の頬に添えると、蓮の大きな手が包み込み、親指が私の唇に微かに触れた。その指先は、まるで私の言葉を確かめているかのようだった。私は目を閉じて、蓮の顔が近づくのを静かに待っていると、蓮の親指が愛おしそうに私の唇を撫でている。そのくすぐったさに小さく笑うと、蓮のやわらかい唇がそっと重なった。優しくそっと触れるだけの始まりのキスに、小さく目を開けると、蓮も私を真っ直ぐに見ている。「俺は、佐奈のこと大切にするよ。だから、もう家のことは気にしなくていい」「蓮……ありがとう」

  • 愛よりもお金をとるのならどうぞご自由に、さようなら   75.家柄

    佐奈side「佐奈お姫様、到着いたしました」私を元気づけるために蓮はわざと冗談っぽい口調で言って手を差し伸べてきた。小さく伸ばされた手にそっと自分の手を重ねると、蓮は自分の上着のポケットに私の手を導いて、指を絡めてくる。心臓がトクントクンと心地よく弾んでいる。小さく息を吐いてから、独り言かのようにポツリポツリと言葉を発していく。「今日ね、あの二人に私の家系のことを知られたの。私は、私のことをまっすぐに見てくれる人がいいと思って、今まで自分の家のことを隠していたんだ。」「そうなんだ。佐奈の気持ち、分かる気がする」「結婚を考えていたんだけど、今日隣にいた社長の孫娘に気に入られて、あの人は、私との結婚より出世やお金を取って、理由も告げられないまま私は捨てられたの。」母に紹介する約束をしていた日、颯は待ち合わせの時間になっても姿を見せず、少し遅れて電話が入ったと思ったら、一方的に別れを告げられた。「四年も付き合っていたのに電話一本で別れを告げられたことも、翌日には孫娘と婚約したって会社でも堂々と宣言して、全てがなかったことのように冷たくあしらわれてね。」颯とのことは、本当は誰にも言いたくなくてずっと黙っていた。蓮にも話すつもりがなかったのに、昼間のことがあって、今は蓮に側で聞

  • 愛よりもお金をとるのならどうぞご自由に、さようなら   74.温もり

    佐奈side「どこか店にでも行く?それとも落ち着いた場所の方がいい?」車に乗ると、何かを察したように蓮が優しく尋ねて来た。「落ち着いた場所がいいな」「じゃあ、もう夜も遅いしどこか夜景でも見に行かない?車の中なら温かいし、人目も気にならないよ」「うん、お願い」サイドブレーキを上げて、車はゆっくりと走り出していく。街の喧騒から離れていくにつれ、私の心も少しずつ落ち着きを取り戻していった。「あの二人になんか言われたの?」信号が赤になり停車した時に蓮が不意に聞いてきて、私は言葉に詰まってしまった。「……え」「話を急かすようでごめん。佐奈のことが心配で気になっちゃって。あの時の佐奈、平然としたようにしていたけれど、顔が強張っていたから無理しているんじゃんないかなと思って」「……うん。蓮、すごい。何でも分かるんだね。ちょっと嫌なことがあってね、それで蓮にも離したいことがあったの」

  • 愛よりもお金をとるのならどうぞご自由に、さようなら   73.ビンタ

    佐奈side璃子が振りかざした手が当たった音がしたが、私の頬にその衝撃はこなかった。代わりに温もりを感じて、恐る恐る目を開けると目の前には蓮が立っていて、私を守るように璃子に背中を向け包み込んでいる。私が叩かれることがないように、璃子の腕と私の間に入って止めたのだった。そして、璃子の隣には、璃子が振り上げた腕を力強く握っている颯の姿があった。パチンッという衝撃音は、璃子の腕を颯が暴力的に捉えた時の音だろう。「佐奈、大丈夫だった?怖かったね」「蓮……ありがとう」「無事でよかったよ。少し外のテラスで休まない?」「ええ、そうしたいわ」蓮は私の肩を抱いて優しく微笑んでから、璃子と颯を威嚇するように睨みつけていた。その瞳には、普段の柔和さはなく怒りが宿っていた。「この前、お会いしましたよね。あなた方のことは調べればすぐに分かります。こんな場で騒ぎを起こすようなことは慎んで頂きたい。これ以上、何か起こすようなら団体に言ってあなた方を出禁にすることも出来るんですよ。それと佐奈を傷つけるようなことをしたら、私が許しません。」「佐奈、行こう」蓮に寄り添われながら、私が颯と璃子から離れていくと、颯は何か言いたげに口を開いていたが、蓮の威圧に押され何も言えずにいた。まだ、璃子の手が大きく上がった瞬間の衝撃が頭の中に残っていて、心臓をバクバクさせている。「蓮、助けてくれてありがとう……」「どういたしまして。佐奈に何もなくて本当に良かったよ」蓮の笑顔を見た途端に、今まで封じ込めていた怒りや悲しみが一気に溢れ出しそうだった。颯への失望、璃子の悪意、そして自分の過去の失敗。蓋をしていたはずの感情が、蓮の優しさや頼もしさに触れて外れてしまいそうだった。そして、この気持ちを蓮に聞いてほしくて、蓮にすべてをさらけ出して、それでも側にいてくれるなら、私はこの先も蓮と一緒にいたいと思った。「ねえ、蓮?このあと一緒に帰れる?話があるの」「いいよ。帰ろう。家まで送ってくよ」蓮はやさしく微笑んで私の髪を撫でた。

  • 愛よりもお金をとるのならどうぞご自由に、さようなら   72.反撃

    佐奈side颯は、私の家系を知ると『一緒にいたいのは璃子ではなく佐奈だ』と言ってきて、璃子との婚約を辞めて私がいいと言っている。出世のために私を捨てたはずなのに、私の家系の方が格上だと分かると手のひらを返したように「一緒にいたい」「大事」という颯に反吐が出そうだった。(大体、璃子にも本郷さんという婚約者がいるのに略奪しておいて、婚約を辞めて私と一緒になりたいって何よ。どれだけの人の人生を振り回す気なの?颯がそんな人だなんて思わなかった……)結婚を考えていた相手がそんな薄情で自己中心的な男だったことに心の底から失望していると、カツカツとヒールを鳴らして駆けてくる音が聞こえてきた。騒がしい音の方に顔を向けると、そこには悪意に満ちた璃子が立っていて、私と目が合うとニヤリと薄気味悪い笑みを浮かべてこちらに近付いてきた。「聞いたわよ。あなたMURAKIの令嬢なんですってね。颯に黙っていたの?残念だったわね。最初から伝えていたら、颯はあなたを選んだかもしれないのに。それとも、自分の家系を伝えなくても選ばれる自信でもあったの?」耳元で囁きかけてくる璃子に怒りで睨みつけると、視線の先には颯がこちらに向かって駆けてくる姿が見えた。ここで取り乱しては、颯と璃子の茶番に巻き込まれるだけだ。「私はあなたのようなことはしないわ。あなたは、会社の孫娘って看板が

  • 愛よりもお金をとるのならどうぞご自由に、さようなら   71.反撃

    颯side(俺は、あのまま佐奈と結婚していたらMURAKIの一族になれていたというのか?)あの時、佐奈への愛か璃子との出世のどちらかを選ばなくてはいけないと思っていた。しかし、本当は天秤なんかにかける必要がなかったのだ。佐奈を選んでいれば、幸せな結婚と仕事の成功のどちらも手に入っていたことに俺は激しく後悔した。自分の浅はかさと欲深さが、全てを台無しにしたのだ。璃子の元に戻ると、璃子は不機嫌な態度を隠すこともせずに俺に冷たい視線を向けてきた。「木村さん、MURAKIの娘さんだったんだってね。」俺が何も答えずに力なく沈んでいると、璃子は深いため息をついている。「やっぱり、さっき颯は木村さんを探しに行ったんだ。私には玲央のことを疑って濡れ衣を掛けておきながら、なんなのよ。」「濡れ衣ではないだろ……」璃子の被害者面に苛立って、俺はつい反論してしまった。そのことに璃子も苛立ち言い返してくる。「何よ、人には色々と疑いをかけていたじゃない。忘れたなんて言わせないわよ」「だから濡れ衣ではないだろう。璃子が今も嘘をついていることも本当の行動も俺は全て知っているんだ。

More Chapters
Explore and read good novels for free
Free access to a vast number of good novels on GoodNovel app. Download the books you like and read anywhere & anytime.
Read books for free on the app
SCAN CODE TO READ ON APP
DMCA.com Protection Status