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第2話

Author: 森の小鹿
パーティー会場のなか。

奈緒は、充から目を離さずにいた。彼は上機嫌な様子で、グラスを片手に美紀を連れて、各テーブルに挨拶回りしている。

「仁哉は今、大事な仕事で海外なんだ。戻ってくるのに1年はかかりそうだから、今日は、彼の代わりに、俺が皆の相手をするよ。

それに美紀は産後でまだ本調子じゃないし、お酒とかは控えた方がいいだろうから、彼女の分も、俺が飲むよ」

……

一方、それを聞いた奈緒は、口にしたオレンジジュースが、やけに冷たく、苦く感じた。そして、その冷たさは胸の奥まで、染み渡っていくようだ。

二人は長年一緒に仕事をしてきたが、どんな付き合いの場でも、充は彼女のことを酒豪だと言って、無理に飲ませ役に立てるばかりだった。

だから、彼女は充が誰かのために、こんな風に進んでお酒を飲む姿なんて、見たことがなかったし。誰かをかばうのも、想像していなかった。

こうしてだんだんと赤くなっていく彼の端正な顔を見ていると、奈緒は言いようのない悲しさと皮肉な気持ちで胸がいっぱいになった。

もう我慢の限界だった。奈緒が前に出ようとした、その時。パーティーの司会者が突然、ステージの上で高らかに言った。

「本日は、裕弥くんの出産祝いです。この良き日、叔父である青木社長から、裕弥くんへ素敵なプレゼントが贈られています。皆様、盛大な拍手をお願いします」

それを聞いて、充は、美紀と一緒に裕弥を抱き、皆の前に立っていた。

そして、彼は皆の前で、ジュエリーボックスを開けた。中から現れたのは、誕生石が散りばめられたベビーリングだった。

そのベビーリングを見た瞬間、奈緒の全身から血の気が引いた。

彼女は足早に最前列まで進み出ると、目を大きく見開いて、そのベビーリングを数秒間じっと見つめた。次の瞬間、怒りがふつふつと、頭のてっぺんまでこみ上げてきた。

充の明るい声が響いた。

「このベビーリングは、裕弥くんの叔母、つまり俺の妻の思い入れの品なんです。とても縁起が良くて、価値も高く、これを、裕弥くんに贈ります。彼が健やかに、賢く育ちますように!」

一方、充自身の口からその事実を聞かされ、奈緒は一瞬のうちに奈落の底へと突き落とされたかのようだった。

これは、彼女が妊娠6ヶ月の時に、母親の酒井蘭(さかい らん)がお腹の子のために贈ってくれたものだった。家に置いておくと失くしそうで怖くて、充の会社の金庫に預けていたのだ。

それなのに今、充は黙っていきなり、それを裕弥に贈ってしまった。

それに比べ、彼の実の娘には、妊娠中から生まれて今まで、一度も会いに来ていない。プレゼントなんて、もってのほかだ。

奈緒はついに我慢の限界を超え、声を張り上げた。

「そのプレゼントを贈るのに持ち主の許可は取ったのかしら?よくもそんな勝手なことができるわね?」

奈緒の突然の叫び声に、会場は一瞬にして静まり返った。

会場にいた全員の視線が、一斉に彼女へと注がれた。

ステージの上にいた充は、それが奈緒だと気づくと、一瞬、動揺したような目を見せた。しかし、すぐに冷静さを取り戻した。

そして、すぐに奈緒のもとへ駆け寄って、彼女が何か言う前に、有無を言わさず会場の外へと引きずり出した。

更に、彼は抑えきれない苛立ちを滲ませた低い声で言った。

「奈緒、どうしてここにいるんだ?」

奈緒は怒りにまかせてマスクを外した。罵ってやろうと思ったのに、いざ口を開くと、声は押し殺した嗚咽に変わっていた。

「何よ?私、来ちゃいけなかったかしら?」

「騒ぎを起こすのも、場所をわきまえろ!」

充は怒りを隠した低い声で言った。「あんな大声で叫んで、俺に恥をかかせるつもりか?」

すると、奈緒は充の手を振り払い、信じられないという目で彼を見つめた。

「充、あのベビーリングは、母が私たちの娘に贈ってくれたものよ。あなたに、私に断りもなく人にあげる権利なんてあるの?」

そう言われ、充の顔が一気に曇った。

「奈緒、お前はいつも物分かりが良かったじゃないか?こんな場所で俺の顔を潰すようなことをする必要があるのか?」

「いつも物分かりが良かった」その言葉に、奈緒の怒りは頂点に達した。

彼女は、燃え盛る怒りを必死にこらえた。

「あなたこそ、何の相談もなしにうちの思い入れの品を裕弥くんにあげたじゃない?充、恥をかかせているのは一体どっち?」

そう言われ、充は素早くあたりを見回し、さらに声を潜めた。

「たかがベビーリングじゃないか?急な話で、新しく用意する時間がなかったんだ。だから、ひとまずあれを贈ろうと思っただけだ。それに、美紀も仁哉も他人じゃない。そこまで騒ぐことか?」

それを聞いて、奈緒の彼を見る目は、一気に冷え切った。

「充、あれはただのベビーリングじゃない。うちの思い入れの品なのよ」

奈緒は必死に胸を押さえ、酷く低い声で言った。

「もし、あれを娘に返してくれないなら、ただじゃおかないから」

奈緒には、腹を立てると胸が締め付けられるように痛くなる、という持病があった。

今も、心臓がギリギリと締め付けられるように痛み、帝王切開の傷口までが、引き裂かれるようにズキズキと痛んだ。

だから、そう言いながら彼女は立っていることもできず、顔を真っ青にして、思わずその場にうずくまった。

充は彼女の異変に気づき、驚いたような顔をした。手を貸そうと歩み寄ったその時、すっと伸びてきた細い手が、充の腕を掴んだ。

「充さん、どうしたの?もしかして、あなたが裕弥にベビーリングをくれたから、奈緒さんが怒っちゃったの?」

美紀は奈緒の方に目をやり、驚いたように口元を押さえた。

「うそ、奈緒さん?出産したら、こんなにやつれちゃって……一瞬、誰だか分かりませんでした」

一方、奈緒はゆっくりと顔を上げ、美紀を見た。

美紀は、オートクチュールのドレスに身を包み、充の隣に立っていた。優雅なたたずまいで、にこやかに微笑んでいる。とても子供を産んだばかりの体には見えなかった。

そして、奈緒が何か言う前に、美紀はさっと彼女に近寄り、その腕を強く掴んだ。

「奈緒さん、充さんを怒らないであげてください。彼は、あのベビーリングを娘さんに持って帰るつもりだったんです。だけど、私もすごく気に入っちゃって、それで裕弥にくれるって言ってくれたんです。

たかがベビーリングじゃないですか?もしあなたも欲しいと思っているなら、今度、私もお店で買ってプレゼントしてあげます。それでいいでしょう?」

そう言いながら、美紀の長い爪が、奈緒の腕に食い込んだ。奈緒は痛みに耐えかねて力一杯に彼女を振り払った。すると、美紀はわざとらしくその勢いで地面に倒れ込み、甲高い悲鳴をあげた。

「奈緒、何をするんだ!美紀はまだ産後なんだぞ!」

充はそう怒鳴ると、すぐに美紀を抱き起こした。そして、奈緒を睨みつけるその目には、怒りの炎が燃え盛っていた。

奈緒は、美紀に爪を立てられて痣になった腕を見せつけ、痛むお腹を押さえながら、充を睨み返した。その目は怒りで真っ赤に充血していた。

「彼女が産後だって?じゃあ、私は違うとでも言うの?」

しかし、充の声は、刃物のように冷たかった。「お前と美紀は違う。お前は体が丈夫だ」

すると奈緒の顔は、一瞬で血の気を失った。彼女は歯を食いしばり、どうにか自分の足で立ち上がった。

そして、充が反応するより早く、奈緒は手を振り上げ、彼の顔を力一杯ひっぱたいた。その時彼女の目には、抑えきれない憎しみが渦巻いていた。

「あなたも他の男とは違うわね。信じられないほどのクズ男よ」

もはや、言い争う気力も残っていなかった。5年間の、ただ耐え忍ぶだけだった惨めな結婚生活は、もううんざりだ。

そう思って奈緒は振り返ることなく、再び会場の中へと入っていった。そして、ベビーシッターに抱かれ、あのベビーリングを身につけている裕弥の元へ、まっすぐに向かった。その目は鋭く、笑みは一切なかった。

一方、ベビーシッターは彼女の気迫に押されて一歩後ずさり、震える声で言った。「な、何をするつもりですか?」

「私のものを取り返すだけよ」

奈緒は一歩前に出ると、裕弥が着けていたベビーリングを奪い取り、ポケットに入れた。

「奈緒、お前は……」

一方、充は後を追って会場に入ってきた。そして、怒りを露わにしている奈緒の姿を見て、彼は叱りつけようとした。

だがその前に、奈緒は急に振り返ると、憎しみに満ちた目で充を睨みつけて言った。

「離婚しよう。明日の朝、市役所で待ってるから」

それを聞いて、充はその場に凍りついた。その眼差しは怒りから驚きへと変わり、信じられないという色が濃く浮かんでいた――
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