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我が子より他人の子?産後ワンオペ妻の離婚
我が子より他人の子?産後ワンオペ妻の離婚
Auteur: 森の小鹿

第1話

Auteur: 森の小鹿
「充、今日で赤ちゃんが産まれてから1ヶ月経つの。私たちを迎えに来てくれない?」

青木奈緒(あおき なお)は、おくるみに包まれた娘を抱きながら、期待を押し殺した落ち着いた声で言った。

しかし電話の向こう、夫の青木充(あおき みつる)は感情の起伏がなく、平坦な声で言った。

「すまない、急に予定が入った。運転手にお前たちを迎えに行かせるよ」

出産も、産後の大事な時期も、充はずっと仕事で忙しいと言ってそばにいなかった。

今日は赤ちゃんと一緒に産後ケアの施設から帰る、記念すべき日なのに、やっぱり彼は来てくれない。

奈緒は切なくなったが、それでもこぼれ落ちそうになる涙を必死にこらえた。

「……そう、わかったわ」

「奈緒、お前はいつもしっかりしているから、出産くらい、お前なら一人でも大丈夫なはずだろう。しっかりしろ、お前は最高の母親だ」

そう言うと、充は電話を切った。

そのまるで部下を励ますような口調に、奈緒の心はチクッと痛んだ。

そんな時、充の友人である中山拓也(なかやま たくや)から電話がかかってきた。

「あのう、すみません!今夜、急に用事ができちゃって、華月ホテルでの出産祝いのお披露目パーティーに行けなくなっちゃいました。息子さんのご誕生、本当におめでとうございます!」

出産祝いのお披露目パーティー?

息子?

奈緒がわけもわからず問い返そうとしたが、拓也はもう電話を切ってしまっていた。

そして続いてピポンとPayPayの受け取り通知が鳴った。拓也からお祝いとして20万円が送金されてきた。しかし、その送金のメッセージは1分も経たずにすぐに取り消された。

「すみません、奈緒さん!俺の勘違いでした。出産祝いはあなたのことじゃなかったみたいです」

すぐに拓也から謝罪のボイスメッセージが届き、立て続けに謝るスタンプがいくつも送られてきた。

でも、そのやけに低姿勢なスタンプの数々に、奈緒は何か引っかかるものを感じた。

その瞬間、嫌な予感が彼女の胸をよぎった。

それから昼の11時。奈緒は黒のダウンジャケットを着て、帽子とマスクで顔を隠し、深津市にある華月ホテルの最高級パーティー会場の入り口に立っていた。

パーティー会場の入り口は、大勢の人でごった返していて、とても華やかだった。

入り口には大きく、【祝・栗原裕弥(くりはら ゆうや)くんお披露目パーティー】と書かれている。出入りしている招待客も、奈緒の知らない人たちばかりだった。

それを見て、奈緒はただの勘違いだったかと安堵し、帰ろうと背を向けた。

その時だった。背後から、聞き慣れた声がした。

「お前はまだ産後で大変だろう。ほら、裕弥くんは俺が抱っこしておくよ。あと、この子のために、すごいお祝いも用意したんだからな」

その声に奈緒の足は、その場でぴたりと止まった。振り返った彼女の視線の先に、一人の男が女の手から、丸々と太った赤ちゃんを受け取っているのが見えた。

その男は、まさしく、この1ヶ月間ずっと顔も見せなかった夫の充だった。

すると、奈緒は全身の血が凍りつくような感覚に襲われ、信じられない思いで目を大きく見開いた。

それに続いて、女性の甘えるような声が聞こえてきた。

「充さん、私と裕弥のために、本当にありがとう。それと妊娠中ずっとそばにいてくれて、美味しいごはんもたくさん作ってくれて、出産の時も病室の前で付き添ってくれて、産後のケアまで……仁哉が帰国したら、きっとあなたにすごく感謝すると思うわ」

「お前は俺の従妹で、仁哉は一番の親友だからな。彼がいない間、お前たちの面倒を見るのは当然だよ」

その言葉はまるで、心臓を打ち抜く銃弾のようだった。

衝撃のあまりその場に立ち尽くす奈緒は、胸がズキっとするのを感じて、体はまるで氷点下にいるかのように芯から凍りついた。

じゃあ、この1年近く、充は仕事なんかじゃなく、親友・栗原仁哉(くりはら じんや)の妻であり、自分の従妹でもある栗原美紀(くりはら みき)の世話で忙しかったっていうの?

そう思っていると、充と美紀はもう赤ちゃんを抱いて、楽しそうに話しながらパーティー会場の中へと入っていった。

その時、スマホがポコンと鳴った。

奈緒は固まった手でスマホを開くと、そこには充からのメッセージが表示されていた。

【頑張れ、お前なら強い母親でいてくれると信じてる。今夜で用事が済むから、明日は絶対に帰るよ】

このメッセージは、さっき彼の美紀に対する優しい態度とあまりにも相反していて、奈緒は強烈な皮肉を感じずにはいられなかった。

そう思って、彼女は指で画面に触れると、これまでの充とのメッセージ履歴がスクロールしていった。

【妊娠8ヶ月なのに、深津市のゼニスビルの設計案を締め切り通りに仕上げるなんて、本当にたいしたもんだ。よくやったな】

【もう5ヶ月か。お前は本当につわりがなくて楽そうだな。他の女みたいに大げさに騒がないから、褒めてあげたいよ】

【お前は毎日はつらつとしていて、つわりもないみたいだから、仕事を多少増やしても大丈夫だろう。頑張ってくれ。設計案のチェックはお前が一番信頼できるからな】

……

本当は、妊娠中の女性が経験するつわり、足のむくみ、高血圧、めまい……そういった症状のすべてを、奈緒も経験していた。

それでも充に褒められるのが嬉しくて、励まされるたびに歯を食いしばって頑張ってきた。妊娠から出産まで、彼女は2日以上続けて休んだことは一度もなかったのだ。

もちろん、充の態度は夫というより上司みたいで、思いやりが足りないんじゃないかと感じたこともあった。

でも、これが充とのいつもの関係だったから、奈緒はそれに慣れてしまっていた。

彼は誰に対してもこんな感じだし、こういう性格の男なんだと思っていた。

ついさっきまではーー

充が別の女性から赤ちゃんをそっと受け取り、優しい声で気遣うのを、この目で見たのだ。そして相手が転ばないようにと細い腰を支えるところも。

その姿を見て、ようやく奈緒は気づいたのだ。なんだ、充も人を大事にできるじゃないか。

ただ、その相手が自分でないというだけで。

その事実に気づいた瞬間、奈緒はまるで胸を引き裂かれたように、激しく痛んだ。

こうして彼女は、吸い寄せられるように人の流れに乗り、パーティー会場の中へと足を踏み入れた。

自分の夫が、自分に隠れてよその女とその子供のために、いったいどんなサプライズを用意したのか?それを、この目で確かめてみたかったのだ。

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