LOGIN琴葉は動画を見ながら、思わず口元をほころばせた。なんだか、見れば見るほどお似合いじゃない。ところが、その余韻に浸る間もなく、次の動画が自動再生された瞬間、琴葉の笑みがぴたりと固まった。薄暗い車内で、仁哉が奈緒に覆い被さっている。車の電気まで付いているため、それが仁哉と奈緒だということは間違いない。琴葉の頭の中で、何かがぷつんと切れた。目の前が真っ暗になり、胸を押さえる。危うくその場で倒れるところだった。こ、これが……あの冷静で堅物な息子!?普段は二人ともあんなに真面目なのに、どうして動画ではこんなことになってるのだ?どうにか気を取り直した琴葉は、今度は刺激的な見出しの記事を開いた。そこには、仁哉と奈緒は以前から男女の関係にあり、奈緒の娘も仁哉の子供である可能性が高く、二人とも不倫の末に離婚し、堂々と一緒になるつもりなのだ、などとまるで事実であるかのように書き立てられていた。冗談じゃない。息子のことは母親である自分が一番よく知っている。仁哉がそんなことをするはずがない。こんな嘘で息子の名誉を傷つけられて、黙っていられるものか。一睡もできなかった琴葉は、夜が明けるとすぐに仁哉の友人である弁護士の奏介に連絡を入れた。そのまま奏介の法律事務所へ向かい、二人きりで午前中いっぱい話し込む。奏介から詳しい事情を聞き、奈緒と充の間に何があったのか、そして奈緒と仁哉の間に何があったのか、琴葉はようやくすべての経緯を把握した。なかでも琴葉を激怒させたのは、奈緒が産後の1か月を過ごしている間、充が妻と娘を完全に放ったらかしにして、自分の従姉妹である美紀に付きっきりだったという話だ。しかも、自分の娘にはろくに目も向けず、裕弥の祝い事にはせっせと奔走していたという。琴葉は怒りのあまり、今日の午前中だけで何度テーブルを叩いたか分からなかった。事務所の職員たちには、奏介の部屋で何が起きているのか知る由もない。ただ、ときおり中から「バン!」と大きな音が聞こえてくる。しかも、その音は次第に激しさを増していった。すべてを聞き終えた頃には、琴葉は涙をぼろぼろこぼし、テーブルを叩き続けた両手まで赤く腫れていた。勢いよく立ち上がり、拳を固く握りしめる。「青木家の人たち、あまりにもひどすぎるわ!お嫁さんをあんな目に遭わせて
「他人がどうするかまでは変えられないから、私たちは、自分たちが正しいと思うことをすればいいの。仁哉。次に結婚するときは、絶対に焦っちゃだめよ。まずは相手の人柄をよく見ること。時間をかけて知っていけばいいんだからね。美紀さんとの結婚は……始まりから何もかも急ぎすぎたのよ」仁哉は苦笑した。その目には、苦しげな色が浮かんでいる。「母さん。じゃあ、僕が美紀と結婚するって言ったとき、なんで止めてくれなかったの?」琴葉は顔を上げ、優しさの溢れた瞳で仁哉を見つめた。「だってあなた、もうすぐ30なのに彼女の一人もいなかったじゃない。仕事ばっかりで、女の子といるところなんて一度も見たことなかったのよ?そこへ突然、結婚したい女性がいるって連れてきたんだから、お父さんも私も嬉しくて仕方なかった。それなのに、止めるわけないでしょう?いつまでも誰とも付き合わないから、お父さんなんて、ひそかに『もしかして仁哉は女性に興味がないんじゃないか』って心配してたくらいなんだから……だから、連れてきたその女性こそ心から好きな人なんだって思い込んでた。仁哉が選んだ相手なら、無条件で応援するつもりだったもの。まさか、あんなことになるなんて……」仁哉の顔が固まった。「母さん。普通親がそこまで疑うか?」琴葉は手で口を覆い、思わず吹き出した。重かった空気が、少しだけ和らぐ。「ふふっ……お父さんなんて、『お前が潔癖なくらい真面目に育てたせいで、女を見る目が育たなかったんだ』って私のせいにしてるのよ。それでね、お父さんから伝言。今度こそ、再婚する前に10人くらいと付き合って、ちゃんと女性を見る目を養えって。それでもダメなら、俺が直々に教えてやる……」仁哉の顔が一気に険しくなり、眉間に皺が寄った。「母さん!父さんみたいな古い男に教わることなんかない。次に選ぶなら、どういう人がいいかくらい自分で分かってるから」琴葉は目を輝かせ、興味津々で問いかける。「どんな人なの?教えてちょうだいよ」仁哉の耳がみるみる赤くなった。なぜか頭に浮かんだのは、凛とした奈緒の顔だった。強情なほどまっすぐで、どんな目に遭っても簡単には折れない、あの眼差し。彼は感情を悟られないよう、慌てて顔を背けた。「もういいだろ。遅いんだから、もう寝た方がいいよ」何かを察したもの
奈緒は言いたいことだけ言うと、さっさと電話を切り、その番号も迷わず着信拒否にした。美紀は怒りで全身を震わせ、頭に血が上りすぎて、今にも倒れそうだった。かけ直してみても、冷たい機械音が聞こえるだけ。行き場のない怒りに加え、激しい嫉妬までこみ上げてきた美紀は、震える指で今度は仁哉に電話をかけた。「仁哉、このろくでなし!妻も子供も捨てたあなたなんか、ろくな死に方しないからね!あの女なんかと一緒になって、絶対に痛い目見るわよ!私を捨てたこと、一生後悔させてやる!私は今から盛岡家に戻って、盛岡グループの幹部になるの!今に見てなさい。こっちがあなたたちに発注する側になるんだから!今すぐあの女をヤジン・デザインから追い出して!じゃないと、あの女を絶対に潰してやるからね!」こんな真夜中に突然罵声を浴びせられ、仁哉の手に力が入った。凍りつくほど冷たい声で、言い返す。「いい加減にしろ。僕が黙ってるからって、調子に乗るなよ。もう一度でも嫌がらせの電話をしてみろ。息子のDNA鑑定書を記者会見で公表するからな。盛岡家が、それでも君を庇うと思うか?二度とかけてくるな!」仁哉は怒りを叩きつけるように電話を切った。しかし、胸の奥にたまった苛立ちは、なかなか治まらない。今晩、仁哉は栗原邸に泊まっていた。眠りの浅い琴葉は、息子の部屋から怒鳴り声が聞こえたため、上着を羽織って飛び込んでいった。「仁哉、どうしたの?こんな夜中に、誰とそんな喧嘩してたの?」こめかみがぴくぴくと痙攣する。美紀に対する我慢は、とうに限界を超えていた。ここまで身勝手で、愚かで、他人の痛みに無頓着な人間がいるのかと、もはや呆れるしかない。仁哉はこめかみを押さえ、深いため息をついた。「母さん。美紀と離婚したとき、全部公にすればよかったんだ。世間にも、あいつが何をしたのか全部知らせればよかったのに、父さんも母さんも黙ってろって言っただろ」琴葉は苦しそうな息子の顔を見つめ、目を潤ませた。「分かってるわ、仁哉。このところ、あなたは何も言わなかったけど、ずっと辛かったのよね。私もお父さんも同じよ。美紀さんが妊娠したって聞いたとき、家中がどれだけ喜んだことか。お父さんなんて、いい年して飛び上がってたのよ。やっと栗原家にも跡取りができるって。男の子だと分かった時な
「僕と奈緒さんが今一緒に仕事してるのは、ただの巡り合わせだよ。彼女には才能がある。僕はそれを見つけただけ。それ以上でも、それ以下でもない。もし僕が復讐するのなら、相手は充と美紀だ。奈緒さんを傷つけるわけないだろ?この騒動で奈緒さんだけが唯一の被害者なんだから」仁哉は深呼吸をして、低く毅然とした声でこう続けた。「むしろ僕は奈緒さんを守ってあげたい。できるだけ早く、今までの傷から立ち直れるように支えたいんだ。本来の彼女らしく、自分の力でちゃんと輝けるようにね。だから、心配しなくていいよ」そう言って、仁哉は電話を切った。拓也はしばらく携帯を見つめたまま動かなかったが、やがて、胸のつかえが少し取れたように息を吐く。拓也は昔から奈緒に悪い印象を持っていなかった。芯が強く、自立していて、どれだけ苦しい状況でも自分の尊厳を失わない女。そんな人に、これ以上つらい思いをしてほしくなかった。電話を切り、拓也が車を出そうとしたそのとき、ふと窓の外を見ると、少し離れた場所に停まっていた黒いベントレーの後部座席が、勢いよく開いた。充が怒りに満ちた顔で降りてきた。ネクタイは曲がり、シャツのボタンも外れていて、暴走しかねない殺気を放っていた。充が運転手に怒鳴る声が、静かな駐車場に響き渡る。「こいつを今すぐ自宅へ送れ!今すぐだ!俺はタクシーで帰る!」美紀は諦めきれないのか、車から身を乗り出していた。その整った顔には涙の跡があり、とても悲しそうな顔で訴えている。「充さん、酔ってるし、外も寒いよ。私が家まで行って面倒見るんじゃ駄目?本当に心配なの……」充のこめかみに青筋が浮いた。もう完全に限界だった。「消えろ!いいから早く行け!二度も言わせるな!」運転手はびくっと肩を震わせ、そのまますぐに車を発進させた。拓也は充の千鳥足を見ながら、首を振ってため息をついた。本当に、訳が分からない。美紀に興味がないと言う割には、何かあればいつも最優先する。かといって執着している様子もなく、これほど露骨な誘いを受けても頑なに指一本触れようとしないのだから、本当に不思議だ。充は、結局のところ美紀に対してどんな感情を持っているのだろう?それが原因で結婚も娘も失いかけているのに、それでも美紀だけは責めない……拓也は遠ざかる充の背中を見て、衝動的
美紀の瞳に、ごく一瞬だけ、他人には気づかれないような勝ち誇った色が浮かんだ……充がどれだけ強く出ても、結局最後には自分を突き放しきれない。本気で見捨てることなど、できないのだ。「分かった」美紀は素直そうにうなずき、充の後ろにぴったりついて歩き出した。拓也は震える手で携帯を取り出し、仁哉に電話をかけた。すぐにつながり、電話の向こうから仁哉の冷たく落ち着いた声が聞こえてくる。「どうした?」「聞いてくれよ!信じられないんだけど、さっきとんでもない話を聞いちまってさ!」拓也はあまりの衝撃に動揺し、現実味が追いつかないといった様子で口を開く。「ドラマだってこんなことはありえないぞ!」「どうした?」「美紀がずっと好きだったのは、充だったんだよ!それに、俺、ずっと不思議だったんだよな。なんで昔、充があんなに必死になって美紀をお前に押しつけたのかって。でも今日わかったんだ。充と美紀は親戚だったから、自分じゃ手を出せない。でも美紀には幸せになってほしい。だから、お前を相手に選んだんだよ!」拓也は興奮気味に言葉を重ねた。到底信じられないといった調子だ。仁哉は少し黙り、淡々と言い放った。「それはもう知ってる」「知ってんの?」拓也は絶句し、思わず胸を押さえた。「でも、これは知らないだろ。充のやつ、さっき美紀に向かって、今度は俺と付き合わせようとしてたんだぞ!?やばくねえか!」電話の向こうで、仁哉が思わず吹き出した。「そうか。充は僕だけじゃ足りなくて、今度は彼の唯一の友人である君まで巻き込むつもりなんだな」仁哉の声には、はっきり呆れと皮肉が混じっていた。「相変わらず、あいつは自分に都合よく話を進めるな」拓也は心底後悔したようにうめいた。「もう二度とあいつの電話には出ない……いつあの美紀を押し付けられるか分かんないからな。仁哉、ここ5年間本当に大変だったな」拓也はため息をつき、罪悪感を隠せない様子で言った。「今さらだけど、お前に謝りたいんだ。昔、お前が美紀のこと聞いてきたとき、俺、嘘ついたんだ。優しくて性格もいいし、ずっとお前に片思いしてるって……でも、充にそう言えって頼まれてた。本当は、わがままで気が強くて、かなり扱いにくい女だったのに。仁哉、後悔してるだろ?友達付き合いを優先して、美紀が勝手にお前の
美紀は打ちのめされ、胸を押さえながら叫ぶように泣き出した。「どうしてよ!血なんてつながってないじゃない!私はあなたの叔母さんの養女だっただけでしょ?充さんだって、私があなたを好きなの知ってるじゃない!私は充さんのためなら何だってできる!どんな扱いだっていい。結婚してくれなくてもいい、誰にも言えない関係だって構わない……だからお願い、私を拒まないで!美紀はとうとう泣き出した。理解できなかったのだ。充はずっと自分を大切にしてくれたのに、なぜ恋人になる機会だけは頑なに与えてくれないのだろう?あの時充が拒絶さえしなければ、自分も焦って仁哉と結婚することもなく、こんな惨めな結果にはならなかったのに。自分はそんなに駄目な女なのか?充の心の中に、間違いなく自分への気持ちがあるのを感じるのに。どうして?美紀の心は裂けんばかりの絶望で渦巻いていた。だが充は取り乱さなかった。泣き崩れる美紀を見て小さく息を吐くと、自分のジャケットを脱いで彼女の肩へ掛けた。露出の多い服をすっぽり覆った。「もう、こんな格好をするな。変な男に目をつけられたらどうする。少しは自分の身を大事にしろ」充は悲しげに首を横に振った。美紀ははっとし、充の手を握り締める。「もしかして……私が聡と子供を作ったから、私が嫌なの?それとも奈緒さんにはめられて、あの男たちにひどい目に遭わされたから……?」美紀は唇を噛みしめ、全身を震わせた。だが充は静かに首を横に振る。「違う。そんなことは関係ない。お前も……もう過ぎたことばかり考えるな。俺がお前の名誉を守るし、余計な噂が広がらないようにもする。もう少し落ち着いたら……拓也と一度会ってみたらどうだ?」入り口にいた拓也は、立ち尽くしたまま自分の耳を疑った。充は気に留めず続ける。「拓也とは長い付き合いだ。家柄も悪くないし、人としても信用できる。仁哉にだって引けを取らない。仁哉のことも、俺は見誤ったつもりはなかった。あいつと結婚したお前は、本来なら幸せになれたはずなんだ。まさか、お前が聡と……もういい。過ぎたことだからな」しかし美紀は、もう何ひとつ聞きたくなかった。両手で耳を塞ぎ、激しく首を振る。「嫌!聞きたくない!充さんはいっつもそう!私が好きって言うたびに、自分の友達を勧めてくる!何なの
一方、奈緒は会場を出るとアクセルを踏み込み、二人の新居である水鏡ヶ丘の家へと車を走らせた。そして、ドアを開けると、昔からいる使用人の井上恵(いのうえ めぐみ)と、奈緒が雇ったベビーシッターの黒崎香織(くろさき かおり)が、一緒になって赤ちゃんをあやしていた。二人は、奈緒の顔が真っ青なのを見て、ぎょっとした。「奥様、どうかなさいましたか?」そう言われ奈緒は、なんとか笑顔を作って答えた。「なんでもないの。お腹が空いちゃって。温かいうどんかなんかを作ってくれる?」そして、香織から赤ちゃんを受け取ると、奈緒の荒れ果てた心は、そのあどけない寝顔を見てようやく落ち着きを取り戻した。
パーティー会場のなか。奈緒は、充から目を離さずにいた。彼は上機嫌な様子で、グラスを片手に美紀を連れて、各テーブルに挨拶回りしている。「仁哉は今、大事な仕事で海外なんだ。戻ってくるのに1年はかかりそうだから、今日は、彼の代わりに、俺が皆の相手をするよ。それに美紀は産後でまだ本調子じゃないし、お酒とかは控えた方がいいだろうから、彼女の分も、俺が飲むよ」……一方、それを聞いた奈緒は、口にしたオレンジジュースが、やけに冷たく、苦く感じた。そして、その冷たさは胸の奥まで、染み渡っていくようだ。二人は長年一緒に仕事をしてきたが、どんな付き合いの場でも、充は彼女のことを酒豪だと言って
「充、今日で赤ちゃんが産まれてから1ヶ月経つの。私たちを迎えに来てくれない?」青木奈緒(あおき なお)は、おくるみに包まれた娘を抱きながら、期待を押し殺した落ち着いた声で言った。しかし電話の向こう、夫の青木充(あおき みつる)は感情の起伏がなく、平坦な声で言った。「すまない、急に予定が入った。運転手にお前たちを迎えに行かせるよ」出産も、産後の大事な時期も、充はずっと仕事で忙しいと言ってそばにいなかった。今日は赤ちゃんと一緒に産後ケアの施設から帰る、記念すべき日なのに、やっぱり彼は来てくれない。奈緒は切なくなったが、それでもこぼれ落ちそうになる涙を必死にこらえた。「…
一方、荒れ果てたリビングを眺めながら、充は力なくソファに腰掛け、タバコに火をつけ、胸が締め付けられるように苦しかった。「井上、俺は奈緒に優しくしてこなかったかな?あそこまで怒ることないだろう?」恵は、床を掃きながら、そっと声をかけた。「旦那様は奥様にとてもよくしてらっしゃいますよ。ご結婚されてから5年、お二人が言い争うのを見たことがありません。ですが、子供を産んだ後の女性は気持ちが不安定になりやすいんです。産後うつにもなりやすいですし、旦那様の支えがもっと必要なんですよ」充は眉をひそめた。「産後うつだって言うのか?でも、他の女は子供を産んだって、こんなに変わったりしない。今







