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第3話

Auteur: 芽吹き
奈津美の全身の血が一瞬で凍りつく。

夫婦……ね。本当に仲睦まじい「夫婦」だこと。

奈津美がその場で動けないでいると、次の瞬間、信じられない光景が目に飛び込んできた。勇太が腕から数珠を外し、そっと明里の手に着けたのだ。

「もう二度と自分のことを最低だなんて言うな。

この数珠はご祈祷してもらったものなんだ。俺が7年間ずっと身に着けていた。これからはお前が着けて、お前の無事を守ってくれるから」

感動した明里が目に涙を浮かべ、勇太に抱きつく。

ドアの外に立ち尽くしていた奈津美は、目の前がぼやけて、まるで深海に沈んでいくかのような息苦しさを感じた。

あの数珠は……

あれは自分が18歳の時、山のふもとから頂上のお寺まで何度も通って、やっと手に入れたものだった。

その日は大雨で、地面がかなり滑りやすくなっていたため、奈津美は派手に転んでしまった。ひざからは血がにじみ、手のひらは擦りむけたが、奈津美はなんとか山頂のお寺まで登り切った。そうして、ようやく和尚と会え、この数珠を授けてもらったのだった。

その時の奈津美はボロボロで、しかもずぶ濡れになった状態で家に帰った。そんな奈津美の姿を見た勇太は、すぐに目を赤くし、震える声で彼女を抱きしめてくれた。「奈津美、君はなんて馬鹿なんだ。なんでこんな無茶するんだよ!」

奈津美は笑いながら、勇太の手に数珠を着けてあげた。「和尚様が言ってたの。これは『長寿祈願』のお守りで、あなたをずっと守ってくれるんだって」

勇太はうつむいて奈津美にキスをすると、「一生はめておく」と言った。

それから7年間、勇太は本当に一度もそれを外さなかった。

どれだけフォーマルなビジネスの場でも、たとえ二人きりの甘い時間でも、その数珠はいつも勇太の腕にあった。

なのに今、勇太は自分の手で、それを他の女の手に着けてしまった。

心臓を鈍いナイフで少しずつ切り裂かれるような痛みで、呼吸さえも苦しかった。

勇太の言う「一生」は、たった7年のことだったみたい。

奈津美はくるりと背を向けてその場を離れた。足元がおぼつかず、まるで綿の上を歩いているようだった。

家に帰り着いた頃には、もうとっくに日は暮れていた。

玄関のドアを開けたとたん、携帯が震えた。

勇太からのメッセージだった。【奈津美、急に会社でトラブルがあって、数日海外出張になった。怒らないでくれ。帰ったら埋め合わせするからさ】

奈津美は画面をじっと見つめた。キーボードの上に置かれた指が、かすかに震える。

奈津美は文字を打ち込んだ。【数日間の出張?それとも、奥さんと過ごすための数日間?】

しかし、結局その言葉を一つ一つ消していった。スクリーンに涙がこぼれ落ち、視界が滲んでいく。

それから、奈津美は荷造りを始めた。

マイナンバーカード、パスポート、キャッシュカード……自分の存在を証明するものを、全てをスーツケースに詰め込む。

3日後、勇太が帰ってきた。

勇太はドアを開けるなり、大きなバラの花束を抱え、もう片方の手にはいちごのショートケーキを持っていた。そして、優しい笑顔で言った。「奈津美、ただいま」

奈津美はリビングの真ん中に立ち、静かに勇太を見つめる。

勇太は奈津美に歩み寄り、花とケーキをテーブルに置くと、奈津美を抱きしめようと手を伸ばす。「この数日、会社の仕事が本当に忙しくてさ。どうしても海外に行かなきゃならなかったんだ。そうでもなきゃ、君をこんなに長く一人にしたりしない。だから、怒らないでくれ、な?」

奈津美は軽く身をひいて勇太の腕から逃れると、静かな声で言った。「怒ってないよ。まずは仕事を終わらせたら?」

勇太は一瞬呆気に取られていたが、すぐ笑顔に戻った。「もう忙しくないよ。やるべきことは全部終わらせてきたから。これからは君のご機嫌をとる時間だ」

勇太は奈津美の手を取り、期待に満ちた目で言う。「君にサプライズを用意したんだよ」

奈津美の返事を待たずに、勇太は彼女を車に乗せた。

30分後、車はとあるコンサートホールの前で停まった。

中に入った奈津美は、ホール全体が貸し切りになっていることに気づいた。会場にいた人々は、二人が入ってくると、口々にささやき始める。

「陣内社長はすごいわね。高橋さんのためにホールを丸ごと貸し切るなんて!」

「わざわざ海外から高橋さんの大好きな楽団を呼んだらしいよ。今日は一日中、彼女のためだけに特別な曲を演奏するんだって」

「あの楽団、今ものすごく人気で出演料も高騰してるのに。控えめに見積もっても、200億円はくだらないでしょ」

「こんな陣内社長が喜んでるんだもん、大したことないはずよ」

まばゆいライトの下に立つ奈津美。耳に届くのは、周りの人々のため息にも似た羨望の声。目の前には、勇太の優しい笑顔。

こんな幸せな状況なのに、奈津美の心は、まるで氷水に浸されているかのように、痛いほど冷え切っていた。

勇太は自分に盛大なロマンスをくれ、他の女には妻という地位を与える。

自分を誰もが羨むスポットライトの中に立たせる一方で、別の女を彼の戸籍に入れているのだ。

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