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第2話

Author: 三番手
「譲れっていうの?」

私は蒼介を勢いよく突き飛ばした。頭の中で耳障りな音が鳴り響いている。

「蒼介!私の薬を奪うつもりなの?昔、どう誓ったか忘れたの?」

結婚式の日、彼は私の顔にキスをした時、神に真摯に誓ったのだ。

「これからの結衣の命は俺の命。誰にも傷つけさせはしない」と。

なのに、今はどうだ?

私は泣き叫びながら彼に掴みかかり、涙と血の混じった汚れが彼の白衣に擦り付けられる。

彼はよろめいて半歩退いたが、それでも頑なに言い訳を続けた。

「今回だけだ。莉乃が頭痛でずっと泣いているぞ。放っておけないんだ」

莉乃のことになると、蒼介の瞳の奥からは愛情が溢れ出さんばかりになる。

頭に上っていた血が、まるで水を浴びせられたかのように冷え切り、私の心は完全に死に絶えた。

私は自嘲気味に鼻で笑うが、涙は糸が切れたようにぽろぽろと零れ落ちていく。

「じゃあ、私はどうなるの?99回も延期した時、私のことを放っておけないとは思わなかったわけ?」

蒼介はうつむいたまま、押し黙っている。

その時、隣の病室から突然、莉乃の苦しげな声が聞こえてきた。

彼は弾かれたように顔を上げ、瞳の奥にあった最後の一抹の躊躇いすら瞬時に消え去る。

弁解の一言すら残さず、私を一瞥することもなく病室の外へと飛び出していった。

激しく脈打つこめかみを押さえ、私は全身の力が抜け落ちるのを感じる。額から流れた血が頬を伝い、口の中へと滴り落ちてきた。

やがて、隣の病室から話し声が微かに漏れ聞こえてくる。

「いい子だから、この薬を早く飲んでね。莉乃のためにわざわざ残しておいたんだ」

蒼介の声だ。甘く優しく聞こえている。

先ほど私に向けられた冷酷な態度とは、まるで別人のようだ。

続いて、莉乃の甘えるような声が響く。

「やだ、飲めないよ。苦いんだもん」

私が壁に頭を打ちつけてまで求めても、決して手に入らなかった薬なのに、彼は下手に出てまで他人に飲ませようと懇願しているのだ。

忽然と激しい吐き気が込み上げ、胃袋がひっくり返るように波打つ。

もう耐えきれず、ベッドの縁に突っ伏して激しくえずき始めた。

意識が遠のく中、ただ一つ、惨めな思いだけが頭をよぎる。

蒼介、あんたが莉乃に薬を飲むよう懇願する時、私がまだ、あんたが口から出任せに約束した薬を待っていることを、思い出してはくれないのだろうか。

だが、深夜から夜明けまで耐え忍んでも、彼が言っていた海外製の薬は一向に届く気配がない。

蒼介もまた、神隠しにでも遭ったかのように姿を消していた。

私は自嘲気味に笑い、指にはめられた結婚指輪を引き抜くと、思い切り窓の外へと投げ捨てた。

看護師が入ってきて、長いこと言い淀んだ後、ようやく声を潜めて口を開く。

「結衣さん、口座の残高が……すでに底をついておりまして。今後の診療費は、早急に追加でお支払いいただく必要があります」

「底をついた?」

私は呆然と、しばらく我に返ることができなかった。

あの金は、母の交通事故の賠償金だ。手術のために残しておいたものだった。

なぜ、こんなにも早く無くなってしまったのか。

看護師は唇を噛み締め、蚊の鳴くような細い声で答える。

「昨夜、桐生先生が白石さんをVIPルームに移されまして。

さらに海外から医療機器を空輸で手配して、その費用はすべてあなたの口座から引き落とされています」

ドンッと、頭の中で爆発音が鳴り響き、思考が真っ白になった。そして激しい頭痛が再び押し寄せる。

「VIPルームって?」

目の前が急に暗くなり、ベッドの縁にしがみついてようやく倒れるのを免れた。

「私の命綱の金で、莉乃に豪華な病室をあてがったっていうの?」

母は息を引き取る直前、私の手を強く握りしめて泣いていた。

「結衣ちゃん、お願いだから……このお金で、しっかり病気を治してね」

半身不随になりかけた体を引きずり、今すぐ蒼介の元へ問い詰めに行こうとする。

私が壁伝いに外へ出ようとするのを見た看護師は、血相を変えて駆け寄り、私の腕をきつく掴んだ。

「結衣さん!行っちゃダメです!桐生先生から、誰かが無理に入ろうとしたら……」

「どいて!」

私は彼女の手を激しく振り払う。

「あれは母さんが残してくれた大事なお金よ。なぜ見に行っちゃいけないの?」

彼女を避けて前へ進もうとした瞬間、急に足の力が抜け、身体が制御不能になって前へのめり込む。

額をドアに強く打ちつけ、私は莉乃専用のVIPルームの前に膝をついて崩れ落ちた。

病室のドアは少し開いていたが、室内に人の気配はない。

特注のプラネタリウムの天井が細かな光の粒を瞬かせ、ありとあらゆる医療機器が部屋を埋め尽くしている。

ここにある贅を尽くしたすべてが、私の母の遺産で得たものなのだ。

一方で、私の古びた病室の備品は、ボロボロか壊れているものばかりだ。

ベッドに至っては脚が一本欠けており、そのせいで転落して傷口が化膿し、あやうく手術台で死にかけたことすらあった。

蒼介には何度も言ったが、彼はいつもすぐにそのことを忘れてしまうのだ。

看護師が小走りで駆けつけ、手を伸ばして私を抱き起こそうとする。

私は空っぽの病室を見渡し、掠れた声で尋ねた。

「彼たちは?蒼介と……莉乃はどこなの?」

看護師は唇を引き結び、半ばためらいながら小声で切り出す。

「桐生先生は今、白石さんの手術を行っていますよ。

白石さんは風邪気味で頭が痛いだけなのですが、桐生先生が『一刻の猶予もできない』と無理やりして、徹夜で全国から医者を召集されたんです」
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