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第14話

Author: 結奈々
柚香はふと動きを止めた。

このことを陽翔に知られているなんて、思いもしなかった。

「ねえ、ママとパパが離婚したこと……それも知ってるの?」どう伝えれば一番傷つけずに済むか、ずっと考えていた。

陽翔は小さな頭をコクリと動かした。「うん!」

柚香は彼を抱きしめ、胸の奥から申し訳なさが込み上げてくる。「ごめんね」

「ママはほんとおバカだよ」無邪気な顔に、どこか切なさを滲ませながら、陽翔は彼女の手をぎゅっと握った。「僕の親権、取らなくてよかったのに」

柚香は一瞬、息が止まったようになった。

――陽翔は、自分と一緒にいたくないの?

「たとえ僕がパパと一緒に暮らしても、いちばん好きなのはママだよ」

陽翔は小さな顎を上げて、何度目か分からないほど、ママはほんとにバカだと思った。「毎日ママのこと考えるし、休みになったら会いに行くから」

柚香はふっと笑った。いつの間にか目の端に涙が溜まっていた。

「パパに僕を育てさせればよかったんだよ。子どもを育てるのがどれだけ大変か、思い知るはずだから」陽翔の声は柔らかいのに、言葉の中には妙な大人びた響きがあった。

「それは嫌」柚香は心からそう
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