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第1183話

Author: 金招き
香織は言葉を切り出すのに迷った。

由美を刺激してしまうのが怖かったのだ。

けれど、どうしても聞かなくてはならなかった。

彼女は遠回しに言った。「心にトラウマ……抱えているんじゃない?」

由美は一瞬きょとんとした。

けれどすぐにその意味を理解し、椅子に腰を下ろした。

彼女は隠さずに答えた。「……拒絶感があるの」

香織が頷いた。「知り合いに信頼できるカウンセラーがいるの。よかったら診てもらわない?」

由美は不思議そうに問い返した。「私がそんなのを受けて、何になるの?」

香織は言葉を選びながら、優しく彼女の手を握った。

「さっき先輩に会って感じたの。彼、昔とは違う。前は上手くあなたを愛せなかったかもしれない。でも今の彼なら、きっとあなたに安心感を与えられるはずよ。だから……すぐに拒絶しないで。星のためにも、少し試してみてもいいんじゃない?」

由美は黙り込んだ。

香織はさらに言葉を続けた。

「本当に星を、片親の家庭で育てたいの?それとも継母のいる環境で育てたい?」

彼女の口調はさらに柔らかくなった。

「彼が言ってたわ。『まだ起きてもいない未来のことを理由に、今を否定しちゃいけない』って。……あなたはどう思う?」

由美は深く考え込んだ。

彼女は憲一の言うことが正しいとわかっていた。

「私が悪いのね」

伏し目がちに、彼女は呟いた。

香織は静かに首を振った。「違うわ。あなたは悪くない。憲一も悪くない。ただ立場が違えば、考え方も違う。それは自然なこと。誰が正しいとか間違ってるとか、そんな話じゃないの」

由美は微笑んだ。「あなたって、いつも私を慰めてくれるのね」

香織は彼女の手を握った。「慰めじゃないわ。事実を言ってるだけよ」

由美は立ち上がり、窓辺へ歩いていった。

背を向け、長い間言葉を発しなかった。

香織は邪魔をせず、ただ静かに待ち続けた。

──彼女が考えを整理するまで。

心を翻すその時まで。

今回、私は憲一の味方だ。

彼の真心と揺るぎない覚悟を見たからだ。

もし由美が憲一を本当に失ってしまえば、もう彼以上の人は現れない。

憲一は彼女のすべてを知っている。

そのうえで受け止めてくれる。

それこそが、本当の愛なのだ。

「……お医者さんに行くのは、約束するわ」

由美は振り返り、香織を見つめた。

「でも、その前に星
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