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第137話:囚われの夜

last update Date de publication: 2025-09-21 20:40:47

その夜、リリウスは妙に眠れなかった。

窓は閉められ、燭台の火はとっくに消えていた。

寝台に身を沈め、薄い掛け布の下で目を閉じているのに、思考だけがひとり歩きしていた。

とりとめのない、だが妙に胸をざわつかせるような、そんな思考の群れ。

(本当に、信じてもらえるのだろうか)

兄の言葉は、拒絶ではなかった。

しかしそれは肯定でもなかった。

「時間をくれ」と言われた。

リリウスはそれを一歩だと思おうとしている。

けれど、胸の奥に巣くっている不安は、どこまでも根強かった。

その不安の正体に、彼はまだ気づいていなかった。

その後もリリウスは横になったものの、眠れなかった。

いやに静かな夜だった。

いつもなら遠くに衛兵の交代の音が聞こえるはずだった。

だが今夜は、音がしなかった。

張り詰めたような無音だけが、やけにくっきりと室内に満ちていた。

リリウスは目を開けた。

何かがおかしい。

上掛けを押しのけて身を起こした。

足を床につけ、寝間着の裾を手繰り寄せながら立ち上がる。

扉の方へと歩いていくと、その瞬間、背後で風が吹いたような音がした。

はっとして振り返る。

だが窓は閉じたまま、揺れるものなど
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