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七つの人間王国、魔族が暮らす夜魔領、亜人種が追いやられた荒野、そして大陸中央の《天葬奈落》から成る。
すべての人間は十八歳になると、神殿で一つの《職能》を授かる。職能は神の恩寵とされ、それによって就ける仕事や身分まで決定される。
戦闘職は尊ばれ、生活職や補助職は軽視される。
しかし実際には、現在の鑑定法では職能の表面的な能力しか判別できない。一見無能に見える職能の中に、古代に封印された原初職能が紛れている。
大陸中央に口を開ける巨大迷宮。
確認されているだけで百階層以上あり、下層ほど空間や時間の法則が乱れている。人々には魔物が生まれる場所と認識されているが、その正体は、神々の時代に造られた巨大な墓所兼封印施設。
深層には、歴史から消された種族や都市が残っている。
リュゼルが看取った相手から、その者が最も強く遺したいと願ったものを受け継ぐ能力。
継承できる対象は、技術、耐性、魔法、身体能力、知識、記憶の断片など。強制的に命を奪っても発動せず、相手が最期にリュゼルを受け入れる必要がある。
継承するたびに右腕へ黒銀色の墓碑紋が増える。
能力を使いすぎると死者の声に意識を呑まれ、自分が誰なのか分からなくなる。その際、ネフィリアの声と血だけが彼を現実へ引き戻せる。
年齢:二十歳
青みを帯びた灰黒色の髪を短く切った青年。勇者一行にいた頃は自分の身なりに構う余裕がなく、前髪が目元へかかっている。瞳は曇天を思わせる淡い灰青色。派手さはないが、伏し目になると長い睫毛が目立つ端整な顔立ちをしている。
荷運びで鍛えられたため、細身に見えて体幹と脚力が強い。手には荷縄や調理、武具の修繕でできた傷と硬いまめがある。
奈落へ落とされた後、右腕に黒銀色の紋様が現れる。能力を使うほど紋様は肩や胸元へ広がっていく。
穏やかで忍耐強く、人の苦痛や恐怖に敏感。自分が傷つくことより、目の前で誰かが見捨てられることを嫌う。
長年蔑まれてきたため自己評価が極端に低く、役に立つことでしか居場所を得られないと思い込んでいる。一方で観察力と記憶力は非常に高く、魔物の習性や仲間の癖、食料の残量まで細かく把握している。
無条件の善人ではない。裏切りを忘れず、一度敵と定めた者には冷徹な判断を下せる。物語が進むにつれて、誰かの命令に従うだけだった青年から、自分の意志で人々を導く人物へ成長していく。
年齢:外見十九歳
月光を溶かしたような銀白色の長髪と、深い紫紺の瞳を持つ少女。肌は雪のように白く、耳の上から黒曜石に似た小さな角が後方へ伸びている。
普段は人間に近い姿だが、魔力が高まると背中に半透明の黒紫色の翼が現れ、瞳孔が縦に細くなる。細身で儚げに見える一方、立ち姿には王族として育てられた気品がある。
長期間拘束されていたため、初登場時は手首と足首に鎖の傷が残る。首には王家の証である黒い雫型の宝石を下げている。
冷静で警戒心が強く、他人の言葉をほとんど信用しない。感情を表へ出すことを弱さだと教え込まれてきたため、苦痛や寂しさを平然と隠す。
敵には苛烈だが、弱者をいたぶる行為を何より嫌悪する。王族としての責任感が強く、助けを求めることが苦手。
リュゼルに対しては当初こそ利害だけの契約相手として接するが、自分の痛みを利用せず、名を尋ねてくれた彼へ少しずつ執着していく。恋愛感情を自覚してからは非常に一途。表面上は澄ましていても、リュゼルに近づく女性を無言で牽制する。
年齢:二十一歳
陽光を思わせる金髪と鮮やかな青い瞳を持つ、絵物語の勇者そのものの青年。長身で均整の取れた体格をしており、白銀の鎧と王国の紋章入りの青い外套を身につける。
人前では常に爽やかな笑みを浮かべている。
自信に満ち、周囲を引きつける華やかな魅力を持つ。一方で、自分が選ばれた特別な存在だという意識が強い。
善人である自分、皆から愛される勇者である自分に執着しており、その像を傷つける相手を許せない。リュゼルを幼なじみとして庇っているように振る舞いながら、対等な友人ではなく、自分の寛大さを証明するための従者として扱っている。
年齢:十九歳
蜂蜜色の巻き髪と、黄緑色の大きな瞳を持つ可憐な女性。白と薄桃色を基調とした神官衣をまとい、胸元には大神殿から授けられた聖印がある。
柔らかな物腰で誰にでも優しく接するため、民衆からは聖女と呼ばれている。しかし自分が愛され、守られることを当然だと感じており、他人の犠牲には鈍感。
リュゼルにも優しい言葉をかけるが、彼が苦しんでいても実際に立場を危うくしてまで庇うことはない。
年齢:二十五歳
赤褐色の短髪と暗緑色の瞳を持つ大柄な男。顔や腕に魔物との戦闘で負った傷があり、巨大な塔盾と戦斧を扱う。
強者を尊び、弱者を軽蔑する実力至上主義者。粗暴で短気だが、勇者への忠誠心は強い。戦闘力のないリュゼルを一行の恥と考え、荷物持ち以上の発言を許さない。
年齢:二十三歳
褐色の肌に、黒豹を思わせる丸みのある耳と長い尾を持つ女性。濡れたような黒髪を顎の位置で切り揃え、琥珀色の鋭い瞳をしている。軽装の革鎧と二本の湾曲刀を使う。
無口で現実的。人間に売られた過去があり、親切や善意を信用しない。命を助けられても感謝より先に相手の目的を疑う。
馴れ合いを嫌う一方、一度仲間と認めた相手を決して見捨てない。
年齢:外見十五歳前後
淡い金緑色の髪と左右で色の異なる瞳を持つ中性的な少年。左目は橙、右目は翡翠色。首や手足の関節には錬金術による接合線がある。
明るく好奇心旺盛だが、生死への感覚が人間と大きく異なる。感情を学習途中で、悲しい時にも笑ってしまうことがある。
自分を物ではなく一人の人間として扱った相手へ強い愛着を示す。
年齢:二十九歳
灰褐色の長髪を首の後ろで束ねた隻眼の騎士。残された右目は暗い赤色。黒鉄の鎧をまとい、刃の欠けた大剣を背負っている。
寡黙で生真面目。祖国では反逆者とされているが、騎士としての規律を捨てていない。自分の命を軽視し、死に場所を探すように戦う。
リュゼルの甘さを厳しく批判しながらも、その甘さが失われないよう陰で支える。
リュゼルの右腕に刻まれた墓碑紋を詳しく調べたいとフィオルが言い出したのは、彼が倒れてから三日後だった。救助した六人の容体は安定し、リュゼル自身もネフィリアたちに監視されながら食事と睡眠を取ったことで、ようやく顔色が戻っている。朝食を終えた直後、フィオルは工房から両腕いっぱいの器具を抱えて現れ、食卓へ透明な薄板や細い銀線、研究所から持ち帰った魔力測定器を順番に並べた。最近は何かを始める前に許可を求めることも覚えたらしく、袖を捲れとは命令せず、左右で色の違う瞳をリュゼルへ向けて待っていた。「墓碑紋、ちゃんと調べたい。触ってもいい?」「今まで見てなかったっけ」「見てたけど、表面だけ。昨日、記憶墓庫の制御器を直してたら、リュゼルの紋と石板の魔力構造が少し似てるって気づいた」ネフィリアの表情がすぐに変わった。彼女は飲みかけの茶器を置き、フィオルが並べた器具を覗き込む。記憶墓庫では、一枚の石板に一人分と思われる記憶が保存され、それを直接受け取ろうとしたリュゼルへ何万もの記憶が一斉に接続しかけた。《葬送継承》と記憶墓庫が同系統の古い技術に繋がっている可能性はすでに考えられていたが、墓碑紋そのものを構造として解析したことはなかった。「身体を傷つける検査は?」ネフィリアが尋ねる。「しないよ。光を当てて、返ってくる魔力を見るだけ。痛かったらすぐやめる」「それなら私は立ち会うわ」「最初からそのつもりだったよ」フィオルが当然のように答えたため、リュゼルは小さく笑って右袖を肩近くまで捲った。黒銀色の墓碑紋は手首から前腕、肘を越えて上腕へまで伸びており、以前より明らかに広い。一本の紋様が上へ伸びているように見えていたが、透明薄板を腕へ重ね、フィオルが測定器から弱い光を当てると、内部には何層もの線が折り重なっていることが分かった。フィオルは最初こそ興味深そうに目を輝かせていたが、しばらくすると笑みを消した。薄板の角度を変え、銀線を繋ぎ直し、同じ位置を三度測ってから記録紙へ細かな図を書いていく。ヴァレクとイセラも途中から広間へ来たが、フィオルの様子を見て口を挟まず、少し離れたところから調査を見守った。リュゼル自身には痛みも違和感もなかったものの、測定が進むほどネフィリアの顔が険しくなっていく。「何か悪いのか?」リュゼルが尋ねると、フィオルはすぐ答えず、まず手首に近い紋様
崩壊した集落から救い出した六人は、そのまま城の外周区画にある空き部屋へ移された。最も重傷だった魔族の青年は腰から下を長時間圧迫されていたため高熱が続き、獣人の母親も潰された右脚の腫れが引かない。腕を折った人間の男は歩けるようになったものの、折れた骨がずれないよう固定し直す必要があり、残る三人にも切創や打撲、粉塵を吸い込んだことによる咳があった。城に正式な治療院はなく、薬草の扱いを多少知っているリュゼルと、研究施設の記録から人体構造を学び始めたフィオルが中心となって処置を続けることになった。最初の一日は、それでも大きな問題にはならなかった。フィオルが包帯や固定具を用意し、ネフィリアが水と部屋の温度を調整し、イセラは負傷者の食事と見張りを担当する。ヴァレクも訓練を休み、動けない者を寝台へ移すような力仕事を引き受けた。リュゼルは《看取り人》で激しい痛みだけを和らげながら、以前セルヴァン一行で薬草や治療道具を運んでいた時に覚えた知識を頼りに傷の状態を確かめていった。問題が起き始めたのは二日目からだった。魔族の青年の熱が下がらず、夜中に何度も魘された。リュゼルは一度部屋へ戻ったものの、呼吸の変化が気になって眠れず、結局そのまま青年の寝台脇へ戻った。圧迫されていた脚の血流が急に戻った影響なのか、身体がひどく消耗している。専門的な治癒術を持つ者がいない以上、できるのは水分を少しずつ取らせ、身体を冷やしすぎないようにしながら状態を見守ることくらいだった。「交代しようか?」夜明け前、フィオルが扉から顔を出した。手には新しい水差しを持っており、髪にはまだ寝癖が残っている。「寝てたんじゃないのか」「寝たよ。三時間くらい」「それは寝たって言わない」「リュゼルは?」答えに詰まり、フィオルの左右で色の違う瞳が細くなる。以前なら相手の嘘を表情から読むことなどできなかった少年が、今では黙っただけで大体の意味を察するようになっている。「僕、ここにいるから寝てきて」「熱がもう少し下がったら」「昨日もそれ言ってたよ」リュゼルは返事をせず、青年の額へ濡れ布を置き直した。フィオルはしばらくその横顔を見ていたが、最終的には何も言わず隣へ座った。三日目になると、獣人の母親が痛みで食事を取れなくなった。リュゼルは《看取り人》で苦痛を和らげたあと、自分で厨房へ行って薄い粥を作り、少し
死者溜まりの深部から救難音が届いたのは、《記憶墓庫》の調査をいったん止めてから二日後のことだった。城の西側を巡回していた影鳥が、通常の魔物とは異なる規則的な金属音を拾って戻り、イセラが結界外まで出て耳を澄ませると、遠い岩盤の向こうから三度ずつ繰り返される打撃音が確かに聞こえた。古い奈落探索者が遭難時に使う救難信号と同じ形式だとヴァレクが判断し、リュゼルたちはすぐに水、縄、薬草、担架代わりの布を用意した。死者溜まりの深部へ再びリュゼルを連れていくことにはネフィリアが最後まで難色を示したが、生存者がいる可能性を知った以上、彼が城に残る選択をしないことも分かっている。今回はフィオルを城へ残し、リュゼル、ネフィリア、イセラ、ヴァレクの四人だけで救難音の発生地点へ向かった。一刻半ほど進むと、骨の谷から南へ外れた場所に、岩壁をくり抜いて作られた小さな集落が現れた。十数軒ほどの石造家屋が並んでいたらしいが、今は天井から落ちた巨岩や折れた梁に押し潰され、通路には石灰色の粉塵が霧のように漂っている。崩落はまだ続いており、頭上からは岩盤が軋む低音と、細かな石片が雨のように落ちる音が絶えなかった。粉塵と血の匂いの向こうから、痛みに呻く声、助けを呼ぶ声、誰かの名前を繰り返す声が重なって聞こえる。イセラは入口へ着くなり黒豹の耳を立て、地面へ指先を触れながら生存者の位置を拾った。「右の家に三人。中央の瓦礫の下に二人いて、奥からも二人分の呼吸がある。最低でも七人、生きてる」「天井はどれくらい持つ?」リュゼルが尋ねると、ヴァレクは崩れた柱と岩盤の亀裂を順番に見上げた。砦の崩壊や攻城戦を経験してきた騎士らしく、亀裂の進行を目で追っただけで表情が険しくなる。「十分持てば運がいい。大きな振動が一度入れば、その半分もない」リュゼルは集落全体へ視線を走らせた。七人以上を瓦礫から出し、安全地帯まで運ぶ時間としては短すぎる。ネフィリアの影なら大きな岩を持ち上げられるが、王域から遠いうえ、ここは死者の魔力が濃い。何度も大規模な力を使わせれば彼女自身が動けなくなる可能性がある。状況を理解した瞬間、胸の奥へ嫌な冷たさが広がった。「全員出す。右から行く」走り出そうとしたリュゼルの肩を、ヴァレクが掴んだ。「待て。救助順を決めろ」「そんなことしてる時間がない」「だから決めるんだ。子ども、自力で動けな
《記憶墓庫》の扉を再び開くまでには、五日を費やした。前のようにリュゼル自身を書庫へ立たせ、何万という石板の記憶へ直接触れさせる方法は最初から除外されている。フィオルは研究所から持ち帰った錬金器具を工房へ並べ、賢核に記憶を保存する技術と石板の構造を比較しながら、記憶魔力を一本ずつ切り分ける装置を作った。ネフィリアも深淵王家の古い封印術を調べ直し、石板と接触者の間へ狭い通路を作ることで、一度に流れ込む情報量を制限する術式を組み上げた。イセラとヴァレクは地下への出入りを交代で監視し、誰か一人の判断だけでは墓庫を開けられないようにすることまで決めたため、リュゼルは自分だけ危険物として扱われているような居心地の悪さを感じながらも、反論するだけの材料を持たなかった。「そこまで信用ない?」地下へ降りる前、リュゼルが半ば冗談で尋ねると、イセラは腰の湾曲刀を確かめながら顔も向けずに答えた。「お前が一人で墓庫へ入らないという意味なら、ない」「俺も同意だ」ヴァレクまで続けると、ネフィリアは当然のように頷いた。「私もよ。三人に同じことを言われてもまだ不満?」「いや、人数が増えるほど傷つくなと思って」「僕もだから四人だよ」フィオルが楽しそうに指を四本立てたため、リュゼルはそれ以上何も言わず階段を降りた。五日前に鼻と耳から血を流し、自分の名前まで一瞬分からなくなったのだから、彼らの警戒は過剰ではない。それでも、あの一瞬に見た白い都市と古代深淵語《エルファ・サル》が頭から離れず、墓庫の中に眠る歴史を知りたいという思いも消えてはいなかった。地下最深部の黒い扉には、以前より複雑な封印が施されていた。王家の術式が扉の周囲へ幾重にも刻まれ、イセラの警報糸が目立たない高さへ張られ、中央にはフィオルが作った小さな透明結晶が固定されている。結晶の内部には細い銀線が何層にも走り、石板から流れる魔力が一定量を超えた瞬間に接続を強制的に切断する仕組みになっていた。フィオルは制御器を抱えながら何度も数値を確認し、いつもの軽い調子とは違う真剣な顔でリュゼルへ説明する。「一枚だけ。長くても五秒まで。五秒より前でも数字がおかしくなったら僕が切るし、そのあと王女が扉を閉めるよ」「五秒で何か分かるかな」「分からなくても今日は終わり」ネフィリアが先回りして言った。「まだ何も言ってない」「言う顔を
フェルザ王国の騎士団を追い返してから三日後、城の地下でこれまでになかった魔力反応が見つかった。最初に異変へ気づいたのはネフィリアだった。王域の外周を広げたことで、彼女は毎朝、城壁や水路、地下へ延びる基礎部分まで魔力を巡らせて状態を確認するようになっていた。その途中、食料庫のさらに下を通る古い水路付近だけ、王域の魔力が何かに遮られるように途切れたのだという。崩落や魔物の侵入なら影を通して輪郭くらいは拾えるはずなのに、そこだけは何も返してこない。無いのではなく、意図的に向こう側を隠しているような不自然さがあった。五人で地下へ降りると、昨日までただの壁だった場所に一本の黒い線が現れていた。螺旋階段の最下層、細い水路の終点に近い位置で、継ぎ目のない黒石を縦に割るように線が走っている。リュゼルが灯石を近づけると、その上下に古代文字らしき刻印が浮かび上がった。ヴァルディオスから受け取った記憶の中で見た文字に似ていたが、墓碑紋へ意識を向けても意味は入ってこない。むしろ読もうとするほど右腕の内側が鈍く疼き、皮膚の下から「近づくな」と警告されているようだった。「また死者に関係するものじゃないだろうな」リュゼルが半歩下がると、イセラが黒豹の耳を壁へ向けたまま鼻を鳴らした。「匂いは何もない。生き物も、死体も、湿気すら向こうから来てない。壁じゃなくて、完全に閉じた箱みたいだ」フィオルは興味深そうに黒石へ顔を近づけたが、今では勝手に触る前に必ず一度振り返る癖がついている。「触っていい?」「待って」ネフィリアがすぐに止めた。彼女は壁へ直接手を置かず、足元から細い影を伸ばして縦線の下へ潜らせようとする。しかし影は数センチ進んだところで見えない何かへ弾かれ、水面へ石を落としたような波紋を残して床へ戻った。自分の城の地下で、自分の王域が拒絶されたことへ、ネフィリアの表情がわずかに強張る。「王域形成で作られた壁ではないわ。おそらく、もっと古い施設が最初からここにあった。王域が周囲を修復したことで、封印されていた入口だけが表へ出たのでしょうね」「お前にも覚えがないのか」ヴァレクが尋ねると、ネフィリアは静かに首を横へ振った。「深淵王家の地下施設については、幼い頃からかなり覚えさせられたわ。避難経路、封印区画、王族しか入れない祭室まで。でも、ここは知らない。私にまで伏せられていたの
最初に響いたのは、ヴァレクの大剣とフェルザ王国騎士の長槍が噛み合う鋭い金属音だった。乾いた谷へ火花が散り、互いの武器へ込められた力が衝撃となって足元の砂を跳ね上げる。ヴァレクは刃を立てて真正面から受け止めず、大剣の腹を斜めに当てて槍の穂先を外側へ滑らせ、その勢いのまま柄頭を相手の胸当てへ叩き込んだ。鎧越しの鈍い音とともに若い騎士が数歩後退したが、ヴァレクは追撃しなかった。刃を返せば喉へ届く距離だったにもかかわらず踏みとどまった横顔には、敵を相手にする時とは違う苦さが滲んでいた。「アルノ」呼ばれた若い騎士の表情が揺れた。兜の下から覗く顔にはまだ若さが残り、剣を握る指にも一瞬だけ迷いが生じる。「副団長……」「もう違う」ヴァレクは短く答え、再び伸びてきた剣を鍔元で外した。相手の手首へ大剣の柄を打ちつけると、剣が砂の上へ落ちる。それでも彼は刃を身体へ入れず、武器を失ったアルノからすぐに離れた。十二人の中には彼が名前を知る顔がいくつもあるらしく、視線が一人を捉えるたび、ごく僅かに呼吸が変わっていた。元部下や同期として同じ砦を守った相手を殺せないというより、今ここにいる騎士たちもまた、王命に従って奈落まで降りてきた者なのだという事実を切り捨てられないように見えた。だが、フェルザ側は同じ遠慮を見せなかった。前衛三人が術式盾を揃え、その隙間から長槍を突き出す。後方では二人の術師が同時に詠唱を始め、赤い魔法陣から乾いた熱気が立ち上がった。団長グラーデンは中央後方から全体を見渡しながら、ヴァレクだけでなくリュゼルたち全員を敵として処理するための指示を飛ばしている。「右から来る!」イセラの声を聞くより半呼吸早く、リュゼルは騎士の肩が沈むのを見ていた。以前なら《瞬脚》で一気に死角へ回り込んでいたが、今は通常の足運びで槍の軌道から外れる。伸びてきた柄へ黒鎖短剣の背を斜めに当てて穂先を下へ逸らし、そのまま相手の懐へ踏み込んだ。喉や脇腹ではなく、鎧の厚い肩へ柄頭を叩き込み、腕が落ちたところへイセラが滑り込む。湾曲刀の平が騎士の手首を正確に打ち、握っていた武器だけを弾き飛ばした。「殺すなと言った本人が一番前にいるな」「前衛をやるなとは言ってないだろ」「自分で全部片づけるなとは言われただろ」耳の痛い返答にリュゼルが口を閉じた瞬間、谷の上から灰白色の煙が流れ込んできた。刺激臭







