翌朝、蓮司が九条家まで送ってくれた。門構えを見て口が開く。どどーんと大きな武家屋敷みたいな家。 まあ、ほんとにどの家もすごくお金持ち。なんで庶民とこんなに差があるのかな? どうやったらこんな大きな家に住むことができるのだろうと思う。 もちろん、それ相当の苦労もあるだろう。蓮司がマクドナルドを買い食いするような絵は思い浮かばない。やってみたくても、自由にできない苦労は計り知れない。私だったらムリ。「無理するなよ」「大丈夫、なんとかなります。その代わりお手当はずんでくださいね」「ここまでは想定していなかったし、ひかりの苦労を考えたら報酬金を倍にしてもいいくらいだ」「わ~、頑張っちゃいます!」「現金なヤツだな」「当然でしょう。現金もらえますからね」&nb
「真白の言う通りだ。御門家に嫁ぐ女性には、相応の教養が必要だろう」 蓮司が身を乗り出そうとしたが、私は小さく首を振った。ここは自分で答えなければならない。「おっしゃる通りです」私はお祖父さまを真っ直ぐ見つめた。「正直に申し上げますと、まだ御門家にふさわしい教養は身についておりません」「ほう」「ですが、一日も早く身につけたいと思っております。蓮司さんを支え、御門家の一員として恥ずかしくないよう、必死に学ばせていただきたいのです」 彼の鋭い視線が私を見据えた。蓮司は黙って私の行動を見守ってくれている。いざとなれば話を割って入ってくれるつもりだろう。「学びたいと口で言うのは簡単だ。本気か?」「はい。本気です」「では、試してみるか」お祖父さまが立ち上がった。「一か月の猶予をやろう。茶道、華道、そしてこの家の歴史と家訓を覚えよ。一か月後、再び皆の前でその成果を披露してもらう」 一か月? そんな短期間で茶道も華
重厚な扉が開かれるとそこには畳敷きの大広間があった。上座には蓮司のお祖父さまが威厳ある姿で座り、その周りを親族が囲んでいる。着物だから威圧感が半端ない。 そして親族の視線が一斉に私たちに注がれた。 圧巻…! でも、この雰囲気にのまれるわけにはいかない。「蓮司です。妻のひかりを連れてまいりました」「ご紹介いただき、ありがとうございます。ひかりと申します。本日はお忙しい中、貴重なお時間をいただき恐縮です」 深く頭を下げるとざわめきが起こった。着物姿を見て親族の表情が少し和らいだように見える。「ほう、美しい着物姿だな。かつての娘を思い出す」 お祖父さまの声が響いた。「はい。お母さまが着付けてくださいました」「そうか。あいつが認めたならよい。では皆に挨拶をしてもらおう」 思った通り、お母さまに認めてもらうのは最初の試練だったようだ。 それにしても蓮司ったら…こんな大層な顔合わせやらなんやら、契約するときにちゃんと説明しておいてよね! 普通の人は門前払い
蓮司が部屋に入ってきた瞬間、足が止まった。「ひかり…なのか?」 声が少しかすれている。まるで別人を見ているような顔をしていた。「そうですよ」 私が軽く会釈すると、蓮司は数秒間、言葉を失ったように立ち尽くしていた。「どう? 似合うでしょう」 お母さまが誇らしげに微笑む。「…美しい」 蓮司の声が低く響いた。いつもの冷静な彼からは想像できない、どこか動揺した様子だった。「本当に、美しいな」 もう一度呟くように言って、蓮司は私をじっと見つめた。その視線に、胸がドキッとする。契約結婚だとわかっているのに、まるで本当に愛されているような錯覚を覚えてしまう。
「おはようございます。お忙しい中、お時間を割いていただきありがとうございます」 深く頭を下げると、お母さまは優しく微笑んでくださった。「遠慮しないで。さあ、上がって」 玄関からはお香の良い香りが漂っている。格式高い日本家屋にピッタリの白檀の香りが見事に調和している。お母さまに案内されたのは畳敷きの広い和室で、大きな姿見と着付け用の道具が整然と並べられている。「ここが着付けの部屋よ」 そして、そこには息を呑むほど美しい着物が用意されていた。「これは…」 淡い桜色の地に、金糸で刺繍された四季の花々が散りばめられた美しい着物だった。帯は深い紫地に金の丸紋が織り込まれた西陣織の名品のよう。「私が蓮司の父との結納の時に着たものです。あの時以来、ずっとしまい込んでいたのですが」「そんな大切なお着物を、私に着せて下さるのですか?」「これからは家族になるのよ。それに、ひかりさんなら似合うと思って。ふふ。昨日お会いしたばかりなのに、貴女がとても素敵だから…私、ずっと娘が欲しかったの。着付
翌朝。目覚ましより少し早く目が覚めた。今日は長丁場――胃に負担をかけない朝食にしよう。蓮司は意外になんでも食べてくれるけれども、和食がいちばん好きなような気がする。 小鍋で出汁を温め、湯豆腐と炊き立てご飯、刻み梅と海苔をほんの少し。湯豆腐とご飯って最高に合う組み合わせなのよね~。旅館で食べる朝ごはんみたいで好き。きっと蓮司も気に入ってくれるはず。「おはよう」「おはようございます。今日は軽めに整えました」「ああ、助かる」 案の定喜んで食べてくれた。よし、胃袋は満たされた。 食後、ダイニングテーブルに今日の持ち物を並べて最終確認。客札は小さな布袋に入れて内ポケットへ。ハンカチ二枚、予備ストッキング、口紅は落ちにくいもの。名刺入れ、手土産の控え。 準備をしていると、蓮司のスマートフォンが鳴った。 「母さんからだ。なんだろう、こんな朝早くに」 え”。まさか蓮司との結婚はやめにして、とかいうの? もう結婚しちゃったから、今離婚させられたらバツ2になっちゃうよ(涙)それはいやだ…。「え? 着付けをこれから?」