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130:帝王の怒り

last update Tanggal publikasi: 2026-08-24 19:01:40

 時は少しさかのぼる。

 ある日の午後2時。御堂礼司がフレンチレストラン『一ノ瀬』の重い木製ドアを開けると、真鍮のドアベルが間延びした音を立てた。

 ランチタイムの営業が終わったばかりだというのに、店内に客の気配はない。

 それどころか、フロアには酸化した油と古い布巾のすえた匂いが滞留していた。

(高級店を名乗るなら、最低限の清掃と換気くらいは徹底すべきだな。床のワックスも剥げかけている)

 礼司は革靴の底が床を擦る感覚に不快感を覚えながら、内心で辛辣な皮肉を吐いた。

 隣を歩く御堂ホールディングスの顧問弁護士が、黒いレザーの書類鞄を持ち直す。金属の留め具がカチャリと鳴った。

 無人のフロアを抜け、厨房の入り口に立つ。

「誰かいるか」

 声に反応して奥から姿を現したのは、シェフコートの胸元をだらしなく開けた翔太と、派手なジェルネイルを施した梨沙だった。

「誰だ、あんたたち。今はもう準備中だぞ」

 翔太が不審げに声を荒げる。

 
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     10月下旬の夜が更けていく。 連城ホテルのメインダイニングで開催されたコラボフェアの初日は、最後のデザートと食後のコーヒーの提供を終えようとしていた。 午後10時を回り、フロアから最後の客が退店したという知らせが厨房に届く。 春菜はコンロのつまみをひねり、青い炎を消した。 天井の換気扇が回る低いモーター音だけが、広い厨房に響いている。 ステンレスの調理台には、使い終わった鍋やボウルがいくつも並んでいた。 周囲には焦げたバターの香ばしい匂いと、赤ワインの甘い香りがまだ漂っている。「全テーブル、コースの提供完了しました! これにて本日の営業は終了です!」 ホールマネージャーが厨房の入り口で声を張り上げた。 その瞬間、白いコックコートを着たホテルのスタッフたちから、わっと歓声が上がった。「やったぞ、ついにやり切った!」「一時はどうなることかと思ったけど、無事に初日を乗り切れたな」「三ツ星シェフのポール氏が、帰り際に笑顔で拍手をしてくださったぞ。お皿を下げた時、ソースが一滴も残っていなかったんだ」「手書きの伝票で回した時は冷や汗が出たけど、佐伯シェフの指示のおかげで迷わずに動けたよ」 若手シェフやホールスタッフたちが、互いに肩を叩き合って喜んでいる。 張り詰めていた空気がゆるみ、あちこちで明るい笑い声が上がった。 春菜は調理台に両手をついて、ふうっと長い息を吐き出した。 足裏からふくらはぎにかけて、長時間の立ち仕事による重だるい疲れが溜まっている。 けれど胸の奥は心地よい達成感で満たされていた。(本当に良かった。みんなが最後まで集中を切らさずに動いてくれたおかげだわ) 隣でフライパンを洗っていた神崎副料理長が、水気を拭いた手で春菜に向き直った。 いつもは神経質そうな彼の顔に、穏やかな笑みが浮かんでいる。「佐伯シェフ、本当にお疲れ様。君の判断力と料理の腕には、今日という今日は心底感服したよ。仔羊肉の火入れも、即興で作ったポルチーニのソースも完璧だった」

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