LOGINその日の昼休み。
私は今日も生徒たちで賑わう教室の窓際で、中学からの親友であり、同じクラスの「推しがねっ、何と、私にっ、告白してくれるんだよっ」
できれば興奮そのままに、大きな声で発表したいことなのだが、そんなことをしてしまえば、〝鉄子に玉砕大作戦!〟が周りに知れ渡り、作戦を実行してもらえないかもしれない。なので、興奮気味にだが、何とか小声で、雪乃にそう言う。
すると、雪乃は「楽しいねぇ」と、どうでも良さそうに笑った。「王子もいいけどさ、アンタには千晴くんがいるじゃん」
嬉しそうな私に突然そんなことを雪乃が言う。
「…?」
何故、急に千晴の話になるんだ?
雪乃の言いたいことがよく分からず、首を傾げていると、そんな私を見て、雪乃は呆れたように笑った。
「千晴くん、絶対柚子のこと好きじゃん」
「は?何言ってるの?ないない。それはない」
雪乃のぶっ飛びすぎている冗談に、思わずこちらも呆れて笑ってしまう。
さては私を笑わそうとしているな?
「いやあるでしょ?あれはどう見てもそうでしょ?アンタにだけ笑って、アンタにだけ懐いて、アンタにだけされるがままなんだよ?」
「あのね、雪乃。あれはね、今まで会ったことのないタイプの私を面白がっているだけなんだよ。みんな、千晴が怖くて近寄れないでしょ?でも私は近寄れるし、世話まで不本意だけど焼いているじゃん?千晴にとって私は第二のお母ちゃんかお姉ちゃんみたいな存在なんだよ?」
「…本気で言ってる?」
「そっちこそまさか本気で?」
互いに互いを信じられないものでも見るような目で見る。
あの恋愛ごとにはめっぽう強い雪乃がまさか冗談ではなく、本気で千晴が私のことを好きだと思っていたなんて。長い腰まである真っ直ぐな黒髪に、まるでアイドルのような可愛らしい顔。制服もきちんと着ており、風紀委員長の私が指摘する箇所なんてもちろんない。
そんな浪川雪乃はご覧の通り、清純派美少女の見た目だが、中身は全く違った。とんでもない小悪魔で男遊びが激しいなのだ。もうそれも相当。
彼氏が複数人いるなんて当たり前。
常に男を切らさない雪乃だが、立ち回りがとてもうまく、この高校では清楚系美少女として通っていた。自分で言うのもなんだが、風紀委員長に選ばれるほど真面目な私と、清楚系小悪魔美少女の雪乃では、全く違う人種なので、仲良くなれそうにないものだが、私たちは中学からの親友だ。
何故、私たちの友情が成立しているのかというと、互いに表裏なく言い合える性格が合っていたからだった。「…はぁ、やっぱりかっこいい」
雪乃との会話の中、ふと窓の外を見ると、バスケコートでバスケをしている沢村くんの眩しい姿が目に入り、思わずため息を漏らす。
雪乃も私の視線に気づき「暑い中よくやるよね」と興味なさげに一瞥していた。「で、王子からの告白、受け入れるの?」
「もちろん!」
雪乃の質問に私はキラキラとした笑顔で応える。
例え、告白の後に、さっきの告白は嘘でした!と言われても、沢村くんの彼女の座に君臨してやるつもり満々だ。 キラキラ通り越して、メラメラし始めた私に、雪乃は「まぁ、恋愛ごとなら私に任せてよ」と楽しそうに笑いながら、そんな頼もしいことを言ってくれた。雪乃さん!よろしくお願いします!
*****
そして放課後。
風紀委員室へと向かう私の頭の中は、お昼休みの雪乃のある一言でいっぱいになっていた。 『決戦は今日。必ず放課後に告白されるよ、アンタ』 不敵に笑っている雪乃の顔がもうずっと離れない。 雪乃が言うのだから絶対そうなのだ。 今日、私はついに推しから告白されてしまうらしい。 こんな少女漫画のような体験ができてしまうなんて、私は前世でどんな徳を積んだのか。嬉しさのあまりスキップし始めたい気持ちをグッと抑えて、ゆっくりと歩いていると、ついにその時がやってきた。
「あの、鉄崎さん」
後ろから遠慮がちに、とんでもないイケボが私を呼ぶ。
振り向かなくてもわかる。私を呼び止めたこの声は…「今ちょっとだけいいかな?」
振り向くと、どこか気まずそうに、こちらを見ているとんでもないイケメンと目が合った。
爽やかな整った顔立ちにサラサラの黒髪。
紛れもなく私の推し、沢村くんだ。きたーーーーーーー!!!!!
沢村くんの登場に私の中のリトル柚子が喜びのタップダンスを踊り始める。しかもタンバリン付きでシャンシャンと愉快な音付きだ。
「うん、いいよ」
告白だー!と嬉しさで叫び出しそうになったが、それを絶対に表には出さず、私は至って冷静に沢村くんに頷いた。
*****
沢村くんによって連れて来られた場所は、誰もいないとある空き教室だった。
この時間帯は人気もなく、告白をするにはうってつけの場所だろう。しかし私はきちんと感じていた。
この空き教室の外にある複数の人の気配を。まあ、どうせ〝鉄子に玉砕大作戦!〟の結果を見届けに来たバスケ部の部員たちなのだろうけど。
「あ、あの鉄崎さん…」
教室の窓から射す、太陽の光を浴びて、輝く私の推しが、未だに言いにくそうに、私から視線を逸らしている。
推しが告白する時は、こうやって少し恥じらいながらするのだと知れた私は、もう嬉しくて嬉しくて仕方なかった。
きっと普通に生きていたら、推しの生告白シーンなんて拝めない。「…す、好きです」
消え入りそうな声で、少しだけ頬を赤くしながら言われた言葉。
こんなにも尊い4文字がこの世にあったなんて。 例え嘘だったとしても素晴らしい。「つ、付き合ってください」
ずっと目を逸らしていた沢村くんが、最後に意を決したように、そう言い、私の目をまっすぐと見つめた。
嘘でもそこにちゃんと誠実さがある沢村くんに、胸がじーん、と熱くなる。
推しが眩しくて、大好きすぎる。「うん。ぜひ、お願いします」
「…え」
予定通り沢村くんの告白を受け入れた私を、沢村くんがぽかーんとした顔で見る。
そんな力の抜けた顔も様になるから罪深いイケメンだ。「えぇ!?いいの!?」
少し間を開けて私の告白に驚く沢村くんに、私は満足げに笑った。
それからこの空き教室の外も、隠れる気は微塵もないのか、と言いたくなるくらい騒がしくなり始めたが、全く気にならなかった。 鉄崎柚子、17歳。 初めての彼氏が推しという、とんでもない幸せを掴んでしまいました。朝、いつものように委員会活動という名の服装チェックを校門前でしていると、とある噂話が聞こえてきた。「あの鉄子が王子と付き合っているらしい」、と。鉄子とはもちろん私、鉄崎柚子のことであり、王子とはそう間違いなく、疑う余地もなく、あの私の推し、沢村悠里くんただ1人である。沢村くんに告白され、数日。まだまだ私たちの関係について半信半疑である声もよく耳にするが、私たちは間違いなく、数日前から付き合っていた。何と幸せな事実なのだろうか。嬉しさと幸せのあまり緩んでしまいそうになっていた顔に、ぐっと力を込める。すると、人混みの中からとんでもないイケボが私に向けられた。「おはよう、鉄崎さん」この声は間違いなく沢村くんだ。せっかく力を入れた表情筋が、思いがけず、緩みそうになる。「おはよう、沢村くん」しかし私はそれでも、頬に力を入れ、いつもの〝風紀委員長〟の顔を作った。そして、そんな私の視界に、とんでもなくかっこいい、王子と呼ばれていることにも頷ける、眩しい存在が飛び込んできた。もちろん、沢村くんだ。悠里くんは、どこかぎこちなく私に微笑んでいた。朝日を浴びて微笑む推し、素晴らしすぎて涙が出そうだ。「…そ、それじゃあまた」「うん、またね」挨拶もそこそこにその場から離れる沢村くんに、私はにやけそうな顔に、さらに力を入れて、何事もないように対応する。彼女だからこうやって挨拶してもらえるんだよね!以前の私は、数ある生徒の1人として、沢村くんに挨拶していたし、沢村くんも私1人に対して挨拶なんてもちろんしてくれていなかった。そういう関係だった。それが今では目と目を合わせて挨拶する仲だ。付き合うって本当に素晴らしい。 「…あれ、本当に付
その日の昼休み。私は今日も生徒たちで賑わう教室の窓際で、中学からの親友であり、同じクラスの浪川雪乃と共に昼食を食べていた。そして昨日あったとんでもない出来事を、やっと雪乃に伝えることができていた。「推しがねっ、何と、私にっ、告白してくれるんだよっ」 できれば興奮そのままに、大きな声で発表したいことなのだが、そんなことをしてしまえば、〝鉄子に玉砕大作戦!〟が周りに知れ渡り、作戦を実行してもらえないかもしれない。なので、興奮気味にだが、何とか小声で、雪乃にそう言う。すると、雪乃は「楽しいねぇ」と、どうでも良さそうに笑った。「王子もいいけどさ、アンタには千晴くんがいるじゃん」嬉しそうな私に突然そんなことを雪乃が言う。「…?」何故、急に千晴の話になるんだ? 雪乃の言いたいことがよく分からず、首を傾げていると、そんな私を見て、雪乃は呆れたように笑った。「千晴くん、絶対柚子のこと好きじゃん」「は?何言ってるの?ないない。それはない」 雪乃のぶっ飛びすぎている冗談に、思わずこちらも呆れて笑ってしまう。さては私を笑わそうとしているな?「いやあるでしょ?あれはどう見てもそうでしょ?アンタにだけ笑って、アンタにだけ懐いて、アンタにだけされるがままなんだよ?」「あのね、雪乃。あれはね、今まで会ったことのないタイプの私を面白がっているだけなんだよ。みんな、千晴が怖くて近寄れないでしょ?でも私は近寄れるし、世話まで不本意だけど焼いているじゃん?千晴にとって私は第二のお母ちゃんかお姉ちゃんみたいな存在なんだよ?」「…本気で言ってる?」「そっちこそまさか本気で?」 互いに互いを信じられないものでも見るような目で見る。あの恋愛ごとにはめっぽう強い雪乃がまさか冗談ではなく、本気で千晴が私のことを好きだと思っていたなんて。 長い腰まである真っ直ぐな黒髪に、まるでアイドルのような可愛らしい顔。制服もきちんと着ており、風紀委員長の私が指摘する箇所なんてもちろんない。そんな浪川雪乃はご覧の通り、清純派美少女の見た目だが、中身は全く違った。 とんでもない小悪魔で男遊びが激しいなのだ。もうそれも相当。彼氏が複数人いるなんて当たり前。常に男を切らさない雪乃だが、立ち回りがとてもうまく、この高校では清楚系美少女として通っていた。 自分で言う
鉄崎柚子。鷹野高校進学科所属の風紀委員会委員長。その真面目さと圧倒的迫力からくる怖さから、生徒たちから〝鉄子〟と呼ばれ、恐れられており、高校1年生の秋、前風紀委員長から異例の抜擢を受け、風紀委員会委員長となった。その後、2年生でもその役目を務め、今、校門の前で腕組みをして立っている。昨日の出来事によって、今にもにやけてしまいそうな顔に目一杯力を入れて。 「お、おい。鉄子がとんでもない剣幕で立っているぞ」1人の男子生徒が、不安げにこちらを見る。「しっ、聞こえるぞ、バカ。夏休み明けだから気合い入ってるんだよ。昨日も何人の生徒が泣かされていたか」そんな男子生徒に、もう1人の男性生徒が声をひそめた。「と、とりあえずちゃんとした服装だよね?校則違反していないよね?私」私の前を今、まさに通ろうとしている女子生徒は、顔面蒼白で、自身の服装の再確認をしている。校門前にいる私をチラチラと見ながら、複数の生徒たちが校舎へと向かっていく。そんな生徒たちに、私は一人一人視線を向け、校則違反者はいないか確認していた。そう、今は夏休み明けの9月。夏休み明けといえば、みんな気が緩む時期だ。そんな時期だからこそ、校則違反をする者も多い。じっと生徒の波を見ていると、向こうの方から一際目立つ存在が現れた。あの校則を派手に破っている金髪は…。 「 華守千晴!止まりなさい!」 私は強い口調で、金髪の男、千晴の前に立ちはだかった。 「あ、先輩だ。おはよー」 私に声をかけられて、何故か嬉しそうに笑うこの男は、驚くほど校則を破っていた。 まずは特徴的なふわふわの猫毛の金髪。さらには制服まで着崩しており、ネクタイもゆるゆる。目鼻立ちが整っており、スッとした美人で、さらに細身だが、高身長でスタイルもいい為、全てがまるでおしゃれに見え、そういうものかもしれないと思ってしまうが、全部が全部、校則違反だ。 このオール校則違反で、何とうちの高校の進学科の1生生だとは、驚きを通り越して、信じられないものがある。 うちの高校は普通科、進学科、スポーツ科の3つの科があり、進学科の生徒は比較的真面目な生徒が多く、校則もちろん守る生徒が多いのだ。だいたい校則を破っているのは、普通科の生徒かスポーツ科の生徒だ。 それが何故、進学科の生徒であるコイ
「名付けて!鉄子に玉砕大作戦だ!」 放課後、廊下を移動していると、とある教室からそんなふざけた作戦の名前が聞こえてきた。全く誰がこんなバカな話をしているのか。呆れながらも少し気になったのでその場で足を止め、声の聞こえた教室の方へと聞き耳を立ててみる。ちなみに鉄子とは私、鉄崎柚子のことである。「お前はモテすぎなんだよ!悠里!だから鉄子に告白して玉砕するんだ!」 強くそう言い切った男子生徒の言葉に、私の心臓がドクンッと跳ねる。男子生徒から出てきた名前、悠里とは、私の推し、沢村悠里くんだ。どうやらあの教室内には同学年のスポーツ科の沢村悠里くんもいるらしい。 沢村くんはまだ3年生が引退していないにも関わらず、2年生にして我が校のバスケ部のエースであり、そのかっこよすぎる爽やかな見た目から〝バスケ部の王子〟と言われ、ファンを多数獲得している存在だ。ちなみに私もそのファンの1人で、決して表には出さないが、こっそり沢村くんを推していた。「イケメンで?優しくて?高身長で?バスケ部のエースで?そりゃ、女子が放っておかないよな?」からかうような声に、周囲は笑う。「毎日毎日悠里に告白告白。うちの大事なエースなのに告白の対応でほぼ部活に出られない、練習に参加できないってどういうことなんだよ」そこに今度は呆れとも困惑ともつかない声が混じる。「毎日最低、1〜2人、多い時は5人以上に告白されて、それに毎度丁寧に受け答えしてりゃあ練習時間もなくなるわな」「うちは強豪校の一つだぞ?今年は全国でのベスト8だって狙っているのにこれじゃあな…」 続けて、1人は不満げに、1人は不安げに声を上げた。先ほどまで明るかった空気が、一気に重くなる。教室内から聞こえる複数の男子生徒たちの困っているような声や、不満そうな声。 彼らの話の内容を聞き、私はすぐに教室内にいるのは、男子バスケ部の生徒たちと沢村くんだと察せた。沢村くんが毎日告白されていることは、この学校では周知の事実であり、放課後の恒例行事にさえもなっていたが、まさかここまで深刻な状況になっていたとは。そしてその告白に全て丁寧に対応していたなんて、やはり沢村くんは推せる。「だからそこで鉄子に玉砕大作戦なんだよ!」 暗い空気が流れる中、私が足を止めるきっかけとなった作戦を、声高々に言う者が現れた。