Войтиいろいろあった文化祭が終わり、1ヶ月。いよいよ冬休みが迫ってきた、とある日の昼休みのこと。窓の外に広がる寒空を横目に、私は暖かい教室で、雪乃と共に昼食を食べていた。いつも一緒に食べている悠里くんは、今日はバスケ部の用事があるらしい。悠里くんと付き合い始めた頃は、こうして雪乃と食べることの方が多かったが、今では、悠里くんと食べることの方が多かった。「何か久しぶりだねぇ、一緒に食べられるの」ふと、雪乃が今、私が思っていたことと同じことを口にする。「お互い違う相手と食べたり、用事があったりしたもんね。一緒に食べられるのは2週間ぶりくらいかな?」なので、私は雪乃の言葉にすぐに頷いた。悠里くんと一緒に食べる夢のような時間も好きだが、気心の知れた友人である雪乃と食べる時間も、安心感があり、楽しくて好きだ。「悠里くんが柚子とお昼一緒にするようになっちゃったもんねぇ。最初は付き合ってんの?本当に?て、感じだったのに、今ではこの学校の誰もが知る、ベストカップルなんだもん」「ふふ、まぁね」おかしそうに笑う雪乃に、私は少しだけ誇らしげに胸を張った。雪乃の言う通り、もうすっかり私は悠里くんの彼女として、板についており、誰もが私を悠里くんの彼女として認識している。私は完璧な悠里くんを不必要な好意から守る壁なのだ。「千晴くんとの噂も未だに健在ではあるけどね。でもやっぱ、公式は王子とだよねぇ。後夜祭の時も熱々すぎて、キス以上のことしてたし」「だ、だから!そんなことしてないってば!」ニヤニヤしている雪乃のいつものからかいに、つい大きな声でツッコミを入れる。文化祭後、事あるごとに雪乃は後夜祭での私と悠里くんのことについて、からかってきた。どうやらカップル席周辺で、聞き耳を立てていた生徒たちが、私たちがカーテンを閉め、キス以上のことをやり始めた、と勘違いしてしまったらしいのだ。その噂は瞬く間に広がり、しばらくは非常に恥ずかしい思いをした。あんなところでそんなことするはずがないのに、まるで真実のように語られ、困ったし、最終的には、生徒会長自らの指導が入った。「風紀委員長であるお前が何、一番に風紀を乱しているんだ」、と。とんでもない勘違いだ、濡れ衣だ、と一生懸命釈明したが、深めのキスを何度もしてしまったことは事実だったので、最後には謝罪した。もう公衆の面前で
「…どうしたの?」あまり見ない悠里くんの表情に心配になり、悠里くんの瞳を覗く。すると、悠里くんは暗い表情のまま、力なく笑った。「…自信がないんだ。俺が柚子の彼氏なのに、周りにはそう思われていなかったりするし、華守との方が仲良く見えるし…」伏せられた瞳は不安と寂しさで揺れている。そんなふうに思わなくてもいい、と今すぐ推しを安心させてあげたい。「私の彼氏は悠里くんだよ。確かに千晴と仲はいいけど、悠里くんのとは違うでしょ?千晴はただの後輩だから」そう言って、真剣に悠里くんを見つめる。だが、悠里くんの表情は未だに暗かった。推しが私のせいで悲しんでいることが辛い。「…違う、か。本当にそうかな。キスした仲なのに」「…っ」暗い声音が静かに訴えた内容に、肩を震わせる。あの時、触れた千晴の柔らかい唇を思い出してしまい、私の頬は熱を持った。千晴はただの後輩だ、と言ったそばから、こんなふうになるのは違う、と何とか千晴を自分の意識から追い出したいのだが、上手くいかない。あの焦がれるような甘い瞳を忘れられない。千晴のことを考え始め、おろおろし出した私を、悠里くんは苦しそうに見つめた。「…わかってる。あれは演技だって。嫉妬するものじゃないって。わかってるけど…」眉にシワを寄せ、悠里くんが辛そうに思いを吐く。それから一旦言葉を止め、ゆっくりと続けた。「俺ともまだなのに…」推しが辛そうに私を見ている。綺麗な瞳はどこか仄暗く、とてもじゃないが、大丈夫そうには見えない。その葛藤に私の胸はぎゅーんと締め付けられた。推しが苦しんでいる。それなのにキュンキュンしてしまう自分が、どれほど不謹慎であるかは、十分わかっている。けれど、あの悠里くんが、こんなにも甘く嫉妬してくれているのだ。例え演技だとしても、彼氏として真面目に私と向き合ってくれた結果だとしても、嬉しくて嬉しくて仕方ない。偽りの嫉妬でも私はいい。その嫉妬でぜひ、私を縛って欲しい。「…俺も柚子とキスしたい。ダメ?」上目遣いで、おそるおそるこちらを伺う悠里くんに、ついに私はやられてしまった。罪深すぎるその表情に、ゴクッと喉が鳴る。か、かっこよくて、かわいいなんて、反則だ。私の推し、悠里くんは、世界を救うのではなく、世界を破滅させるのかもしれない。「…うん」バクバクとうるさい心臓を抑
輝く星空の下。グランドの上空には、色とりどりの生徒お手製の提灯が吊るされており、お祭りのような雰囲気が広がっている。文化祭の全てのプログラムを終えた生徒たちは、ここで、後夜祭という名の打ち上げをしていた。灯を灯された提灯の下には、テーブルが並べられており、軽食や飲み物がある。それを楽しむ生徒たちの視線の先には、メインステージがあり、そこでさまざまな催し物が行われていた。まず、行われたのは、生徒会による文化祭の結果発表だ。各部門の最優秀賞に選ばれたのは、出し物部門は、普通科三年の超大型迷路で、部活部門は、バドミントン部の占いの館だった。この結果を聞いた時、「悠里くんのクラスの吸血鬼カフェが最優秀賞じゃないのかぁ」とちょっと残念に思ったが、確かにあの迷路はなかなか面白かったので、納得できた。そして、最後。舞台部門なのだが、何と千晴たちのクラスの白雪王子が最優秀賞に選ばれた。あの盛り上がり方、おそらくぶっちぎりだったのだろう。結果を聞かずとも、何となくそうなのだろうとは思っていた。結果発表が終わった後、次に行われたのは、有志によるバンドのライブだった。この後はダンス部がダンスを披露するらしい。ステージ上のライブに、盛り上がる生徒たちの背中を見ながら、私はほっと一息ついていた。いろいろあったが、大きな問題もなく、無事終えられた。文化祭中の風紀委員長としての荷がやっと下りた瞬間だった。私は今、あの生徒たちの喧騒の中にはいない。生徒たちの喧騒の後ろ、少し高いところに用意された小さな個室のような場所で、悠里くんと2人でいた。何故個室のような、と表現したのかというと、悠里くんといるここは上下左右、後ろが木の壁に囲まれており、ステージの見える前方だけ壁がなく、空いているからだ。空いているそこからはグランド全体を見渡せるようになっていた。横にはカーテンもあるので、閉めれば、プライベートな空間にもできるようだ。この個室にぴったりと収まる2人掛けのソファに、私たちは肩を並べて座っていた。この小さすぎるソファでは、どうしても悠里くんと肩が触れ合ってしまう。それもタキシード姿の悠里くんと、だ。私と悠里くんは見事、ベストカップルに選ばれていた。その特典として、今、推しである悠里くんはタキシード姿で、私と共にカップル席にいてくれている。悠里くんが
まずは観客に背を向けて、両膝をつくと、私は千晴が眠っている棺桶を覗き込んだ。「お姫様は白雪王子を見て思いました。何と、美しい方なのだろう、と」ナレーションは止まることなく、予定通り進んでいく。そのナレーションに合わせて、改めて、私はじっと千晴を見た。色とりどりの花に囲まれて眠る千晴は、どこか幻想的で儚かった。正直棺桶内は観客席からはあまり見えない。ここまで精巧に作られているのは、きっとクラスメイトたちの趣味からなのだろう。長いまつ毛が白い肌に影を落とし、その可憐さに拍車をかけている。相変わらず、黙ってさえいれば、美しい子だ。千晴の美しさに見惚れながらも、私は練習通り、棺桶の蓋に手を置いた。それからゆっくりと、千晴に顔を近づけた。キスをするフリをするだけ。わかっているのに、心臓が早鐘を打つ。どんどんそれはスピードをあげ、今にも壊れてしまいそうだ。照れるところではない。これは演技だ。そう言い聞かせて、目を閉じた。頬に熱を感じながら。「そしてお姫様は白雪王子にキスを落としました」ナレーションに合わせて、キスをするフリをし終え、ゆっくりと顔をあげる。今の体勢が観客に背を向けるもので良かったと、心の底から思う。きっと今の私の顔は、真っ赤で、人様には見せられない。「すると、何ということでしょう。呪いが解け、白雪王子が目を覚ましたのです」それから今度は千晴が、ナレーションに合わせて、ゆっくりと上半身を起こした。「素敵なお方、どうか私と結婚を…」そんな千晴の手を取り、私は続ける。しかしナレーションの途中で、何故か千晴は私に迫ってきた。吐息が当たる、そんな距離。そこからまっすぐと千晴に私の瞳を覗かれて、ゆっくりと私の唇に千晴の唇が重ねられる。私のおでこにも触れた、あの熱だ。「…っ!」キスされた。数秒して、私はやっと状況を理解した。一瞬だけ触れた唇は、熱を帯びたまま、名残惜しそうに離れていく。「「「ぎゃ、ぎゃああああ!!!!!」」」次に会場を包んだのは、殺人事件でも起きたのではないか、と思うほどのとんでもない叫び声だった。間違いなく、数名は倒れているのでは?と、心配になる熱を背中に確かに感じる。この千晴の突然の行動に、ここまで予定通り進められていたナレーションも、さすがに止まってしまっていた。そして私は顔を真っ
そこから私はあっという間にお姫様に仕立て上げられた。今、私が問題なく着ている水色と白色のパンツスタイルのドレスは、最初は男子生徒が着るものだったので、私にはかなり大きかった。だが、進学科の生徒たちは、私でも着られるようにと手を必死に動かし続け、何とか形にしてみせた。またいつもポニーテールにしている髪は、今は綺麗にまとめられており、頭には綺麗なティアラまである。生徒たちの手によって、軽く化粧までされて、私は誰がどう見ても、〝お姫様〟になっていた。「…う、うぅ。せ、先輩、本当にすみません…」全ての準備を終え、舞台裏に立っていると、本当に顔色の悪い男子生徒が、泣きながら謝罪してきた。その謝罪してきた生徒は、まさに昨日バスケ部の出し物のところにいた、あの顔色の悪い生徒で、何故彼があの時死にそうな顔をしていたのか、今になって理由がわかった。プレッシャーに耐えられなかった生徒とは、悠里くんの後輩である、バスケ部の彼だったようだ。「お、俺、ちゃんと裏方で先輩のサポートしますから…。本当、すみません」泣きじゃくる男子生徒に私はポンッと肩を叩いた。「大丈夫よ。あとは任せなさい」「ぜ、ぜんばーい!!!!!」力強い私の言葉に、ぶわぁ!と、また男子生徒は泣き出す。そんな男子生徒に困ったように笑っていると、突然、舞台裏が静まり返った。先ほどまでの喧騒がまるで嘘かのように、何も聞こえない。泣いていた男子生徒でさえも、それをやめ、ある場所に視線を奪われていた。この場にいる生徒たちが皆、視線の先で息を呑む。「先輩」全員の視線を奪っていた存在、千晴は嬉しそうに私の名前を呼んだ。いつもの金髪ではなく、ふわふわの黒髪から覗く、綺麗で美しい顔。スラリとした高身長に、周りの目を引くモデルのようなスタイル。ただでさえ、精巧な人形のような見た目の千晴が、白と金の王子様服を身にまとうことによって、その美しさに磨きがかかり、どこか浮世離れした存在になっていた。私は千晴を見て、何故、急にこの場にいた全員が息を呑んだのかわかった。私も気がつけば、周りの生徒たちと同じように千晴に視線を奪われ、息を呑んでいた。静かに心臓が脈打つ。何故なのかわからないが、千晴を見ていると、緊張してくる。千晴におでこへキスされた時と同じような感覚に、私は首を捻った。今はドキドキするような
カップルコンテストの掲示板から離れた後、私たちは限られた時間を目一杯楽しんだ。お化け屋敷は苦手なので入らなかったが、縁日に行ってヨーヨー釣りをしたり、美術部の展示物を見たり。いろいろなところを見て回り、クレープを食べ終えた私たちが次に向かった場所は、第二体育館にある、超大型迷路だった。 「面白かったね、悠里くん」そして第二体育館の超大型迷路から出た私の第一声はこれだった。「だね。ちょっと難しいのがまたよかったよね」それに悠里くんは笑顔で応えてくれる。そんな悠里くんに私は続けた。「うん。わかる。普通の迷路とはちょっと違う要素があるのがわくわくしたよね」「本当、それ。あの選択するところとか、ちょっと凝っててすごかったし」「わかる…!私も刺さった、あれ!あとその後の…」先ほどまで楽しんでいた迷路の感想を笑顔で言い合いながら、私たちは体育館の外を何となく歩く。私たちが今まさに楽しんでいた、3年普通科の〝超大型迷路〟は、本当になかなか面白いものだった。ただの迷路ではなく、所々にいろいろなギミックがあり、一筋縄ではいかないようになっていたのだ。行き止まりだと思っていた場所が押してみると扉になっていて進めたり、アイテムを揃えると、新たな道ができたり。初めての体験に、私は高揚していた。「…ふふ」笑顔で話し続ける私に、突然、悠里くんがおかしそうに目を細める。何の脈略もなく笑った悠里くんに、首を捻ると、悠里くんは柔らかく笑った。「…ごめん、柚子が可愛くて、つい」手の甲で口元を隠して笑う悠里くん。輝いて見えるのは、太陽の光を浴びているからなのか。推し、相変わらず尊い。「あ!いた!」悠里くんの笑顔に尊さを感じ、世界に感謝していると、少し遠くの方からそんな声が聞こえてきた。「…て、鉄子せ、じゃなくて、鉄崎先輩!」それからその声は私を後ろから呼び止めた。一体、誰に突然呼び止められたのか。私を呼び止めるのは、大体風紀委員の生徒だ。トラブル対応や、聞きたいことなどで、文化祭期間中、何度も何度も彼らに声をかけられてきた。だが、今、私に声をかけている者は、風紀委員の生徒の声でない。不思議に思いながらも、振り向くと、そこにはやはり面識のない女子生徒が2人立っていた。「きゅ、急に声をかけてごめんなさい!けど、緊急でして!」「た、助けてく







