-107 王女の好み- 主人のサービスで普段3本のウインナーフライが5本乗ったカレーとお代わり自由な山盛りのポテトサラダを完食して幸せそうな表情を見せるペプリに会計を済ませたクォーツが店の外で口に合ったかと尋ねる。ペプリ「初めて食べたのに何処か懐かしさがあったカレーは見た目以上に優しくて、それでいて刺激的な辛さがあって美味しかった。それとポテトサラダも最高、大好物をもっと好きになれたよ。」クォーツ「そうか、お前さんの好きなあの味に近かったか?」ペプリ「うーん・・・、何か違う様な。」クォーツ「そうか、一先ず帰ろうか。」 その頃、メイスとのお茶会を終えた光は夕飯の支度を始めようとしていた。王女と古龍の話を聞いていたら食べたくなってきたのでカレーを仕掛ける事にした。どうやらメイスも同様に食べたくなって来たらしく、調理を手伝うと申し出てきた。ついでに気になっていた事を尋ねてみる事に。メイス「そう言えば王女様はこの世界から出た事が無いはずなのですが言語的な問題は大丈夫なのでしょうか、古龍様が何処に向かわれたかによったら・・・。」光「大丈夫ですよ、こっそりとですが王女様にも『自動翻訳』を『付与』しておきましたから。」メイス「それなら安心ですね、もう今からカレーを作るのですか?」 光は野菜の仕込みを始める為に冷蔵庫を開けて隅々まで材料を探した。光「そうですね・・・、あれ?ごめんなさい、すぐには出来なさそうです。今見たら肉を柔らかくするためのある材料を切らしているみたいなのでゲオルさんのお店で買ってこないといけないみたいでして、すぐに買ってきますね。」 光は『瞬間移動』でゲオルの店へと移動し、肉を柔らかくするための「ある材料」を購入してすぐに家に戻った。メイス「お帰りなさい、早かったですね。えっと・・・、それで肉が柔らかくなるのですか?」光「火を加える30分前から「これ」につけると柔らかくなるんですよ。」 早速角切りにしていた牛肉を買って来た「ある材料」につけて冷蔵庫に入れなおした、その傍らで野菜の準備をしていく。 「ある材料」につけてから30分経ったお肉を冷蔵庫から取り出して水気を取ると、鍋で油を熱して硬い物から野菜を炒めていく。光のカレーには定番の根菜類とは別にえのきだけとぶなしめじが入る、その2種類の茸と一緒に牛肉を入れると一気に炒めていった
-108 求めていたのは家庭の味- 少し前なのだが光はパン屋の仕事が休みの日に街中にある食堂の手伝いをした事があった、そこで自分が家で食べるカレーを作って出したのだがたまたまその店に立ち寄った王女が気に入ったとの事なのだ。 光が皿に白飯をよそって出来たばかりのカレーをかけてペプリの前に出すと、目の前の王女は目をキラキラと輝かせ始めた。右手には匙、そして左手には水の入ったグラスが握られている。グラスの水を右手の匙につけると待ってましたと言わんばかりの勢いで一口目を掬い、口に運んだ。 じっくりと咀嚼し、味わっていくペプリの目には涙が流れ始めている。ペプリ「光お姉様、これをずっと探していたの。この刺激的な香りと根菜類と共に入った2種類の茸。それと不思議な位に柔らかな牛肉、そしてすべてを包み込み受け止めるルウと白飯。美味しい。」クォーツ「おいおい、言っちゃ悪いがたかだか家庭のカレーだろ?泣くほど美味い訳・・・。」 知らぬ間に光を「お姉様」と呼ぶ王女の隣で1口食べた古龍。クォーツ「美味しい・・・。」 カレーの味に言葉が途切れたクォーツの目からも涙が流れている。メイス「あの・・・、貴女方さっきどこかでカレーを食べて来たのですよね。それなのにですか?」2人「これは別物です!!」 光のカレーを食べ涙しながらペプリは以前から気になっていた事を尋ねた、その事に関してはメイスも気になっていた様だ。ペプリ「どうしてこんなにこの牛肉は柔らかいのですか?」光「それはね、炒める前の牛肉をコーラにつけていたからですよ。」 牛ステーキを中心に焼いた時に硬くなってしまいがちなお肉は火を加える30分前からコーラにつけていると焼いた後でも柔らかいままなのだ。 勢いが衰える事無いまま3杯を完食した王女はかなり無茶とも言えるお願いをしてみた、あの「一柱の神」とも言える古龍の背に乗ってカレーを食べに行く程の者が恐る恐る尋ねる。ペプリ「あの・・・、お願いがあるのですが。」光「はい?」ペプリ「このカレーを王宮のシェフに伝授して頂けませんか?」光「こんな家庭のカレーでいいのですか?」ペプリ「勿論です、是非宜しくお願い致します!!」 ペプリは深々と頭を下げてお願いした、その様子を見たクォーツも頭を下げる。クォーツ「俺からも頼むよ、コイツ程の上級古龍使い(エンシェントドラゴン
-109 王宮にて- 王女に抱きしめられ続けながら王宮の入り口へと向かう光は何かを思い出したかのように門番をしていた大隊長に声を掛け、耳打ちをしてとある連絡をしておいた。 王宮の中に入り食堂の厨房を目指す、石を敷き詰めて出来た広々とした床が広がり奥にはまさかの日本古来のおくどさんが見える。これはどうやら先祖代々米好きの王族の為に用意された物らしく、他の火を使う調理用として真ん中にガスオーブンや魔力(IH)クッキングヒーターが用意されているが拘った調理をする時は米以外にもおくどさんを使用する時もあるようだ。今回はペプリの指示で調理前から焚火が仕掛けられており、すぐにでも調理ができる様になっていた。横ではお釜で白米を炊飯しているらしい、米の良い香りが調理場中に広がっている。 木製の調理台が仕掛けられておりレンジやオーブン等と言った調理家電が揃っており、冷蔵を必要とするもの以外の新鮮な食材たちが一緒に並べられている。要冷蔵の物は厨房の真ん中に大型の魔力保冷庫があり、調理台の下にも小型の魔力保冷庫が仕掛けられ保管された食材をすぐに取れるようになっていた。 光はその壮大さ故に口を引きつかせながらドン引きしている。光「ははは・・・。こ・・・、こんな所で今から家庭のカレーを作んの?」ペプリ「そうですわ、お姉様。こちらにある食材をご遠慮なく使ったカレーを教えて下さいまし。」光「き・・・、昨日ので良いんだよね・・・。」 知らぬ間にエプロンを身につけた王女は満面の笑みで答える。ペプリ「はい、宜しくお願いいたします。光お姉様。」 ペプリがメモを片手に嬉しそうにしている隣で光の技と味を盗もうとする厨房のシェフ達や王国軍の者達が数名、そしてまさかのニコフ・デランド将軍までいた。そう、あの新婚の。光「ニコフさんじゃないですか、どうされたんですか?」ニコフ「たまには自分もキェルダと料理をしてみようかと思いまして、そのきっかけになればいいなと。本日はご教授お願い致します、光師匠!!」光「「師匠」だなんて・・・、だったら悪い事しちゃったかな・・・。」ニコフ「あら、どういう事です?」光「まぁ、いずれ分かりますよ。取り敢えず始めていき・・・、ん?」 厨房の出入口の陰からじっと睨みつける様な視線を感じた光は視線の方向へと睨み返した、何故か覗きの犯人を見つけたような表情をし
-110 カレー教室開始- いつもは市販のカレールウを使うのだが今回は料理教室、しかも王宮の厨房での開催なので本格的な物に挑戦してみる事にした。ただあまり詳しくない光はネットを駆使して徹夜で調べていたのだが、まぁ大丈夫かと気楽にやってみる事にした。光「まずはお肉を柔らかくしていきたいので角切りにしてコーラにつけたら、魔力保冷庫に30分程入れます、その間に鍋で油を熱し微塵切りにした大蒜と生姜、そしてトマトや玉ねぎを炒めます。玉ねぎが飴色になったら、用意した2種類の茸(今回はえのきだけとぶなしめじ)を入れてまた炒めます。コリアンダー、クミン、そしてターメリックと塩を加え弱火で炒め混ぜます。」 全体的に一体感が出た時、光は保冷庫へと向かった。取り出した牛肉の水気を取って水と一緒に鍋へと入れる。少しずつ加えたヨーグルトが全体にしっかりと混ざると再び火を入れ中火で煮詰め始めた、ある程度の水気を飛ばすと香り付けとして拘りの山椒を加える。光「これでカレールウの出来上がりです。」 その時、厨房の入り口から門番の大隊長が声を掛けた。まさかのペプリの様に。大隊長「光お姉様、仰っていた方が来られましたが。」 光「あ、丁度良かった。案内して下さい。」 厨房に案内された人を見てニコフ将軍が驚いた。ニコフ「キェルダ、どうしてここに?!」 キェルダ「光にこれを頼まれたんだよ。」 キェルダは懐の風呂敷から頼まれた物を取り出した、カレー教室が故に光がパン屋の店長に頼んでおいた特注品だ。光「いつもは白米で食べるのですが、今回は本格的なカレーにしましたのでこんな物を用意してみました。「ナン」です。」 熱々のナンにそこにいた全員が食らいついた、1人につき1枚が配られ皆が小さく千切って出来立てのカレーをつけて食べ始めた。数分後、ナンだけでは我慢出来ず、炊き立ての白飯に食らいつく者もいた。エラノダ「どちらで食べても美味です、そしてこの山椒の香りがまた食欲を誘います。」 ペプリ「今回はこの絶品なカレーに合わせてこんな物を作ってみました。」 カラッと揚がった美味そうな揚げ物を手にニコニコしている、揚げたてを数切れに切って皿によそった白飯に乗せカレールウをかけた。ペプリ「私とお姉様の共同で作りました、特製シャトーブリアンカツカレーです。」 ニコフ「シャトーブリアンカツです
-111 光の癒し- 王宮での料理教室という大仕事がやっと終わったと油断していた光は、全部食べ終わったはずのカレーの匂いが何故かまだしているという事実を受け入れる事が出来ずにいた。そこで周囲を見回すと奥にあるおくどさんに乗っている大鍋一杯のカレールーがぐつぐつと煮えている。光「どんだけ食べる気なの?」 そう疑問に思う光をよそに王国軍の軍人達が鍋のカレーに食らいつき、大鍋のカレーは一気になくなってしまった。皆未だ空腹だと言わんばかりにお腹をさすっていて、まるで炊き出しに食らいつくホームレスみたいな様子だった。 光も協力してお代わりを数回作ったので先程までの食事が無かったかのように空腹になってしまっている。光「帰りに何か食べようかな、でも久々にあそこに行きたい。明日はパン屋の仕事もあるし取り敢えず一息つこうか。」 王宮を後にした光はある店に向かった、実はこの世界に来てから結構なスパンで世話になっている店があったのだ。特にゆっくりとした「一人時間」を大切に過ごしたい時に。 街中の西側寄りにあるにも関わらず決して目立つ事が無く、しかしいつも良い匂いを漂わせるその店は人化した上位飛竜(ワイバーン)の夫婦が経営する静かで店内からの景色が自慢の一つである珈琲屋だ。左に伸びる店内に入ると手前にはカウンター、そして奥にテーブル席が各々数席。また屋外に数席あるテラス席の目の前には川が流れ、ゆったりとした景色が広がる。 コーヒーは1杯1杯サイフォンで淹れており、マスターが刷毛でお湯とコーヒー豆を混ぜるとふんわりと良い香りが漂う。 その香りが好きで、光はいつもカウンター席に座っていた。席は必ず窓側、左から2番目。ただ最近は店外での商売や支店の経営が上々な所為か、マスターより奥さんがコーヒーを淹れる事が多い。どちらが淹れたにしろ変わらず美味しいので光はいつも満足した顔をして店を出ている。マスター「光さん、いらっしゃいませ。」 もうすっかり顔馴染になってしまっている、ただその事が本当に嬉しかった。なぜならこの店は落ち着きと本来の自分の姿を取り戻す唯一の場所だからだ、ここに来ると必ずと言って良いほどいい意味でのため息をつく。 ずっと光を見てきたせいか、夫婦は表情を見るだけで光の気分を読み取る事が出来る様になっていた。奥さん「いらっしゃいませ、お疲れの様ですね。良かった
-112 唐揚げと嫁の威力- マスター拘りのゆったりとした雰囲気にぴったりのBGMに耳を傾けながら冷めない内にと思いつつゆっくりとコーヒーを楽しむ光、今日はいつもと違った気分にもなり始めていた。 またいつもの様に光の表情を読み取った奥さんがメニューを手渡し、空になりかけていたグラスに水を追加する。冷え冷えの水で口をリセットしながら熟考した光が口を開いた瞬間マスターが一言。マスター「唐揚げですか?」光「な・・・、何で分かったんですか?」 怖くなってくる程ではないがマスターはいつも光が言おうとしている事が分かってしまうのでいつも驚かされる、試しに他のお客さんでもいつもこうなのかと奥さんに聞いてみた。奥さん「いや、光さんだけですね。」 自分では気づいてないだけで実は表情から気持ちが駄々洩れしているのではないかと光は少し顔を赤らめた。 そして恥ずかしがりながら注文をする。光「唐揚げ・・・、お願いします。」 光のこの言葉を待っていたかのように注文した瞬間奥の調理場から油で唐揚げを揚げる音が聞こえてきた、よく見てみると白飯とサラダがもう既にセットされている。 私が他の物を注文したらどうするつもりだったのだろうと疑問に思いつつ、良い香りにつられ空腹になって来た光は内心ワクワクしながら唐揚げを待った。 数分後、カラッと揚がった唐揚げが乗ったセットが光のもとに運ばれた。奥さん「お待たせしました、唐揚げです。」 その後耳打ちで笑顔の奥さんにおまけしておきましたからと言われた光の表情は少しニヤついていた。 幼少の頃から野菜から食べる様にと母・渚に教育されて来たので最初の1口としてサラダに箸を延ばした。酸味のあるドレッシングとサクサクのクルトンが食欲を湧かせ、シャキシャキのレタスが一層美味く感じた。 そして意気込みながらメインの唐揚げに移る、息で冷ます事無く敢えて熱々のまま口に入れると溢れる肉汁が光を感動させた。 勿論白米がどんどん進んでいく、さっぱりと楽しめる様にどうやらポン酢ベースのソースがかかっているらしく、それが光にとって何よりも嬉しかった。 ビールがあったら絶対頼んでいるわと思わせるその味の虜になっていたので、いつの間にか白飯が無くなっていた。 唐揚げ1個でご飯1杯を平らげたのは人生で初めてだったので少し焦りの表情を見せつつも、恐る恐る聞い
-113 唐揚げへの欲望- 光は唐揚げセットを完食して店を出る事にした、グラスに入ったお冷を飲み干し会計へと移った。代金を支払い自動ドアを抜け街へと出る、新鮮な外の空気を胸いっぱいに吸い込んだ光に夫婦が声をかけた。2人「ありがとうございます、またお越しくださいませ。」 別に用事がある訳では無いのだが家路を急ぎ家の敷地へと入ると、家に入らず裏庭に行き地下へと降りて大型冷蔵庫までダッシュした。勢いそのままに冷蔵庫を開けると缶ビールに手を伸ばし一気に煽った、先程の唐揚げの味を思い出すだけでビールが進んでいく。まるでダクトの下で白飯だけを食うホームレスの様だった事に気づくと、一応光本人しか入る事がない地下だったのだが思わず周囲に人がいないかを確認してしまった。 その後、余韻に浸りながら一言呟く。光「唐揚げ・・・、食べたい。美味しくビール・・・、呑みたい・・・。」 目の前の冷蔵庫には缶ビールはたっぷりあるのだが、唐揚げの材料は全く入っていない。深呼吸して冷静さを取り戻し、家の中の冷蔵庫を確認する。昨日の残りのカレールーが入ったタッパーは目の前に映ったが、こちらの冷蔵庫にも唐揚げに出来る様な肉類は全く入っていない。光「少しの我慢・・・、少しだけだから。」 家から『瞬間移動』して先日お世話になったお肉屋さんへと向かい、店に入ろうとしたがまさかの行列に捕まってしまった。 店先に「本日全商品3割引き」ののぼりが出ている。どうやら月に1回だけ開催される特売日らしく、これはチャンスだと皆がこぞってやって来ていた。 その行列の中に見覚えのある男性の人影を見かけた、料理上手の人影。ただ唐揚げとビールの事で頭がいっぱいになっていたせいか、誰か思い出せない。男性「光?こんな所で何やってんの?というか何かぼぉー・・・っとしてない?」光「ビール・・・、ビール・・・、今すぐビールが吞みたい・・・。」 すると店内から良い匂いがし始めた、光の鼻を刺激する匂い。今何よりも欲しい物の匂い、目を閉じると光にとって神々しくあるその姿が浮かぶ。光「唐揚げ・・・。」 匂いにつられ涎が出てきたので恥ずかしくなり顔を赤らめた男性は慌ててポケットティッシュを取り出した、それを見て行列に並ぶ皆がくすくすと笑っている。男性「とにかく光、目を覚ませ!!俺の事分かるか?!」光「男の人の声・・・、
-114 恋人の幸せ-店主「唐揚げ・・・、ですか?」 光の口から放たれた言葉が意外過ぎて開いた口が塞がらない主人は同行していたナルリスの方を向いた。ナルリス「すみません・・・、本人はどうしても唐揚げを肴にビールが呑みたかったらしくそこの空になりかけたガラスケースを見て愕然としているみたいでして。」店主「そうですか・・・、それは大変申し訳ございません。今すぐ作りますのでお待ち頂けますか?」 店主が急ぎ足で店の奥の調理場へ行くと、奥から油で沢山の肉を揚げる音がし始めた。音の大きさからかなりの量だと見受けできる。光の感情を汲み取った店主が小皿と箸、そして缶ビールを持って奥から出てきた。店主「先程のお詫びと言っては何ですがこちらをお召し上がり頂きながらもう少々お待ち頂けますでしょうか、こちらの缶ビールは私からの先日のお礼です。」 缶ビールを受け取ると小皿に乗った熱々の唐揚げを一口齧り勢いよく流し込んだ、少し落ち着きを見せたらしく涙ながらに唐揚げを楽しんでいる。勢いよく口に流れ込む肉汁が光の舌を喜ばせた。店主「お待たせいたしました!!」 その声の後、ガラスケースに大量の唐揚げが流れ込み始めた。その光景を見た瞬間、光が立ちあがる。光「それ、全部下さい!!」店主「吉村様・・・、今何と?」光「だからそれ・・・、全部下さい!!」 店主は手を止め、持っていた出来立ての唐揚げを全て紙袋に入れ始めた。ただ横でナルリスがずっと焦っている。ナルリス「おいおい・・・、足らなかったら俺が揚げるって。」光「ここのを全部買った上で帰ってからナルリスに追加を揚げて欲しいの!!」 どうやら久方ぶりに光の「大食い」が発揮されようとしていた。家の冷蔵庫には缶ビールが大量にある、それを大好きなナルリスと存分に呑みたいと思っている光の感情を汲んだヴァンパイアは店にあった鶏もも肉を大量に買い込んだ。そして漬けダレの材料も併せて購入し、何とか恋人を納得させた。店主「ははは・・・、また凄い量ですけど大丈夫ですか?」ナルリス「本人・・・、大食いですから。」 一先ず会計へと移る、店主のレジを打つ指がずっと震えていた。店主「お待たせいたしました、合計86万4677円でございます。」 店主は驚きを隠せない、何故なら唐揚げ含め鶏肉だけでこんな金額になったのは人生で初めてだったからだ。
-140 部下から先輩へ- 異世界と言っても神によって日本に限りなく近づけられた世界で、同じ様な拉麺屋台なので学生時代にバイト経験があったせいか寄巻部長はお手伝いをそつなくこなしていた。寄巻「拉麺の大盛りと叉焼丼が各々3人前で、ありがとうございます。注文通します!!大3丼3、④番テーブル様です!!」シューゴ「ありがとうございます!!おあと、⑦番テーブルお願いします!!」寄巻「はい、了解です!!」 寄巻の登場により一気に回転率が上がったシューゴの1号車は、今までで1番の売り上げを誇っていた。嬉しい忙しさにシューゴも汗が止まらない、熱くなってきたせいか寄巻はTシャツに着替えている。 数時間後、今いるポイントでの販売を終えシューゴが片付けている横で手伝いのお礼としてもらった冷えたコーラを片手に寄巻が座り込んでいた。シューゴ「寄巻さんだっけ?あんた・・・、初めてでは無さそうだね。」寄巻「数十年も前も話ですが、あっちの世界で拉麵屋のバイトをしていた事があったのでそれでですよ。」 いつも以上に美味く感じる冷えたコーラを一気に煽ると、寄巻はこれからどうしようかと黄昏ながら一息ついた。渚は隣に座り寄巻自身が1番悩んでいる事を聞いた。渚「部長・・・、家とかどうします?」寄巻「吉村・・・、さん・・・。こっちの世界では違うからもう部長と呼ばなくていいんだよ?それに君の方がこの世界での先輩じゃないか、お勉強させて下さい。」 寄巻は久々に再会した部下に深々と頭を下げた、渚は焦った様子で宥めた。渚「よして下さいよ。取り敢えず不動産屋さんに行ってみましょう、即入居可能なアパートか何かがあるかも知れません。」シューゴ「おーい、寄巻さんにまた後で話があるから連れて来て貰えるか?」 シューゴの呼びかけに軽く頷いた渚は寄巻を連れて『瞬間移動』し、ネフェテルサ王国にある不動産屋に到着した。以前渚もお世話になったお店だ。 寄巻は『瞬間移動』に少々驚きながらも目の前のお店に入ろうとした渚を引き止めた。不動産屋で契約出来たとしてもお金が・・・。渚「そうでしょうね、でも安心して下さい。部ちょ・・・、寄巻さんも神様にあったんでしょ?」寄巻「それはどういう事だ?「論より証拠」って言うじゃないか、分かりやすい形で見せて欲しいんだが。」渚「では、場所を移しましょう。」 渚は再び『
-139 懐かしき再会- その眩しい光は渚にとって少し懐かしさを感じる物だった、ただ花火か何かかなと気にせずすぐに仕事に戻った。今いるポイントで開店してから2時間以上が経過したが客足の波は落ち着く事を知らない。 2台の屋台で2人が忙しくしている中、渚の目の前に『瞬間移動』で娘の光がやって来た。スキルの仕様に慣れたのか着地は完璧だ。光「お母さん、売れてんじゃん。忙しそうだね。」渚「何言ってんだい、そう思うなら少しは手伝ってちょうだい。」光「いいけど、あたしは高いよ。」渚「もう・・・、分かったから早く早く。」 注文が次々とやって来ている為、調理と皿洗いで忙しそうなのでせめて接客をと配膳とレジを中心とした仕事を手伝う事にした。2号車の2人の汗が半端じゃない位に流れている頃、少し離れた場所から女性の叫び声がしていた。先程眩しく光った方向だ。女性①「大変!!人が倒れているわ!!誰か、誰か!!」 大事だと思った屋台の3人も、そこで食事をしていたお客たちも一斉にそちらの方向へと向かった。一応、火は消してある。男性①「この辺りでは見かけない服装だな、外界のやつか?」女性②「頬や肩を叩いても気付かないわよ、死んでるんじゃないの?」男性②「(日本語)ん・・・、んん・・・。何処だここは、俺は今まで何していたっけ。」 どうやら男性が話しているのは日本語らしいのだが、まだ神による翻訳機能が発動していないらしい。男性①「(異世界語)こいつ・・・、何言ってんだ?やっぱり外界の奴らしいな。」男性②「(日本語)ここは・・・?この人たちは何を言っているんだ?」 しかし光の時と同様にその問題はすぐに解決され、光達が現場に到着した時には雰囲気は少し和やかな物になっていた。すぐに対応した神が翻訳機能を発動させ、男性は皆に今自分がいる場所などを聞いていた。ただ、男性の声に覚えがある光はまさかと思いながら群衆を掻き分け中心にいる男性を見て驚愕した。光「や・・・、やっぱり!!」男性②「その声は吉村か?!何故吉村がここにいるんだ?!」渚「あんた・・・、ウチの娘に偉そうじゃないか?」 光は男性に少し喧嘩腰になっている渚を宥める様に話した。光「母さん、この人は向こうの世界にいた私の上司の寄巻さんっていうの。」渚「え・・・、上司の・・・、方・・・、なのかい?」寄巻「そう、今
-138 事件後の屋台では- 事件が発覚してから1週間後、人事部長がバルファイ王国警察に逮捕され、お詫びとして受け取った温泉旅行から帰って来て笑顔を見せるヒドゥラの姿が渚の屋台の席にあった。渚「良かったですね、これで安心して働けるんじゃないですか?」ヒドゥラ「あれもこれも店主さんのお陰です。」渚「何を言っているんですか、私は何もしていませんよ。」ヒドゥラ「いえいえ、ここで拉麺を食べてなかったら社長に会う事は無かったんですから。」 その時、渚が屋台を設営している駐車場の前を1組の男女が歩いていた、貝塚夫妻だ。結愛「良い匂いだな、折角の昼休みだ。俺らも食っていくか?」光明「いいな、俺も腹が減っちったもん。」結愛「よいしょっと・・・、ヒドゥラさん、ここ良いですか?」 夫妻は前回と同じ席に着き、拉麺と叉焼丼を注文した。その時渚は既視感と違和感を半々で感じていた。渚「あれ?この前来たおばあちゃんと同じセリフな様な・・・。」結愛「き・・・、気のせいですよ、店主さん。やだなぁ・・・、嗚呼お腹空いた。」 結愛は光と渚が親子だという事を知らない、それと同様に渚は結愛と光が友人だという事を知らない。まぁ、この事に関してはまたいずれ・・・。 貝塚夫妻は以前とは逆に麺を硬めにとお願いした、前回は老夫婦に変身していたので仕方なく柔らかめにしていたが好みと言う意味では我慢出来なかったのだ。次こそは絶対硬めで食べると堅く決意していた、別に駄洒落ではない。 結愛達が注文した拉麺がテーブルに並び、3人共幸せそうに食べていた。やはり同様に転生した日本人が作ったが故に結愛と光明は何処か懐かしさを感じている。ヒドゥラ「おば・・・、理事長も拉麺とか召し上がるんですね。毎日高級料理ばかり食べているのかと思っていました。」結愛「何を仰っているのですか、私はドレスコードのある様な堅苦しい高級料理よりむしろ拉麺の方が好きでしてね。それと貴女、先程私の事・・・。」ヒドゥラ「て、店主さーん、白ご飯お代わりー。」渚「上手く胡麻化しちゃって、あいよ。」 数時間後、渚は屋台の片づけをして次の現場へと向かう事にした。実はシューゴに新たな地図を渡されていたのだが、2か所目のポイントを変更したというのだ。そこでは屋台を2台並べて販売する予定だと言っていた。 指定されたポイントはダンラルタ
-137 人事部長の悪事- 夫婦は重い頭を上げヒドゥラにソファを勧めた、先程の入り口前にいた女性にお茶を頼むとゆっくりと話し始めた。夫人「初めまして、普段は学園にいるからお会いするのは初めてですね。私は貝塚結愛、この貝塚財閥の代表取締役社長です。隣は主人で副社長の光明です。」光明「初めまして、これからよろしく。」ヒドゥラ「しゃ・・・、社長・・・。そうとはつい知らずペラペラと、申し訳ありません。」結愛「何を仰いますやら、貴重なお話を頂きありがとうございます。」 実は最近の異動で人事部長が変わってから、やたらと人件費が削減されているので怪しいと思っていたのだ。削減された人件費の割には利益が昨年に比べて悪すぎると思っていた折、ヒドゥラの話を聞いた結愛は人事部長が怪しいと踏み、部の社員数人にスパイを頼み込んで調べていた。光明の作った超小型監視カメラを数台仕掛けて証拠を押さえてある。 調べによると金に困った人事部長が独断でありとあらゆる部署から人員を削り、余分に出た利益を書類を書き換えた上で自らの口座へと横流ししていたのだ。結愛「今回発覚した事件により貴女を含め大多数の社員に迷惑を掛けてしまった事は決して許されない事実です。人事部長は私の権限で以前の者に戻し、迷惑を掛けた皆さんには賠償金を支払った上で私達夫婦からお詫びの温泉旅行をプレゼントさせて頂きます。」光明「そしてヒドゥラさん、貴重なお話を聞かせて下さった事により我々にご協力下さいました。我々からの感謝の気持ちもそうなのですが、業務に対する責任感を感じる態度へと敬意を表し今の部署での管理職の職位を与え、勿論貴女にもお詫びの温泉旅行をプレゼント致します。」 ヒドゥラは今までの苦労が報われたと涙を流すと、全身を震わせ崩れ落ちた。2人に感謝の気持ちを伝えると自らの部署に戻り暫くの間泣いていたという。 問題の人事部長についての調査なのだが、以前から魔学校の入学センター長を兼任しているアーク・ワイズマンのリンガルス警部に結愛が直々にお願いしていた。そしてこういう事もあろうかと様々な魔術をリンガルスから学んでもいたのだ、屋台で使用した『変身』もその1つである。そのお陰でネクロマンサーとなり、多くの魔術が使える様になった結愛は魔法使い特有の念話も使える様になっていた(光は『作成』スキルで作ったが)。結愛(念話
-136 優しく頼もしき老夫婦- 先程まで抱えていた悩みなどどうでも良くなってしまったと周りに思わせてしまう位の笑顔で拉麺と銀シャリを楽しむラミア、その表情に安堵したのか渚は屋台の業務に戻る事にした。でもその表情には何処かまだ疲労感がある、そこで冷蔵庫からとあるものを取り出してヒドゥラに渡した。ヒドゥラ「あの・・・、頼んでいませんけど。」渚「いいんですよ、疲れている時は甘い物です。貴女この後も頑張らなきゃなんでしょ。」 ヒドゥラは手渡されたプリンを食後の楽しみにすると、より一層笑みがこぼれた。ヒドゥラ「ありがとうございます。」 その数分前、渚が屋台を構える駐車場の前を1組の男女が通りかかり、その内の女性が小声で男性に一言ぼそっと呟くと、2人は頷き合いその場を離れた。 それから数分後、ヒドゥラがプリンを楽しんでいる時に1組の老夫婦が屋台を訪れ席に座った。老夫人「よっこらしょ・・・、お姉さんここ良いかね?」ヒドゥラ「勿論どうぞ。」ご主人「ありがとうよ、昼間にやってる拉麺屋台なんて珍しいから食べてみたくてね。」ヒドゥラ「美味しいですよ、お2人も是非。」老夫人「嬉しいねぇ。店員さぁ~ん、拉麺2つね。歯が悪いから麺は柔らかめにしてもらえるかい?」渚「はい、少々お待ちを。」 渚が老夫婦の拉麵を作り始めると夫人がヒドゥラを見てお茶を啜り、声を掛けてきた。老夫人「そう言えばこの辺りでラミアを見かけるなんて珍しいね。」ヒドゥラ「あ、これ・・・。普段は魔法で足に変化させて人の姿で働いているんです。」ご主人「それにしてもお姉さんどこか疲れているね、何かあったのかい?」 老夫婦の柔らかで優しい笑顔により安心したのか、先程渚に語った会社における自らの現状をもう1度語った。老夫婦は親身になってヒドゥラの話を聞き、時に涙を流しつつまるでそのラミアが自分達の孫娘であるかの様に優しく手を握り頭を撫でた。 ヒドゥラは涙を流し老夫婦に感謝を告げると、手を振りながらその場を後にして会社へと戻って行った。 老夫人がご主人に向かって頷くと、残った拉麵を完食してすぐお勘定を払ってその場を去っていった。渚「ありがとうございました、またどうぞ!!」 老夫婦が去ってからは昼の2時半頃までお客が絶えず、ずっと皿洗いと調理を繰り返していた。正直こんなに大変とは思わなかったと感
-135 大企業の事実- 以前の職場で噂されているとは知らない2号車の渚はシューゴに手渡された地図で指定された販売ポイントの駐車場に到着した、シューゴとは逆回りでこの後渚にとって懐かしきダンラルタ王国の採掘場での販売をも予定している。渚「この辺りだね・・・、よし。」 本来はとある職場の職員が使う駐車場で、管理人とシューゴが特別に月極契約している端の⑮番の白線内にバックで止める。何があってもすぐに対応できる様に「必ず駐車はバックで」と言うのがシューゴとのお約束だった。 渚は運転席から降車し、少し辺りを見てみる事にした。渚「ここはどこの駐車場なのかね・・・。」 駐車場から数十メートル歩いた所に大きな建物が2つ並んでいた、1つは大企業の本社ビルで最低でも20階以上はありそうだ。また、隣接する建物は15階建てのものらしく横に大きく広がっている。2つの建物は数か所の渡り廊下で繋がっていて窓の向こうから行き来する人々がちらほらと見えている。渚「大きいね・・・、何ていう建物なんだい?」 入口らしき門が見えたのでその左側に書かれている文字をじっくりと読んでみた、見覚えのある文字がそこにある。渚「「貝塚学園高等魔学校 貝塚財閥バルファイ王国支社」ね・・・、貝塚財閥ってあの貝塚財閥かい?!確か向こうの世界で教育系統に力を入れているって聞いた事があるけどこっちの世界にお目見えするとはね、こんな所で屋台をするのかい?贅沢だねぇ・・・、ありがたやありがたや。」 渚はハンカチで汗を拭いながら軽バンへと戻り営業の準備を始めた、屋台キットを展開しスープの入った寸胴を火にかける。暫くしてスープの香りが漂い始めると先程の建物から昼休みを知らせるチャイムが聞こえて来た。すると女性が1人、疲れ切った様子で屋台へとやって来た。へとへとになりながら渚が差し出した椅子へと座る、お冷を手渡すと砂漠を彷徨っていたかの様に一気に喉を潤した。目にはクマがあり、酷い寝不足らしい。聞くと人件費の削減でかなりの人数を減らされ毎日酷い残業らしく、今日みたいに昼休みを過ごせない日もあるそうだ。せめて今日の昼休みくらいは美味しい物をとスープの匂いに誘われてやって来た。女性「えっと・・・、拉麺を1杯お願いします。麺は硬めで。」 疲れ切った表情で渚に伝えると懐から手帳を出し、午後からの仕事の確認をし始めた。渚
-134 懐かしの味- 常連さんの注文に応じ、新メニューである「特製・渚の辛辛焼きそば」を作り始めた1号車の担当・シューゴ。まずは豚キムチを作っていくのだがここで必ずお客さんに聴いて欲しい事があるそうだ。シューゴ「辛さはどれくらいがお好みですか?」 判断基準の為、ラミネートされた用紙を渚から手渡されていたのでそれをブロキントに見せる。辛さは5段階まで表示されており、それに応じて各々の辛さのキムチを使用する事になる。キムチはこの調理用に全て渚が特製で漬けていたのだが、シューゴには5種類とも試食する度胸が無かった。最高の5辛のキムチは色が尋常じゃない位に黒く、恐怖心をあおる様に唐辛子の匂いがやって来る。5辛以上の辛さを求められた場合は5辛の物に特製ペーストを加えて作る。 因みに最初のお客さんには1辛を勧める様にと伝えられており、1辛のキムチは多めに作られていた。シューゴ「最初は1辛をお勧めさせて頂いているのですが。」ブロキント「せやね・・・、丁度刺激が欲しかったんで敢えて3辛でお願いできまっか?」シューゴ「3辛で・・・、分かりました。お好みで辛さ調節できますのでね。」 3辛用のキムチを加え調理にかかる、後で炒めなおすので最初は軽く火を通す程度に。一度皿にあけ少し硬めに茹でていた麺をソースと辣油で炒め先程の豚キムチを加え一気に煽る。それを見た瞬間、ブロキントが何か思い出したかの様な表情をして聞いた。ブロキント「店主はん・・・、それまさか赤江 渚はんのレシピちゃいますのん?」シューゴ「はい、なので「渚の」が付いているんです。」ブロキント「渚はんって、ホンマにあの渚はんなんですか?」シューゴ「ど・・・、どうされたんです?」ブロキント「いやね、以前ここで事務と調理の仕事をしとった人がおったんですけどね、その人と同じ作り方やなぁと思っとったんです。」 そういうと幸せそうに、そしてどこか懐かしそうに微笑みながら調理を眺めていた。シューゴ「渚さん・・・、多分今日中にこの場に来るはずですよ。実は今日からウチの2号車としてデビューする事になったんで。」ブロキント「ほんまでっか?!ほな夕飯に渚はんの作った拉麺を食べてみます!!」シューゴ「ふふふ・・・、お楽しみに。さぁ、出来ましたよ。」 皿に炒めた麺を盛り付け辛子マヨネーズを振りかけて出来上がり、お客の
-133 お仕事開始- 夜明け前、弟・レンカルドの経営する飲食店の調理場を借り、毎日継ぎ足して使っている秘伝の醤油ダレをシューゴが仕込んでいた。 自らの舌で選び抜いた素材と独自に調合したスパイス、そして黄金比をやっとの思いで見つけ出し配合した調味料を沸騰させない様にゆっくりと火入れしていく。 幾度となく納得のいくまで味見を繰り返し、完成しかけたタレに煮込み前の叉焼を入れ肉の脂を混じらせつつ双方を仕上げていった。 シューゴ「これは味見・・・、味のチェック・・・。」 出来たばかりの叉焼を1口、十分納得のいく味付けと全体的にトロトロの食感が織りなす絶妙なハーモニーを口いっぱいに頬張って首を縦に振った。その味に堪らなくなってしまっていたのか数秒後には白飯に手を出していた、こうなると予想していたレンカルドが気を利かせて用意してくれていたのだ。シューゴ「うん・・・、これは仕事終わりにビールだな。」 数切れ程タッパーに残し楽しみに取っておき、屋台2台分の準備をし始めた。そう、これからは屋台が2台だから味付けの責任も2倍だ。 2台分の醬油ダレ、叉焼、そしてその他の具材を用意し終えた頃に裏の勝手口から渚が声を掛けた。渚「おはようございます、良い匂いですね。」シューゴ「おはようございます、宜しければ味の確認も兼ねて出来立てを如何ですか?」 そう言って1口サイズに切った叉焼を小皿に乗せて渡すと渚は目を輝かせながらパクついた、目を閉じてその味を堪能する。シューゴ「その表情だとお口に合ったみたいですね。」渚「これビールの肴としての叉焼単品や叉焼丼でも売れるんじゃないですか?折角辛子マヨネーズも持っていくのでそれをかけて。」シューゴ「そのアイデア・・・、採用しても良いですか?」 シューゴは調理場に渚を残しパソコンのある部屋に向かい、急ぎ電源をつけた。どうやらメニュー表や注文用のメモの改定と魔力計算機(レジ)のボタン設定を即座に行っている様だ、因みに値段は原価等を考慮して即席で決定した。渚「シューゴさん、いくら何でも早すぎないかい?私でも焦りますよ。」シューゴ「いや、折角のアイデアです。是非採用させて下さい、容器はまたいずれ作りますので今日は取り敢えず今ある分でお願いします。」渚「了解しました。」 新メニューが即席で誕生した所で屋台への積み込みだ、忘れ物
-132 出来立ての屋台と焼きそば- 秘伝の醬油ダレとスープ、そして叉焼を含む営業用の商売道具を説明の為に一通り外に止めてあった新しい屋台に積むと一緒に積んでいた丼を1つ取り出し拉麺の作り方説明し始めた。シューゴ「まず最初に注文を取ってメモに書き、丼の底にゆっくりとこの醬油ダレを入れて頂きます。次に箸で溶かしながらスープを入れていくのですが、それと同時並行で別の鍋にて麺を茹でていきます。各硬さに対応する茹で時間はメモしてありますのでこれを見ながらやって見て下さい。」 茹で上がった麺を取り出し上下に振って湯切りする、これがきっちり出来ていないと折角のスープの味がゆで汁で薄くなってしまう。シューゴ「予め切ってある叉焼などの具材を乗せて完成です、提供する時に必ずお箸を一緒にして下さい。」 経費の削減の為、今回の屋台では割り箸ではなく洗って使う塗り箸を用意してある。しかし希望する客がいれば割り箸を提供する。 お箸と割り箸を入れている引き出しの真下にドリンク用の冷蔵庫が設置されていた、中ではグラスも冷やせる様になっており、固定して運ぶ為に移動中割れる心配がない。 この屋台には魔力計算機(レジ)が標準装備されており、各ボタンに値段が登録されているので記憶する必要が無い。トッピングや白飯、またドリンクのオーダーにも対応出来る様にもなっている。 因みに注文用のメモには各商品の名前が記載されていて、「正」の字を書けばいいだけになっているので大助かりである。各席の厨房側にメモを挟めるようにピンが付いていて、すぐに調理にかかれるシステムだ。 渚がメモをじっくり読み込んでいると「特製・辛辛焼きそば」の文字が。渚「シューゴさん、これ・・・。」 渚がメモ用紙の「特製・辛辛焼きそば」の箇所を指差しながら聞くと、シューゴは懐から看板らしき板を取り出した。シューゴ「そうそう・・・、これは私からの開店祝いです。それとこれからは渚さんにお教え頂いたあの焼きそばを新メニューとして取り入れる事にしました。」 シューゴがプレゼントの看板を裏返すと、全体的に黒の背景に赤い文字で「新メニュー 特製・渚の辛辛焼きそば」と書かれていた。右下には唐辛子や辛子マヨネーズの絵が描かれている。渚「いつの間に・・・、それに私の名前入りで・・・、良いんですか?」シューゴ「勿論です、渚さんの拘りのお