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Ep12. ランジェリーフロアへようこそ

Auteur: いろは杏
last update Date de publication: 2026-05-13 20:03:02

土曜日の午前十時。僕たちは最寄り駅の改札前で桜井さんを待っていた。

理子先輩から借りた、少し大きめの白いニットワンピースに身を包み、足元は慣れないローヒールのパンプス。

休日のお出かけなんて、男だった頃は適当なシャツとジーンズだったのに、今は準備をするだけで一苦労だった。

「おはよう、翼ちゃん」

桜井さんが手を振りながらやってきた。今日はベージュのニットにデニムのロングスカートという出で立ちで、いつもの制服とは違った大人っぽい魅力がある。

「おはよう、桜井さん」

ちなみに、理子先輩も普段の学校でのかっちりした服装とは違って、ふんわりとした白いブラウスにカーキのフレアスカートを合わせている。休日用のべっ甲フレームの眼鏡もかけており、とても知的で素敵だった。

「それじゃあ、行きましょうか」

三人で電車に乗り込む。隣町の大型ショッピングモールまでは、電車で三十分ほどの距離だった。

「翼ちゃん、今日は楽しみね」

向かい合わせのボックス席で、桜井さんが嬉しそうに言った。

「うん……でも、正直ちょっと緊張もしてる」

僕は苦笑いを浮かべる。

「女性の下着を買うなんて、男だった時には想像もできなかったし、そもそもお店に入ること自体が犯罪みたいな気がして……」

「大丈夫よ。私たちがついてるから、堂々としていればいいの」

理子先輩が安心させるように微笑んだ。

「そうだよ――女の子の買い物は楽しいものなんだから」

桜井さんが明るく言う。でも、その表情に少しだけ、複雑なものが混じっているような気がした。

「ありがとう。二人がいてくれて、本当に心強いよ」

電車が隣町の駅に到着すると、僕たちは駅に隣接する巨大なショッピングモールへと向かった。

* * *

このショッピングモールは男だった時にも、大輔たちと何度か来たことがある。吹き抜けの天井が高くて、たくさんの店が並んでいるお馴染みの場所だ。

でも、今日行くのは全くの未知の領域だった。

「まずは下着売り場に行きましょうか」

理子先輩が先導してくれる。

「二階のランジェリーフロアね」

エスカレーターで二階に上がると、そこは一面、キラキラとした女性の下着売り場だった。

「うわ……」

僕は圧倒され、思わず足がすくんでしまった。

パステルカラーのブラジャーやショーツが美しくディスプレイされていて、レースやリボンの装飾が施された可愛らしいデザインから、シンプルで機能的なものまで、本当に数え切れないほどの種類がある。

甘いフローラルな香りが漂っていて、空間そのものが女性のために作られているようだった。

「緊張してるの?」

立ち止まった僕に、桜井さんが心配そうに声をかけてくれる。

「う、うん……男としての感覚がまだ残ってるから、こういう場所に入るのは、どうしても……」

「今の翼ちゃんは……立派な女性なんだから、堂々としてていいと思うよ。ほら」

桜井さんが僕の手をそっと引いてくれる。その優しい温もりが、背中を押してくれた。

「すみません」

理子先輩が、フロアにいた店員さんに声をかける。

「彼女のブラジャーを探しているんですが、フィッティングをお願いできますか?」

「もちろんです。こちらへどうぞ」

店員さんは三十代くらいの女性で、とても親切そうに微笑んだ。

「まずは、正確なサイズを測らせていただきますね」

僕は奥にある個室の試着室に案内された。

「それでは、上着を脱いで、今のブラジャーだけの状態になっていただけますか?」

「は、はい……」

他人――いくら同性とはいえ女性の前で服を脱ぐことに、顔から火が出そうなほどの気恥ずかしさを感じながら、僕はワンピースを脱いだ。

「あら……」

サイズの合っていない理子先輩のブラジャーを着けた僕の胸を見て、店員さんが少し驚いたような声を出した。

「かなりサイズが合っていませんね。これではお胸の肉がカップから溢れてしまって、ワイヤーが肋骨に当たって痛くなってしまいますよ」

メジャーを背中に回され、正確に測ってもらうと――昨夜の理子先輩の計測通り、やはり『Fの70』という結果だった。

「Fの70ですね。とても綺麗な形をされていますよ。それでは、いくつかお持ちしますね」

しばらくして、店員さんが持ってきてくれた三着のブラジャーを見て、僕は目を丸くした。

一つ目は淡いピンクのブラジャーで、カップの上部に繊細なレースが施されていた。中央には小さなリボンが付いていて、とても上品で可愛らしい。

二つ目はクリーム色で、全体的にシンプルなデザイン。でも、サイドにちょっとした刺繍が入っていて、大人っぽい印象だった。

三つ目は白いスポーツブラタイプで、レースなどの装飾はないけれど、しっかりと胸をホールドしてくれそうだった。

「まず、こちらの基本的なタイプから試してみましょう」

店員さんがクリーム色のブラジャーを渡してくれる。

「あの……着け方、どうやるんでしょうか……」

「前かがみになってワイヤーをバージスライン――お胸の下のラインに合わせてから、後ろのホックを留めます。それから、脇のお肉をしっかりカップの中に寄せて集めるんですよ」

店員さんに手伝ってもらいながら、脇から胸の肉を寄せてカップに収めると、今までとは全然違った。

「あ……全然痛くない。それに、すごく安定してる」

「正しいサイズだと、こんなに楽なんですよ。肩ひもも痛くないでしょう?」

鏡で自分を見ると、はみ出していた胸の肉が綺麗にカップに収まり、見事な谷間ができていた。

「すごい……こんなに違うんですね」

「他のも試してみましょうか」

次にピンクのレース付きのブラジャーを着けてみると、鏡の中の自分が、驚くほど女性らしく見えた。

「可愛い……」

思わず呟いてしまう。

レースの繊細な模様と、小さなリボン。白い肌に淡いピンクがよく映えて、純粋に綺麗だなと思ってしまう。

でも同時に、こんなひらひらした下着を着て喜んでいる自分に、少し戸惑いも感じた。男としての心と、女の子としての身体の感覚が、チグハグに混ざり合っている。

「こちらもとてもお似合いですよ。お肌が白いので、ピンクが綺麗に映えますね」

店員さんが褒めてくれる。

「あ、ありがとうございます」

最後にスポーツブラも試してみると、胸がしっかり固定されて、これなら走っても痛くなさそうだった。

「体育の授業などには、こちらが良いですね」

「はい。それぞれ用途が違うんですね」

結局、三種類全てを購入することにした。それぞれにお揃いのショーツもセットで。

ショーツもブラジャーと同じデザインで統一されていて、特にピンクのセットは本当に可愛らしかった。

レースが裾に施されていて、こんな小さな布切れを自分が穿くのかと思うと、また顔が熱くなった。

「翼ちゃん、どうだった?」

自分の服を着て試着室から出ると、桜井さんと理子先輩が待っていてくれた。

「ちゃんと買えたよ。痛くないやつ。二人とも、ありがとう」

「よかったわ――本当に、痛そうだったものね」

理子先輩もほっとした表情を見せてくれる。

最初は、男の自分がこんなフロアに入るなんて犯罪的だとすら思って、とても恥ずかしかった。

けれど、自分の身体に合った下着を身に着ける心地よさや、可愛い下着を選んで少し心が弾むこの感覚。それは、女の子の世界の扉をまた一つ開けたような、不思議で新鮮な体験だった。

レジで綺麗に包装された紙袋を受け取りながら、僕は、女の子の買い物の楽しさを、ほんの少しだけ理解し始めている自分に気づくのだった。

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