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Ep.10 翼の魅力【理子視点】

Auteur: いろは杏
last update Date de publication: 2026-05-13 18:15:57

【理子視点】

翼がエプロンをつけてキッチンへ向かうのを、私はソファに座ったまま見守っていた。

「冷蔵庫、開けてみますね」

彼の声が聞こえて、私の胸は少し縮こまった。あの中身を見られるのは、正直とても恥ずかしい。

冷蔵庫の扉が開く音がして、しばらく沈黙が続いた。

「……うーん」

「あ、あの……あまり食材がなくて、ごめんなさい」

私は慌てて謝った。

「いえいえ、大丈夫ですよ! 残っている卵と、ウインナー、あとはキャベツがありますね。調味料も……戸棚の奥に醤油と砂糖があったので、これなら何か作れます」

翼の明るい声に、私は安堵した。でも同時に、申し訳ない気持ちでいっぱいになる。

両親が海外赴任で一人暮らしになってから、まともな食事を作ったことがない。いつも片手で食べられる栄養固形食かゼリー飲料で済ませて、たまにデリバリーを頼むくらい。

こんな殺風景な食生活を翼に見られてしまうなんて……。

「本当に、ありがとう。でも疲れてるんだから、無理しないでね」

「無理なんてしてませんよ。むしろ、キッチンに立つのは久しぶりだから楽しみです」

翼の声が弾んでいるのがわかった。

* * *

これまで全く日の目を見なかった広すぎるアイランドキッチンで、手際よく料理をする翼の姿に、私は思わず釘付けになっていた。

夜は少し冷えるからと、Tシャツの上から私が貸したルームウェアを羽織った彼――いや、彼女の姿に。

「あ……」

思わず息を呑む。

パステルピンクのもこもこしたパーカー。私にはピッタリのサイズだけれど、翼が着ると――。

胸元のジッパーが、明らかに窮屈そうだった。

急激に成長した豊かな胸の膨らみに生地が引っ張られ、ジッパーが胸の下までしか上がっていない。

そこから覗く白い肌と、ブラジャーの谷間が見え隠れして、なんともいえない扇情的な雰囲気を醸し出していた。

「ふふん~」

翼がご機嫌な鼻歌を歌いながら、キャベツを千切りにしている。トントンという小気味良い包丁の音が、静かなリビングに響く。

身長が縮んでしまったせいで、少し高めのアイランドキッチンでは作業がしづらいらしい。上の棚の食器を取ろうとして、つま先立ちになって一生懸命背伸びをする姿が、なんとも可愛らしかった。

パーカーの袖は少し長めで、手首まで隠れる萌え袖になっている。それがまた、無自覚なあざとさを強調していて――。

「あ、届かない……」

翼が困ったように呟く。

「踏み台、使って。そこのスツールでもいいから」

私が声をかけると、翼は振り返ってふにゃりと笑った。

「ありがとうございます。身長が低いって、結構不便なんですね」

スツールを引き寄せ、小皿を取る翼。その様子を見ていると、なんだか微笑ましくて、でも同時にひどく複雑な気持ちになった。

正直に言うと……恐ろしいほどに男受けしそうな姿だった。

小柄で可愛らしくて、胸は豊かで、料理上手。しかも、こんなに一生懸命で健気な様子を見せられたら、世の男性は確実に心を奪われるだろう。

特に、あの私の服をパツパツにしている胸のサイズは――。

「……」

私は無意識に、自分の胸元を見下ろした。

決して小さいわけではないと自負していたけれど、翼と比べると明らかに負けている。女性として、少しばかり敗北感と複雑な気持ちが湧いてくる。

でも、これは翼の本来の身体じゃない。私の作ったRG-47の影響で、こんなふうに変化してしまったのだ。

(この子に悩殺される哀れな男性を増やさないためにも……)

私は心の中で、静かに誓った。

(私がしっかり守って、早く元の姿に戻してあげなければ)

科学者としての強い使命感と、女性としての微妙な競争心、そしてほんの少しの独占欲が混じり合った、複雑な決意だった。

「理子先輩、大丈夫ですか?」

「え?」

振り返ると、翼が心配そうに私を見ていた。

「なんだか、すごく難しい顔をしてましたけど……」

「え、ええ。ちょっと研究の配合式を考えてただけよ」

「そうですか。あまり根を詰めすぎないでくださいね」

翼が優しく微笑む。その柔らかな笑顔を見ていると、私の胸の奥がじんわりと温かくなった。

この子は、本当に優しい。

「翼、お料理の手際すごくいいわね。どこで覚えたの?」

「母に教わったんです。昔は父が単身赴任で、母と二人の時間が長くて」

翼が手早く卵を溶きながら答える。

「両親が共働きだったから、将来一人暮らしするときのために、基本的な料理は覚えておきなさいって」

「素晴らしいお母様ね」

「はい。でも、まさかこんな、女の子の姿で役に立つとは思ってませんでしたけどね」

翼が少し自嘲気味に苦笑いを浮かべる。その表情には、どうしても拭いきれない寂しさと不安が混じっているような気がした。

* * *

二十分ほどして、翼が料理を完成させた。

「お待たせしました!」

ダイニングテーブルに並べられた料理を見て、私は驚いた。

綺麗な黄色の卵焼き、キャベツとウインナーの炒め物、そして簡単な味噌汁。

どれも見た目が美しく、あの殺風景な冷蔵庫にあった、あり合わせの食材で作ったとは到底思えない完成度だった。

「すごい……本当に、あれだけの食材で?」

「はい。卵焼きには少しだけお砂糖を入れて甘めに。野菜炒めはシンプルに塩コショウで。お味噌汁は、冷凍庫の奥にあった出汁パックと乾燥ワカメを使わせてもらいました」

翼がエプロンで手を拭きながら、少し誇らしそうに説明する。

「いただきます」

私は箸を取って、まず卵焼きを口に運んだ。

「あ……」

その瞬間、私の舌は驚愕した。

ふわふわで、優しい甘さと出汁の旨みが絶妙に調和している。こんなに美味しい卵焼きは、いつ以来だろう。

続いて野菜炒めを食べる。シャキッとした食感と、ウインナーの塩気が口の中に広がる。

「おいしい……」

思わず、ため息のように呟いてしまった。

「よかった。お口に合いましたか?」

「合うなんてものじゃないわ。本当に、本当に美味しい」

私は無我夢中で箸を動かした。

最後に温かいお味噌汁を飲むと、体の芯からじんわりと解れていくような感覚があった。

「はぁ……」

満腹になって、私は小さく息を吐く。

人が作ってくれた手料理を、誰かと向かい合って食べるのは、いつ以来だろう。

この広い家に一人取り残されてから、ずっと孤独に、無機質な食事ばかりを胃に流し込んできた。

こんなに温かくて、優しい生活の匂いを、私はずっと忘れていた。

「……理子先輩?」

「ん?」

翼が、ひどく心配そうな顔で私を見つめていた。

「もしかして、泣いてますか?」

「えっ?」

手で頬を触ると、確かに濡れていた。いつの間にか、ポロポロと涙がこぼれ落ちていたのだ。

「あ、あの……まずかったですか!?」

「違うの! 美味しすぎて……」

私は慌てて指で涙を拭い、首を振った。

「誰かが私のために作ってくれた料理を食べるのが、すごく久しぶりで……なんだか、すごく嬉しくて……ごめんなさい、変よね」

「理子先輩……」

翼が、少し困ったような、でもひどく優しい顔をして私を見つめている。

「あの、よろしければ……」

「?」

「今後も、僕が毎日のご飯を作らせていただけませんか?」

翼の思いがけない提案に、私は驚いた。

「え? でも、悪いわよ。いくら居候とはいえ、翼にそんな負担をかけるなんて」

「負担だなんて、とんでもないです! お世話になってるお礼ですし、僕も料理するのは息抜きになるので」

「でも……」

「それに、お昼ご飯も作りますよ。お弁当にして、明日から一緒に学校に持って行きませんか?」

翼の目が、期待でキラキラと輝いている。

「さすがに、それは申し訳ないわ。あなただって学校の準備があるし……」

「大丈夫です。朝、少し早く起きればいいだけですから」

「いや、でも……」

「理子先輩」

翼が、少し強い口調で私の言葉を遮った。

「僕、誰かのために料理を作るのが好きなんです。毎日栄養食品なんて健康にもよくないですし――」

その真っ直ぐな言葉に、私は少しドキッとした。

「それに、僕の料理を食べて、理子先輩が喜ぶ顔を見たいんです」

「翼……」

「お願いします。僕に、作らせてください」

翼の熱意と、そのあまりにも新妻のような健気さに、私は完全に白旗を揚げてしまった。

見事に、胃袋も心も掴まれてしまったのだ。

「……分かったわ。でも、食材費は全部私が出すし、後片付けは私がやるから。それならいい?」

「はい! ありがとうございます」

翼がパッと花が咲いたように嬉しそうに笑う。その笑顔を見ていると、私までつられて笑顔になってしまった。

明日から、また新しい生活が始まる。

私のために作られた、温かい翼の手料理を食べられる毎日が。

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