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第3話

Author: 七海らん
翌朝、賢太が会社の前で待ち伏せていた。

彼は指輪のケースを、私の胸元に乱暴に投げつけた。

「もう気が済んだか?

お前の母親が死んだ時だって、こんなに取り乱したりしなかっただろうが」

私の足が、一瞬だけぴたりと止まった。

それが私の心に最も深く刺さった棘だと、賢太はよく知っていたはずだ。

それでもなお私を屈服させるためとあらば、彼は躊躇なくその傷口を踏みにじるのだ。

「婚約解消の通知書は、データでもう送ったはずよ」

賢太はちらりと自分のスマホに目をやると、私の目の前でこれ見よがしにそれを削除した。

「チッ。こんなふざけた紙切れで、いったい誰を脅かすつもりだ?

お前はもう夢見る20歳じゃないんだぞ。

今の年齢で婚約破棄の経験まであって、性格もひねくれてるとなれば、婚活市場に出たところでただのワケアリ物件扱いだ。

俺がお前と結婚してやるのは単なる情けだ。お前じゃなきゃ駄目だからじゃない」

そこへ大輔と真斗も駆けつけてきた。

大輔が、新しい結婚式の進行表を私に投げつける。

「明後日、改めて式を挙げることになった。

結衣にきちんと謝って、当日は不機嫌な顔を一切見せないと今ここで約束しろ」

真斗は車のドアにもたれかかり、嘲るような冷たい目で私を射抜いた。

「自分の身の程をわきまえた方がいいぞ。

賢太を逃したら、お前は一生仕事と添い遂げるのがお似合いの惨めな女だ。

年老いて家の中で孤独死しても、死体が腐るまで誰にも気づかれないなんてことになるなよ」

私は彼らの顔を順番に見つめ、ふいに声を出して笑った。

「ふふ……私が死のうが生きようが、あなたたちに何の関係があるのよ?」

大輔の顔色が、さっと険しく変わった。

「俺たちはお前の実の兄貴だぞ!」

私は、さらに冷ややかに笑い返した。

「兄貴?あなたたちは結衣の忠実な番犬じゃなかったの?」

言い終わるのとほぼ同時に、結衣が慌てた様子で車から降りてきた。

結衣はうさぎのように目を赤くして、あの私のヴェールを胸に抱え込んでいた。

「知紗姉ちゃん、私を責めるのはいいから、お兄ちゃんたちを責めないで!

ふたりはただ、私のことが心配で少しきつい言い方をしちゃっただけなの。

知紗姉ちゃんは昔から何でも持ってたけど、私にはあの人たちしかいないのよ。

それなのに、ふたりが私にかけてくれるわずかな気遣いまで、全部奪うつもり?」

結衣は私の前まで歩いてくると、ふいに足をぐらつかせた。

そのまま糸の切れた人形のようにくずおれ、賢太の腕の中へ倒れ込んだ。

ヴェールは地面に落ち、彼女のヒールに踏みにじられて黒い跡がついた。

賢太は結衣の肩をしっかりと抱き止めた。

大輔がすぐさま彼女の腕を支え、真斗はすかさずしゃがみ込んで足首の具合を確かめた。

3人のその無駄のない動きは、まるで何度も舞台稽古を重ねてきたかのように息が合っていた。

結衣は賢太の広い胸にもたれかかり、華奢な肩を震わせて泣きじゃくった。

「知紗姉ちゃんはきっと、私のことが嫌いなのねっ。

もう、結婚式から身を引こうかな……

ブライズメイドもやめるし、あなたたちのことをお兄ちゃんって呼ぶのもやめるわ。

知紗姉ちゃんがそれで喜ぶなら、私、三重野の家を出て行ったっていい」

真斗が、怒りを露わにして勢いよく立ち上がった。

「知紗、これで満足か!?

結衣を死ぬまで追い詰めなきゃ、お前の気は済まないのか?」

大輔は、まるで道端のゴミでも見るかのような冷酷な目で私を見下ろした。

「結衣の髪の毛1本でも傷ついたら、お前とは三重野家の縁を切ってやるからな」

賢太は結衣を抱き上げ、氷点下の眼差しで私を射抜いた。

「明後日の午前10時、改めて結婚式をやり直す。

お前がちゃんと来て、結衣に土下座して謝るなら、このままお前と結婚することも考えてやる。

そうじゃなきゃ、もう二度と藤城家には入れないからな」

私はゆっくりと身を屈め、泥に踏みにじられたヴェールを拾い上げると、近くのゴミ箱へ躊躇なく投げ捨てた。

「なら、入れなくて結構よ」

賢太が、底意地悪く嘲るように笑った。

「どこまで意地を張る気だ?

俺と三重野の後ろ盾がなければ、お前なんて1か月も持たないだろうにさ。

その時になって、藤城家の前で泣きついてくるなよ。気分が悪い」

私はそれ以上、賢太に目を向けなかった。

午後、私は手早く仕事の引き継ぎをすべて終えた。

3日後に予定していたフライトを、明日の午前中へと前倒しにしたのだ。

新居に戻ると、賢太の秘書が新しい進行表を届けに来ていた。

3ページにもわたる備考欄は、そのすべてが結衣からのわがままな要望で埋め尽くされていた。

結衣は強い光が苦手だから、会場の照明は極力落とすこと。

結衣は白いバラが好きではないから、フラワーウォールをピンク系に変更すること。

結衣は私の隣に立つと気後れするから、私はヒールを履いてはいけない。

その最後には、賢太の手書きのメモまで添えられていた。

【機嫌を損ねるなよ。

明日はリハーサルに朝食の差し入れを持ってこい。

結衣が、お前の手作りサンドイッチを食べたいと言っている】

私は一瞥しただけで、その進行表を丸ごとシュレッダーにかけた。

夜、賢太がグループチャットでふたりに連絡していた。

【明日の10時、あいつは必ず来る】

大輔が即座に返信した。

【逃げ道を完全に塞いでおけば、嫌でも大人しくなるさ】

真斗からも、冷酷なひと言が届いた。

【ああいう性根の腐った女は、一度痛い目を見なきゃ学ばないんだ】

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