Share

第34話……金銀の枷

last update Tanggal publikasi: 2026-06-10 15:20:59

 アーヴィング侯爵家館の奥深く。

 人の気配が途切れる、装飾も控えめな裏廊下に、二つの影が並んでいた。

「え?」

 ツーシームが片眉を上げる。

「人類統合共和国に伝手はないか、だって? てっきり何か腹案があって言い出したのかと思ったよ」

 ユリウスは肩をすくめ、悪びれもせずに答えた。

「うん。正直に言うと――賭けだね。僕、皇帝になりたいからさ。こんな辺境でグズグズしてる暇はないんだ」

 一拍置き、すぐに笑って付け加える。

「……っていうのは冗談だけど。でも、ツーシームなら『ある』と思ったんだ」

 彼は周囲を一瞥し、誰もいないことを確かめてから、懐に手を入れた。

 音もなく現れたのは、分厚いエーテル兌換札の束。

 淡く光る紙面が、薄暗い廊下でいやに存在感を放つ。

「外交用の予算は、思った以上に出たよ。成功報酬も含めて――お礼は、たんまりできる」

 ツーシームは一瞬、ため息をついた。

 それから、口元を歪めて苦笑する。

「……うーん。ほんと、しょうがない坊っちゃんだねぇ」

「そう言ってくれると思ってたよ」

 ユリウスは、どこか確信めいた笑みを浮かべた。

 彼は知っていた。

 ツーシームが位相鉄を売り捌くため、帝国、連邦、共和国――表も裏も区別なく、様々な連中と付き合いを持っていることを。

 そして同時に、彼女のいちばん分かりやすい弱点が――金であることも。

「ま、交渉相手が共和国ってんなら、厄介なのは確かさ」

 ツーシームは兌換札を指で弾きながら言う。

「でも……あたいに頼むってことは、それなりの覚悟はあるんだろ?」

「もちろん」

 ユリウスは即答した。

「失敗したら、全部僕の責任だ」

 その言葉に、ツーシームは一瞬だけ真顔になり――

 やがて、いつもの皮肉っぽい笑みを取り戻した。

「まったく……、皇帝様を目指す坊っちゃんの初仕事が、裏外交たぁね」

 薄暗い廊下に、小さな笑い声が溶ける。

 こうして、帝国の命運を左右しかねない交渉は、一人の少年と一人の女海賊――

 極めて非公式な同盟から、静かに動き始めたのだった。

◇◇◇◇◇

 数日後――。

 海賊船「モリガン」と、識別信号を意図的に曖昧化した謎の船影が、バルバロッサ宙域の小惑星帯で向かい合っていた。

 この宙域は、恒常的に恒星風が吹き荒れ、磁気嵐が渦巻く異常空間である。

 センサーは虚像を映し、レーダーは雑音に沈む。

 高性能な偵察艦ですら正確な位置測定が困難な――まさに「宇宙の死角」だった。

 その場所でユリウスが相対していたのは、星間ギルドの幹部を自称するヘッジボックという、不良中年めいた雰囲気を纏うバイオロイドである。

 くたびれた外套、無精ひげのような擬装繊維、油断のならぬ細い目。

 星間ギルド――。

 その存在は半ば都市伝説。

 非合法合成麻薬、人身売買、武器横流し。

 噂だけは山ほどあり、実体を掴んだ者はいないとされていた。

「アストレア子爵殿」

 ヘッジボックは、わざとらしく丁寧な口調で言った。

「我が『ギルド』が、条件通りパニキアに話を通して差し上げましょう」

「……はい、忝く存じます」

 ユリウスは頷く。

 ヘッジボックの口元が、わずかに歪む。

「ただし」

 彼は指先で端末を操作し、数字の列を宙に投影した。

「今回の精製済みエーテル燃料――その全量を、我がギルドが取り扱います」

 膨大な数量。

 そこに輸送費、危険手当、口止め料を含めた手数料が上乗せされている。

「……え!?」

 ユリウスは思わず声を上げた。

 だが問題は、金額の高さではなかった。

 表示条件の末尾に、はっきりと記されていた一文――

 【支払いは全額、銀にて】

 パニキア側からの支払いは、生鮮食料品やレアメタルといった現物資源になる見込みだ。

 その中で、銀だけを大量に確保するのは、容易ではない。

「エーテル兌換札では……だめですか?」

 ユリウスの問いに、ヘッジボックは首を横に振る。

「兌換札は足がつく可能性があります。銀でなければ、この取引は――なかったことに」

 慇懃な笑み。

 だが、その奥にあるのは、冷酷な切り捨ての覚悟だ。

 他を当たる時間はない。

 代替ルートも存在しない。

 沈黙の中、ユリウスは一度だけ目を閉じ――決断した。

「……その条件で、受けましょう」

「おお、話が早い」

 ヘッジボックは満足げに頷く。

「では、こちらにサインを」

 電子証明書が表示される。

 ユリウスは震える手で、名を刻んだ。

 彼の脳裏では、すでに計算が始まっていた。

 ――第六総管区に存在する銀の総量では、到底足りない。

だが、後戻りはできない。

内情がどうであれ、契約は成立した。

残されたのはただ一つ。

この無謀とも言える契約を、現実に履行する方法を見つけ出すことだけだった

◇◇◇◇◇

 銀河聖帝国ノヴァの通貨体制は、二重構造によって成り立っている。

 中央政府が発行するエーテル兌換券と、地方政府が鋳造する金・銀・銅の硬貨。

 一見すれば合理的な分業だが、その内実は、帝国の支配哲学そのものだった。

 地方政府が紙幣を発行できないのには、明確な理由がある。

 それは――現有する貴金属の量を超えて、貨幣を生み出すことを禁じるという、厳格な縛りだ。

 金庫に金や銀がなければ、一枚の硬貨すら鋳造できない。

 つまり、どれほど壮大で素晴らしい内政計画を掲げようとも、実際に大量の金銀が手元に存在しなければ、工事も、雇用も、動き出しすらしないのだ。

 これは偶然ではない。

 地方貴族の領地に、巨大な造船所や銀行、独立した経済圏が生まれることを防ぐため――帝国中枢が、何世代にもわたって守り続けてきた伝統的統治政策であった。

 結果として、地方貴族たちが大規模な公共事業を望むなら、選択肢は限られる。

 隣接する貴族家へと軍を差し向け、備蓄された金銀を奪い、又、それらを産する鉱山を獲得すること。

 それは、もはや珍しい光景ではなかった。

「公共事業のための戦争」

 そんな皮肉な言葉が、帝国辺境では冗談とも本気ともつかぬ調子で囁かれていた。

 だが――

 その地方貴族同士の争いは、帝国の秩序を揺るがすことはない。

 否。

 それこそが、中央集権体制の一部だった。

 地方に力を蓄えさせぬため、互いに削り合い疲弊させ、最終的に頼る先を「中央」へと収束させる。

 金と銀で縛り、血と戦で均す。

 この冷酷な仕組みの上にこそ、銀河聖帝国ノヴァの千年の安定は築かれていたのだった。

Lanjutkan membaca buku ini secara gratis
Pindai kode untuk mengunduh Aplikasi

Bab terbaru

  • 星間覇道 ― 銀河最大の内乱 ―   第70話……海の向こうも同じ

     休戦ラインを越える瞬間まで、星間ギルドの商船「銀の秤」の船内には、張りつめた空気が満ちていた。 パニキア連邦側の警戒宙域では、数度にわたり検問艇が接近し、古びた船腹へ鋭い捜査光を這わせてきた。 だが、「銀の秤」は武装を持たぬ旧式商船であり、しかも星間ギルド所属の古参船である。 積荷目録も航路記録も、それらしく整えられていたため、大事には至らなかった。「船籍確認完了。積荷照会、一致」「……よし、通してやれ。こんな骨董品で戦をしようって奴もおるまい」 管制側の声が同時翻訳機を通して流れると、操舵席のヘッジボックが小さく肩を落とした。「いやはや、寿命が縮みますな」 ユリウスは商人風の外套の襟を整えつつ、静かに答える。「ご配慮ありがとうございます」 それから「銀の秤」は数度の短距離ワープを重ね、ようやくパニキア連邦最前線の辺境惑星「レーベ」へ到達した。 暗褐色の海に覆われた惑星だった。 低い雲が空一面へ垂れこめ、海上には巨大な浮体構造物がいくつも連なっている。 宇宙桟橋のような洗練された設備はなく、旧式の水上宇宙港へ直接降りるしかないらしい。「こちら『銀の秤』、入港を許可されたし……」 ヘッジボックが送信すると、すぐ応答が返る。「了解。三番ゲートへの接岸を許可する」「助かりましたな」「まだ早いですよ」 ユリウスは窓の外を見たまま言った。「降りるまでが航海ですから……」 次の瞬間、船体が大きく震えた。 「銀の秤」は一気に大気圏へ突入し、外殻がみるみる赤熱してゆく。 老朽化した船体が低く軋み、接合部が悲鳴を上げた。 窓外では、剥がれた耐熱タイルが火の尾を引きながら後方へ流れてゆく。「おいおい……まだ持ってくれよ」 操舵士が舌打ちする。「左舷外板、熱負荷上昇!」「分かっている! だが今さらどうしようもない!」 激しい振動の末、「銀の秤」はどうにか海上宇宙港の三番ゲートへ滑り込み、重い音を立てて接岸した。 船内に安堵の息が広がる。 ヘッジボックは額の汗を拭い、苦笑した。「いやぁ、長年のワープで船が悲鳴を上げております。応急修理に二日、いや三日ほど日をいただきたいですな」 ユリウスはうなずく。「はい、安全第一でお願いします」 この間、彼は商人の服へ着替えていた。 付き従うグレゴールも、護衛らしさを隠すため、目

  • 星間覇道 ― 銀河最大の内乱 ―   第69話……目覚めた金印

     夜明け前の薄青い光が、ヴァルカンの館の回廊へ静かに差し込んでいた。 ユリウスが外交使節として出立する朝――その少し前、ツーシームは館の奥に設けられた一室へ足を向けていた。 荒鷲の金印を持つ少女。 帝国軍特殊部隊が昨夜あれほど執拗に探した以上、もはやこの館も絶対安全とは言い切れない。 どこか別の隠し場所へ移す必要があった。「さて、寝ぼけ眼のまま運ばれてくれると助かるんだがねぇ……」 安煙草をくわえたまま、ツーシームは扉を押し開けた。 だが、そこで彼女の足が止まる。「……ん?」 部屋の中央に、少女が立っていた。 いつもは伏せがちで、どこか夢の中を漂うような目をしていた娘が、いまは背筋を伸ばし、凛とした面持ちでこちらを見返している。 あきらかに空気が違った。 ただ起きているのではない。自分が誰であるかを、ようやく思い出した者の眼だった。 ツーシームは片眉を上げ、煙を細く吐いた。「お加減はどうさね?」 少女は小さな顎を上げる。「悪うない。余は、ようやく記憶を取り戻したぞ……」 その言葉は幼い顔立ちに似合わぬほど重く、古い響きを帯びていた。 ツーシームは一瞬だけ黙り込み、それから肩をすくめて笑う。「あはは、そいつはめでたい。……いや、こっちの都合で言えば、もうちょっと忘れていて欲しかったんだけどね」 少女は「ふん」と鼻で笑うだけだった。 だが、その仕草にさえ、ただの怯えた娘にはない気品がある。 荒鷲の金印。 帝国が血眼になって追う理由が、ようやく輪郭を持ってきた気がした。「余をどこへ連れてゆく気だ?」「安全な場所さ。少なくとも、昨夜みたいに犬ころが窓から雪崩れ込む場所じゃない」「そなた、存外に世話焼きだな」「海賊と商売人はねぇ、預かった品が傷つくのを嫌うのさ」 少女はわずかに目を細めた。 その視線は幼いのに、妙に人を洞察し値踏みする。 ツーシームは心の中で舌を巻いた。 ――こりゃ本物だねぇ。 そのころ館の表では、ユリウスの出立準備が整っていた。 正門前に待つ陸上ホバークラフトの周囲には、護衛のSPたちが忙しく動いている。外交使節の旅とはいえ、向かう先は異星人国家パニキア。 警戒は当然だった。 二階のバルコニーへ出た幼い妻イオナが、身を乗り出すように手を振る。「あなた、行ってらっしゃいませ!」 下で振

  • 星間覇道 ― 銀河最大の内乱 ―   第68話……同じ寸法の世界

     停戦成立後、アーヴィング大公家の艦隊は、グラストヘイム要塞へ必要最小限の守備兵力を残し、主力をいったん後方へ下げた。 そのすぐ後方にある補給拠点として選ばれたのが、惑星ヴァルカンである。 衛星軌道上には、巨大なエーテル・タンカーが数珠つなぎに並んでいた。 鈍く光る船腹のあちこちへ補給アームが食らいつき、青白い流体が脈打つように移送されてゆく。 宇宙桟橋の一角では、VLS用の長大なミサイルコンテナが何列にも寝かされ、整備員たちが汗まみれで搬入指示を飛ばしていた。 また別の区画では、砲弾、予備反応炉部材、艦載機部品、食糧コンテナ、医療資材までが山となって積まれている。 桟橋と地上を結ぶ専用シャトル群も、まるで蜂の群れのように休みなく往復していた。 上がってくるのは物資。 降りてゆくのは、休暇を許された兵員たち。 疲れ切った水兵や機関兵たちは、シャトルの扉が開くや否や、ヴァルカンの酒場街へ吸い込まれていった。 酒、女、賭博、熱い飯。 前線帰りの兵に必要なものは、昔から大して変わらぬらしい。 戦艦ハンニバルの艦橋でも、補給士官たちが目を回すような忙しさで働いていた。「第三倉庫、誘導弾積載完了!」「機関部予備材、右舷搬入口より受領!」「食糧補充、基準値の〇・六倍! この艦、兵員数のデータに消費が読めません!」 怒鳴り声と足音、端末の警告音がひっきりなしに交差する。 その只中で、ユリウスだけは少し離れた高座に座し、正面スクリーンへ映る補給桟橋の光景を静かに見つめていた。 彼の脳裏を占めていたのは、戦況でも、物資量でもなかった。 もっと根源的な、奇妙な違和感である。 ミサイルも、弾薬も、艦内配管の継手も、果ては工具規格に至るまで、帝国軍の軍需物資は地球規格で統一されている。 それだけなら、まだ分かる。帝国は地球文明の流れを汲む国家だからだ。 だが奇妙なのは、その規格が人類統合共和国でも通用し、さらには地球文化を起源に持たぬはずのパニキア連邦でさえ、大筋では同じ規格を用いているという事実だった。 ユリウスは低く呟いた。「……なぜだろう」 そばに控えていた副官が顔を上げる。「何がでございますか、閣下」「規格だよ」 ユリウスは視線を外さずに言った。「国家が違えば、思想も言葉も法律も違う。敵同士であればなおさら、兵器体系など別

  • 星間覇道 ― 銀河最大の内乱 ―   第67話……革命はパンを焼かない

     数か月前――。 旧第六総管区の片隅に、惑星リチャードはあった。 豊かな鉱脈、繁忙な港、絶えず上下する株価。 この星を治めるドリス伯爵は、善政家か悪政家かで評価の割れる男であったが、ただ一つだけ確かなことがあった。 彼は何よりも経済を優先する統治者である、という事実である。 税制は企業寄り。 港湾使用料は安く、投資家には甘い。 その一方で、労働者への配慮は薄く、景気が悪化すれば真っ先に切られるのは現場の人間たちだった。 たしかに数字の上では繁栄している。 だが、その繁栄が誰の懐を温めているのかは、街路の空気を吸えばすぐに知れた。 そんな折――。 第六総管区を実質的に統治するアーヴィング侯爵が、帝国中央政府へ反旗を翻した、という報せが届いた。 その一報は、遠い戦場の政変では終わらなかった。 人々の胸に長年たまっていた不満へ、火のついた油を注いだのである。 伯爵邸の執務室へ、青ざめた家令が駆け込んだ。「伯爵様! 民衆どもが暴徒となり、屋敷へ押しかけております!」「なんだと!?」 机上の端末から顔を上げたドリス伯爵は、肥えた喉をひきつらせた。「警備隊は何をしておる!」「各所で手が回りませぬ! 銀行街も襲われ、大手保険会社の支店も炎上中にございます!」 伯爵は立ち上がり、窓辺へ走った。 夜の街に、いくつもの火の手が見える。 怒号。 警報。 銃声。 経済優先で築き上げた秩序が、たった一夜で紙細工のように崩れはじめていた。「……すぐ脱出するぞ!」「はっ!」 中央政府に近しい立場を取ってきたドリス伯爵は、民衆にとって旧体制そのものであった。 日頃より不満を募らせていた労働者階級は、侯爵の挙兵を合図に一斉蜂起したのである。 暴徒たちは銀行や保険会社を『資本の城』と叫んで打ち壊し、倉庫を略奪し、酒に酔った群れは婦女子へも牙をむいた。 火は商業区画から住宅街へ広がり、正義を名乗った怒りは、たちまち無差別な暴虐へ変わっていった。革命。 革命と言う甘い言葉を口にする者は多い。 だが現実の街路を埋めるのは、理想ではなく、煙と血と恐怖である。 このままでは星そのものが壊れる。 そう悟った者たちがいた。 教師、下級役人、教会関係者、町工場の親方――いわゆる良識派である。 彼らは広場へ集まり、拡声器を奪い、暴徒たちへ必死

  • 星間覇道 ― 銀河最大の内乱 ―   第66話……停戦の代償

     停戦成立の報せが銀河を駆けめぐった翌日――。 ヴァルカン軌道上、アルテミス商会の私室では、場違いなほど気の抜けた空気が流れていた。 長椅子にだらしなく寝ころび、ツーシームは片脚を投げ出したまま新聞を広げている。 唇の端には、いつもの安煙草。紫がかった煙が、照明の下でゆらゆらとたなびいた。 紙面の一面には大きな活字が躍っていた。 ――帝国中央政府軍、アーヴィング家率いる反乱軍、停戦成立。 ――グラストヘイム要塞戦線、当面の戦闘停止へ。 ツーシームは鼻で笑った。「ようやくかい。随分と高くついた花火だったねぇ」 その声には、呆れ半分、満足半分の色があった。 今回の戦は、同じ帝国圏に属する者同士が噛み合う内輪揉めに近い。異星人相手の外征戦争とは訳が違う。 補給線の先にも後ろにも、敵味方と縁を持つ地方貴族家がいる。 交易路が詰まれば、その領内経営は痩せる。鉱山の産出は滞り、農業衛星の資材も届かず、税収もまた細る。 つまり――。 戦場で勝ちさえすればよい戦ではない。 帝国中央も、アーヴィング家も、地方貴族たちの支持なしには戦争を続けられぬ。 兵も金も糧食も、最後にはそこへ行き着く。内乱とは、剣だけでは終わらぬ戦なのであった。 ツーシームは灰を落とし、新聞の経済欄へ視線を滑らせた。 そこには、停戦成立を受けた星間株式市場の混乱が細かく載っていた。 造船。鉄鋼。軍需輸送。 いずれも戦時特需を見込んで買い上げられていた銘柄である。 だが停戦の一報で流れは一変し、値は崩れ、投げ売りが投げ売りを呼んでいた。 彼女の口元が、ゆっくり吊り上がる。「ゾル婆、そろそろゆっくり買いを入れてみるかね?」 部屋の隅で端末をいじっていたゾル婆が、顔も上げずに答えた。「あいよ。どのへんから拾うんだい?」「まずは造船屋だ。慌て者が投げた分を、底でさらう。鉄鋼も悪くないね。停戦したからって、艦隊が消えるわけじゃない。傷んだ船は直さにゃならないし、要塞だって補修が要る」「……ほほう。狼狽売りした連中の逆を行くってわけだね」「そういうこった」 数日前。 停戦の気配を、誰より早く嗅ぎつけていたアルテミス商会は、戦時特需銘柄を大きく売り浴びせていた。 グラストヘイム戦線での空気の変化も、極低周波通信から拾った断片も、彼女らには十分な材料だった。 市場

  • 星間覇道 ― 銀河最大の内乱 ―   第65話……潜航

     巨艦「ハンニバル」の現在位置から、およそ六光秒。 その虚空に、音もなく一本の潜望鏡が浮かび上がっていた。 否。 正確には、浮かび上がったように「見えた」だけである。 新型海賊船「モリガン」は依然として位相空間の膜を半ば残したまま、現実宇宙の縁に爪をかけている。 巡洋艦級の船体で異次元潜航を維持するなど、本来なら狂気の沙汰であった。 だが、その狂気を形にしたのが、いまこの艦である。 潜望鏡越しに戦場を覗いていたツーシームは、細く息を漏らした。「……へぇ、やるじゃないか。あの巨艦」 視界の彼方では、「ハンニバル」が帝国軍の集中砲火を正面から受け止めていた。 幾百もの火線。無数の誘導弾。 それらをものともせず進む艦影は、もはや艦艇というより移動する要塞であった。 隣に控えるトロスト技師が、乾いた笑みを浮かべる。頬はこけ、指先はかすかに震えていたが、声音だけは妙に弾んでいた。「そりゃあそうでしょう。あの艦の主機関、燃料はエーテルじゃない。小型とはいえ、人工重力井戸――要するに、ブラックホールです」「本物かい?」「ええ。本物ですとも。生きた地球文明の超兵器。帝国中枢の工廠でも、あそこまで頭のおかしい代物はそうそう作れません」 ツーシームは片眉を上げた。「褒めてるのか、けなしてるのか、よく分からないねぇ」「技術屋にとっては最大級の賛辞ですよ」 彼女は再び潜望鏡に目を戻した。 「ハンニバル」の艦腹には、あの巨大な砲身が抱え込まれている。 戦場へ現れた瞬間から、帝国軍はあれを恐れていた。だが。「だが、やはり撃てないようだね?」 そのひと言で、トロストの笑みがわずかに薄れた。「ええ。火器管制はまだ沈黙したままですな。防壁も対空火器も化け物じみているが、肝心の牙が閉じたままです」「それさえ出来れば、単艦で帝国軍を追い払うこともできように……」「できましょうな。いや、追い払う程度で済むかどうか」 ツーシームは舌打ちし、潜望鏡から目を離した。 艦橋に投影された簡易戦術図では、「ハンニバル」を中心に帝国軍の針路が歪んでいる。 一隻が戦場の戦術力学そのものを書き換えていた。「ヤツを前にしては、この新型『モリガン』の性能がかすむなぁ……」 その声には、珍しく本気の落胆が混じっていた。 海賊船「モリガン」の大改造は、彼女が執着して

Bab Lainnya
Jelajahi dan baca novel bagus secara gratis
Akses gratis ke berbagai novel bagus di aplikasi GoodNovel. Unduh buku yang kamu suka dan baca di mana saja & kapan saja.
Baca buku gratis di Aplikasi
Pindai kode untuk membaca di Aplikasi
DMCA.com Protection Status