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第78話……人口三千人の惑星

last update publish date: 2026-06-11 18:12:06

 中古高速船メイラード号は、空間跳躍と通常航行を織り交ぜながら、およそ五日をかけて資源惑星シャンプールへ到達した。

 船窓の向こうに見えたその星は、いく筋かの雲をまとってはいるものの、全体としては赤茶けた岩の塊にしか見えなかった。

 生気に乏しい。

 鉱山惑星という言葉を、そのまま形にしたような景色である。

「いかにもって面だねぇ……」

 操縦席の後ろで、ツーシームが安煙草をくわえたまま呟く。

 管制塔との面倒なやり取りを覚悟していたが、ここがアストレア家の代官の支配地だと伝わるや、交信は驚くほどあっさり終わった。

「着陸許可、確認」

 操縦を担当していた現地上がりの船員が肩をすくめる。

「お貴族さまの名前ってのは、やっぱり便利ですねぇ」

 やがてメイラード号は大気圏へ突入し、船体を赤熱させながら降下していく。

 窓の外では、乾いた赤い大地がじわじわと迫ってきた。

 谷も、丘も、見渡すかぎり岩と砂ばかり。

 その中にぽつんと設けられた簡素な宇宙港へ、船は重々しく着陸した。

 タラップを降りたツーシームは、周囲を見回して鼻を鳴らす。

「ここは見るからに田舎だねぇ」

 横からトロスト技師が端末を見ながら応える。

「記録によると、ここの人口は三千人らしいですよ」

「何! たった三千人だと!?」

 巨体のビッグベアが、本気で目を丸くした。

 その声が、乾いた港の空気にやけに大きく響く。

 トロストは眉をしかめ、訂正する。

「いや、正しくは正規民が三千人、だそうです」

 その一言で、空気が少しだけ冷えた。

 ツーシームは煙草をくわえ直し、頭をかく。

「嫌なこと聞いたねぇ……」

 正規民が三千人。

 ならば、その外側にいる者たちがどれほどいるのか。

 数字に出ない労働者、契約外民、流民、ノーム人、債務奴隷まがいの鉱夫――ろくでもない想像がいくつも浮かぶ。

 荷物を検疫ゲートへ通していると、こちらへ歩いてくる女がいた。

 眼鏡をかけた、よく整った顔立ちの美人である。こんな荒れた鉱山惑星には似つかわしくないほど、身なりもきちんとしていた。

「技師のトロスト様、御一行ですね?」

 トロストが軽く手を挙げる。

「ああ、そうだ。サンブルク商会まで頼む」

 今回、アルテミス商会の商会長たるツーシーム本人が表へ出れば、現地に余計な警戒を招くおそれがある。

 そのため表向きは、無名の技師トロストが現地商社サンブルク商会へ表敬訪問する、という形を取っていた。

 ちなみにサンブルク商会とは、急激に膨張したアルテミス商会が、この地で業務委託している現地窓口である。

 女は胸へ手を当て、上品に一礼した。

「私、支店長秘書のローターと申します。お荷物、お運びしますわ」

 そう言うや、彼女は背後に控えていた雑役係らしきノーム人へ目配せした。

 小柄なその労働者は、無言のままトロストのキャリアケースを抱え上げる。

「アタイたちは結構だよ」

 ツーシームが言う。

 今回の役回りでは、彼女はただの高速船の船長、ビッグベアは荷物持ちだ。

 目立って世話を焼かれる立場ではない。

 ローターはにこやかにうなずく。

「では、こちらのお車で参りますわ」

 車と聞き、ツーシームはてっきり反重力式のホバークラフトでも出てくるものと思っていた。

 だが、案内された先にあったのは、彼女の想像を見事に裏切る代物だった。

 分厚い装甲板。

 泥と砂で汚れた巨体。

 そして足回りには、がっしりとした履帯。

「……なんだいこりゃ」

 ビッグベアが感心したように唸る。

「まるで、旧世代の戦車じゃないですか」

 ローターは微笑を崩さない。

「鉱区周辺は道路事情が悪うございますので。こちらの方が揺れはしますが、確実ですわ」

 ツーシームは、いかつい作業車両を見上げ、煙草の煙を吐いた。

「なるほどねぇ。こいつは、思った以上に骨のある田舎かもしれないねぇ」

 赤茶けた風が、宇宙港のコンクリートを薄く撫でていった。

 第百六十六鉱区の反乱。その匂いは、どうやら想像以上に面倒なものになりそうだった

◇◇◇◇◇

 粗末な官製道路を、イカツイ作業車が六時間も這うように進んだ。

 舗装など名ばかりで、赤土と砕石を押し固めただけの道は穴だらけだ。

 重たい車体が跳ねるたび、荷台も座席も容赦なくきしみ、最後の一時間ともなると、誰も口数が減っていた。

 ようやく街の灯が見えた頃には、空はもう真っ黒だった。

 乾いた夜風が吹きつけ、遠くの採掘塔だけが鈍い赤光を瞬かせている。

「今晩の宿は、どうぞこちらへ。お夕食の方は、後ほどお部屋にお持ちしますわ」

 眼鏡の秘書ローターが、相変わらず涼しい顔で案内する。

 トロストは返事をする元気もなく、完全に車酔いで青ざめていた。

 ビッグベアがその細い体をひょいと背負い上げる。

「ほら、技師殿。死ぬならベッドで死んでください」

「や、やめてください……、縁起でもない……」

 荷物はツーシームが無造作に引き受けた。

 宿は地方ホテルといった風情で、豪華さはないが、部屋の造りは思ったより悪くない。

 砂埃っぽい土地柄のわりに、寝台も水回りもきちんと整えられていた。

 やがてホテルのスタッフが食事を運んでくる。

 塩気の強い煮込み肉、固い黒パン、赤茶けた根菜のスープ。

 田舎らしい料理だったが、長旅の後には十分うまかった。

 ツーシームたちが一通り平らげた頃を見計らったように、再びローターが部屋を訪れる。

「トロスト様、明日のお昼十二時に、支店長とご会食いただきます。……では、ごゆっくりお休みください」

 そう言って退室しかけた彼女を、ツーシームが呼び止めた。

 指先は実に慣れたもので、いつの間にか金貨二枚と一片の紙切れがローターの掌へ滑り込む。

 普通の労働者なら四か月は暮らせる額だった。

「アタイは街の酒場町をぶらつきたくてねぇ。道に詳しいタクシー、呼んでもらえねぇか?」

 ローターは一瞬だけ金貨の重みを確かめ、それからにっこり笑った。

「畏まりました。三十分後にフロントへご用意させていただきます」

 ツーシームもまた、口元を吊り上げる。

 金の話が早い相手は嫌いではない。

 その一時間後。

 ホテルの部屋では、トロストだけがソファーに沈み込み、半分死んだような顔で天井を見ていた。

「どうして……私だけ置いていかれるんです……」

 答える者はすでにいない。

 ツーシームはすでに夜の街へ消え、ビッグベアもその護衛についていった後だった。

 資源惑星シャンプールの長い夜が、ようやく動き出そうとしていた。

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