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第4話

Author: 半拍子
掲示板のタイトルが、目に飛び込んでくる。

【資産家・九条凛、離縁の腹いせに学生を逆恨み。嫉妬心からかデマを流し、権力で退学へ追い込む】

投稿にはいくつものスクリーンショットが貼られていた。杏が病院で凛に縋り付いている画質の荒い写真、凛が大学へ杏を問い詰めに行ったときの監視カメラの映像、そして文脈を故意的に切り取ったであろうラインのやり取り。

それらは、凛を心が狭く、財力で人を追い詰める卑劣な女として仕立て上げていた。

背筋に冷たいものが走る。全ては悠真が裏で手を引いているのだと、凛は即座に悟った。

ネットで流出している会社内部の品質管理資料は、半年前に凛が自宅に持ち帰りチェックしていたも。

当時、3日3晩徹夜し、疲れ果てていた凛は、悠真に甘えるようにして「もう限界だ」と愚痴を漏らしたことがあった。しかし、その時の悠真は冷めた視線を向けるだけで、労いの言葉すらかけてくれず、そそくさと書斎へ戻っていった。

「広報部から否定声明は出した?」

凛の声は、震えていた。

「出しました。しかし、全くもって効果がありません。コメント欄はサクラばかりなうえに、インフルエンサーまで投稿を拡散してしまっていて……今はネット全体から叩かれていて、取引先からも契約の停止や様子見の連絡が次々と入ってきています。

社長、どうしましょう?」

凛は息を大きく吸い込み、なんとか冷静さを取り戻そうとする。

携帯を手に取り、悠真の番号を探した。指先を震わせながら発信ボタンを押すが、受話器からは冷徹な機械音声が流れるだけだった。

連絡手段のすべてを、悠真に断たれていた。

怒りと悲しみが入り混じり、内臓が焼け付くように痛む。

椅子に掛けていたコートを掴み、凛は社長室を飛び出した。「悠真の大学へ行ってくる」

大学のホールでは、寄付記念式典が盛大に行われていた。

大きな垂れ幕が下がり、会場は学校関係者や学生たちで人が溢れかえっている。ステージ中央では、スーツ姿の悠真にスポットライトが当たり、彼がマイクに向かって話をしていた。

杏は橙色のロングドレス姿で悠真の傍らに立ち、花束を抱えて、聴衆の羨望の眼差しを一身に浴びている。

ステージ上のスクリーンには、【上杉グループより本校へ2億円の寄付。遠藤杏さんの研究プロジェクトへ特別助成】という文字が躍っていた。

悠真は家の資金を使って杏のプロジェクトに助成金を出しただけでなく、寄付記念式典という公の場で、二人の関係を堂々と誇示したのだ。

凛は真っ直ぐ講壇へ突き進んだ。すべての視線が、凛に集中する。

今や全校生徒が杏と悠真の仲を知っているが、凛が悠真の妻であることを知る者は誰もいない。

ハイヒールが床を叩く音が、静まり返ったホールに不気味なほど響いた。

悠真の顔から笑みが消え、凛々しい眉間には濃い皺が寄せられる。「凛、何しにきたんだ?場所を考えろ。早く下りろ!」

「見に来たの。ネットでは妻の会社の機密をばらまいて泥まで塗り、学校では平然と愛人の肩を持つ。そんな上杉教授が、今どれだけ立派で、どれほど胸くそ悪くなる存在なのかをね!」

杏が反射的に悠真の後ろへ隠れると、悠真は杏を庇いながら声を荒らげた。

「何言ってるんだよ?私たちはもう離婚したんだ。これ以上訳の分からないことを言うなら、警備員を呼んで叩き出すぞ!」

凛は眉をひそめ、「悠真。図星を突かれたから、怖くなっちゃったの?」と返す。

会場に向かって、凛は透き通った声で言い放った。「皆さん、初めまして。私は悠真の妻です。あ、法律上ということですよ?今日来たのは騒ぎを起こすためではありません。ただ、悠真と、彼の教え子である遠藤さんの『真相』を伝えたくて来たんです。

悠真は、私との3年間の婚姻生活を送る中、肉体的な愛情は必要ない、ただ、夫婦として精神的な領域での愛のつながりを求めている、そう言って私たち夫婦の間には一度も肉体的な接触はありませんでした。でも、そんなことを言いながら、遠藤さんとの間には子供を授かったんです」

会場がどよめく。

杏は血の気を失い、青ざめた顔で凛を指差し絶叫する。「そんなの嘘です!ただの言いがかりですよ!」

しかし、凛が携帯を操作すると、会場の大型スクリーンには、杏の学術違反の証拠が映し出された。

杏のプロジェクトが止まったのは凛のせいではなく、論文の捏造が発覚したためで、学校側は彼女を庇うために静かに停止させていたのだ。

悠真なら少し調べればすぐに分かることだった。だが彼はその件と凛を勝手に結びつけ、凛が報復していると決めつけた。

挙句の果てに、上杉家の権力を使って杏のプロジェクトを守り抜いた。

かつて凛が経営の危機に陥り、悠真に相談して助けを求めた時は、自分の職務範囲外だと言って冷たくあしらったというのに。

悠真は画面の資料を睨みつけると、怒りで全身を震わせた。

「凛、報復のためにこんな偽造した証拠を突きつけるとは!今回ばかりは、ただじゃおかないからな」

そう言うと悠真は即座に警察へ通報した。

凛は微塵も怯まず、杏に視線を落として言う。「悠真、あなたは本気で遠藤さんのお腹の子が自分の子供だと信じてるの?」

その言葉が放たれた瞬間、杏の顔から完全に生気が失われた。

激怒した悠真が叫んだ。「警備員の人!この狂った女を早くどうにかしてください!」

警備員が駆け寄ってきて凛を捕まえようとしたので、凛は激しく抵抗した。

混乱の中、突然こちらへ突っ込んできた杏が、何かに押されるように倒れた。腹を抱えて悶絶する彼女のスカートの下からは、赤い染みがじわじわと広がる。

「杏!」真っ青になった悠真は、杏を抱え上げると、病院へと走り去って行った。

去り際、悠真は凛に向かって「杏や子供に何かあったら、ただじゃおかないからな」と怒鳴り散らしながら。

駆けつけた警察によって、凛は留置場へと連行された。

悠真の執拗な告訴により、凛は誹謗中傷と傷害の罪で7日間拘留されることになった。

いくら無実を証明しようとしても、聞き入れられることはなかった。

地元の有力者である上杉家の力の前では、弁解も無意味だったのだ。

拘留3日目、悠真の母親・上杉梓(うえすぎ あずさ)が現れた。

その高慢な眼差を、まるで汚い物でも見るかのように凛に向ける。

「聞いたわよ。もう離婚するんだって?」

凛は氷のような目つきで冷たい壁に寄りかかったまま、梓を無視した。

それでも梓は涼しい顔で言葉を続ける。

「悠真を助けたあの事故がなかったら、あなたなんかが上杉家の敷居を跨ぐことなんてなかった。少し小銭を稼いでるからって、調子に乗るんじゃないよ。この身の程知らずが。

離婚するっていうなら、静かに去っていけばいいものを、騒ぎなんか起こして……子供ができなかっただけでは飽き足りず、今度は私の孫まで傷つけるつもり?」

凛は心の中で笑うしかなかった。最初から最後まで、梓が自分によくしてくれたことなど、一度も無かった。

梓が好む料理を作り、顔色を伺いながら言葉を重ね、プライドを捨て絶えてきたのに。その結果が、これだった。

「私が子供を産まなかったのは、悠真が3年もの間、私に指一本触れなかったからです。それに、遠藤さんのお腹の子が本当にあなたの孫だと、本気で言ってるんですか?」

梓が脅すように言う。「凛、会社を海外へ移そうとしているらしいわね?上杉家の力を甘く見ない方がいいわ。この言葉の意味が分かったのなら、離婚の手続きが終わり次第、さっさと消えなさい。それ以上騒ぐなら、あなたの築いた努力、全て消し去ってあげるから」

18歳から全てを捧げ、築き上げた会社は凛の命に等しかった。凛の瞳が、動揺で一瞬揺れる。

しかし、得意満面な梓の表情を見た瞬間、凛の中の反骨心が炎を上げて燃え始めた。

「私が負けを認めることなんてあり得ないですから。あなたたちが私に負わせたものは、これから一つ残らず、全部取り返しますから」
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