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第5話

Autor: 半拍子
7日間の拘留を終え、凛は釈放された。初春の冷たい風が、刺すように顔に吹きつける。

外では既に陽菜が待っていてくれて、凛が姿を見せるとすぐに駆け寄ってきて上着を手渡した。

凛は上着をしっかりと羽織り、枯れた声で告げた。「二つお願いしたいことがあるの。まずは、私名義の不動産は全て売却に出して。価格は気にしなくて良いから、一刻も早く現金化することを優先してほしい。それから、会社の資産を海外に移す手はずを整えて。一刻も早くここから離れたいの」

上杉家がどのような手段を使ってくるか、凛は嫌というほど理解していた。今回の拘留など始まりに過ぎず、今後も、彼らは簡単に自分を逃がしたりはしないだろう。

その後も、凛は会社に寝泊まりしてなんとか事態を収めようとしていたが、経営状況は悪化の一途をたどるばかりだった。

取引先からは次々と契約を打ち切られ、銀行融資も止まり、物流網さえも遮断されてしまった。

全て上杉家が裏で手を引いていることは明白だった。

上杉家による攻撃に対応しながら、資産整理と海外渡航の手続きを進める日々で、凛は見る影もなく痩せ細り、目の下には消えない隈ができていた。それでも、歯を食いしばって持ちこたえた。

今や会社は凛にとっての全てだった。10年の歳月を注ぎ込んだ、人生そのものと言える場所。これだけは、何があっても手放せない。

そんな極限状態の中、血相を変えた陽菜が社長室に駆け込んできて、凛に携帯を差し出した。

「社長!社長のSNSアカウントから、上杉教授と遠藤さんのことが次々投稿されています!しかも、遠藤さんのプライベートなことまで、全部……」

凛の心臓がどくんと跳ねる。急いで自分の携帯を取り出し確認しようとしたが、アカウントが既に何者かに乗っ取られ、ログインできなかった。

トレンド欄は【#上杉凛、遠藤杏の過去を暴露】というハッシュタグでいっぱいだ。

勝手に投稿された内容には、杏の略奪婚や研究の不正の詳細、さらには大学生時代の水商売に関する写真や動画まで網羅されていた。

杏の素行調査を行っていたことは事実だが、こんな投稿をした覚えはない。

その投稿から間もなくして、悠真が杏を擁護する長文を公開する。

悠真は彼自身を被害者だと主張していた。ストーカーまがいのアプローチを受け、結婚は偽の事故による強制されたものだとし、結婚後は歪んだ支配を受けていた。そして、離婚後である今も、嫌がらせのためだけに、杏にこんなことをしているといった内容だった。

過去の凛とのラインのやり取りを、誤解を生みそうな内容のところだけをスクリーンショットし投稿して、凛に「狂った女」のレッテルを貼り付けた。

ネット世論は、一瞬にして悠真の一方的な言い分一色に染まった。

罵詈雑言の激しさは以前にも増してひどくなり、凛は社会的に抹殺された状態となったし、会社の公式アカウントも使用できなくなった。

プラットフォーム側に事実関係を伝え削除を求めたが、返ってくるのは冷淡なマニュアル通りの対応だけだった。

アカウントを作り直し反論しても、投稿するそばから消された。

凛を擁護する内容も全て非表示にされ、悠真と杏を称賛する声だけが目立つようになっていった。

悠真は凛の反論の道を全て塞ぐだけでなく、SNSアカウントを強制的に凍結させた。

混乱に溺れるような感覚の中で、凛の思考は次第に不明瞭なものへとなっていったのだった。

社長室のドアが激しく蹴り開けられたとき、凛はアカウントの申告ページがエラーを示す画面をただぼんやりと見ていた。

ボディーガードたちを引き連れて現れた悠真が、怒りで顔を強張らせ、冷え切った口調で言い放つ。

「凛、前回のことで懲りたかと思ってたが、まさかここまでやるとはな!君のせいで杏は精神的に追い込まれ、また病院に入院したんだ。なんでここまで杏を攻撃するんだ?」

凛はデスクに手をついて立ち上がると、まっすぐ悠真を見据えて言い返した。

「私が投稿したんじゃない。アカウントが乗っ取られてるの。悠真、お願い。一度でいいから信じて。これらのことは、私と一切関係ない」

しかし、怒りで震えている悠真は、軽蔑の眼差しを凛に向けながら、鼻で笑った。

「まだそんな言い訳を?君は完全にどうかしてしまったんだな。もう救いようがない」

そう言って、悠真が指で合図をすると、控えていたボディーガードたちが動き出した。「こんなに狂ってしまったんだ。しっかり治療しないと……な?」

凛は両腕をボディーガードたちに固く拘束され、一歩も動けなかった。

悠真が凛の顔に顔を近づけ、二人しか聞こえない声で低く呟いた。「まだ離婚の手続きは終わってないんだから、私はまだ君の正式な夫だ。夫として接して欲しいんだろ?だったら、たっぷり可愛がってやるよ」

車に無理やり押し込まれた凛は、郊外のうっそうとした精神病院へと送られた。

白い壁、閉ざされた扉。廊下には叫び声と泣き声が絶えず響いている。

凛は独房のような病室に閉じ込められ、名前すら分からない薬を強制的に飲まされた。反抗すればすぐに隔離され、電気ショック療法を受けさせられた。

電流が流れるたび、筋肉がひきつり、意識が濁っていく。死にたくなるほど痛かったが、心の中にある悔しさだけは、どうしても消せなかった。

最も屈辱的だったのは、妊娠中の杏が見舞いに来た時のことだった。

悠真に命じられたボディーガードが、冷たいコンクリートの床に凛を組み伏せ、杏に謝るよう強要した。

硬い床に膝がめり込み、激痛が走る。目の前の杏は得意げに笑っていたし、その横で悠真は冷淡な表情のまま、何も言ってくれなかった。

電気ショックの装置を顔の横まで突きつけられた凛は、唇を噛みながら、掠れた声で「ごめんなさい」と吐き捨てた。

何度謝らされたのか、そして、自分がいつまでそこにいたのかさえ、凛には分からなかった。

ようやく解放されて精神病院の門を出たとき、凛は以前から考えられないほどやつれ、髪はぼさぼさになり、目は虚ろだった。

凛を待ちわびていた陽菜は、目を真っ赤にして駆け寄ると、凛を抱きしめた。「社長……」

凛は陽菜の姿を見ると、乾いた声で呟いた。「会社……」

「申し訳ありません。上杉家の妨害に耐えられませんでした。全資産、差し押さえられたあと、競売にかけられました。会社も……潰れてしまいました」

凛の体が固まった。静かに閉じられた瞳からは、一筋の涙が溢れる。

全てを失った。

陽菜が一枚のカードと、パスポートを凛に手渡した。「社長、慰謝料が振り込まれた銀行のカードです。それと、出国の手続きも全て終わっています」

凛は震える手でそれらを受け取り、かすかに頷いた。「行こう」

時を同じくして、離婚届受理証明書を弁護士から渡された悠真は、ふと精神病院に送った凛の存在を思い出していた。

病院ではかなり痛い目を見ているはずだ。どれだけ憎んでいても、凛は自分の命の恩人であるため、体に傷を負わせたままというのも後味が悪かった。だから、そろそろ出してやろうと考えた。

悠真が精神病院を訪れると、看護師は言った。「その患者様なら、今朝方、身内の方に引き取られて退院しましたよ」

悠真は心に得体の知れない動揺が走り、ひどい焦燥感に襲われた。

彼は以前凛と暮らしていたマンションへと車を走らせた。会社も奪った今、凛が行く場所などそこしかないはずだ。

凛が離婚を切り出して以来、悠真はそのマンションに帰っていなかった。

鍵を取り出して開けようとしたが、合わなかった。

突然ドアが開いたかと思うと、知らない男が顔を出す。

悠真は眉間にしわを寄せた。「誰だ?凛は?」

男は不審そうに答えた。「お前こそ誰だよ。うちの前で何してるんだ?」

悠真の表情が険しくなる。「凛はどこに行ったのかって聞いているんだよ!」

男は驚いたが、思い当たる節があったようだった。「あー、前の住人のことか?その人なら、もうとっくの昔に海外に行ったみたいだぞ」
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