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第8話

Auteur: 雲居の樵
廃倉庫のソファで、若葉は脚を組んでいた。そのきれいな瞳は、怒りに燃える泉をじっと見つめている。

「あなた、ずいぶん腕が立つらしいわね。前に樹を助けたこともあるんでしょ?

だからと言ってはなんだけど、今日はうちのボディーガードたちの相手でもしてもらえないかしら?彼らの腕がなまってないか、確かめてあげてよね」

若葉は座り直し、楽な姿勢をとった。しかし、その視線は倉庫の入り口に向けられたまま。

その視線の先には、早足で向かってくる人影がいた。しかし、若葉は気にすることなく、ボディーガードに合図を送る。次の瞬間、泉はリングの中に突き飛ばされた。

筋肉質なボディーガードが、容赦なく拳を振るい、避けきれない泉は、床に叩きつけられている。あっというまに口の端から血が流れた。

「泉!」

血相を変えた樹が、叫びながらリングに上がってきた。そして泉を抱きかかえ、震える指で彼女の口元の血を必死に拭う。

「樹、私は大丈夫……でも、私はなにも悪いことしてない……

だから、たとえ若葉さんにひどい目に遭わされても、あなたと別れるつもりはないよ」

泉の言葉に、若葉の心がぐらつく。思わず樹に目をやると、彼と視線がばっちりあってしまった。

その瞳にあったのは怒りと失望。それは、若葉の心をきつく締め付ける。

「泉、俺だってお前と別れない。絶対に!」

樹は歯を食いしばりながら、その言葉を口にした。

そして、泉を抱き起こすと、若葉を睨みつける。「泉が指輪を壊したから怒ってるんだろ?だったら、俺が代わりに罰を受ける」

若葉は何も言わなかった。ただ、体がわずかに緊張した。

樹はケンカに弱い。以前、自分を助けようとした時には、殴られ肋骨を何本も折られたし、足だって危うく動かなくなるところだった。

それなのに今、彼は泉のためなら命も惜しくないらしい。

若葉の指先に力がこもる。若葉が口を開こうとしたその時、泉が樹の手を握り返した。その声は、愛情にあふれていてとても優しい。

「樹、私も一緒よ。死ぬ時だって、絶対に一緒だから」

甘い言葉を交わして見つめ合う二人。その光景に、若葉の胸の痛みがまたぶり返してくる。彼女は眉をひそめ、ボディーガードに手招きした。

「どうやら一緒に死にたいらしいから、その望みを叶えてあげて」

その言葉を合図に、ボディーガードたちが一斉に二人を取り囲む。

樹と泉は、お互いをかばい合った。相手への致命的な一撃を、自分の体で受け止める。二人はきつく抱きしめ合い、背中で暴力から耐えていた。

ボディーガードたちが無理やり引き離そうとしても、なお互いを放そうとしない。それを見ていたら、若葉は急にすべてがどうでもよくなった。

本当に、何もかもがくだらない。

若葉は深いため息をつき、立ち上がる。そしてボディーガードたちに手を振ると、さっさと外へ出て行ってしまった。

廃倉庫の入り口に立っても、耳の奥にはまだ泉を心配する樹の声が残っていた。

しかしもうこの瞬間には、不思議と胸の痛みはもう感じなくなっていた。

……

若葉は車で家に帰ると、すぐに自分の荷物をまとめはじめた。

服をまとめ終わったちょうどその時、ドアが乱暴に開けられた。樹がふらつきながら近づいてきて、いきなり若葉を抱きしめる。

樹の体から漂う生臭い血の匂いに、若葉の体は一瞬固まった。

「い、泉……痛い」

その一言で、若葉の頭の中は真っ白になった。しかし、すぐに乾いた笑みを浮かべると、自分にすがりつく男の体を無情に突き放し、そのまま部屋を出ていった。

しばらくして意識を取り戻し、部屋から出た樹は床に置かれた荷物に気がつく。

嫌な予感が、また樹の胸をざわつかせた。彼は慌てて若葉に駆け寄り、荷物を詰める彼女の腕を掴む。

「若葉!泉はもう十分償ったはずだ。なのに一体、何がまだ不満なんだ?」

しかし、若葉は何も言わずにその手を振りほどき、黙ったまま荷物をスーツケースに詰めていく。

樹はこみ上げる怒りをなんとか抑えようとし、眉を顰める。しかし、ついに我慢できなくなり、唐突に若葉を担ぎ上げると、そのまま車に放り込んだ。

「指輪のことで怒ってるんだろ?だったら、今から新しい指輪を買いに行くぞ!」
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