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第7話

Auteur: 雲居の樵
樹の行動は早かった。

薬が届くその日に、コーラルの指輪はもう若葉の目の前にあった。

フェード素材の箱に入ったコーラルの指輪は、長いあいだ人の手に触れていなかったせいか、本来の輝きを失っていた。しかし、かすかに残るその光沢から、持ち主がどれほど大切にしていたかが伝わってくる。

若葉は震える手で、そのフェードの箱を手のひらに乗せる。そして、そっと指輪をなでていると、いつのまにか涙がこぼれ落ちていた。

そばに立っていた樹が、肩を震わせる若葉の姿を不思議そうに見て、理由を尋ねようと口を開きかけたそのとき、看護師が慌てて部屋に駆け込んできた。

「小島さんに先ほど投与した薬なんですが、ひどい拒絶反応が出ています!」

「なんだって?」

樹の瞳孔が微かに開く。言葉にできない不安をその目に浮かべ、彼は勢いよく振り返ると若葉の前までつかつかと歩み寄ってきた。

「若葉!俺はお前の要求をのんだはずだ。なのに、どうしてまだ泉を苦しめるんだよ!

薬にいったい何を入れた?どうして泉の体に拒絶反応が?」

顔を上げた若葉の目は赤くなっていた。その目を見て、樹はなんだか胸が締めつけられた。

「樹。私、卑怯な真似はしないから」

彼女がそう言い終わるや否や、また別の看護師が駆け込んできて、樹の腕をつかんで外へ引っ張っていった。

「小島さんが苦しさに耐えられなくて、飛び降りようとしてます!早く来てください!」

樹は息をのみ、二階のバルコニーへと夢中で向かう。

若葉はもともと行くつもりはなかった。しかし、ベッドに横になった途端、何人かの女が病室に押し入ってきて、抵抗する彼女を無理やりバルコニーまで引きずっていったのだった。

着いたとたん、甲高い泣き叫ぶ声が聞こえてきた。

泉がバルコニーの縁に立っている。目を真っ赤に充血させ、若葉を指さしながら、声を震わせる。

「若葉さん、私があなたに何かした?何もしてないわよね?なのに、どうして私をこんな目に?そんな私に死んで欲しいの?

私の命なんてどうでもいい。殺したいなら好きにすればいいわ。でも、どうしておばさんから頂いたプレゼントまで奪うの?あれは私の一番の宝物だったのに!」

泉が泣き叫ぶその声は、甲高く周りにいた患者や家族たちにもはっきりと聞こえていた。

周りの人たちは泉が指差す女たちに押さえつけられている若葉を見て、あからさまに軽蔑の表情を浮かべている。

若葉は目を細めた。怒りで呼吸が荒くなっていく。

腕を伸ばして必死にもがいた。しかし、女たちの爪が肉に食い込み、骨の髄までしみるような痛みが全身を駆け巡る。

若葉は思わず息をのんだ。その瞬間、自分を押さえつけている女の一人に、首にかけていた指輪のネックレスをぐいっと引きちぎられた。

首筋がチェーンで切れてひりひりと痛むが、若葉は構わずにネックレスを取り返そうと必死に抵抗する。

しかし、女たちに腕をがっちりとつかまれてしまった。

その隙に泉が腕を振り上げ、ネックレスを二階から投げ落とす。

コーラルの指輪は地面に落ちて、パリンッ、と小さな音を立てて砕けた。

若葉はカッと目を見開き、思わず叫び声を上げる。

そして、女たちを振りほどき、死に物狂いで二階から駆け下りると、若葉は地面に這いつくばりながら指輪の破片を探した。

若葉は割れたかけらをそっと拾い上げる。でも、どうしても元の形には戻らなかった。

「たかがコーラルの指輪だろ?

それに指輪が壊れただけのお前とは違って、泉はお前のせいで苦しんで、飛び降りようとまでしたんだぞ」

「壊れただけ……だって?」

樹の言葉に、若葉は体の芯まで冷えるのを感じた。

彼女はゆっくりと振り返り、かけらを握りしめた手を男のほうへ高く突きつける。

「樹。これは昔、私の母がおばさんにあげたものなの。私の祖母から母への、嫁入り道具だったのよ!

それに、これは母のたった一つの形見だったのに!」

若葉の言葉に、樹の体が強張った。

目にいっぱいの涙を浮かべ、今にも壊れてしまいそうな若葉を見つめていると、樹の胸の奥でまたあの奇妙な感覚が湧き上がってきた。

「お、同じものを……お前に買ってやるよ!それで良いだろ?」

「この指輪は、世界に一つしかないの」

若葉の目には、あからさまな軽蔑の色が浮かんでいた。指輪のかけらが食い込んだ手のひらからは血が流れ、指の間を伝ってゆっくりと滴り落ちる。

しかし、彼女は少しも痛みを感じなかった。なぜなら、手の痛みなんかよりも、心の痛みのほうが何倍も痛かったから。

おそらく、若葉の瞳に浮かんだ失望が、樹の胸にわずかな後悔を芽生えさせたのだろう。彼が何か言おうと口を開いたその瞬間、若葉の凍りつくほど冷たい声が耳に届いた。

「樹。私はね、やられたらやり返す性分なの。

このままじゃ絶対にすまさないから!」

その日の夜、若葉はさっそく人を手配して泉に「お返し」をした。
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