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第2話

Author: フカモリ
しばらく真琴を見つめた後、信行は薄笑いを浮かべる。

「結婚したい時に結婚して、離婚したい時に離婚する。お前もずいぶん気ままだな」

真琴は協議書を差し出したままの姿で言う。

「ずっと考えてました。私たち、やっぱり合わないと思います。それに、あの時は由美さんとの関係を知りませんでし……」

真琴が言い終わる前に、信行は彼女の言葉を遮った。

「由美が帰ってきたのは事実だが、あまり調子に乗るなよ。駆け引きなんて、俺には通用しないぞ」

ずっと片桐家の権力を狙って、お爺様を口車に乗せ、片桐家に嫁いできた女だ。

誰が離婚を望もうと、真琴が離婚を望むはずがない。

駆け引き?

信行の偏見に満ちた眼差しの前では、真琴は弁解のしようもない。

自分をどう見ているか、それを変えることはできない。

当時、彼が由美を好きだったことも、自分をあれほど嫌っていたことも、さっぱり知らなかった。

協議書を強く握りしめ、手の甲に青筋が浮き上がる。

それでも平静を保ち、落ち着いた声で言う。

「調子に乗っているのか、駆け引きをしているのかは、サインをして役所へ行けば、お分かりになるはずです」

真琴が自分を証明しようと食い下がると、信行はしばらく相手を見てから、冷たく言う。

「いいだろう、離婚してやる」

そして問いかける。

「だが、お前のじいさんは承知したのか?うちのじいさんは同意したのか?

本当に離婚したいなら、まずそいつらを説得してから俺のところに来い。じゃないと、俺の時間と労力の無駄だ」

信行の淡々とした問いかけに、真琴は言葉を失った。

そうだ、信行との離婚は、そんなに簡単なことじゃない。

結婚は二人だけのことじゃない。家と家との結びつきなんだから。

真琴が青ざめた顔で黙っていると、信行は立ち上がり、相変わらず淡々とした口調で言う。

「その気がないなら、おとなしく片桐副社長を、片桐家の若奥様をやってろ」

協議書を握った右手を宙に浮かせたまま、真琴は何かを説明しようとしたが、何度も言葉を飲み込んだ。

結局、こう言うしかなかった。

「私の考えが足りませんでした。できるだけ早く、家の者と話をつけてきます」

信行はもう彼女を相手にせず、デスクから離れるとドアを開け、ポケットに両手を突っ込んだまま出て行った。

真琴が離婚?

天地がひっくり返っても、あり得ない。

自分と入籍した時のあの嬉しそうな顔は、今でもはっきりと覚えている。

ドアが閉められ、真琴は額を押さえ、そして長いため息をついた。

……

オフィスに戻ると、真琴はこの件を片桐紗友里(かたぎり さゆり)に話した。

紗友里は信行の実の妹で、同じ会社で働いている。

真琴とは同い年で、幼い頃からとても仲が良かった。

ここ数日、紗友里は出張中。

紗友里と信行には、片桐克典(かたぎり かつのり)という兄がいる。彼は外務省のキャリア官僚で、今は海外に駐在している。

電話の向こうで、紗友里は真琴の話を聞くと、大きな声で言う。

「もう、真琴ったら!やっと決心したのね!

安心して、絶対に真琴の味方だから。今すべきことは、まず家に帰っておじい様を説得すること。おじい様がうんと言ってくれれば、それで話の半分は済んだようなものよ。片桐家の方は、また後で方法を考えましょう」

「紗友里、ありがとう」

「私に遠慮しないでよ」

自分の兄があまりにひどくなければ、彼女も兄嫁の離婚を手伝うなんていう非道なことはしなかっただろう。

紗友里が応援してくれることで、真琴は心強くなった。

夕方の終業時間になると、彼女は実家へ向かった。

辻本(つじもと)家の古い家は、市の中心部にある古い路地に建つ小さな屋敷だ。

二階建ての屋敷は何度か改修されており、元々の古風な趣を残しつつ、現代的な風情も持ち合わせている。

路地はとても静かだ。

赤いバラが塀から顔をのぞかせている。真琴は車を道端に停めると、祖父の好物の菓子を手に家に入った。

「お嬢様、お帰りなさい」

「米田(よねだ)さん」

家の家政婦に挨拶をすると、真琴は祖父・辻本哲男(つじもと てつお)を探しに行った。

他の23歳の女の子たちが、若々しく華やかで、色とりどりの服を着ているのに対し、真琴はいつも上品で落ち着いており、髪は低い位置でまとめ、顔にはあまり笑みがない。

片桐副社長であり、片桐家の若奥様なのだ。そのイメージを保たなければならない。

祖父を見つけ、一緒に花を見たり、鳥と遊んで過ごした。

夕食が終わり、祖父と将棋を指している時になって、ようやく哲男が口を開いた。

「一晩中眉間にしわを寄せておるな。言ってみなさい、わしにどんな難しい頼み事があるんだ?」

「飛車」の駒を手に、真琴は顔を上げる。

しばらく祖父を見つめてから、ようやく言い放つ。

「おじいちゃん、信行とはもうやっていけない。離婚したいの」

突然の決断ではない。長い間考え抜き、熟慮を重ねて下した決意。

真琴の言葉を聞き、哲男の顔が曇り、たちまち沈黙が訪れる。

長い沈黙の後、彼は立ち上がり、黙って寝室へ向かい、しばらくして戻ってくる。

表情は依然として重く、哲男は嘆く。

「あの時、覚悟はできているのかと聞いた時、お前はできていると答えた」

そこまで言って、哲男はもう咎めるのをやめ、諦めたように言う。

「もういい。この結婚でお前もよく尽くした……分かった。もう続けたくないのなら、いつでも辻本に籍を戻してきなさい。手続きは済ませてくるがいい。それがお前自分を解放してやることも、信行を解放してやることにもなるだろう」

そう言って、哲男は戸籍謄本を真琴に手渡した。

インターネットを使わない祖父は、ネット上のニュースは知らない。だが、信行の噂は、少なからず耳にしていた。

どうしても孫娘が好かれないのであれば、もう仕方がない。

無理強いすることではない。

哲男から差し出された戸籍謄本を見て、真琴は目を赤くした。

「おじいちゃん、ごめんなさい」

信行とのこの結婚は、自分を笑い者にしただけでなく、哲男にも恥をかかせてしまう。

祖父は戸籍謄本を真琴の手に握らせ、座って言う。

「誰にも謝る必要はない。自分をないがしろにさえしなければ、自分に申し訳なく思うことさえなければ、それでいい」

戸籍謄本を握りしめ、真琴は頷く。

心の中ではまだ少し悲しかったが、何が悲しいのかは自分でも分からなかった。

九時過ぎ。

真琴は戸籍謄本を手に辻本家を出る時、紗友里に二通のメッセージを送った。

一枚の写真と一文。

【紗友里、おじいちゃんが許してくれたわ】

それを見た紗友里は、彼女に60秒のボイスメッセージを送り、今後の段取りについてアドバイスした。

……

バーでは、信行が拓真や滝川司(たきかわ つかさ)たちと酒を飲んでいた。

きらびやかなネオンと酒。

信行の生活は、真琴よりもずっと華やかだ。

何人かの女性が信行の機嫌を取ろうとしていたが、彼は相手にしなかった。

拓真はチンピラのようにソファに寄りかかり、気だるげに信行を見て言った。

「真琴ちゃんが離婚を切り出したって聞いたぜ?」

テーブルのタバコとライターを手に取り、信行はその一本に火をつける。

薄い煙が口から自然に吐き出される。彼は少し灰を弾き落とし、笑いながら言う。

「情報が早いな。また紗友里のために何か探ってるのか?」

それを見て、拓真は忠告する。

「少しは控えろよ。真琴ちゃんがお前の嫁でいるのも楽じゃないんだ。遊ぶのはいいが、たまには家に帰って機嫌でも取ってやれ」

「機嫌を取る?」

信行は笑い出した。

彼はタバコを吸いながら、吐き出す煙さえも笑いを帯びていた。

真琴の機嫌を取る?

あり得ない。来世でもあり得ない。

笑い終えた後、信行がテーブルに置いていたスマートフォンが光った。

手に取って見ると、紗友里から二通のメッセージが届いていた。

【信行兄ちゃんに離婚の進捗をご報告よ。真琴はもうお爺様を説得済みだよ】

メッセージと共に送られてきたのは、辻本の戸籍謄本の写真だ。

信行は少し驚いた。

真琴は本気で離婚するつもりなのか?本当に自分の祖父を説得しに帰ったのか?

彼は写真を真剣に拡大し、本物かどうかを確かめているようだ。燃え残ったタバコが指を焼き、信行ははっとしてそれを投げ捨てた。

その時、母親から電話がかかってきた。

信行が電話に出ると、すぐに美雲の声が聞こえてきた。

「信行、今夜はまたどこにいるの?少しは心配させないようにできないの?たまには家に帰って泊まりなさいよ。いつも真琴ちゃんを一人で家に置いておくなんて、通用する話じゃないわよ?」

信行は眉をひそめる。

「どいつもこいつも、あいつに誑かされやがって。分かったよ、もういい」

お爺様は彼女を気に入り、紗友里も彼女を気に入り、しまいには自分の両親までもが彼女の味方。

真琴のどこにそんな大した能があるんだ?

電話を切り、信行は立ち上がると、身をかがめてスーツのジャケットを手に取り、無表情で拓真と司に言う。

「用事ができた。先に出る」

拓真は少し体を起こし、眉を上げた。

「まだ始まったばかりだぜ。もう帰るのか?」

信行は相手にする気もなく、背を向けて手を振ると、そのまま出て行く。

車でバーを離れる。運転席の窓は開いたまま。

信行は右手でハンドルを握り、左手にはタバコを挟み、腕を窓枠に乗せている。Burmesterのスピーカーからは「Five Hundred Miles」が流れている。

まだ理解できなかった。平凡で取り柄のない真琴が、どうやって片桐家の人間を上から下まで骨抜きにしたのか。

あの時……自分もどうかしていた。この結婚に頷いてしまった。

タバコを一口吸い、煙の輪を吐き出す。

道路は空いていた。信行はまだ半分以上残っていたタバコを弾き飛ばすと、アクセルを踏み込んでスピードを上げた。

……

新居の寝室。

真琴は洗面所からボディソープやスキンケア用品をいくつか持ち出し、それらを腕に抱えて寝室のドアを開けようとする。その時、ドアが突然外から開かれた。

真琴は顔を上げる。

そして、体が固まった。

信行!

どうして帰ってきたの?

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Comments (2)
goodnovel comment avatar
眞弓
楽しいです♪続きを読ませてください
goodnovel comment avatar
眞弓
おもしろくてつづきも読みたいです...
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