Share

暴走する愛情、彼は必死に離婚を引き止める
暴走する愛情、彼は必死に離婚を引き止める
Author: フカモリ

第1話

Author: フカモリ
「今、どのメディアも信行の話題で持ちきりよ。記者たちがホテルの入り口をびっしり取り囲んでるわ。今回も、真琴ちゃんには苦労をかけるわね」

深夜十時。

デスクの前で、片桐真琴(かたぎり まこと)は義母からの電話に耳を傾けながら、力なく額に手をあてて、しばらく黙っている。

結婚して三年、夫・片桐信行(かたぎり のぶゆき)のスキャンダルと彼の浮気相手は後を絶たず、次から次へと現れて、終わりが見えない毎日。

たまに夫に会えるのは、いつも彼の火遊びの後始末をする時だけ。

真琴が黙っていると、義母・片桐美雲(かたぎり みくも)は諭すように続ける。

「今回は会社の評判や株価だけの問題じゃないわ。由美が帰ってきたの。他の女とは違うのよ。信行との結婚を絶対に守り抜かなきゃダメよ」

内海由美(うつみ よしみ)が帰ってきた?

真琴は眉をひそめ、どっと疲れが押し寄せる。

しばらく黙ってから、穏やかな声で答える。

「わかりました。今から向かいます」

電話を切り、真琴は疲れた様子でスマートフォンを見つめていたが、やがて車の鍵を手に立ち上がった。

……

三十分後。

真琴がホテルの裏口から上がると、執事・江口健三(えぐち けんぞう)と秘書・金田美智子(かねだ みちこ)がすでにドアの前で待っている。

美智子は高級ブランドの紙袋を手に歩み寄る。

「副社長、お洋服の準備ができました」

今夜の由美と同じ服。信行の芝居に合わせるためのものだ。

健三は部屋のドアをノックした。

「信行様、真琴様がお見えになりました」

「入れ」

信行の淡々とした声が聞こえてくる。その口調と態度は、まるで何も特別なことがないかのように。

健三が真琴のためにドアを開けると、ちょうど信行がバスルームから出てきた。ゆったりとしたグレーのルームウェアを身にまとい、胸や腹の筋肉の輪郭がはっきりと見て取れる。濡れた髪を無造作にタオルで拭く姿は、気だるくもセクシーな雰囲気を自然と醸し出している。

真琴を見ても、信行には浮気の現場を押さえられたという気まずさやうろたえは一切ない。

三年という月日が、二人をこの状況に慣れさせていた。

身をかがめてテーブルの上のタバコとライターを手に取ると、信行は一本抜き出して口にくわえ、火をつけた。

薄い煙が彼の口から吐き出される。何事もなかったかのように真琴に声をかける。

「来たのか」

「ええ」

真琴は頷き、事務的に返事する。

「先に着替えてきます」

そう言って、美智子から服を受け取ると寝室へ向かった。

ドアの前に立った時、中から由美が耳元の髪をかきあげながら出てきた。

真琴は思わず足を止めた。

由美……本当に帰ってきてたんだ。

彼女の姿を見て、由美も一瞬驚いたようだったが、すぐに落ち着きを取り戻し、笑顔で話しかける。

「来たのね」

そして、子供をあやすように真琴の頭を軽く叩いた。

「お疲れ様、真琴ちゃん」

無意識に服を抱く腕に力がこもり、真琴はなんとか笑顔を作って言う。

「いえ、由美さん、お気遣いなく」

かつては知らなかった。由美が信行の初恋の相手であることも、信行が今も由美を愛していることも。

でなければ、信行の祖父に孫のことが好きかと聞かれた時、頷くことはなかっただろう。信行もプレッシャーで自分と結婚させられることもなかったはず。

そうすれば、今、自分もこんな辛い思いをすることもなかった。

信行という男は、仕事ぶりは常に迅速で徹底しており、非の打ち所がない。興衆実業を率いるようになってからは、まさに飛ぶ鳥を落とす勢いだ。

年上の重役たちでさえ、彼には一目置き、頭が上がらない。

そんな慎重な人間が、こと私生活になると、これほどまでに隙だらけになる。

きっと、この結婚がよほど不満なのだろう。だからこんな方法で真琴を辱め、お爺様への当てつけにしている。

由美は手を下ろし、彼女の横を通り過ぎていく。真琴は無意識に振り返る。

出てきた由美を見て、信行はジャケットを手に取り、優しく言う。

「これを着ていけ。風邪をひくなよ」

「心配しすぎよ、信行」

由美は幸せそうに微笑んでいる。

二人を見つめながら、真琴の胸に様々な感情が入り混じる。

あの時、火事の中から自分を抱き出してくれたのに。昔はあんなに優しくて、気遣ってくれたのに。

信行とは、どうしてこうなってしまったのだろう?

しばらく二人を見つめた後、真琴は服を抱えたまま、一言も発さずに寝室へ入った。

由美と同じ白いワンピースに着替えて出てくると、彼女はもういなかった。

健三と美智子の姿もない。

しかし、外からまた激しくドアをノックする音が響く。

「片桐社長、離婚されるというのは本当ですか?」

「片桐社長は、内海由美さんとご一緒だったのですか?」

もしさっき、信行と由美の決定的な写真が撮られていたら、明日の興衆実業の株価は大混乱に陥っていただろう。

組んでいた足を下ろし、持っていたスマホを放り投げると、信行はバスローブ姿のまま、気だるげに立ち上がってドアを開ける。

「片桐副社長は離婚後も会社に在籍されるのでしょうか?副社長は離婚でどれくらいの財産分与を受けられるのですか?」

「片桐社長、今最も注目しているのは、お二人様の離婚協議です。興衆実業の株は副社長に譲渡されるのでしょうか?」

寝室のドアの前で、真琴は思わず乾いた笑いを漏らす。離婚するだなんて、メディアは随分と先見の明があることだ。

ドアの前に群がる人々を見て、真琴は気持ちを切り替え、しなやかな足取りで信行の後ろに歩み寄る。

細く白い腕をそっと彼の腰に回し、その肩に顎を乗せ、真琴は甘い声で尋ねる。

「あなた、どうしたの?」

その優しい腕と親しげな呼び声に、信行は背後を振り返る。

「片桐……副社長?」

「副社長?」

「内海由美じゃない、片桐副社長だ!」

真琴の登場に、記者たちは必死にシャッターを切るが、その表情は失望に満ちている。信行の大スキャンダルを掴んだと思ったのに。

結局、また真琴だった。

真琴が腰に回した手を離さないまま、信行は記者たちに向き直り、気だるげに尋ねる。

「まだ何か?」

「申し訳ありません、片桐社長、副社長。お邪魔いたしました」

「申し訳ありません。お休み中を失礼しました」

慌ただしく謝罪の言葉を述べると、記者たちはぞろぞろと立ち去っていく。

ドアが閉められ、信行が振り返ると、真琴はさっと彼から手を離し、説明しようとする。

「記者たちへの対応をしただけ」

その態度はよそよそしく、丁寧だった。

信行は気にも留めず、コートハンガーに向かうと、真琴に背を向けたままバスローブを脱いだ。

広い肩に引き締まった腰。肌は白い。

日頃から鍛えているため、余分な贅肉は一切ない。

真琴は顔を赤らめ、それ以上見る勇気もなく、小声で言う。

「じゃあ、会社へ戻ります」

信行が振り返ると、真琴はすでにドアを開けて去っていくところだ。

しばらくの間、じっとドアの方向を見つめていた。

そして、服を着替え続けた。

*

帰り道、真琴は両手でハンドルを握りながら、心身ともに疲れ果てていた。

胸が締め付けられるように苦しい。

先月の健康診断で、医者から小さな結節があると言われた。気持ちを穏やかに保ち、定期的に検査を受けるように、と。

結婚前は、こんなものなかったのに。

ちらりと助手席に置いた離婚協議書に目をやり、真琴はまたどうしようもない気持ちになった。

さっきホテルまで持っていったのに。

また持ち帰ってきてしまった。

この三年間、数え切れないほど離婚を考えた。でも、その度に信行が火の中から自分を抱きかかえて飛び出してくれた時のことを思い出し、踏みとどまってしまう。

この協議書を突きつけて、信行があっさり同意してしまったら、もう後戻りはできない。それが怖い。

だから、この協議書はずっと手元に置いたまま。

……

スキャンダルが片付くと、すべてはまた日常に戻った。

いつも通りに。

その日の午前、真琴が会議室の前を通りかかると、中で会議が開かれている。

「また計算し直しかよ?信行、もう六回もやったぜ」

「やっぱり真琴は運がいいわよね。結婚しただけでトントン拍子に出世して。企画書も作らずに、クライアントの書類にサインするだけなんだから」

「羨ましい?私たちには彼女みたいな腕利きでもないし、人心掌握術もないし、それに何より、あんなに我慢できる人間でもない。一昨日の夜のトレンド見た?また信行の尻拭いに行ったんでしょ。本当にできた奥さんだね」

二人の女性が話し終えると、今度は男性の声が聞こえる。

「ねえ、一昨日の夜、真琴がホテルに行った時、お前と由美は真っ最中だったって聞いたぜ。マジで酷いことするよな。真琴、泣かなかったのか?」

彼らの話を聞きながら、信行は笑って問い返す。

「どこで聞いたゴシップだ?面白いじゃないか」

あの夜、由美と食事をしていただけで、ウェイターがジュースをこぼしたから、上の階で着替えただけだ。

だが、信行は説明しなかった。他人がどう言おうと気にしないし、ましてや真琴が喜ぶかどうかなんて、どうでもよかった。

「信行、真琴じゃ家柄が釣り合わないんだから、さっさと離婚しなよ。他の人にもチャンスをちょうだい」

ドアの外。

満面の笑みを浮かべ、まるで他人事のように自分の浮気話を語る信行。

真琴はただ、彼をじっと見つめている。

信行が今進めているのは政府系のプロジェクトで、仲間内の数人が担当している。

こういうプロジェクトに、信行は決して真琴を関わらせようとはしない。

結婚してから、彼の生活や友人関係に、彼女は一切足を踏み入れることができない。結婚前よりも、関係は希薄になっていた。

その時、篠井拓真(ささい たくま)が気だるげに椅子に寄りかかり、信行を見ながら言う。

「おい、信行。こいつらの言うことなんて聞くなよ。会社じゃ真琴ちゃんがお前のために切り盛りして、家じゃ真琴ちゃんもお前の面倒を見てる。

お前が外で遊び呆けてる間、真琴ちゃんは文句も言わずに後始末までしてくれる。こんな妻、他にいるか?

二百年前に生まれてたら、あの献身ぶりは『妻の鑑』として表彰ものだぞ。そんな嫁さんを大事にしないで、バチが当たるぞ」

拓真の言葉に、納得しない者もいる。

「見て見ぬふりをするだけじゃない。信行、そんなことなら私の方が真琴よりうまくやれるわ。もし本当に離婚するなら、私が相手になってあげる。私の持参金、真琴なんかよりずっと多いわよ」

「詩織、お前の出番はないさ。まだ由美がいるんだから」

上座に座る信行は、小林詩織(こばやし しおり)に向かい、笑いながら言う。

「じゃ、じいさんによろしくな。持参金の準備をしておけってさ」

会議室は笑い声に包まれている。真琴は静かに背を向けて、黙ってオフィスへ戻った。

彼女の家柄は、確かにごく普通だ。

母は教師で、真琴が八歳の時に病気で亡くなった。父は警察官、数年前に出動中に殉職した。

祖父は元自衛官だったが、高級幹部でもなく、信行の祖父の運転手を務めていた。

だから彼女と信行は、幼い頃からの知り合いだ。

結婚した後、信行の祖父は真琴を会社の副社長に据え、孫の仕事を補佐させる。

補佐というと聞こえはいいが、実際は信行を見張らせるため。

残念ながら、彼女は見張ることができなかった。

引き出しから離婚協議書を取り出し、真琴はそれを長い間見つめている。

本当はとっくに自分を騙すのはやめるべきだ。とっくに分かっているはず。信行を待っていても無駄だということを。

ふと、もう頑張るのはやめようと思う。

彼が幸せを追求する上での足手まといになりたくない。

そして、信行が会議を終えるのを待って、彼の元へ向かった。

社長オフィスのドアの前に着くと、ちょうど中から信行がドアを開けて出てきた。

真琴を見て、少し驚いた。

「何か用か?」

真琴は答える。

「いくつかサインしてほしい書類があるんですが」

信行は振り返ってデスクの前に座り、サインペンを手に取る。

いくつかの仕事の書類にサインしてもらった後、真琴は二通の離婚協議書を差し出し、淡々と言う。

「都合のいい時でいいわ、離婚しましょう」

ペンを握った右手が宙で止まり、信行はただ真琴を見つめている。
Continue to read this book for free
Scan code to download App
Comments (1)
goodnovel comment avatar
岡田由美子
正解¡ こんな不誠実なヤツはあなたには必要ない
VIEW ALL COMMENTS

Latest chapter

  • 暴走する愛情、彼は必死に離婚を引き止める   第100話

    だから、由美は金を出し、このトレンドを煽った。真琴に信行の昨日の優しさが、また彼女を利用するためであり、世論を操作しているのだと思わせるために。真琴も疑わないだろう。なぜなら、これは信行が常套手段として使ってきた方法であり、彼はいつも、わざと彼女に浮気の後始末をさせてきたからだ。しかし、由美は思ってもみなかった。信行がこれを気にしているとは。何しろ、自分はただ、彼が常套手段として使ってきた方法を踏襲し、彼のために焦っていただけなのだから。まっすぐにしばらく信行を見つめ、由美は探るように笑って尋ねる。「信行、真琴ちゃんに10%の株式を譲渡したって聞いたけど、その話、本当なの?」信行は言う。「本当だ」両手にそれぞれナイフとフォークを持ったまま、由美は信行の言葉を聞き、凍りつく。しばらく彼を見つめ、また何気なく食事を続けているのを見て、無理に笑みを浮かべて尋ねる。「じゃあ、真琴ちゃんとまだ離婚するの?まさか、惜しくなったんじゃないでしょうね」何かを考え込むようにしばらく黙った後、信行はようやく顔を上げて由美を見つめ、感情のこもらない声で言う。「これからは、俺のことを探るな。俺のことにも干渉するな」その一言に由美は焦り、直接彼を見て尋ねる。「じゃあ、私はどうなるの?成美にした約束はどうなるの?」信行は成美に約束した。自分を大切にし、成美そのものとして扱うと。由美の体には、まだ成美の心臓が使われている。彼は成美に属する最後のものを、手放す気になれるのだろうか?成美は信行の命の恩人なのだ。由美の焦りに、信行は淡々と彼女を見つめる。たとえ成美と双子で、全く同じ顔、全く同じ姿をしていようとも。たとえ、彼女の体に、成美の心臓が宿っていようとも。この人は、成美ではない。由美の質問には答えず、信行は手の中の食器を置き、隣のナプキンで口と手を拭き、動じることなく言う。「送って帰る」両手に食器を持ち、由美は顔を上げて信行を見つめる。彼の目にはもう優しさはない。その視線が、もはや自分を見ていないのを悟り、由美は食器を置き、すぐにいつもの明るさを取り戻す。「分かったわ。もう遅いし、帰るべきね」帰り道、由美はとても賢く、もう彼と真琴のことは口にせず、ただ楽しそうに信行と仕事の話をしている

  • 暴走する愛情、彼は必死に離婚を引き止める   第99話  

    もっとも、信行が事前に知らせず、自ら事を仕組んだのはこれが初めてだ。自分を利用することに、彼はもうすっかり手慣れたものだ。昼食を終え、食器を片付けると、真琴は森谷たちとテクノロジーパークの実験室へ向かう。防衛省とのプロジェクトが来月実証実験を行う。彼らはその準備のためにそこへ向かう。この忙しさで、一行は夜の八時過ぎまで、ひたすらデータを調整し、試行錯誤を繰り返していた。夜九時を過ぎて、ようやくその日の仕事を終え、それぞれが帰路につく。真琴が車を運転して家に着いた時、すでに夜の十時を過ぎていた。舞子が用意してくれた食事を簡単に済ませ、二階へ上がる。信行は帰っていない。たぶん、由美のところにいるのだろう。昨夜、今日会う約束をしていたから。そのことはあまり考えず、シャワーを浴びてスマートフォンを手に取り、不意にSNSを開くと、由美の投稿が目に入る。【二人きりの、大好きな時間】文章はシンプルで温かく、添えられた写真もまた、温かい雰囲気に満ちている。夕食の写真が二枚、真ん中には花火の写真が一枚。真ん中の写真では、彼女の手には燃える線香花火が握られている。残りの二枚の写真で、真琴は一目で、向かいに座る人物のフォークを持つ右手に気づく。それは信行の右手。その薬指には、まだ由美と全く同じデザインのペアリングがはめられている。目を俯き、しばらくして写真をじっと見つめた後、真琴は、自分の昨日の心配が、いかに余計なことであったかを思う。信行はとてもリラックスしている。昨日、株価があれほど下落したというのに、今日、由美と公の場でデートしている。本当に由美が好きなのだ。しばらく由美のその数枚の写真を見つめた後、真琴はようやくSNSを閉じ、パソコンを起動する。ファイルを開き、また黙って隣のペンと紙を手に取る。ただ、自分の昨日のあの感動を思い出すたびに、また、少し可笑しくなる。ただの芝居ね。全て、芝居に過ぎなかった。……時を同じくして、レストランの最上階にあるガーデンレストラン。由美が楽しそうに花火を見終えて信行の向かいに座り直した時、信行は視線を上げて彼女を見つめ、静かに言う。「今日の昼のトレンドは、お前が仕組んだのか?」今日の昼、トレンドが報じられた途端、信行は祐斗に調査させていた

  • 暴走する愛情、彼は必死に離婚を引き止める   第98話

    信行はパソコンを見続け、ゆっくりと言う。「俺が本当に辛くないとでも?心を痛めていないとでも思ったか?抱きしめるのもダメなのか?」「……」信行を見つめ、真琴は言葉を失う。この人は、時々、本当に子供っぽくて、機に乗じるのがうまい。じっと見つめられているのに気づき、信行も彼女を見つめ返す。視線が合い、彼が自分の行動を不適切だと思っていないのを見て、真琴は言う。「では、後ほど、ベッドでお慰めしなければならないのでしょうか?」真琴が滅多にこんな冗談を言わないので、信行は一瞬にして笑みを誘われる。「もしその気があるなら、俺はもちろん大歓迎だ」「……結構です」真琴は乾いた笑い声を漏らす。「寝言は、寝てから仰ってください」両手で信行の腕を掴み、彼の腰から手を離そうとした時、隣に置いていた信行のスマートフォンが鳴った。信行は顔を向けてスマートフォンを見る。真琴も無意識にそちらに視線を送る。由美……スクリーンには、その名前が表示されている。一瞬にして、信行の顔から笑みは消え、真琴の腰に回されていた手も力が緩む。真琴は男を振り返る。彼は言う。「電話に出てくる」それを聞いて、真琴はとても物分かりよく相手の体から立ち上がり、黙ってデスクから離れる。ベッドサイドのテーブルの前まで歩くと、自分もスマートフォンを手に取り、何も起こらなかったふりをする。信行に抱きしめられていなかったふりをし、彼の膝の上に座っていなかったふりをし、由美からの着信を見ていなかったふりをする。その時、信行はすでに窓際へ歩み寄り、電話に出ている。「もう、芦原ヒルズに戻った」「大丈夫だ。大した問題じゃない。心配するな」「分かった。じゃあ、明日会ってから、また話そう」会話の内容はごく普通だ。彼も真琴を避けて電話に出てはいない。ただ、電話を終え、先ほどの雰囲気は跡形もなく消え、振り返った時、その顔にはもうあの笑みはない。視線がぶつかった時、先ほどの電話を気にしていないことを装うため、真琴はまた穏やかな声で注意する。「もう遅いですから、あまり遅くまでお仕事なさらないでください」実際には、もう気にしてなどいない。「ああ」信行は何気なく彼女に応え、また言う。「お前は先に休め。俺はもう少しで終わる」「分かり

  • 暴走する愛情、彼は必死に離婚を引き止める   第97話

    信行のからかいに、真琴は呆れたように溜め息をつく。「ふざけないでください」また彼女の手を握り、信行はゆっくりと歩きながら、どこか気だるげに怠惰な声で言う。「俺はまだ二十六だ。まさに、血気盛んな年頃なんだ。お前が毎晩、さっさと寝てしまうのは、少し俺を虐待してるぞ」その言葉……あながち、間違いではないのかもしれない。顔を向けて信行を一瞥し、彼が楽しそうな顔で、機嫌もかなり良いのを見る。真琴は庭の草花に視線を移し、何も言わなくなる。虐待なら、虐待でいい。こちらも三年間、虐待されてきたのだから。真琴が黙り込むと、信行は握っていた手を放し、腕を彼女の肩に回し、その顎を軽くつまむ。「話せ」そう言って、またそっと曖昧に真琴の首筋をなぞる。その手が、不埒に鎖骨を撫で、さらに下へ行こうとした時、真琴はぐっと彼の手を掴み、真剣に注意する。「信行さん、ふざけないでください。庭には監視カメラがあるのですよ」その真剣な様子に、信行は笑いを誘われる。わずかに身をかがめ、ほぼ彼女の耳元に寄り、小声で囁く。「家の寝室には監視カメラはないぞ」耳元で囁かれてくすぐったく、真琴は耳を掻き、また彼の手を外す。「あなた……本当に意地が悪い」真琴が恥ずかしがると、信行の顔の笑みはさらに大きくなり、ふと学生時代のことを思い出す。確か、一度、真琴が片桐家に来て遊んでいた時、彼が彼女に宿題を手伝わせた。真琴が真剣に書いているのを見て、綺麗だと褒めた。その瞬間、真琴は顔を赤くし、耳を赤くし、首も赤くなり、全身が真っ赤になった。昔のことを思い出し、先ほど振り払われたばかりの手が、ごく自然にまた真琴の手を握った。視線を上げて信行を一瞥し、彼が何かに笑っているのを見て、真琴も口角を上げて軽く微笑み、もう彼の手を外さない。三年間で、これほど和やかだったのは初めてだ。しかも、こんなに大きな出来事が起こった後に。まもなく、二人は庭の門を出て、信行は車を運転して真琴を乗せて帰って行った。帰り道、祐斗から信行に電話がかかってきて、株価のことを報告している。信行は平然と聞き、真琴は傍らで静かに付き添っている。家に着くと、信行にはまだ処理すべきことがあり、真琴は服を手に洗面所へシャワーを浴びに行く。シャワーを浴びて出てきた時、

  • 暴走する愛情、彼は必死に離婚を引き止める   第96話

    「アークライト社には慣れたか?」その声に、真琴の意識はそちらに移り、信行の質問に答える。「はい、とても。高瀬社長は、とても良い方ですし、森谷さんたちも皆、とても良い人たちです。私自身もこの仕事がとても好きです」新しい仕事の話になると、真琴はまるで別人のように、とても明るくなる。信行はその楽しそうな様子を見て、かすかに微笑み、もう何も言わない。こうして並んで歩くのは久しぶりだ。昔、学生だった頃、まだ一緒に下校することがあった。特に、真琴が飛び級した後、二人は何度も二人きりで帰った。雰囲気が一気に静かになり、真琴はただ信行の手がとても力強いと感じる。たとえ彼がそれほど力を込めて握っていなくても。庭には虫の音と蛙の鳴き声が響く。今日の興衆実業の株価の動揺を思うと、まるで夢の中にいるようだ。なぜなら、信行があまりにも冷静で、あの出来事がまるで起こっていないかのように感じさせるからだ。もっとも、子供の頃から、彼の感情はいつも安定している。夜は静かで、今夜の彼の歩みは速くなく、まるで散歩をしているかのようだ。顔を向けて彼を一瞥し、真琴は尋ねる。「信行さん、株価がこんなに下がって、辛くないのですか?」その言葉に、信行は笑って言う。「まあまあだな。耐えられる」普段、彼は遊び人に見え、何も気にしていないように見えるが、実はあまり感情を表に出さないだけ。男とはそういうものだ。どんなに大きなことでも、「大丈夫だ」の一言で片付けてしまう。「ごめんなさい。事がこんなに深刻になるとは、思っていませんでした」その謝罪の言葉を、真琴はようやく口に出す。信行は依然として微笑んでいる。「受け入れた」その明るさ、彼が彼女を受け入れたと言うので、一瞬、真琴はまた、何を言うべきか分からなくなる。しかし、彼に見とれて道を見ていなかったせいで、右足が不意につまずき、よろめいて前へ倒れそうになる。幸い、信行は素早く、ポケットに突っ込んでいた左手も瞬時に取り出し、ぐっと彼女を引き止めた。引かれて体勢を立て直し、真琴は申し訳なさそうに言う。「ありがとうございます」信行は落ち着き払い、再び左手をポケットに戻し、注意する。「前を見て歩け」「はい」そう応え、二人はまた庭の外へ向かって歩き続ける。片桐家の庭

  • 暴走する愛情、彼は必死に離婚を引き止める   第95話

    信行のいい加減な態度に、紗友里は隠しきれない嫌悪感を向ける。傍らで、真琴はただ黙って食事をし、何も言わない。食後、由紀夫は信行を一人、書斎に呼びつけて叱責する。真琴と紗友里は階下で幸子に付き添っている。今や、幸子も孫娘たちに付き添ってもらうまでもなく、自分で眼鏡をかけ、リビングでショートドラマに夢中だ。毎回、ドラマの中の悪役令嬢が登場すると、幸子は歯ぎしりして腹を立てる。由美こそがあの悪役で、自分の孫があの愚かな男性主人公だ。悪い女に騙されているに違いないと。そして、スマートフォンを持って真琴と紗友里の元へやって来て、このドラマを信行にシェアする方法を教えろとせがむ。幸子の真剣な様子に、真琴と紗友里の二人は笑いが止まらない。しかし、やはり言われた通りにシェアする方法を教える。紗友里は祖母のアプリを浮気防止の特集に切り替え、一日に四、五本のビデオを信行に送りつけ、悪い女に騙されないようにと注意を促すよう言いつける。四、五本?とんでもない。信行が祖父に叱られているこの間に、幸子はすでに四、五十本は送っている。ドロドロの恋愛ドラマか、愛人が家庭を壊すショートビデオだ。二階の書斎で、由紀夫は信行のスマートフォンがひっきりなしに鳴っているのを見て、顔を引きつらせて不満の声を出す。「内海の娘から、メッセージでも来てるのか?どういうことだ?この片桐本家にさえ、帰ってこれないほどなのか?」「……」無言の後、信行は足を組み、可笑しそうに言う。「お婆さんからの迷惑メッセージです」幸子からだと聞き、由紀夫はようやくそのことには触れず、ただ信行と会社のこと、そして彼自身のことを話している。……九時過ぎ、信行は両手をズボンのポケットに突っ込み、ゆっくりと階下に降りてきた時、真琴と紗友里が左右から幸子の腕を組み、にこやかに笑いながら一緒にドラマを見ている光景が目に入る。信行の足取りが自然と遅くなる。その光景はとても温かい。一瞬にして、まるで過去、真琴とまだ結婚していなかった頃に戻ったかのようだ。あの頃、真琴はほとんど毎日片桐家に来て、紗友里とつるんでいた。その後、結婚すると、彼女は来ることが少なくなった。音もなくリビングに歩み寄り、三人がまだスマートフォンに夢中で、自分が来たのに気づいていないのを見て、信行

More Chapters
Explore and read good novels for free
Free access to a vast number of good novels on GoodNovel app. Download the books you like and read anywhere & anytime.
Read books for free on the app
SCAN CODE TO READ ON APP
DMCA.com Protection Status