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偽りの愛を断ち、ハーバードの優等生へ

偽りの愛を断ち、ハーバードの優等生へ

By:  ブルベリーサンドCompleted
Language: Japanese
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親友の兄である不二裕斗(ふじ ゆうと)と付き合い始めて二ヶ月。ちょうどサンクスギビングの時期だった。 親友の不二杏奈(ふじ あんな)が、やけに秘密めいた口調で私に囁いた。「ねぇ、お兄ちゃんが彼女を連れて帰ってくるんだって!一緒に見に行こうよ、雫!」 私は胸を高鳴らせて、精一杯お洒落をした。これでようやく「彼女」として、彼の家族に紹介してもらえるんだと信じていたから。 ところが、玄関をくぐった瞬間、目に入ったのは、彼が別の、洗練された美しい女の子を抱き寄せ、両親に笑顔で紹介している姿だった。 「彼女は沢村冷夏(さわむら れいか)。僕のガールフレンドだ」 裕斗も私に気づき、一瞬、明らかに動揺したのが分かった。 しかし、次の瞬間、彼は何事もなかったかのように、その女の子に軽く言った。 「ああ、こっちは妹の友達で、うちでバイトしてる学生......まあ、お手伝いさんみたいなものさ」 お手伝いさん? 彼の心の中では、私はキスや添い寝は許されても、決して表には出せない「バイトの学生」でしかなかったのだ。 私は踵を返し、彼の寝室ではなく、ハーバードへ向かう便に乗り込んだ。

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Chapter 1

第1話

サンクスギビングの朝、不二裕斗(ふじ ゆうと)は私にセクシーなランジェリーを残し、「夜、これを着て待ってて」と言い残した。

私が返事をする間もなく、彼は「大事な用事がある」と慌ただしく出て行ってしまった。

ちょうどその時、親友の不二杏奈(ふじ あんな)から連絡が来た。彼女の兄、つまり裕斗が、ついに本命の彼女を家に連れてくるから、一緒に見に行こうというお誘いだった。

杏奈の期待に満ちた瞳を見て、私は緊張と甘い気持ちで承諾した。

杏奈が知らないのは、その「本命の彼女」が私だということだ。

これはきっと、裕斗が私に用意してくれたサプライズなのだろう。この特別な日に、「彼女」として家族に紹介してくれるのだと、そう信じていた。

私は丹念にお洒落をし、さらに裕斗のために徹夜で仕上げたレポートをバッグに忍ばせ、杏奈と一緒に不二家へと向かった。

玄関に着いた途端、杏奈が「キャー!」と小さな悲鳴を上げ、私を引っ張って物陰に隠れた。

「雫!お兄ちゃん、本当に連れてきてるよ!」

私の笑顔は凍りついた。杏奈の指差す先を見ると、今朝まで私と愛を交わしていた裕斗が、別の女の子、沢村冷夏 (さわむら れいか)を抱きしめ、口づけを交わしている姿があった。

私にキスをした唇が、今、別の女の子を求めている。

まるで時間が止まってしまったかのように、私はただ呆然と目の前の光景を見つめるしかなかった。

無意識に握りしめたバッグの中で、レポートの角が皮膚に食い込み、私がピエロであることを突きつけるかのようだった。

反射的に踵を返して逃げ出そうとしたが、杏奈に腕を掴まれてしまった。

杏奈に引きずられるように前へ出た瞬間、キスを終えた裕斗と目が合った。

視線が交差した瞬間、彼の瞳に一瞬の後ろめたさがよぎったのを、私は見逃さなかった。

しかし、すぐに彼は冷たい視線を私たちに向けた。

「杏奈、今日はサンクスギビングデーだぞ。どうして勝手に人を連れてくるんだ」

昨夜、愛を囁き合ったばかりの男は、今やまるで赤の他人のように私を見つめている。

杏奈が私を庇う言葉を口にしても、裕斗の表情は冷たいままだ。

彼の目から、彼は心底私に立ち去ってほしいと願っていることが読み取れた。

私は拳を握りしめ、立ち去ろうとした。

その時、冷夏が、明るく口を開いた。

「裕斗、せっかくのサンクスギビングデーなんだから、一人で帰らせるのは可哀想よ」

裕斗は冷夏に優しく目を向け、頷いた。

「分かった。冷夏がいいなら、居てもいいよ」

裕斗の言葉は、私の耳に突き刺さり、激しい痛みを伴った。

私がここに留まることすら、冷夏の許可が必要だというのか。

杏奈は笑いながら騒ぎ立てた。

「やった!お兄ちゃん、彼女の言うこと聞くなんて、ラブラブじゃん!早く紹介してよ!」

裕斗は隣の女の子の頭を優しく撫でながら、私たちに言った。

「彼女は沢村冷夏。僕のガールフレンドだ」

そして、冷夏を抱き寄せたまま、私の方を向いた。

「こっちは妹の杏奈。そして、その隣は......」

私を紹介する時、裕斗の言葉は途切れた。

二人の視線が私に集まった。私は爪が食い込むほど手を握りしめ、涙をこらえた。

裕斗の冷淡な声がゆっくりと響いた。

「ああ、こっちは妹の友達で、うちでバイトしてる学生......まあ、お手伝いさんみたいなものさ」

私の心は完全に冷え切った。

二ヶ月の親密な関係も、結局のところ、私はただの「お手伝いさん」だった。キスも、添い寝も許されるが、決して公の場には出せない裏の存在。

胸の奥の苦しさを押し殺し、背筋を伸ばして、精一杯の笑顔を作った。

「沢村さん、不二さん、お似合いですよ。私は......お邪魔虫ですから」

杏奈が掴んでいた手を振り払い、私は背を向けて歩き出した。一歩踏み出すたびに、全身が震えているのが分かった。

ふと、今朝、裕斗が私に渡したランジェリーを思い出した。

大事な用事が終わったら、私に会いに来るから待っていろ、と。

だが、彼の大事な用事とは、本命の彼女を家族に紹介することだった。

結局、私は彼の本命の彼女との時間外に、空虚を埋めるための代用品であり、欲望を処理する道具、そして学業を肩代わりする代筆屋でしかなかった。
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松坂 美枝
親友の兄がドクズだったけどイケメンが救ってくれた話 若さゆえに弄ばれちゃったけどいい彼氏と巡り会えて良かった この親友から何故あんな兄貴が…
2025-11-04 09:57:39
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8 Chapters
第1話
サンクスギビングの朝、不二裕斗(ふじ ゆうと)は私にセクシーなランジェリーを残し、「夜、これを着て待ってて」と言い残した。私が返事をする間もなく、彼は「大事な用事がある」と慌ただしく出て行ってしまった。ちょうどその時、親友の不二杏奈(ふじ あんな)から連絡が来た。彼女の兄、つまり裕斗が、ついに本命の彼女を家に連れてくるから、一緒に見に行こうというお誘いだった。杏奈の期待に満ちた瞳を見て、私は緊張と甘い気持ちで承諾した。杏奈が知らないのは、その「本命の彼女」が私だということだ。これはきっと、裕斗が私に用意してくれたサプライズなのだろう。この特別な日に、「彼女」として家族に紹介してくれるのだと、そう信じていた。私は丹念にお洒落をし、さらに裕斗のために徹夜で仕上げたレポートをバッグに忍ばせ、杏奈と一緒に不二家へと向かった。玄関に着いた途端、杏奈が「キャー!」と小さな悲鳴を上げ、私を引っ張って物陰に隠れた。「雫!お兄ちゃん、本当に連れてきてるよ!」私の笑顔は凍りついた。杏奈の指差す先を見ると、今朝まで私と愛を交わしていた裕斗が、別の女の子、沢村冷夏 (さわむら れいか)を抱きしめ、口づけを交わしている姿があった。私にキスをした唇が、今、別の女の子を求めている。まるで時間が止まってしまったかのように、私はただ呆然と目の前の光景を見つめるしかなかった。無意識に握りしめたバッグの中で、レポートの角が皮膚に食い込み、私がピエロであることを突きつけるかのようだった。反射的に踵を返して逃げ出そうとしたが、杏奈に腕を掴まれてしまった。杏奈に引きずられるように前へ出た瞬間、キスを終えた裕斗と目が合った。視線が交差した瞬間、彼の瞳に一瞬の後ろめたさがよぎったのを、私は見逃さなかった。しかし、すぐに彼は冷たい視線を私たちに向けた。「杏奈、今日はサンクスギビングデーだぞ。どうして勝手に人を連れてくるんだ」昨夜、愛を囁き合ったばかりの男は、今やまるで赤の他人のように私を見つめている。杏奈が私を庇う言葉を口にしても、裕斗の表情は冷たいままだ。彼の目から、彼は心底私に立ち去ってほしいと願っていることが読み取れた。私は拳を握りしめ、立ち去ろうとした。その時、冷夏が、明るく口を開いた。「裕斗、せっかくのサンクスギビ
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第2話
私は立ち去ることができなかった。冷夏が私の手を掴んだのだ。「裕斗がちょっと言い過ぎただけよ。せっかく来たんだから、一緒にサンクスギビングを過ごしてから帰ればいいじゃない」私の視線は、彼女の手に落ちた。そこには、私の手首にあるものと全く同じブレスレットが輝いていた。半月前、私が心を込めて二本作り、一本を裕斗に贈った、ペアのブレスレット。今、裕斗に贈ったはずのそれが、冷夏の手に嵌められている。呆然としている間に、私は彼女に引っ張られてダイニングテーブルに戻された。不二夫妻は、息子のこの美しい彼女にとても満足しているようだった。食事中、二人がどうやって知り合ったのかという話題になった。裕斗は笑みを浮かべ、思い出に浸るように語り始めた。「高校時代、僕が野球部のキャプテンで、隣の高校と試合をした時、冷夏がうちの学校のチアリーダーの隊長だったんだ」杏奈がその時、口元を覆って驚きの声を上げた。「思い出した!高校の時、お兄ちゃんが学校のチアリーダーの隊長の話をしてたよね!それが冷夏さんだったんだ!お兄ちゃんのベッドサイドには、冷夏さんのポスターが貼ってあったもん!」私はそのポスターを見たことがある。それどころか、裕斗は、そのポスターの下で、私の服を脱がせたのだ。裕斗のスポーティーな部屋に、場違いな女の子の後ろ姿のポスターが飾られていた。私はかつて、そのポスターを私自身の写真に替えてほしいと頼んだことがあった。彼は言った。「雫、僕にも自分の空間が必要なんだ。そうやって束縛するのは、正直重いよ」それで、私は彼の気持ちを尊重し、それ以来、二度とその話題に触れなかった。しかし、彼が言う「自分の空間」とは、別の女の子への想いを留めておくための聖域だったのだ。冷夏は情熱的で自信に満ちた女の子で、すぐに不二夫妻を喜ばせた。話が盛り上がった時、誰かが口火を切った。「冷夏さんは雫より二つ年上なだけなのに、ずっと垢抜けて見えるわね。雫も冷夏さんを見習うべきよ」すると裕斗は顔を曇らせ、冷笑した。「彼女みたいな寸胴体型で、冷夏を真似できるわけないだろ?それに、このダサい黒縁メガネもな」私はどうしていいか分からず、自分のゆったりとした服を見下ろした。昨夜、愛し合っている時、裕斗は私の胸を握りしめ、「雫、この大
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第3話
裕斗は率先して冷夏のために助手席のドアを開けた。後部座席からその光景を見つめ、私の心はただ痛むだけだった。この車の中で、裕斗と何度も愛し合ったにもかかわらず、彼は一度たりとも私を助手席に座らせたことはなかった。彼は言った。「僕たちの関係は公にしてないから、人に見られたら君に悪い影響があるかも」私は彼の気遣いに感動したものだ。だが今思えば、それはただ、誰かに見られて私たちの関係がバレるのを恐れていただけなのだ。目を閉じ、無意識に横の座席に手を伸ばした。しかし、かつて私がわざわざ買って裕斗の車に置いたはずのぬいぐるみが、そこにはなかった。私の心は奈落の底に沈んだ。彼は冷夏の前で、私たち二人の痕跡を、こんなにも急いで消し去ろうとした。私はイヤホンを装着し、二人の会話を遮断した。冷夏が家に到着し、手を振って別れを告げた。私が長い時間をかけて作ったあのブレスレットが、冷夏の手首でカシャカシャと音を立てる。私は思わずその手を見つめた。冷夏は私の目の前で手首をひらひらさせながら、ブレスレットを外して私の前に差し出した。「これ、気に入った?裕斗が前にくれたんだけど、高価なものじゃないみたいよ」彼女はそのブレスレットを私の手首につけた。二本の同じデザインのブレスレットが絡み合った。冷夏は驚きの声を上げた。「月島さん、あなたも同じものを持っていたのね」そして、彼女は裕斗に向かって言った。「これ、この子にあげちゃってもいい?」裕斗の声は冷たかった。「構わない。ただの安物だからな」私が半月かけて作り上げた愛の証は、彼の心の中ではただの「安物」だった。私の視界は涙でぼやけたが、心の苦しさを抑え込み、冷静に礼を言った。「不二さんの『安物』は、私にとってプライスレスです。以前、一本なくしてしまったのですが、今、こうして取り戻せて、ちょうどいいです」私はかつて、裕斗に心からの愛を捧げた。だが、彼がそれを望まないのなら、私は引き取るしかない。裕斗がハンドルを握る手が、さらに強く握りしめられたのが見えたが、彼は何も言わなかった。冷夏が彼にキスをして家に入ると、車内には私と裕斗の二人だけが残された。裕斗は車を発進させず、ドアを開けて外に出て、タバコを吸い始めた。それが、彼が苛立
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第4話
突然、誰かに肩を叩かれた。反応する間もなく、目の前にティッシュが差し出された。「これ、使いなよ。今の君、ホラー映画の主人公みたいだぞ」最悪の気分で、見知らぬ人に構っている余裕はなかった。私は目の前の人物を思わず突き飛ばし、泣きながら前へ走った。だが、涙で視界がぼやけていたせいで、柱に激突しそうになる。想像した激痛は来なかった。温かい手が、私と柱の間に差し込まれたのだ。目を凝らし、私を守ってくれた男性を見上げた。彼は、以前裕斗と試合をした野球チームのキャプテン、宗方颯太(むなかた そうた)だった。あの頃、私は裕斗と熱愛中で、彼の試合はこっそり全て観戦していた。颯太はとても格好良く、接点はなかったけれど、彼の顔を覚えていた。私は激しく泣いていたため、お礼を言おうとしても、まともな言葉が出てこなかった。颯太は、私がぶつかって赤くなった手を揉みながら、再びティッシュを差し出した。「とりあえず拭きなよ、月島さんでしょう。今の君、ハロウィンの仮装みたいになってるぞ」街の店のガラスに私の顔が反射した。顔のメイクは崩れ、走ったせいで髪も乱れ放題だった。こんな姿、自分でも認識できないほどなのに、颯太が私だと気づいてくれたことに恐縮した。彼からティッシュを受け取り、私は顔のメイクを乱暴に拭き取った。そして、申し訳なさそうにお礼を言った。颯太は何も言わず、ただ乱れた私の髪を整えてくれた。私は気まずくて一歩後ずさり、彼との距離を取ろうとしたが、彼は一歩前に詰めてきた。彼は手に持った袋をひらひらさせながら言った。「妹に買い物に来たんだ。ちょうど君に会ったし、送っていくよ」断ろうと思ったが、私の家はここから遠すぎた。結局、私は彼の車に乗せてもらうことにした。車内は颯太の匂いで満ちていた。だが、意外にもそれが私を安心させた。先ほどの激しい感情は徐々に落ち着いていった。道中、私たちは二人とも異様なほど無言だった。私の家の前で、私が車を降りようとした時、颯太が口を開いた。「月島さん、さっき、どうして一人で泣いていたんだ?彼氏にポイ捨てされたのか?」彼の質問はあまりにも直球で、私には答えられなかった。過去、私と裕斗の関係は公にされていなかった。今や裕斗は冷夏と付き合っている。
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第5話
私は目を見開き、裕斗の口からこんな言葉が出てくるとは信じられなかった。かつて私を愛してくれた裕斗、優しかった裕斗は、どうしてこんな浮気者に成り下がってしまったのだろう。私は手首のブレスレットを外し、裕斗の目の前でその紐を引きちぎった。「私とあなたは、この二本のブレスレットと同じ。もう完全に壊れてしまったのよ!」ビーズが床に散らばり、粉々になった。まるで私たちの関係そのもののように。裕斗の顔色はさらに悪くなった。彼は私をしばらく見つめた後、言った。「分かった、雫。だが、僕たちが公にしなかった以上、今後この件を蒸し返すのはやめてくれ。杏奈や両親に知られたくないし、何より冷夏に知られて罪悪感を抱かせたくない」私の口元に苦笑が浮かんだ。結局、彼が私を探しに来たのは、私への愛情からではない。ただ、一人の女の子の感情を弄んだことが、誰かにバレるのを恐れていただけなのだ。心の苦しさをこらえ、私は背筋を伸ばして彼を見つめた。「ご心配なく。今後、あなたの家には二度と行かないし、あなたに纏わりつくこともない。あの件は、絶対に口外しないわ。私はあなたとの関係よりも、杏奈との友情を大切にしたい。親友に、その兄がどうやって彼女を騙したかなんて、私は言いたくないの」裕斗は眉をひそめて私を見た。「強がるなよ、雫。僕のために休学までしたんだろう?」私は一瞬戸惑った。まだ、学校に行く決意をしたことを彼に話していなかったことを思い出した。さらに裕斗は、上から目線で続けた。「それから、あのレポートだ。これからも僕のために書き続けろ。いい報酬を払うから......」彼が言い終わるのを待たずに、私は彼を強く突き飛ばして家の中に駆け込み、ドアを勢いよく閉めた。ベッドに横たわりながら、私はこの数日間の裕斗との出来事を何度も思い返した。再び涙が溢れ出した。彼はどうしてこんなに冷酷になれるのだろう。最後まで私の価値を搾り取ろうとするなんて。私は泣き疲れて、いつの間にか眠ってしまった。朝、目が覚めると、頭がまだズキズキと痛む。手が何かに押さえつけられている。見下ろすと、昨夜背負っていたバッグだった。中には、裕斗のために用意した学術レポートが、分厚い束で入っていた。私は自分の頬を叩き、ライターを持ってきて、そのレ
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第6話
冷夏はチアリーダーのユニフォームを着て、野球場で裕斗を応援していた。冷夏との視線が交わった度に、裕斗の顔には満面の笑みが浮かんでいた。試合が終わり、私は杏奈に引っ張られて、彼女の彼氏に水を渡しに行った。しかし、私の視線は思わず裕斗の方を向いてしまう。まるで覗き見しているかのような気分だ。裕斗と冷夏の甘い愛を、こっそり見つめている。胸の奥が苦しかった。かつて、裕斗と付き合っていた時、彼の試合を見に来たことがあった。だが、彼は私との交流を一切許さなかった。彼は、人前で彼女と親密にするのは嫌だ、気まずいと言ったのだ。だから私は、彼と親密な態度を見せたことは一度もなかった。毎回、ただの観客のように、一番後ろの席に座って、彼が試合を終えるのを見届け、一人で帰った。しかし今、彼は公然と冷夏から水を受け取り、彼女の顔を両手で包んでキスをしたのだ。裕斗は、人前で親密になるのが嫌なのではない。ただ、相手が私ではなかっただけだ。親密になりたい相手が、私ではなかっただけなのだ。心臓が締め付けられるような痛みに耐え、私は無理やり顔を背け、その心臓を砕く光景を見ないようにした。だが、顔を向けた瞬間、がっしりとした胸板にぶつかった。手に持っていたタピオカが、誰かにひょいと取られた。顔を上げると、颯太が私のタピオカを一口飲んでいた。「次に飲み物をくれる時は、こんなに甘くなくてもいいよ」私が飲んでいたタピオカを見て、私の顔は徐々に赤くなり、思わず彼を強く突き飛ばした。「何するのよ!私のタピオカでしょ!」颯太は笑って私の頬を軽くつまんだ。「さっきのしょぼくれた顔より、こっちの方がずっといい」私は颯太を睨みつけたが、颯太は手を伸ばして私の肩に腕を回した。颯太の体が私を完全に覆い隠し、彼はスマホを取り出して私に振ってみせた。「タピオカ一杯分、弁償するよ。連絡先、交換しない?」私が口を開く間もなく、杏奈がやってきて、私の番号を教えてしまった。そして、杏奈は私にウィンクし、口パクで言った。「AFの野球部キャプテンだよ、アリだね、雫」私の顔は真っ赤になった。颯太の視線の中で、彼からの友達申請を承認した。その後、颯太は私たちに食事をご馳走したいと言った。私は断ろうと思ったが、杏奈の彼氏であ
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第7話
その時、私はすでに荷造りを終え、杏奈に別れを告げに行くところだった。マンションの下で、杏奈の姿を見かけた。そして、彼女の隣には裕斗と冷夏がいた。ただ、二人の間の雰囲気は、サンクスギビングの日よりも冷ややかになっているようだった。「雫!冷夏さんがハーバードに行くことになったから、今日はお祝いするの!雫も一緒に来て!」私が断る間もなく、杏奈に引っ張られて車に乗せられた。杏奈と冷夏はどちらも話上手で、道中、二人は楽しそうに話していた。私と裕斗だけがひどく沈黙していた。目的地に着くと、なんと颯太と健一を見えた。杏奈は嬉しそうに健一の手を掴み、私にウィンクしながら言った。「ね、雫。誰かさんが会いたくて仕方なかったみたいだよ」私は気まずく笑うだけで、どう答えていいか分からなかった。隣にいた裕斗が突然私の前に立ち、颯太の視線を遮った。「杏奈、変なことを言うな。雫は僕の知る限り、まだ恋愛なんて考えてない優等生だ。そうだろ?」裕斗は振り返り、私の返事を待った。裕斗の瞳に宿る自信を見て、私は急に腹の底から怒りが込み上げてきた。裕斗は一体何様だというのだろう。彼と別れたら、私が悲しみに暮れて、もう恋を信じられなくなり、馬鹿みたいに彼のお呼びがかかるのを待っているとでも思っているのだろうか。私は口元に冷笑を浮かべ、一歩前へ出て、颯太の腕を掴んだ。裕斗の顔色が悪い中、私は颯太に身を寄せた。「実はね、私たち、付き合ったわ」この言葉を言った時、私の体は緊張で震えていた。颯太と最後に会ったのは、杏奈と試合を見に行った時だけだ。この数日、颯太からメッセージは来ていたが、私は一つも返信しなかった。徐々に、彼もメッセージを送らなくなった。颯太は裕斗に劣らず人気がある男だ。だから、彼がこの芝居に付き合ってくれるかどうか分からなかった。だが、幸いにも、颯太が私の腰に回された。颯太の声が私の頭の上から聞こえてきた。「そう、俺たちは付き合っている」裕斗の顔は真っ青になり、私を見る目には、哀れみと不満が混じっていた。私はおかしくてたまらなかった。弄ばれたのは私なのに、どうして彼が不満そうな顔をするのだろう。私は彼の視線を無視し、颯太に手を引かれて隣に座った。「ありがとう」私は小さな声で颯太に言っ
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第8話
私はようやく理解した。裕斗が私に書かせたレポートは、全て冷夏に貢ぐためのプレゼントになっていたのだ。涙が知らず知らずのうちに目尻から溢れ出た。悔しさが胸いっぱいに広がった。このクズ!私が苦労して書いたものが、裕斗が愛を追い求めるための踏み台になっていたなんて!温かい手のひらが私の頬を撫で、颯太が涙を拭ってくれた。「泣かないで、雫。どうする?今から行って、真実をぶちまけるか?」颯太の顔の笑みはとても明るく、彼は私の耳元に身をかがめて言った。「裕斗の野郎なら、俺がボコボコにしてやれるぞ」私は衝動に駆られて、これまでの全てを話した。少なくとも、これ以上、別の女の子がこの関係で騙されるのは見たくなかった。私の話を聞き終えた冷夏は、迷うことなく裕斗に平手打ちを食らわせた。「前に、月島さんがあなたを誘惑したとか、あのブレスレットは無理やり渡されたとか嘘をついたわね!結局、全部あなたが私を騙していたのね!裕斗!私たち、終わりよ!」冷夏は迷いなく去っていった。裕斗は彼女の背中を見つめるだけで、追いかけなかった。彼の顔の平手打ちの跡は赤く腫れていたが、彼は振り返り、うんざりした顔で私を見た。「満足か?雫。僕と冷夏を別れさせれば、僕が君の元に戻ると思ったのか?認めるよ、君は少しずる賢いところがある。この数日君を見かけなくて、僕も僕たちの関係について考えていた。ちょうどいい。これで彼女とは縁が切れた。復縁しよう。前みたいに」裕斗は私の手を掴もうと近づいてきたが、颯太に途中で遮られた。「裕斗、俺の彼女にそんな口の利き方は良くないぞ」二人は私の前で睨み合った。裕斗は鼻で笑い、私を見た。「雫、他人を使って嫉妬しようとしているのか?分かった、少しは嫉妬したよ。もう芝居はやめろ。彼に、君が誰の彼女なのか教えてやれ」私はためらうことなく颯太の隣に歩み寄り、真剣な眼差しで裕斗に言った。「不二さん、こちらの宗方颯太こそが、私の彼氏です。これまで不二家にお世話になったことには感謝しますが、今後、お宅でアルバイトすることはありません。不二さんも、もう私にまとわりつかないでください」そう言い残し、私は颯太の手を引いて立ち去った。後ろで裕斗が怒り狂った叫び声を上げているのも気にしなかった。颯太は私と一日中
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