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第6話

Author: すねん
北斗が詩織と浮気していることを確信した絵里は、すぐに詩織について調べさせた。

調べれば調べるほど、興味深い事実がいくつも浮かび上がってくる。

半年前にはすでに、詩織は北斗から贈られた別荘で暮らしていた。

ところが二ヶ月前には、貧しい同級生である早瀬晶哉(はやせ まさや)に密かに想いを寄せて、告白していたという。

しかし、その告白はあっさり断られた。

どうやら詩織は、北斗と晶哉――どちらの男性も手に入れたかったようだ。

晶哉は本当にお金に困っていた。

年老いた祖母とふたりきりで暮らしていて、その祖母はつい先日、交通事故に遭い、加害者はひき逃げのまま行方知れず。

手術費は1000万円。一週間以内に手術を受けないと、祖母の命は危ない状況だった。

詩織は北斗が援助している貧困学生。

北斗が彼女にそこまで入れ込んでいるのなら、自分も晶哉を援助してみるのも悪くない――そんな気持ちだった。

幸いにも、晶哉の祖母の手術は無事に成功した。

そして今、晶哉は絵里のマンション――市内中心部の高層階で、彼女に会うのを待っている。

実のところ、絵里も彼に少し興味を持っていた。

電話を切ると、そのまま車で部屋へ向かった。

写真で見た彼は、透き通るような白い肌に、どこか静かな雰囲気をまとっていた。

姿勢も凛としていて、まるで丹念に彫られた彫刻みたいに整った顔立ちだった。

今どき写真はどれも加工されているし、実物はもっと地味なのだろう――

そんな先入観もあった。

けれど、実際に会ってみると、写真よりずっと素敵だった。

あの北斗ですら敵わないかもしれない、そう思った。

「あの、このたびは祖母を助けてくださって、本当にありがとうございました」

晶哉はまっすぐで澄んだ声で礼を言った。

卑屈さも媚びも一切なく、真っ直ぐな瞳で絵里を見つめている。

絵里は、ふともう一度彼の顔を見つめ返してしまった。

今日ここに来たのは、礼を言ってほしかったからではない。

唐突に、絵里は切り出す。

「キス、できる?」

その一言に、晶哉の頬がぱっと赤く染まる。白い耳までうっすらとピンク色になっていく。

静かな彼が、こんなふうに照れるなんて思いもしなかった。

「無理なら、別の人に頼もうかしら――」

「できます」

彼女の言葉をさえぎるように、晶哉は一歩近づいてきて、抑えた力強さで絵里の後頭部に手を添える。

そして、形の良い唇が、勢いよく重なった。

歯茎にぶつかって、ちょっと痛いくらい。

どこかぎこちなくて、不器用なキス。

――たぶん、これが初めてなんだろう。

何度か歯茎にぶつかり、思わず眉をひそめた絵里は、そっと尋ねる。「ねえ、初めてなの?」

彼の瞳は、漆黒の湖みたいに深く静かで、隠していた感情が一瞬、あふれそうになる。

次の瞬間、晶哉は思い切り、深くキスをした。

まるで絵里の唇をすべて奪い尽くすみたいに。

驚くほど、吸収が早い子だった。

最初は痛いだけのキスだったのに、いつの間にか、絵里の心も体もとろけていくような熱に包まれていった。

長い指先が、そっと絵里の身体を抱きしめる。

その温かさに、思わずため息がもれる。

「お姉さん、ぼくのキス……どうでしたか?」

いつの間にか、「お姉さん」と呼ばれていた。

絵里は答えの代わりに、自分から背伸びして、彼を壁に押しつけるようにキスを返した。

若い身体に全身を預け、とろけるような心地よさに身をゆだねる。

――どうりで、男たちが若い身体を欲しがるはずだ。

自分だって、こんなに若い身体を前にしたら、好きになってしまうのも仕方がない。

だけど、絵里は今日、中絶手術を受けたばかり。

さすがに、これ以上は無理だ。

晶哉の熱い手をそっと押しとどめて、「今日は無理よ。さっき、手術したばかりだから」と静かに伝える。

「お姉さん……」

彼の瞳に、かすかな哀しみが浮かぶ。

それ以上は何も求めてこず、ただそっと絵里を抱きしめてくれた。

「僕が、ちゃんとあなたのことを大切にします」

絵里のお腹がぐうと鳴ると、晶哉は優しく彼女を抱き起こし、「じゃあ、僕が身体に優しいお粥を作ります」と微笑んだ。

「昔、近所のおばさんが流産したとき、祖母がよく作ってあげていたんです」

「そんなこと、しなくていいのに……」

そう思いながらも、晶哉はてきぱきと食材を買いに出て、あっという間に温かいお粥と色とりどりのおかずを並べてくれた。

夜になれば、絵里の大好きな苺のケーキまで買ってきてくれた。

夜が更け、晶哉は絵里のお腹をやさしくマッサージしながら、もう一度、やわらかなキスを重ねる。

息が詰まりそうなほど甘い感触に包まれ、「もうやめて」と口にしかけたその瞬間――

スマホが鳴り、画面には北斗の名前が表示されていた。
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