それから数週間たったある日。
ここは人の国『ファイラス』城内、王の間。
だからか、周囲は立派な大理石の白壁に囲われている場所であった。
天井を見上げると壮大な壁画が見え、更には均一に立派な硝子細工のシャンデリアが吊るされているのが分る。
床には立派な赤い絨毯が引かれ、そこに静かに整列した重曹騎士団が見守る中、一部の権力者達が会合を行っている最中であった。
「お兄様方、私は他国と争うことは反対です!」
「だ、黙れっ! 王女であるお前に決定権はないし、俺達は方針を変えるつもりはないっ!」シズク王女と王子達の口論が静かに城内に響き渡る。
『ファイラス』では現在、第一王子レッツ。第二王子ゴウ。そして第一王女のシズクの3人による統治が行われていた。
そう、雫は『ファイラス』の王女として守と同時期に転生していたのだ。
激情型である第一王子レッツはシズク王女の態度に激昂し、頭上の王冠を激しく床に叩きつけ、怒りをあらわにする。
黄金の鎧を纏っていても分かる恵まれた体格、更には獅子の如きレッツの形相に、周囲の大臣や宰相などはおろおろし、たじろぐばかりであった。
対して温和で優しい第二王子ゴウは「……兄上のおっしゃる通りだ。もう確定事項なんだよこれは……。お前は頭を冷やしに城外に散歩に行ってきなさい。……いい子だから、な?」と、その王冠を拾いレッツに手渡し、シズク王女をもなだめる。
「……っ、分かりました。では、失礼します……」
雫は王子達に軽く一礼し、言われるがまま静かに城外に出て行く。
雫は峠を越え城外からかなり離れた川岸に出るやいなや、周囲をキョロキョロと見回し、誰もいないことを確認し大きく深呼吸する。
「レッツ王子のバッカヤロー! イノシシ武者――――――――――――っ!」
雫はそんな気持ちをぶつけるかの如く、大きく腕を振り絞り小石を川に勢いよく投げつけるのだった。
ドポンという鈍い音とともに、川に波紋が緩やかに広がっていく。
「あ―――――――すっきりした!」
水面から消えた波紋の如く、すっかり落ち着いた雫。
雫はふと後ろを振り返り、丘から見える少し小さくなったファイラス城を見下ろす。
そこにはゴシック様式の立派な赤レンガで建てられた美しい城塞が眼下を覆いつくしていたのだ。
「いつ見ても壮大なお城。うーん、大きさは大体、東京ドームの5個分くらいはあるかな?」
その素晴らしい眺めに気持ちが落ち着いた雫は「ほう……」と感嘆の声を漏らし、草むらに静かに腰を下ろす。
天気が良いからか、草むらからは何とも言えない青臭い匂いが立ち込めている。
「……あーあ、せめて前王と王妃が生きていたならなあ……」
雫は座ったまま小石を川に投げ、深いため息をつく。
雫がぼやくのには訳があった。
「……だいたいさ、この国は第一王子の発言権が強すぎるのよね……」
雫は王女として、ファイラスでもそれなりの発言権を持っている。
が、如何いかんせん男性でないため、「トップから三番目の発言権がある」というもどかしい現状ではあった。
だから先程も、馬が合わない第一王子と口論になってしまったのだ。
「転生物のお決まりのスキル。困った事に私の能力は地味なんだよね……」
そう、守達が【魔王の魔力】を授かったように、雫は転生時【転生者を把握する】という、とても地味な特殊能力を授かっていた。
静かに瞳をそっと閉じ、雫はスキル【転生者を把握する】を再度使用する。
「うん。今も学と守さんがザイアードにいるのは間違いない。けど、スイだけ感知できない。あ、もしかして、こちらに来てないのかなあ?」
雫は再び大きなため息を吐き、ぼんやりと川の水面を見つめる。
その澄んだ水面には紫色のゴシック式衣装の自身の姿が、まるで鏡のように映っているのが見える。
雫はそのスカートのすそを優雅に持ち上げ、静かに立ち上がり、今度は青い空をゆっくりと見渡す。
大きな白い雲がゆったりと流れ、聴こえてくるのは小鳥のさえずる小声と静かに流れる川のせせらぎだけ……。
雫は元々財閥のお嬢様であるが故に、人を使うことと情報収集能力には秀でていた。
そのため『ザイアード』に2人がいることも、『ファイラス』の王子2人の思惑によって大戦が始まることも把握していた。
だから、最近『エルシード』の使者から提供された『国宝級マジックアイテム』いわゆる切り札が大戦のきっかけになっていることも知る事が出来た。
が、残念なことに、その切り札の効果まではまだ把握できていない現状であった。
理由は至ってシンプルでファイラスの王子達の情報のガードが堅いから。
(そう、王子達の監視が厳しくて自由に動けないのが辛いのよね……)
が、しかし、雫の涙ぐましい情報収集の成果により、最近ようやっとこの城からなんとか抜け出せる可能性を見つけたのである。
「あ……」
雫が声を上げたのはゆったりと流れる雲は何となくだけど学達の顔によく似て見えたからだ。
「大戦が始まる前に、2人に会えればね。まずはそこからかな……」
雫は静かに決意を胸に秘め、ファイラス城を見て静かに頷くのだった。
そんなこんなで楽しいひと時はあっという間に終わり、深夜自室にて俺はベッド横たわり窓から闇夜に見える綺麗な満月を眺めながら物思いに耽る……。(いよいよ明日から異世界ルマニアに行くわけだけど、なんだか寂しくなるな……。それに学や雫さんとの関係は上手くやれるんだろうか……?)「失礼します……」 その時、静かにドアをノックする声が聞こえて来る。「……この声ガウスか。……どうぞ」「失礼します。少しお話をしたいので会議室によろしいですか……?」「……そうだね。俺達がいなくなったこととかも話しときたいしね」 という事で俺はガウスと共に話しながら会議室に移動していく。 「……色々心配されているようですが、まあ後は私達に任せてください……」「そうだね……申し訳ないけど俺達に出来る事はそれしかないからね」 俺は苦笑しながらガウスに答えるし、ほんそれである。「まあガウス達には色々と世話になったし、ホント感謝しきれないよ」「はは、まあそれが自分達の仕事ですしね。当然の事をしたまでですよ……」 ガウスは謙遜しているのだろうが、その当たり前のことが当たり前に出来ない人が本当に多いのだ……。 なので、俺は本当にガウスやギール達には感謝している。「ということで自分の話はこれで終わりです」「え? じゃ会議室に行く意味ないじゃん」「まあ、そこは守様に用事がある人達がいるからですね……」 ガウスは片目を閉じ、俺に対しウィンクして見せる。(ああ、他の重臣やゴリさん達もか……。まあ、最後になるかも
……数時間後、此処はファイラス城内の会議室。 そんなこんなでファイラス城内に戻った俺達は事の顛末をガウスなどの重臣達を呼び簡潔に説明した。「なるほど、そうだったのですか。なんにせよ魔王スカードの件お疲れ様でした……」「はは、あガウス達のバックアップがあったお陰でだからね……?」 俺はガウス達重臣一同が椅子から起立して深々と頭を下げるのを制して、苦笑する。「……それにしてもにわかには信じられないですが守様達は異世界からの転生者だったとは……」「うん、そうなんだ」「では、貴方達の変わりに本来此処にいるべきレッツ第1王子とゴウ王子達はどちらに?」 「親父の話だと、どうやらルマニアに転移しているらしい」 ザイアードのそもそもの魔王達も当然ルマニアに転生しているらしいし、エルシードのエルフの女王についても然りだ。 これはこの異世界アデレとルマニアが対になっている関係らしいけど、親父達も詳細は分っていないらしい。 なので俺がルマニアからこちらの世界に戻ってきたとしても「ガウス達との繋がりがどうなってしまうかな?」と俺は危惧していたりもする。「……ま、なんにせよ1つの大戦は無事終結し、貴方達の頑張りのお陰でこの世界に平和が訪れた事実があります。という事で明日早速凱旋バレードをしましょう!」「お、いいねえ!」「うん! 国の勝利を伝える大事な行事よね!」「のじゃっ!」 ガウスの言葉に両手を空高く上げガッツポーズを取り、すっかりテンションアゲアゲの俺達。 ……という事で翌日の朝。 俺と雫さんは雫さんの愛馬シルバーウィングに跨りファイラス城外の凱旋門で静かに待機する。 そして雲一つない澄んだ青空の中、その上空にはエンシェントフレイムに変化した双竜、即ち学とノジャが優雅に大空を舞っている。 更に
……オヤジのしばらくの沈黙後に女神様がとんでもない回答を述べる。 「……え?」「俺も後で知ったんだが、アデレと対となる双子の星、『ルマニア』に転生しているらしい」「アデレとルマニアは双子の星にして1つの世界。そしてそこにいるスカードとサイファーはそのルマニアの住人なのですよ」「え、ええっ!」 女神様の話の内容に驚くしかない俺達だった。「うーんそうなると、スカードがこちらの世界に来たのも多分偶然じゃないかもね……」「ええっ! 雫さんがそんな事言うとなんか妙に説得力があるんだよね」(となるとスカード達は双極の星からの使者ってことかあ……) 「あの博士、少し訪ねたい事があるんですが?」「ん、なんだい雫さんとやら」「何故、私達にこの世界でこんな経験を積ませたんです?」「理由は大きく2つある。1つは母さんを探すのに純粋に力と仲間が必要だった」(なるほど、結果的にはなるが魔王スカードと出会えたのも必然だったのかもね) 俺はもう1つの星の住人である魔王スカードとサイファーを見つめ、納得せざるを得なかった。(だってさ魔王スカードみたいな強者がルマニアにはまだいるってことだろ? そうなると、女神様が俺と魔王スカードを戦わせたのは納得なんだよな)「で、親父。もう1つの理由は?」「多分、異世界転生計画の真の目的じゃないかしら? 私は組織から月面移住計画と並行して進められた新しい地球の代替えとなる新天地が目的って聞いていたけど……?」 「へ?」 俺達はスイさんの難しい言葉に目を細め唖然とする。「月面移住計画って、私の両親も確か関わっているって聞いたけど。確か月を探索して資源や新しい土地を求める計画よね?」「ああ、そうだ。月じゃなくて地球に類似した異世界を探す方が早いからな」「ぶっ飛んだ計画ではあるけど、理には適ってる
「……えっと? あのそうじゃなくて俺の両親は?」 俺は訳が分からず女神様の目を見つめる。「ああっ! なによ! 『古代図書装置ユグドラ』が転生した月神博士だったの? もう、ずっと私の目の前にあったものがそうだったなんて……!」「ってええ? ス、スイさん?」「て、こ、この植物が月神博士?」 俺達は色々と驚きながら、いつの間にかまじかに姿を現したスイさんを見つめる。「あ、そっか! スカードが全生物を生き返らせたから……」「そ! 私魔法使いだから瞬間移動の魔法も使えるしね!」「スイあんた……」「ご、ごめんなさいっ! 私も立場上色々あって仕方なくやってたの! でも、もう色々と諦めたから本当に許して! お願いっ!」 スイさんは俺達の目の前で深々とひれ伏し土下座して謝っている。「なあ、スカードどうする?」「俺はもうこやつを一度断罪したので、正直どうでもいい。だが、お前はFプロジェクトの事を知っておく必要があるだろうし、こいつと仲良くやった方が俺はお前の為になるとおもうのだががな……」(そっか、そうだよな。流石スカード、戦っていないときは非常に頼もしいし、キレのある回答をしてくるな) なんか位置付き的に神様みたいだしね。「うんまあ、完全には信じられないけど本当に罪悪感を感じているなら色々教えてくれると嬉しいかな……」 その、正直俺の初恋の人でもあるしね……。 俺は少しだけ顔を赤らめながら、ぼそりとつぶやく。「んんっ……そうよね。じゃお詫びに私の知っている事を全て話すね」「まあ、貴方の嘘を看破するスカードもいるしね?」 雫さんは少しの皮肉を込め、苦笑いしてますが? 中々辛辣である。「ば、ばかっ! そ、そんなんじゃないって!」「ふむ、半分
ファイラス城に向かうのは勿論、いつもの隠し通路から女神の神殿まで移動するためだ。 と、その時突風とともに真横に凄い勢いで何かが通り過ぎる! それはファイラス城の城壁に轟音を立て突き刺さる! よく見るとそれは樹齢百年は超えている大木そのものであった! ……更にはパラパラと音をたて、崩れる城の城壁……。「き、きゃあ――――――?」 そして、城内からは女中のけたたましい金切り声が多数上がっている……。「ひええええっ?」 思わず俺達もそのアクシデントに慌てまくる。(こ、これはま、まさか?) 嫌な予感を確かめるべく俺は恐る恐る後方を振り返る。「に、が、さ、ん!」 すると巨大化した魔王スカードが2本目の大木をこちらに向い、まるでやり投げの槍の様に投擲しようと振りかぶっている姿が見えたのだった!「ま、学っ! 急げっ!」「ひ、ひえええっ⁈」 学は蛇行飛行をし、スカードに的を絞らないようにさせながら城内を目指していく。 その間にも2本目の大木が軽々と投擲され、またもや俺達の真横を通りすぎ轟音をたて城内に突き刺さる! と同時にまたもやガラスの割れる鈍い音、女中の甲高い悲鳴が聞こえて来る。 最早城内は地獄絵図だ……。 不幸中の幸いで、俺達はその割れたガラス窓から、神殿に向かうための隠し通路に急いで向かえた。 ……3本目の投擲の様子が無い所を見ると、ガウス達が上手く囮になってくれているのだろう……。(ごめんな皆、しばらく耐えてくれよ……?) それからしばらくして、俺達はなんとか女神の神殿にたどり着く事が出来た。 進んでいくと周囲がうっすらと光輝くうす透明な紫色の水晶で出来ている部屋にたどり着く。
(本当は、俺よりも剣術が優れている雫さんがこれを使う予定だったけどね) だから、俺に雫さんはあの時この黄昏の剣を託したのだ。 よく見るとサイファーも元の姿に戻りスカード同様地面にうずくまっていた。(おそらくアーマーアームドの耐久が限界値を超えたんだろうな……) それを見たガウスは俺の右手を握り、掲げ勝どきを上げる!「聞け! ファイラスの全兵そして国民よ! ザイアードの大将魔王スカードをファイラス国王守様が打ち取ったぞー!」「うおおおおっ! やったぞ皆っ! 俺達の勝利だっ!」「ファイラス軍万歳っ!」 遥か後方に下がっていた全兵が歓喜の大声を上げながら、次第にこちらに近づいてくる!(よし、もういいだろう)「……アームド解っ!」 俺は学のアームドを解除し、その場にへたり込む。 学も同様にへたり込んでいた。「守、学っ!」 気が付くと雫さんも俺達の元へ駆け寄ってきた!(この感じ、終わったのか……?) 俺は隣で親指を立て、爽やかな笑顔でこちらを見つめている学を見ながら激しい戦闘に終止符が打たれた事を実感したのだ。「ッ⁈」 何故か急に寒気と、胸騒ぎがする……⁉ 俺は反射的にスカードが倒れていた場所に目を移す。 何とスカードは驚いた事にその場に立ち上がり、仁王立ちしているではないか!「ば、馬鹿なっ! お前は守様によって心臓を貫かれたはずだぞっ!」 ガウスは剣を再び抜き、その切っ先をスカードに向け威嚇する。 俺達も急いで立ち上がり、警戒態勢をとるが……?「……なんかスカードの奴、ぼーっとしているし様子が変じゃないか?」「う、うん……。目がなんか真っ赤に変わっているし…&hellip