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【44】「東京へ行け」

Author: 猫宮乾
last update Last Updated: 2025-08-06 19:40:49

 ――俺は、弟の所に遊びに行く事にした。泰雅が「東京へ行け」と言ったからだ。泰雅の家には、あれ以来顔を出してはいない。何度か連絡があったが、俺は返事をしていない。

 全てを投げ出したくなる気分――と言ってしまったら、皆には悪いと思う。ただ、重い頭痛の支配する意識で、誰かと話す事は苦痛だった。溜息をつきながら俺は、特急電車に乗っている。弟の右京だけは、俺の中で特別なのだ。一泊二日の予定で、「遊びに来ないか」と言われたら、肩にのし掛かっている重みが少しだけ消えた気がした。

 窓の外を眺めながら思う。手元にはタブレットがある。

 ――俺のこの記録は、いつか誰かが読むのだろうか? その時俺は、果たして生きているのだろうか? 何とはなしに考えていたら、結局昔……紫野に聞こうとして出来なかった事を思い出した。死を売っているならば、生もまた売れるのかという疑問だ。仮に同じ色の蝋燭が複数存在したならば、他の者の粉を飲めば命を取り留められるのではないのかだなんて、想像した覚えがある。

 弟と合流したのはT区のI駅東口だった。それから二人で、適当に中華の店へと入る。中は暑くて混雑していた。やはり東京の方が、実家よりも暑い。実家もそれなりに暑いとは思うのだが、質が違うのだ。東京の熱の方が、乾いている。

 辛い麻婆豆腐を食べながら、弟が笑った。俺はチャーハンを口に運びながら、時島達とも食べたなと思い出しながら、それを見ていた。

「そうそう。同僚から聞いたんだけどね」

 弟が不意に真顔になり、唇を尖らせた。この顔は、怖い話をする時の顔だ。

「昔さ、その同僚とそのカノジョと、他に友人三人とNハイランドパークに行ったんだって。その帰りに、みんな気分がノってたから、どっちが早くファミレスまで着くか競争することにしたんだってさ。危ないよね」

「競争?」

「一人だけバイクで、他が四人乗りの車だったんだって。車が少なくてスピードだし放題だったらしいよ。危険運転だけどさ」

「なるほどな」

「そのカノジョ、真由子さんていう名前だったんだって。友達は、貴史さん」

 だった……過去形か。

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     俺は数日の間、時島に聞いた『紫野は、人殺しだ』という言葉に悩まされる事になった。あの紫野が? いつも明るい紫野が? まさか、としか思えない。しかし以前、本人に尋ねた時は、『秘密』だと言われた。 ここはやはり直接聞いてみた方が良い気がする。ただの好奇心だけではない。少なくとも、意識的には心配なのだ。紫野はそれくらい大切な友達なのだと、自分の中で言い訳する。言い訳しているのだから、好奇心が無かったと言ったら嘘だ。 あくる日俺は、紫野の家に遊びに行く事にした。バイト終わりの時間をそれとなく聞いて、押しかけたのだ。 紫野は、その日は璃寛茶色の浴衣を着ていた。「――左鳥? どうしたんだ?」 呼び鈴を押すと、まだ帰ってきたばかりの様子の紫野が、すぐに出てきた。 忙しい所に悪いなとは思ったが、そのまま家の中に入れてもらう。俺は形ばかり買ってきたアイスを理由に、即座に部屋の中に入れて貰うという手を使った。「聞きたい事があってさ」「なんだよ? 改まって」「紫野って……――その、何のバイトをしてるんだ?」 ずると紫野がアイスを銜えたまま、浴衣姿で俺を不思議そうに見た。 俺はと言えば、持参したペットボトルのお茶を握り締めていた。 紫野は、そんな俺静かに見ている。「時島は、なんて?」「え?」「何か聞いたんだろ?」 気まずさが浮かびあがってきて、俺はお茶を飲み込んだ。冷たい温度のおかげで、少しだけ動揺が収まったような気がする。それが救いだった。そして――俺は嘘をついた。「別に何も聞いてないよ。ただ、浴衣を着てるのが不思議でさ」「ああ、そりゃそうか。今日のは、居酒屋のイベントだ」「え?」「心霊現象、期待した?」 紫野が楽しそうな顔でニヤリと笑った。「お前、その格好で帰ってきたのかよ」 一気に脱力した俺がそう言うと、不意に紫野がアイスを噛んだ。音が響く。「他にも色々なバイトをしてるんだ。左鳥になら、もう話しても良いかも

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     その日は、紫野と映画を見に行く事になっていた。ドラマの劇場版だ。俺は昨日、DVDで全て見て、予習をした。紫野は適度に見ていたらしい。何故この映画を見る事になったのかというと、紫野が「どこかに遊びに行こう」と言い出して、行く場所が他にはゲーセンくらいしか思いつかなかったからだ。どこでも良いというわりに、他に挙がった案は、動物園やら水族館やらテーマパークやらで、どれもなんだか面倒くさそうだと俺は思ったのだ。映画ならば座っているだけで良い。俺は生粋のインドア派なのだ。 時島の実家から帰ってきて、大学以外で出かけるのはこれが初めてだった。 チケットは紫野が事前に買っておいてくれた。 随分と準備が良いなと思っていると、コーラまで買ってきてくれた。 映画館は、時間帯が平日と言うこともあるのか、それともこの映画の人気が無いのか――ガラガラだった。それもあって、一番良い席がとれたのかもしれない。真ん中あたりで、正面にはひと気が無かった。 CMが始まった頃――不意に、紫野の隣に人が歩いてきた。「すみません、そこは私の席なんですが」 その言葉に、『えっ』と思って俺はチケットの座席番号を確認した。 紫野は俺の左隣で間違いないから、おかしい。 だが紫野は何も言わない。ただスクリーンを見ている。どういう事だろうかと思っていると、不意に手を握られた。「お前、視えすぎ」「え?」「それに構い過ぎ。これからは止めて――……その、集中しろよ」 その声に改めて紫野の隣を見れば、立っていたはずの人は消えていた。 ゾクッとしつつも、それから俺は映画を見た。 集中すると作品に入り込むもので、見終わってからはパンフレットが欲しくなった。しかしそんな懐の余裕はない。紫野にチケット代を渡そうと、俺は財布を取り出す。渡すのをすっかり忘れていたからだ。「いらない。俺が誘ったし」「は? そりゃそうだけど――」「俺は、デートする時は、おごる主義なんだよ」「え」 デート、デート…&he

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