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第8話

Author: 剛子
弘樹のことを再び耳にしたのは、彼が沙耶香にプロポーズしたという知らせだった。

彼は沙耶香と婚約するらしい。

あまりの速さに、私は少し驚いてしまった。

私が少しの間消えただけで、彼はもう沙耶香と結婚したがっているのだ。

弘樹は知り合い全員を招待し、自分と沙耶香の愛を皆に証人してもらおうという勢いだった。

その日、友人が車椅子の私を会場まで押してくれた。

この面白い騒動に、私が居ないなんてあり得ない。

あの夫婦が私を見た時、瞳孔を縮め、小声で詰問した。「ここで何をしている?今日は沙耶香と弘樹の結婚式だぞ」

私は悪戯っぽく笑った。

「妹と再会させてくれないなら、せめて彼女の愛の行く末を見届けさせてよ。

それとも、事を大きくして妹の婚約を台無しにしたいの?」

夫婦は返す言葉がなく、パーティーが始まると、私を警戒し、衝動的な行動を起こすのを恐れているようだった。

しかし、彼らはなぜ私が車椅子に座っているのか尋ねさえしなかった。

下半身不自由な人を、そこまで警戒する必要があるだろうか。

宴の雰囲気はすぐに最高潮に達し、あの夫婦は沙耶香の手を握り、泣き崩れた。

弘樹は優しい表情で彼女を見つめている。

一見温かい光景だが、実際にはそれぞれが下心を抱いている。

ついに、弘樹が沙耶香の手を取った。

ちょうどその時、彼の視線が、静かな湖のような私の瞳と合った。

キスしようとした動作が空中で固まった。

沙耶香が目を開け、訝しげに尋ねた。

「どうしたの?体調が悪い?」

弘樹は気まずそうに頷き、振り返ったが、私はとっくにいなかった。

「挨拶しなくていいの?」友人が瞬きしながら聞いた。

「いいよ、これから彼はちょっと忙しくなるから」

二人が手を繋ぎ、背後のスクリーンには二人の思い出が映し出された。

賓客たちの誰かが羨ましげに言った。

「いいね、幼馴染み同士だって」

「女の方は以前引越されてたけど、いろいろあった末にまた巡り会えたんだってさ」

「私もいつかこんな恋愛がしてみたい」

突然、スクリーンの映像が変わり、全裸の二人が体を重なり合った。

面白いことに、女性は沙耶香で、男性は見知らぬ男だった。

その男は沙耶香を抱きしめ、愚痴をこぼしている。

「いつまで鬱病のふりを続けるつもりだ?俺たちの子供がもうすぐ生まれるんだぞ?」

「弘樹
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