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第1321話

Author: 夏目八月
有田先生による湛輝親王邸の調査で、ここ数ヶ月の間に数名の使用人が居なくなっていたことが判明した。

有田先生は都中の仲介所を探り回ったが、正規の雇用経路で入った者たちではないことが分かった。

役所の奴籍文書にも記録は残っていない。

協議の末、紫乃自身が湛輝親王邸に住み込むことを決意した。

「湛輝親王様とはずっとお付き合いがあるからさ、私は信じてるわ」紫乃はさくらに告げた。「もし本当に黒幕の正体が湛輝親王様だったとしても、私には文句を言う資格なんてないわね」

さくらは紫乃を一人で行かせる気にはなれず、饅頭とあかりも同行させることにした。何かあった時の心強い助けにもなる。

もし湛輝親王が本当に身の危険を感じているのなら、あかりと饅頭の同行を拒むはずがない。助けは多ければ多いほど良いはずだ。

逆に拒否するようなら、紫乃を呼んだ真の意図は別にあると見るべきだろう。

さくらが自ら一行を送り届けると、湛輝親王は嬉しそうに出迎えた。友人二人も一緒だと聞くと、手を打ち鳴らして「これは賑やかになりますな。ようこそ、ようこそ」と笑顔を見せた。

「では、ここを我が家のようにさせていただきますわ」紫乃が屈託なく笑いながら言うと、

「それは結構」湛輝親王は即座に厨房へ、今夜は料理を増やすよう指示を出した。

さくらも笑みを浮かべながら一同と共に邸内へ入った。特に注意深く老親王の様子を観察すると、確かに心から喜んでいるように見えた。

だが、その喜びが真実のものか、それとも演技なのか……この世の中、人の心など簡単には見抜けないものだと、さくらは思わずため息をついた。

さくらは昼餐を共にした後、禁衛府へ戻っていった。

紫乃は椎名青影に案内を頼み、三人で邸内を巡ることにした。湛輝親王邸の花園は梅月山ほどではないものの、なかなかの趣があり、この季節ならではの風情を醸し出していた。

青影はゆっくりとした足取りで、同じように緩やかな口調で邸内の各院を説明していく。これまでは老親王と彼女の二人の主人に、半ば主人同然の関谷という執事がいただけだという。

「関谷?」紫乃は首を傾げた。「執事が替わったの?」

「ええ」青影は重たげな足を引きずりながら答えた。「前の方は年配でしたので、故郷へお戻りになられました。あ、そうそう、親王様のお側の方々も皆、故郷へ戻られましてね。只今は粟原十七と
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