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第2話

Autor: 筋肉ゴリラ193
清海は病室の入口の覗き窓越しに中を見た。稔が病床の前にしゃがみ込み、千鶴の膨らんだお腹へ耳を押し当てている。

「赤ちゃん、よく動くか?」

その声はどこまでも優しい。

千鶴が笑う。

「ふふ、そんなに気を張らなくていいのに。母子健康手帳を受け取る手続きから健診、胎教までひとつも抜かりがなくて。知らない人が見たら、あなたのことを育児の専門家だと思うんじゃない?」

清海は唇を強く噛みしめた。妊娠してからの6か月間、彼女はずっとひとりで、役所にも病院にもひとりで通ってきた。

体調がひどく悪いとき、稔に病院へ付き添ってほしいと頼んだことがある。

そのたびに稔は険しい顔でこう言った。

「俺の救助任務は非常に重要だ。一瞬たりとも気を抜けない。俺の妻である以上、結婚したその日から、ひとりでやっていく覚悟を決めておくべきだろう」

彼には時間がなかったわけではない。ただ、世話をしたい相手が自分ではなかっただけなのだ。

病室の中で稔のスマホが震え、彼は笑いながらスピーカーモードにした。

「千鶴ちゃん、怖い思いしなかったかしら?お母さんから20万円のお小遣いあげるから、しっかり体を休めなさいね」

清海は苦笑いを浮かべた。姑の声だった。

たった1日前には、清海の妊娠中の出費が多すぎる、稔のためにお金を節約する気がないと文句を言っていたはずなのに。その舌の根も乾かぬうちに、千鶴には20万円もの小遣いを渡している。

目は泣き腫らしているのに、清海の涙はもう一滴も出てこなかった。

病室の中で、千鶴が清海の存在に気づき、笑って手を振ってきた。

そしてすぐに小声で稔へ話しかけた。

「あなた、知ってた?清海さんって本当にかわいそうなのよ。妊娠のために何十本も排卵誘発剤の注射を打って、やっと授かったのに。危険な目に遭ったとき旦那さんに何度も電話したのに、誰も出なかったんだって」

稔は清海と目が合い、微かに眉をひそめた。余計なことを言うな、と警告するように。

清海はドアの前に立ち尽くしたまま、仲睦まじいふたりの姿を見つめていた。

傷口の激痛は次第に麻痺したように感じられなくなっていった。それは、彼女の心も同じだった。それでも、息が詰まるほど苦しかった。

千鶴はふたりの間の空気がおかしいことに気づき、探るように尋ねた。

「あなた、この人と知り合いなの?」

稔は清海の視線を避け、素っ気なく答えた。

「一度会っただけだ。前に助けたことがある」

一度会っただけ。

清海は心の中で、その言葉を何度も繰り返した。

7年前、清海と稔の結婚式の日、稔は3つの条件を出した。

ひとつ、彼は特別救助隊の隊長であり、勤務中の時間はすべて救助を必要とする人たちのために使う。清海は勝手に邪魔をしてはならない。

ふたつ、夫婦の時間を持つのは、毎月15日の休みの日だけとする。清海は勝手に求めてはならない。

みっつ、彼の給料はすべて公益活動に寄付する。

もし清海が受け入れられないなら、婚約はいつでも白紙にしてよい、と。

清海もまた、かつて稔に救われた生存者のひとりだった。彼の仕事の特殊性を理解していたからこそ、深く頷いて応じた。

「はい、喜んで」

結婚後、清海はひとりで姑の世話をし、家事を切り盛りしてきた。

妊娠してからも、健診にはいつもひとりで通っていた。

周りの誰もが清海に、稔から目を離さないようにと忠告した。男の心は、時間とお金を使う相手にあるものだよ、と。

それでも清海は軽く笑って首を振った。

「世の中の男はみんな浮気するかもしれないけど、稔だけは違う。あの人は言ったことを必ず守る、一番頼りになる人だから」

今日という日が来るまでは。

稔が起き上がり、清海の腕を掴んで強引に連れ出そうとした。彼女の腕の傷口を強く押さえてしまっていることには、まるで気づいていない。

包帯にじわりと血の色がにじみ、清海は痛みに声を震わせた。

「痛い、離して!」

稔は手を緩めるどころか、むしろ足を速めた。

清海はよろめきながら引きずられ、お腹の傷口が引っ張られて、焼けるような痛みが広がった。

稔は彼女を非常階段の隅に押しつけ、眉をひそめた。

「千鶴は妊娠中で体調が良くないんだ。彼女の前に現れて刺激するなと言ったはずだ!」

「稔、私も妊娠していたのよ。でもあなたが千鶴さんを選んだせいで、私は流産して子宮まで摘出することになった。何か言うことはないの?」

稔はタバコに火をつけ、苛立たしげな表情を浮かべた。

「結婚したときに言ったはずだ。特別救助隊の隊長の妻である以上、寂しさに耐え、犠牲を払うことも覚悟しろと」

稔が煙を吐き出すと、眉間に浮かぶ苛立ちが煙の向こうにぼやけた。

「どのみち手術も終わったんだ、今日中に退院しろ。しばらくの間、千鶴の前には絶対に現れるな」

清海は、彼が背を向けて立ち去り、千鶴の病室の前でタバコを消し、煙の匂いを手で払ってから中へ入っていく姿を見つめていた。

千鶴に対してだけは、病人が嫌がるタバコの匂いを残さないようにするところまで気が回るのだ。

清海は自嘲気味に笑い、傷口を押さえながら病室へ戻った。

その途中、スタッフに声をかけられた。

「退院される場合は、先に入退院受付でお会計をお願いします」

清海は無意識にポケットに手をやった。7年間、稔は一度も生活費を渡したことがなかった。

妊娠してからは何かと出費も増え、彼女はずっと切り詰めて暮らしていた。

清海は無理に笑みを作った。

「……分かりました。これから手続きしてきます」

駆けつけてきた看護師が慌てた様子で引き留めた。

「手術を終えたばかりなのに、退院なんて無理ですよ。一緒に助けられたあの妊婦さんなんて、大きな怪我もしていないのに、ご主人が特別室へ移してあげるって言ってるんです。もう少し入院して様子を見たほうがいいですよ」

清海は拳を握りしめ、爪が深く手のひらに食い込んだ。

「……いいえ、大丈夫です。ありがとうございます」

退院した清海がまず決めたことは、ふたつあった。

ひとつは、半月後の海外赴任に志願すること。

もうひとつは、離婚届を持って稔のもとへ行き、この結婚に終止符を打つこと。

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